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誰かのために生きる



はじめて月詠光に会った時、私は言葉では表せきれないほどの衝撃を受けていた。


その目はなぜか、かつての日和を思い起こさせたからだ。


澄み切った純粋な光を宿しているその目に惹かれた。



そして未来で出会った朱星。

月詠光の生みの母だという女性。

彼女の姿を見て、私は数秒時が止まったように呼吸すらも忘れた。


その姿は、かつての恋人、日和そのものだったからだ。


だが、日和はもう死んでいる。

たとえ未来だとしても、こんなに似ている人がいるはずなんてない。


そうしてはじめて目を合わせた時には尚も衝撃を受けた。


それもまさしく日和と同じ、

つまり月詠光と同じ……。



殺せるわけがない。

殺せるわけが。




朱星に出会ってから、まるで日和との日々を取り戻したように、そして現実を忘れていたかのように過ごしていた。

日和とのことで死ぬほど後悔していたことを、まるで懺悔するかのように……

許せなかった自分自身を少しでも楽にしたかっただけかもしれない。


しかし朱星との時間は、凝り固まっていた私を少しずつ溶かしていった。


もしも生まれ変わって、もう一度日和に会えた時には、きっともう二度と日和を愛さない。

そう誓っていたはずなのに……

愛してしまっていたらしい。



なぜだろうとずっと考えていた。


そうして分かった。




「妊娠……?」



朱星はきっと、日和の生まれ変わりなんだろう。

そうじゃなくても、なんでもいい。


私はまた、他人を愛するという感覚から逃れられなかった。



これから生まれる子供が月詠光で、父親は私。


だからあの子に会った時からずっと、こんなに妙な感覚に陥っていたんだ。



「亜斗里さんっ……」



私はその事実に、無意識に涙が溢れていた。

そしてハッと気付く。

涙を流したのなんていつぶりだろうと。



「名前は……あなたがつけて。」



朱星は私に名付けを譲ってきた。




「……光……」



無意識にそう呟くと、朱星は驚いたように目を丸くしていた。



「私もっ……実は同じのを考えてたの!

ずっと昔から……。

あのね、私の母も、光って名付けたいって……」



その子供は産まれる前に母親と共にある日突然死んでしまったらしい。



「その子を…光をっ…この手で抱きたい……っ……」



「?抱けるよ?もう数月経てば。」



にっこり笑ってそう言う朱星に私は首を振る。



「申し訳ない。許してくれ……」



私は今すぐにでも行かなくてはならない。

君の元から、その子の元から、離れなくてはいけない。


そしてきっと……


もう二度と会えない。


この腕で我が子を抱くことができなくても、

私がその子と朱星の未来を守らなくてはならない。


たとえ自分の命に変えても……。




「やらなくてはならないことがあるんだ。

きっともう二度と会えない…かもしれない。

でも信じてほしい。

それは全部、キミと我が子を守るためだ。

もはや……それ以外に無い。」



朱星は悲しげに微笑み、頷いてくれた。



「亜斗里さんがそこまで言うのだから、きっととても大切なことなんでしょうね。

でもちゃんと待ってるよ、私。

だから二度と会えないなんて言わないで。

必ず戻ってきて……」



静かに手を握られ、腹部にそっと当てられた。


誰が想像しただろう。

日和の生まれ変わりに命を宿したのが……

あの子の父親が……この自分だと。



「亜斗里さん……

俺が必ず、無事に光が産まれるまで朱星さんを守るから。

だから安心して行っていいですよ。

その代わり必ず……」



颯のその真剣な眼光は、必ず光を救えという意思が込められていた。




「平和になる日なんて、本当に来るのかな」


ポツリと言った朱星の言葉に、私は言った。


「人間は、長い歴史の中で幾度となく繁栄と貧困を、平和と争いを、結果としての幸福と不幸を繰り返してきた。いったいこれはどういうことなのか。

文化が進み、文明が発達してきたにも関わらず、人間は同じような不幸を繰り返している。

なぜ、このようなことになるのか。

考えたことはある?」



朱星は腹に手を置き俯いた。



「一つには、人間というものは結局そういう宿命を持っているのだという考え方がある。

ある面では進歩を生み出しながら、他方では絶えず争いを繰り返し、自ら不幸を招来している。

それが人間の本来の姿なのだとする考え方だ。」



「私は……宿命という言葉は好きではないの。

それって、決められた人生を決められた通りに生きることであって……自分の無力さを肯定することになる気がするから…」



「…私も好きじゃないが。

…だがもし、そういう考え方に立つならば、人間がお互い努力したとしても、所詮、人間生活に真の幸せというものはもたらされず、人間は繁栄幸福、平和を望みつつも、それをものにすることができないということになる。」



「だからあなたは…根本からそれを解決しようと?」



「あぁ……でも……」



もう分からなくなった。

何が本当に正しいことなのか。


誰かや何かを信じることや、愛することは、

必ず自分自身を弱くし、必ず失敗へ導く。



きっと今まで、自分のためにしか生きてこなかったのだろう。


しかしこうして人のために生きるようになって気付けることがあった。


人から求められると、自分のためだけに生きる人生よりも力強く生きることができると。


誰かのために生きようと自覚できた時、自分一人の人生を越えた人生を歩むことができる気がした。

そうすると、もっと強くなれる気がしたんだ。


そして知った。

誰かのために生きるようになったときに初めて、誰かに求められるという感覚を。



「朱星さん、これを……。」


私は彼女に、自分のしていた指輪を渡した。

それはかつて、日和と2人だけで作った指輪。



「あ……これは……あの子が……」


朱星が何かを小さく言いかけたので首を傾げると、朱星はハッとしたように目を丸くして腹を撫でた。


「そう…だったんだ……この子はあの時私を……」


「……朱星さん?」


「ううん。ありがとう亜斗里さん。

あなたはこの字……読めるよね。意味は……」



পোহৰ কঢ়িয়াই অনা

指輪に書かれている文字。


私は朱星の手を取り、その指輪を嵌めながら頷いた。



「「光をもたらすもの」」


声が重なり、私は目を見開いた。



「きっとそれは……私たちの子供……光のことね。」


その指輪をした優しい手で腹に微笑む彼女をこの目に焼き付けて、私は覚悟を決めて別れを言った。



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