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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
存在を委ね、物として
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用の済んだ道具に、帰る場所は残されて

 自らの処遇を望むことなど、以前までのハリコには考えられない可能性だった。が、今こうして自分の失った四肢を取り戻した時、希望というものを与えられてしまったのがハリコにとっての不幸であった。


 ハリコは、またしてもカティーによって愛玩動物のように扱われることを厭っていた。彼は、ベスタから告げられた通り、マナコ達と共に再び処刑任務を従事する日々に戻ることを切に望んだ。


「ウゥゥ゛ゥ゛。」


「何だ、その不満げな唸り声は。所詮はリズァーラー、治してやった恩人に感謝の言葉も無いわけか。まぁ良い、私もお前に関心など無い。とっとと出ていってこれ以上邪魔をするな、私は今まさに稀代の大発見に直面しようとしているのだから。」


 自らが治療した相手にかける言葉とは到底思えない内容を投げかけられたハリコであったが、彼はなにも不満を述べ立てたかったわけではない。


 強いて言うならば、不安であった。上層街に住まうカティーに引き取られて暮らす事そのものに対しても、不満など無かった。富裕層の中でも、管理局へ抗議文を送りつけるほどの立場にある彼女の下に居れば、少なくとも何不自由なく過ごせることに間違いは無かった。


 とはいえ、ハリコの意思で行動することが、どの程度許容されるかについては別の話であった。カティーはリズァーラーの保護を訴えてはいれども、決してリズァーラーを尊重などしていなかったのだから。


「カティー様、ウィトゥス博士の研究施設に預けていたリズァーラーが返却されました。再建手術は成功したとのことです。」


「ウゥ……。」


 その姿勢は、ハリコがいざカティーの元へと戻ってきた際も顕著に表れた。


 もはや歩行に不自由する様子も無く、スタスタと歩いてくるハリコを見ても、カティーは自分が費用を出した至極当然の結果を見るように驚きも喜びもしなかった。


 その瞳の奥で、彼女なりの計算が素早く閃いて通り過ぎ、素っ気ない声で直属の警備兵に指示を出したのみであった。


「私の保護活動の成果として、大々的に報道しなければね。他にも身体が欠損したリズァーラーが居れば、探してきて。他の人に真似される前に、私のもとへ集めておかなければ。」


「しかし、ウィトゥス博士からは二度と同じ手術に携わるのは御免だ、とも伝えられていますが。」


「あの科学者、最近は管理局から予算を与えられなくなっているのでしょう?こちらから資金を出してやれば、首を縦に振るしかなくなるわよ。」


 カティーの指示通りに動き出す面々の中、何も命令を与えられないで放置されているハリコは、ただ無為に突っ立っているばかりであった。


 慌ただしく諸々の準備を進める周囲から放置され、必要とされる時が来るまでは突っ立ったままボンヤリと時間を潰していたハリコ。


 この場で初めてハリコへ声を掛けたのは、彼に着せるべき服を持ってきた警備兵であった。


「そのビリビリに破れた作業服を脱いで、こっちに着替えろ。新しい手足がついたんだから、手伝ってやる必要はないよな。」


「……ウン。」


 記者会見の場にハリコを連れだすことを鑑みて、少しでも見た目を悪からぬものにしておきたかったのだろう、清潔そうな白いシャツと、肌触りの良いズボンがハリコの腕に押し付けられる。


 服を着替える程度には手足を動かす感覚も戻ってきていたものの、以前から脱ぎ着しやすい作業服に慣れているハリコにとっては、少々手こずる服装であった。腕を通す際の窮屈さに焦れて、無理に力を入れたとたんに背中あたりで縫い糸がブツリ、と音を立てた。


「記者の皆様には、以前と同じ会場にお集まりいただく様に伝えて。お人数が分かれば、軽食と飲み物も見繕っておいて。今回は良い気分になって帰ってもらわないと。」


「了解しました。」


 カティーはというと、自らの発表を告げるべき記者たちに対する念入りな準備に執心しつづけている。


 世間に自らの"慈善的な"行いを喧伝すべく立ち回るカティーは、ハリコを視野に入れながら声をかけるでもない。その時点でのハリコはまさに、無用の長物そのものとして扱われていた。


 であればこそ、いざハリコを伴う必要が生まれた時、カティーがこちらへ向けた笑顔の自然さにハリコは慄然としたのであった。


「さぁ、私たちの慈善活動の成果、その第一歩を発表する時がやってきたわよ。おいで、あなたが五体満足な身体を取り戻した姿を、皆さんにお披露目しましょう。」


「ウゥ……。」


 カティーが差し伸べる手をおずおずと掴み、そのまま引っ張られるようにして連れていかれるハリコ。唸り声を上げるしか出来ない彼には主張すべき言葉もなく、ただ人間からの命令に従うばかりが唯一取り得る選択肢であった。


