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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
存在を委ね、物として
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輩より奪った手足を、堪能し

 シェルから切除された四肢を、自分の身体へ移植される手術の間、ハリコは目を見開いた表情のままで沈黙し続けていた。


 そもそも言語を発せる口の構造ではないハリコであったが、今この状況では何を主張する必要性も見いだせず、また聞き入れてもらえる余地も無いことに違いなかった。


「……。」


「一応、縫合しておいてやるか。妙な角度のままで固定されては、この手術の依頼主から文句を言われかねん。」


 ウィトゥス博士は呟き、人間の手術では決して用いないような太さの針と糸を持ち出してきた。菌糸によって織りなされたリズァーラーの身体は、あまり細すぎる糸を通しても脆くちぎれてしまいかねないためだ。


 ハリコにとって自らの意思で動けるようになることは、ブラックマーケットでの任務にて手足を失って以来、ほぼ常時願い続けてきたことではあった。が、今現在行われた処置は、決して喜びや感謝の念を伴うものではなかった。


 新しい手足を縫合する作業が進むハリコの隣の手術台では、全身を拘束され両手足を失ったばかりのシェルが、抵抗も無意味と悟ったのかグッタリと静かに横たわっている。


「それにしても随分と暴れたものだな、このリズァーラーは。仲間のために自らの両手足を供与すると、一度は同意したのではなかったのかね。」


「申し訳ございません、研究者様。このリズァーラーの記憶能力に不具合があることは先ほど申し上げた通りですが、想定していた以上の短時間で直近の記憶を失ってしまったようです。」


 ウィトゥスが愚痴とも独り言ともつかぬ調子で口にした内容に、リズァーラーの管理官は無機質な声で応答しつつ、丁重に頭を下げている。


 両手足さえあればまともに活動できるハリコのため、自らの四肢を差し出すことにシェルが賛同するか否かは、彼らにとってもとより重大な内容でもなかった。リズァーラーにはそもそも権利などなく、人間や管理局がひとたび決定した扱いを拒むことは出来ないのだから。


 ただ、彼の特異な体質についての研究を早々に開始したいウィトゥスにとっては、暴れるシェルを手術台に固定した拘束具をいちいち取り外す手間が増えたことが、面倒なだけであった。


「まぁいい、移植手術は済んだ。両手足を切除したリズァーラーは、私の実験室へと移動させておきたまえ。手術道具も片付けておけ、私はすぐにでもそのリズァーラーの身体を用いて実験を開始したいのだ。」


「了解しました。」


 ウィトゥスから告げられた指示の通り、警備兵たちが動きはじめる。シェルの身体が拘束された手術台は下部の車輪の固定が外され、そのままガラガラと押されて手術室から運び出されていく。


「……?」


 相変わらず頭部までも太いベルトで固定されているシェルの表情は明確には見えなかったものの、彼は先ほどまでとは様子が異なっているように思われた。


 拘束されたまま、抵抗むなしく自らの四肢を切断されていく実感に慄き、必死で逃れようと暴れていた時の様相は既に無い。今のシェルは沈黙を保ったままながら、顔を覆われ周囲の様子が分からないままに首を左右に向けようとしていた。


 彼の記憶はまたしてもリセットされ、自分が四肢を失って手術台に拘束されていることすら知らない状態に戻っているらしかった。


「シェル、心配しないで……。」


 警備兵たちから手術室の隅へと押しやられ、苦しげな表情を浮かべながらも場を静観しているしかなかったベスタは、流石に運び去られるシェルに一声かけずにはいられなかったらしい。


 幸いにもウィトゥスは次なる実験へと心踊らせながら向かっており、警備兵たちも各々の言いつけられた作業に従事していたため、命令に無い行動をとったベスタを見とがめる存在はいなかった。


 ただ管理官だけが、ベスタに退室を促しつつ声をかける。


「我々は帰還しましょう、研究者様からのご依頼は達成済みです。次なる管理局からの任務指示に備えましょう。」


「……分かってる。」


 仲間が一人、両手足を切断され、ウィトゥスの研究機関の実験台となったばかりであるというに、管理官は何らの心情を動かすことなく、ただ機械的に必要事項を告げるばかりであった。


 処刑担当リズァーラーの一員として、示された命令に逆らうわけにはいかないベスタ。彼女もまた手術室の出口へと歩を進めつつ、手術台の上に残されているハリコの方を振り向く。


「じゃあね、ハリコ。……出来れば、あなたとまた一緒に仕事をしたい。マナコも、あなたが新たな手足を得て、再び動けるようになる時を心待ちにしている。」


「ウゥ……。」


 たとえ行動能力を回復したとしても、リズァーラーであるハリコには自らの所属先を選ぶ自由意思など無い。仮に、この再建手術をウィトゥスへ依頼したカティーが、ハリコの身柄を自分の手元に置いておきたいと言い出せば、逆らえない。


