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第17話 ゆゆ、襲われる

『何をやっている?

 私は連中の再生回数を伸ばせ、とだけ頼んだはずだが?

 誰がこんな醜態を晒せ、と?』


「ひいいっ、御勘弁をっ!」


 深夜の明和興業社長室。


 同社の社長であるクニオは、取引先からひたすら詰問されていた。

 机の上に置かれたタブレットには「SOUND ONLY」の文字が浮かぶ。


「悪霊のエビルズ・イーグルにはコンサルタントを通じて依頼したのですが、ま、まさかこのような幼稚な配信をするなんて思ってもみなく……」


『動画の内容が問題なのではない!』


 どんっ!


 ぱりんっ


「ひいいっ!?」


 タブレットから男の怒声が聞こえた瞬間、背後の棚が大きく揺れ、洋酒の瓶が床に落ちて粉々になる。


『ダンジョン警察の案件配信が、同じ場所で行われていたのだぞ!

 連中を釈放するのにいくら使ったと思っている!!』


「そ、それは!」


 そんなのあんたが調べといてくれよ、そう思ったクニオだが口に出せるはずもない。


『邪魔したのはこの”ゆゆ”とか言うアイドル配信者だ。

 手駒を一人貸してやる。

 アイドルとして、使()()()()()()()()()()……徹底的にな』


 ブツッ


 それだけ言うと、男は通話を切ってしまった。

 代わりに送られてきたのは、手駒らしき探索者の匿名通話IDと、その女アイドルが住んでいるマンションの住所と部屋番号。


「この女を襲え、だと?」


 アイドルとして使えなくする……つまりはそういう事だ。

 最低の犯罪行為である。


「くそっ! なにもかも」


 あの無能な紀嶺きれいのせいだ。

 ちゃっかりとカリスマアイドル配信者のスタッフとか言う美味しい立場に納まりやがって!!


 今のクニオにこの命令を断る選択肢はない。

 既に会社の売り上げの9割以上はこの男経由なのだ。


「は、ははっ……どうせ捕まるのはコイツなんだ、オレじゃない」


 そう思いなおしたクニオは、”手駒”に通話を繋ぐのだった。



 ***  ***


「へへ~」


 最寄駅からユウナの住むマンションまでの道すがら、彼女はずっとニヤニヤしていた。


「本当に楽しそうだな」


 右腕に感じるユウナのぬくもり。

 周囲が暗いだけに二の腕の柔らかさまでよりはっきりと感じてしまう。


「そりゃそうですよ~♪

 小さいときに自分を助けてくれた憧れの人に再会して。

 その人と一緒に過ごせるんですよ~」


 ふにゃっと笑ったユウナの瞳はキラキラと輝いていて。

 ドキリと胸が高鳴る。


「……いっぱいスイーツおごってくれるし、勉強の教え方も上手だし。

 散らかした部屋も掃除してくれるし?

 トレーニングサボっても怒らないし?」


「おい」


 図々しいことを言い出したユウナのおでこに軽くデコピンを食らわせる。


「へへ~。

 引っ越し、明日なんですよね?

 お隣さんか~」


 そう、俺はゆゆの配信パートナー……もといユウナのお世話係に専念するため、彼女の住む高層マンションの隣に引っ越すことになったのだ。


「あたし、腕によりをかけて引っ越し祝いのお料理、準備しますね!」


「サンキュー」


 明日は引っ越しの手伝いがてら、ユウナが晩飯を作ってくれることになっている。

 美少女JKの手料理……最高だな!!


「……ウ○バーで!」


「出前かよ!」


 やっぱりな展開に、ぺしりとユウナのおでこにチョップを落とす。


「あ、あとクルマも買うんでしょ?

