鷲谷茂範
翌日、学校に行く途中で、隣の家の鷲谷茂範に会った。
これはほとんど毎朝のことだ。
彼はなぜか示し合わせたように光が家を出ると、玄関先で掃除をしたりタバコをふかしたりしていて、たまにここで立ち話がはじまる。
「光。おはよう」
「おはよう茂さん!」
鷲谷茂範は、年齢不詳だがパッと見70歳近い感じだ。
詳細は知らないが、何故か一人暮らし。
光がここで物心ついたときにはもう隣にいた。
小さい頃からよく遊んでもらっていたから、光の唯一の幼馴染で親友みたいな関係だ。
「最近どうだ。」
それ毎日聞くなぁと思いながら、
「良い感じ!」
いつも通りの答えをいつも通り返す。
そしていつも通り茂範は満足そうに微かな笑みを零すのだ。
「あ!そういえば親にまた今年も誕生日プレゼント聞かれちゃった。どうしよう」
光は幼い頃からずっと、なんでもかんでも茂範に相談している。
光に関しては、茂範が知らないことはないのではと思うくらいに。
そもそも、あの病院を紹介したのだって茂範だ。
才能について愚痴を言っていた頃、
「自分を変えていくのは人との出会いだ」と言ってあそこに連れていかれた。
茂範はなぜか顔が広く、様々なツテを持っているようだ。
周りには茂範を知らない人はあまりいないし、頼られ尊敬されている、そして聞けばなんでも答えてくれる、どこか不思議な雰囲気を持つ存在。
なぜか一人暮らしで、なぜか大きな家に住んでいる。
長い付き合いだというのに、光は茂範のことを実はあまり知らないと最近になって気がついた。
きっと、今までは幼すぎて何に対しても疑問なんて抱かなかったからだろう。
まぁさほど重要でもなんでもないから聞いてすらないが、たまに思ったりもする。
この人は一体、何者なのだろう、と。
「…誕生日な……お前はいくつになるんだったかな光」
「次で17だよ」
「もう……そんな歳か……早いなぁ……」
茂範は目を細め懐かしそうに光を見つめた。
「何かねだらないと親がうるさいんだ。
でも欲しいものなんて無くってさー…
去年はミカエルズのコンサートチケット、その前はミカエルズの特装版限定パーカー、今年もミカエルズのものだといろいろ心配されそうでさぁ」
ミカエルズというのは光がここ数年ハマっている音楽バンドだ。
親に、青春真っ只中の高校生なのにヲタク活動しか趣味がないとそろそろ心配されそうでどうしていいか真剣に悩み出している。
しかしそれくらいしか好きなものが思い浮かばないのも事実。
「もしかしてそろそろ受験勉強の赤本とか、」
「…お前はいつまでも親に気をつかってるな」
思わずドキッと鼓動が鳴った。
「普通、親に対してそんな気はつかわない」
「………。」
「お前は変わらないな。いつまでも理想の息子を演じようとしている」
「……そりゃあ……だって……」
「お前は何になりたい」
「……え?」
「お前は一体、何者を目指してるんだ?」
この時はまだ、その質問の意味を、全く理解していなかった。