 それゆえにハリコは、曖昧な意味を込めた唸り声しか返せなかった。管理官はもとよりこちらに関心も視線も向けぬまま、ベスタを伴って手術室から出ていった。


「……ウー。」


 ハリコは、また長い時間を待つこととなった。とはいえ、今回の待ち時間には明確な終わりがあり、希望があった。


 彼は、再び自らの意思で手足を動かし、行動できるようになるのだ……それはシェルの身体から切り離されたものではあるが。


 生々しい切断面は、縫合されて間もなくハリコの手足が本来ついていた場所へピチャリと張り付いていた。ハリコの胴体側から伸びてきた菌糸は、新たに得た手足へと食い込み、複雑に絡み合いながらリズァーラーとしての体組織を再構築していく。


「ウ゛ゥ゛。」


 ためしに、ハリコは腕を動かそうとしてみた。


 そうそう速やかに機能が回復するわけでもなく、また手足の無い状態で過ごした時間もあまりに長かったため、力の入れ方を忘れかけてもいたが……彼は確かに、自らの指先が手術台の表面をかるく叩いた感触を覚えた。


 今、自分の指がどのような動きをしたのか、寝そべったままの恰好ではいくら首を動かしても視認することは叶わなかったものの、自分の意思が指先に通ったことは間違いなかった。


「ウゥゥ……!」


 その時、ハリコが感じたのは、嬉しさに他ならなかった。


 自分の胴体に新たに接続された両腕、そして両足が、シェルの身体から切除されたものであることなど忘れ去っていた。一旦は同意を示したものの、記憶がリセットされたがために抵抗し、凄絶な拒絶を全身で示すシェルから、無理やりに切断された両手足であることなど。


 ハリコの身分、人間からの命令に逆らえない存在、リズァーラーという立場は以前までと変わらない。


 しかし、もはや周囲からいかなる扱いを受けるとも知れぬ状況で怯え、不安を抱いたまま放置される状態を味わわずに済むのだとの実感は、ハリコの瞳をしばらくぶりに輝かせた。


「ウゥ、ウゥ、ウ!」


 否、これほどの高揚感を覚えるのは、ハリコがリズァーラーになってから初のことだったかもしれない。自分の身体を、自分の意思で動かせることは、制度的に整備された尊厳や権利などとは関係なく、自存在の根源から包み込むような歓楽であった。


 両手足を失ったシェルが仮に目の前にいたとしても、ハリコはその嬉しさを隠すことなど出来なかったろう。


 徐々に慣れ始めた腕の先、手のひらでピシャピシャと手術台の表面を叩くハリコに気づき、手術室を覗き込んだ警備兵が粗雑な声を投げかける。


「おい、騒ぐな。お前も拘束されたいのか。」


 リズァーラーとしての本分を思い出したハリコは、大人しく動きを止める。


 が、仰向けのまま天井を見据えている彼の瞳は、その興奮を示すように眼球の中で細かく震え続けていた。


 久々に自らの手足を得たハリコが、体を動かす練習を自主的に開始したのは、間もなくのことである。


 人間では考えられないほどの速度で身体の修復が行われるリズァーラー。彼らの体内で繁殖している菌糸は、養分さえ残っていれば絶えず活動し続け、一旦失った身体機能の復元もまたスムーズであった。


「ウ……。」


 まずは両腕を支えにしながら、上半身を起こそうとする。指先の触感以外は未だ感覚が戻ってきておらず、どの程度の力を入れられているのか、首をひねって背後を視認しなければ分からない。


 なかなか持ち上がらない自分の身体に焦れて踏ん張ってみれば、今度は極端に力が入りすぎ、勢いよく上半身が跳ね上げられてハリコは自分の膝に顔をぶつけかけた。


「……ウァア。」


 体を動かす感覚を取り戻すために悪戦苦闘しているハリコの姿を、見守る者は居ない。手術を行ったウィトゥス博士は、既にシェルの特異な体質を研究することに没頭しており、どうせマトモに動くことのできないハリコをわざわざ見張りに来る警備兵もいない。


 が、ハリコは少しでも早く、自分の身体を自らの意思で動かせる感覚を味わいたかった。リズァーラーとしての存在が始まってからというもの、彼が初めて抱いた欲求らしい欲求であった。


「ウ、ウ゛、ウゥ゛。」


 上半身を起こした後、次に試みたのは寝かされている手術台から立ち上がることである。


 下半身を動かそうにも、どのように力を掛ければよいか思い出せないハリコは、仕方なく辛うじて動く手で自分の脚を持ち上げて移動させる。膝から下がダランと力なく揺れる状態ではあるが、彼はどうにか手術台に腰掛ける姿勢まで自分の身体を持ってこれた。


