プレゼント
「っい!?」
すべった針の先っぽが左のおかーさんゆびに刺さって少女は、小さく悲鳴をあげた。
涙目でみつめる指先に、ぷっくりと赤い血が滲んできたので、真っ黒の胴体に縫い付けていた真っ白模様に血が付かないように、慌てて指を口でくわえる。
さっきおかーさんにお兄さん指に絆創膏をはってもらったばかりなのに、もう1枚おかわりだ。
「うぅぅっ……いひゃい」
血が止まるまで指をくわえている少女は、恨めしげにモデルを睨む。
夜空のように真っ黒な毛色で、背中に流れ星のような白い線が流れるモデルにゃんこは、飼い主兼相棒な少女が痛い思いをしているというのに、窓際に置いたお気に入りのクッションの上で丸くなって、ぬくぬくと日光浴をしながらあくび混じりでごろごろしている。
愛猫にゃがれぼしと、彼をモデルにした手元の作りかけ手作りぬいぐるみを見比べる。
本物のにゃがれぼしは今は丸くなっているのでわかりにくいが、散歩中はすらっとした四肢と精悍な顔つきでカッコイイ猫だ。
でもぬいぐるみのにゃがれぼしはふわふわした手足は生地の大きさを間違えたのか、それとも縫い方が下手だったのか、ずんぐりとして微妙に長さがちがうし、顔も目が垂れ目気味で、のほほんとしているような気がしないでも無くない。
頭に思い描いていた完成予想と大分違っているが、今更作り直す時間がない。
お隣の城野さんとの両家合同クリスマスパーティは今夜だ。
「マナカ。おかあさんお隣さんでお料理……またやっちゃったの? おかあさんが手伝おうか」
少女の部屋に入ってきたおかーさんが、不格好なぬいぐるみと指をくわえている少女を見比べ、しゃがみ込んでポケットから絆創膏を取り出す。
「おかーさんは手伝っちゃダメ! コーくんへのプレゼントなんだからあたしが作るの!」
おかーさんにおかーさん指に絆創膏を貼ってもらいながら、少女は意地を張る。
お隣の二歳お兄ちゃんのコーくんへのプレゼントは、絶対自分だけで作るんだと決めているのだ。
秋頃に亡くなった元猟師の祖父の影響なのか、やたらと独創的かつワイルドな行動を取りがちな娘が、お隣の男の子へのクリスマスプレゼントにぬいぐるみ作りに張り切る珍しく女の子らしい行動をほほえましくおもう。
「はいはい。わかりました。じゃあお隣に行ってくるけど怪我には気をつけること、何かあったらすぐにお母さんの携帯に連絡ね」
張り切って作ってはいるけど小学校に上がった男の子に、ぬいぐるみが喜ばれるんだろうかと少しだけ不安げなおかーさんがお隣に出かけたあとも、少女は悪戦苦闘を続けながら、何とかお日様が沈む前にぬいぐるみを完成させた。
出来上がったにゃがれぼしぬいぐるみを、手編みかごに手足を丸めて入れて、眠っている姿を再現。
重要なのは頭の角度だ。
あーでも無いこーでも無いと微妙に変えながら、ベストポジションを調整。
「ん」
ようやく納得がいった少女は満足気に笑ってから、最終動作チェックを開始。
まずは軽くぬいぐるみにゃがれぼしの頭をぽんぽんとなでるように触る。
ふわふわの触感が返ってくるだけで問題なし。
ついでいつもコーくんがやってくるように、ちょっと乱暴に頭をぐりぐりと触る。
「んにゃぁぁがっ!」
次の瞬間、低音の妖怪にゃんこの鳴き声を上げながら、ぬいぐるみにゃがれぼしの頭が激しくヘッドシェイクを始めた。
その声にびっくりしたのか、うとうとしていた本物のにゃがれぼしがびくっと跳ね上がってきょろきょろとしている。
「かんせいっ! にゃがれぼしまーくつぅ!」
絆創膏だらけの両手で少女はバンザイをする。
いつもにゃがれぼしを不細工だの、黒猫は不吉なんだぞとか、流れ星が猫になるわけ無いだろと意地悪ばかりするコーくんへのふくしゅうだ。
まーくつぅの頭には、夏に行ったお化け屋敷で買った、強く握るとごろごろ転がりながらうなり声を上げる手乗り化け猫おもちゃが仕込んである。
少女だって鬼じゃ無い。
おもちゃはふわふわの綿で包んであるので、普通に触っただけじゃ動かない。でもいつもにゃがれぼしにしているみたいに、意地悪したらびっくりしてもらおう。
いんがおうほーというやつだ。
あとはラッピングをして中身を見えないようにして、サプライズプレゼントと理由を付けてコーくんの部屋に先に置いてきて……
「そうだ。お部屋真っ暗にしながらみると綺麗だよって言ったらもっといいかな」
着実に受け継がれたハンター魂を宿した少女は、完成したぬいぐるみの効力を最大に発揮するためのトラップをニコニコと考え始めた。
お隣のコーくんが軽度の猫恐怖症を覚えたり、来年の夏に幼稚園で開催したお化け屋敷で、園児のみならず保護者、先生まで思わず本気で叫んだ、動く、割れる、がさがさする。
造形動き共に進化した【にゃがれぼしまーくふぁいぶ】が猛威を振るい、少女がさくら組の魔女の異名を得るのは、まだもう少し先のお話。