 あたし、タクミおにいちゃんに毎日学園まで送ってもらおうかな~。

 ほら、あの赤じゅうたんがしゃ~ってなるやつ」


「……SUVでそれやんの、恥ずかしくない?」


 そういうのはシブいロマンスグレーの執事がセ○シオやベ○ツでやるから様になるのだ。ていうか、ユウナの通う学園にはガチでそういうお嬢様がいそうで怖い。


「いやいや、一度はやってみましょうよ~!」


 そんなふうにじゃれ合っていたら、あっという間にマンションのエントランスについてしまった。


 時刻はもう22時過ぎ。

 周囲に人影はほとんどない。


「それじゃタクミおにいちゃん、また明日」


 俺の右腕から身体を離すと、上目遣いに見つめてくるユウナ。


 さらり、と小さなおさげがよそ風に揺れる。


 いつも通り、ほっぺにキスしてくるのかと身構えていたら。


「ん?」


 頬を染め、もじもじしている。


「……もう、にぶにぶおにいちゃん!」


 ちゅ


 結局いつものようにお別れのほっぺキスをしてくれたユウナは、エントランスの中に消えていった。



 ***  ***


「ふぅ」


 ドキドキと早鐘を打つ心臓を抑えながら、俺は駅への道を歩いていた。


「やっぱり」


 さっきのユウナはそういう事だったのだろうか。

 美少女のああいう仕草は胸に来るものがある。


「でもなぁ」


 ユウナはアイドル配信者の”ゆゆ”で、俺は配信パートナー (の中の人)である。

 ユウナが俺を好いてくれるのは凄く嬉しいが、アイドルとしてあまり”そちら”を表に出すのは良くないだろう。


「それに」


 俺はスマホを取り出し、ニュースサイトを開く。

 ダンジョン配信カテゴリーの片隅にではあるが……。


 ”人気配信アイドルのゆゆに熱愛発覚? 深夜の駅前デート! ゆゆの正体は某お嬢様学園の理事長、か?”


 後半部分はめちゃくちゃだが、この記事に載っている写真、明度は暗く解像度も低くてぼやけているが……。


「俺だよなぁ……」


 先日俺がユウナを駅まで送った時のもの、なのだ。


 ”全然別人じゃん”

 ”ゆゆに嫉妬した低俗ゴシップ乙”

 ”理事長って何だよ……レベル低すぎだろこの記者”


 幸い、フォロワーたちには全く信じられていないが……。


 ユウナが通う学園まで探し当てられているのはどうにも不気味だ。


「…………」

「よし」


 妙な胸騒ぎがした俺は、改札の前で回れ右すると、ユウナのマンションの方へ戻るのだった。



 ***  ***


「ふんふふぅ~~ん♪」


 調子っぱずれな鼻歌を歌いながら豪華なマンションエントランスをはずむように歩くユウナ。


 タクミおにいちゃんはニブニブだったけど、まだ機会はたくさんある。

 なにしろ、明日からは毎日会えるのだ。


 ウキウキのユウナは、手のひら認証の開錠装置に手を伸ばそうとする。


 ばっ!!


「!?!?」


 突然、背後から音もなく歩み寄って来た男に右腕を掴まれ、口をふさがれる。


「むぐっ!?」


「…………」


 ダンジョン探索者として鍛えているユウナだが、男の力は思ったより強く、すぐには振りほどくことが出来ない。

 しかも、鼻に感じるこの甘い匂いは……。


(ドライアドの痺れ薬!?)


 ヴァナランドのモンスターから抽出される状態異常を引き起こす毒薬だ。

 ダンジョン庁によって厳重に管理されており、原則ダンジョンの外へ持ち出すことはできない。


 ならこの男は探索者なのか。

 なんで自分を狙って……”スキル”を使って抵抗しても良かったのだが、ダンジョンの外でスキルを使う、一般的な探索者にはタブーとされている行為を躊躇っているうちにドライアドの毒素は全身に回ってしまい。


「うっ……」


 頭の中に霧が掛かったようになり、全身から力が抜ける。


「おにい……ちゃん」


 そのままユウナはなすすべもなく、外へ引き摺られていった。


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