 連れていかれた先は、居住区崩落事故からカティーが生還した直後、ハリコが四肢の無い姿を取材陣の前に晒したのと、同じ会見場であった。


 相変わらず上等な服を着こみ、半ばディナーパーティにでも集まったかのような気楽さで談笑している記者たち。彼らの前へ姿を現したカティーは、拍手を浴びながら恭しく頭を下げて喋り始める。


「皆様、再び私の会見にお集まりいただき、ありがとうございます。本日は、喜ばしい報せをお持ちいたしました。言葉を尽くすより、実際にお目に掛けて差し上げるべきでしょう。リズァーラーに対する保護活動が、ここに一つの結実を見たのです。」


 そう言いながら、カティーは手を差し伸べ、まるで舞台袖に控えている役者を呼び出すような仕草を取ってハリコを促す。


 明確な命令としての形ではなかったため、ハリコはすぐには自らのとるべき行動を見いだせないまま、目をぱちくりさせて立ちっぱなしであった。背後からカティー直属の警備兵に小突かれ、ハリコはようやくよろめき出るようにして衆目に晒される場へと足を踏み出した。


「ウァ……ッ。」


「さぁ、ご覧ください。以前私が保護し、そして崩落事故においては私の恩義に報い、私の命を救ったリズァーラーです。あの時は見る影もない姿でしたが、この通り、私は彼に五体満足な姿を取り戻してあげたのです。」


 再びカティーに向けて拍手喝采が送られ、どよめきと共に記者たちはハリコへ視線を注ぐ。


 彼らの目に浮かんでいた感情は、身体機能を取り戻したリズァーラーへの祝福では決して無く、やはり好奇心が満たされる感覚に充足を覚える類のものであった。


「私の祈りが通じたのか、この子は驚異的な回復を見せています。新たに得た手足によって、ただ歩き回れるだけではございません。多少は複雑な動作も出来るのですよ。さぁ、皆さんにお見せしなさい。」


「……ウ?」


 またしてもカティーから与えられた指示の内容を理解しかねて、ハリコは固まっていた。


 そもそもカティーは、ハリコの身体がどの程度動けるようになったのか、今まで詳細に知ろうとはしていなかった。事前に何の打ち合わせもなく、ハリコは自分のどのような動きを披露すべきなのかもわからない。


 が、既にカティーの側に準備は整っていたらしい。彼女からの目くばせを受けて、近づいてきた警備兵の一人がハリコへ一本の重い瓶を手渡した。


「ウゥ……?」


「あら、可愛らしいですね、スパークリングワインの瓶を渡されても、何をすべきか分かっていないようです。その瓶の入り口に、栓がしてあるでしょう?警備兵に銘じて、多少は緩めてあります。それを抜き取るのですよ。」


「ウゥゥ……?」


 ますますもって、ハリコは混乱していた。新たに得た四肢が正常に機能する様をアピールするため、全身が動く様を見せるわけでもなく、ただ瓶の栓を抜くことを命じられるだけだとは実に不可解であった。


 コルク栓が快音とともに飛び、白い泡が噴き出す様を人間たちが祝いの席で喜ぶ文化など、彼が知る由もない。


「ウ……ウゥ゛……。」


 ともあれ、ハリコは人間に命じられたことを実行する他にない。カティーから告げられた通り、瓶の口を封じているコルク栓は半ば抜かれており、あと少し力を込めれば抜き取れるように見えた。


 しかし、人間に腕力では劣るリズァーラーにとって、瓶の栓抜きは結構な難題である。思いもよらぬ力仕事であることに気づいたハリコは、コルクを手で抜き取ることを早々に諦め、得意とする牙でコルク栓に噛みつき、一気に引っこ抜いた。


「ウァッ、ギャッ!?」


 ポンッ、という音と同時に、瓶の口からは凄まじい勢いで発泡した内容物が噴出し、必然的にハリコの顔面へまともに降りかかる。


 悲鳴を上げ、驚いて後ずさっているハリコの姿を見て、この場に集まっている記者たち、そして傍らで見つめていたカティーも、非常に愉快そうに笑っていた。


「お楽しみいだたけたようで何よりです、皆様。リズァーラーと人間の差別もなく、こうして微笑ましい光景を共に楽しめるような世の中が、いずれ実現することを私どもは切に願うばかりです。」


 濡れそぼった顔や体からポタポタ雫を垂らして呆然としているハリコを背後に、ひとしきり笑い終えたカティーは再び演説を始めている。


 見世物となったハリコの滑稽な振る舞いが、いわば"場を温めた"おかげか、記者たちも機嫌よさげにカティーの話を聞いている。今しがたハリコが栓を抜いたものとは別の瓶から、彼らの手元に置かれたグラスへと上等そうな酒が注がれ始めた。


「この地下都市には、他にも身体の欠損のため廃棄処分に怯えるリズァーラーたちが大勢います。私は、今後も彼らのような存在を保護し、温かな暮らしを与えてやりたいと思っています。」


「身体の再建手術を終えた今回のリズァーラーについては、今後どのように扱うおつもりですかな。」


「彼自身の意思を尊重し、その能力をいかんなく発揮できる、生きがいのある立場を与えてあげるつもりです。」


 記者たちからの質問へと答え始めたカティーからは、もはやハリコへと下す命令はないらしく、彼女はずっとハリコへ背を向けていた。


 先ほどと変わらず、全身から雫を垂らしながら、片手に栓を開けたばかりの瓶を握っているハリコは、不意に警備兵から肩を掴んで引っ張られる。


「こっちに来い、もうお前の出番は終わりだ。」


「ウァ……。」


 少なくとも自分が今手にしている瓶の中には、人間のための飲み物が入っていることぐらいはハリコにも分かっていた。だからこそ、自分が栓を抜いた瓶をいつ渡すように命じられるか、待ち続けていたのだ。


 が、どんな菌を持っているとも知れぬリズァーラーが直接触れたものは、特に富裕層の人間たちにとって飲食に堪えるものではない。警備兵はハリコが未だに握り締めている瓶をひったくるようにして取り上げ、中身を排水溝に全て流した後ゴミ箱へと投げ捨てた。


「……ウゥ。」


「カティー様はこれから忙しい、今後のお前の処遇については、俺が代わりに告げるよう命じられている。」


 先ほどまでカティーが居る方向へ視線を向けていたハリコであったが、そう告げられて警備兵の方へ自然と向き直った。自らに命令を与える人物を注視することは、リズァーラーとして振舞う中で染みついた挙動であった。


「我々は保護活動の名目でリズァーラーを回収しているが、管理局からは労働力となるリズァーラーを返せとうるさく催促され続けている。お前は文句なく働けるため、管理局へと所属を戻されることとなる。」


「ウ……ウゥ゛。」


「不満か?お前としちゃ、カティー様のペットとして過ごす方がよほど安泰だろうが、そうそう旨い話はない。また身体のどっかを切り落とされることになるかもしれんが、せいぜい管理局の任務を頑張ることだな。」


 警備兵はそう言ったものの、ハリコにとっては願ってもない話である。カティーが必要とする時にだけ引っぱり出され、それ以外は物として放置されるばかりの存在として過ごすことには慣れる気がしなかった。


 また以前のように、マナコやベスタとともに処刑任務へと勤しむ日々が戻ってくる。それを思えばこそ、ハリコは目を見開いて小さく唸ったのである。


「これは決定事項だ、既に管理局へと話は通じている。我々とて、管理局の機嫌を損ない続けるわけにもいかない。」


「ウゥ……。」


「ここでぐずっていても、何も進展しないぞ。お前の仲間が間もなく排水管を通って迎えに来る、さっさと出ていけ。」


 急かす警備兵であったが、ハリコが心残りに感じていたのはカティーに対しての思いであった。


 先ほど、自分が笑いものにされたことなど、彼の理解力では気づく由もない。命令を与えられない時間を無為に感じることこそあれど、概ねカティーの行いはハリコの身を救っていたことに違いは無かった。


 廃棄処分を免れ、暫しの間とはいえ上層街における富裕層の暮らしを経験し、そして今、以前同様に五体満足で活動できる体を取り戻している……それは仲間の手足を切除したおかげではあったものの。


「ウゥゥー。」


「管理局の下で働き続けていたわりに、命令に従わない奴だな。カティー様に恩義でも感じているのか?いや、低俗なリズァーラーには、あり得ない話か。」


 未だ記者たちと交わすカティーの声が聞こえる方を見て唸り続けるハリコを、警備兵がひときわ強く押し返そうとした矢先のことであった。


 ハリコの背後から、しばらく聞くことの無かった、しかし以前幾度も耳にした、懐かしく愛おしくもある声が響く。


「リコくん!お迎えに来ましたよぉ!」


「ウァ!ウゥ!」


 ハリコが振り返るとほぼ同時に、パタパタと駆けよってきたマナコが彼の手をがっしと掴み、胸元へ引き寄せる。


 マナコは新たな作業服を与えられていた。それは以前までと大差ないみすぼらしいものであったが、マナコの表情が一段と明るく見えたことに一役買っていただろう。相変わらず、彼女は左目のまぶたを全開のまま固定する器具を装着し、やたら広く見える白目の真ん中で瞳を小さく震わせている。


 彼女の胸、折れまま治癒した肋骨がそのままゴツゴツと表皮に突き出ている感覚をなぞりつつ、ハリコは再会の喜びを言葉無き声にあらわしていた。


「ウァン!ウゥゥ!」


「また上等そうな服を着せてもらっちゃって、良い暮らししてたんですかぁ?これから私と一緒に、排水管暮らしへ帰りますよぉ、耐えられますかねぇ、えへへぇ。」


「ウン!ウァウ!」


 とうとう正式に、本来の自分の居場所、マナコ達と共に処刑任務を行う管理局所属へと戻ることになったハリコの嬉しさは、傍らに立っていた警備兵にも存分に伝わっていたのであろう。


 必要以上の声量で再開を喜び合うハリコとマナコに対し、声を抑えるよう窘める言葉はしばらく経ってから与えられたのであった。

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