「ウゥ、ウゥゥ……!」


 そのまま立ち上がろうとしたハリコであったが、腕と違って未だ感覚の戻らない脚で体重を支えるのは無理な話である。


 かろうじて膝を延ばす動作だけは可能だったものの、バランスを取って立ち続けるには程遠く、ハリコはよろめく暇すらなく前のめりに倒れ伏した。


「ウアァ、ギャッ!」


 人体と比べて圧倒的に重量の無いリズァーラー、ハリコが転倒したところで、大した音も出ない。


 パタリ、と素っ気ない音が無機質な部屋の中に響いたのみで、警備兵が気づいて覗きに来るようなこともなかった。床にうつ伏せとなったハリコは、しばらくの間ぎこちなく手足をバタつかせていたが、どうにか這いずって移動する手段を応急的に会得した。


「ウゥ……ウァ……。」


 暫く這いまわっている内に、ハリコは徐々に手足を動かすコツを掴み始める。完全に胴体を床に擦りながら移動していた状態から、少しずつ膝を立て、四つん這いの姿勢でありながらスムーズに手足を動かせるようにはなっていった。


 それは人間に置き換えれば、脅威的な回復力ではあった。リズァーラーの体内で活動する菌糸の恩恵か、完全に手足を失った状態からの機能回復がこれほどの短期間で為されるのであった。


 ハリコはそのうち、壁に手をつき、おそるおそる二本の脚で立ち上がることをも試み始めた。


「ウン、ウゥ、ウゥ゛ゥ゛。」


 仮にウィトゥスがじっくりと時間を取り、ハリコの観察を続けていれば、その姿に多少は興味を見出したかもしれない。


 が、リズァーラーを使役する立場の人間からすれば、損傷を受けたリズァーラーを廃棄して新しい個体を用意することに変わりはない。むしろ、わざわざ新しい手足を用意してやり、手術に手間や時間を割くことはただただ面倒な振る舞いであった。


 ズルル、と壁についた掌がずれて、前のめりの姿勢のままバランスを崩したハリコはしたたかに顔を壁へとぶつける。


「ウァッ……!」


「うるさいな、何をバタバタしている。」


 流石に音に気づいた警備兵の一人が覗きに来る。


「こいつ、もう動けるのか。」


「……ウゥー。」


 つい先ほど手足を縫合されたばかりのハリコが、もう手術台から離れた位置まで移動できている様には多少驚いたようであった。


 が、手足を不器用に動かして床の上でもがいているハリコの姿は、脱走の恐れを警備兵に懸念させるほどのものではなかったらしい。実際のところ、ハリコはただ己が体を動かすことが目的であり、動けるようになったからといずこかへ向かう目的はなかった。


「ウィトゥス博士に報告しなければな。部屋から出るんじゃないぞ、いちいち拘束具を運んでくるのは手間なんだ。」


「ウン……。」


 警備兵からの声掛けには曖昧な唸り声で返事しつつ、ハリコは改めて諦めることなく壁に手をつき、足でバランスを取って立ち上がろうとしていた。


 立つときには膝ではなく、足の裏を床につけるべきであることを思い出したハリコは、たかだか二度目の挑戦でありながら、どうにか直立する姿勢へと漕ぎつけることが出来つつあった。細かく足を置き直しつつ、僅かでも体を揺らせば即座に転倒しそうになりながらも。


「ウゥー……ウアァ……!」


 その時、ハリコの口元から漏れ出たのは、感嘆の声であった。彼は自分がそんな声を出せることに、我ながら驚いていた。


 ただ立ち上がり、動ける目途が立っただけのことが、これほどの歓びになろうとは思いもよらなかった。管理局の指示に従って、五体満足なまま処刑任務を執行し続ける日々の中では、決して味わうことのできない感覚であった。


 無事に身体機能を取り戻すリハビリを、誰からも奨励されず、誰からも称賛されない空間で、ハリコは独り、人知れぬ喜びをかみしめていた。


「いちいち呼び立てないでくれないか、私は例のリズァーラーを研究する以外に時間を費やしたくないのだ。」


「申し訳ありません、ウィトゥス博士。しかし、監視対象に変化が見られた以上、ご報告は差し上げなければと。」


 やがて暫くの後、警備兵からの報告を受けてウィトゥスが顔を出した時、ハリコは流石に直立し続けるための力を使い果たし、再び床の上に寝そべる体勢へと戻っていた。


 ハリコ自身にとっては劇的な進歩であったのだが、長きにわたってリズァーラーの身体を解剖研究し続けてきたウィトゥスにとっては、さして驚くべき事象でもなかったらしい。興味なさげに一瞥した後、彼はクルリと背を向ける。


「リズァーラーの性質上、十分に想定の範囲内だとも。奴が自由に歩き回り始める前に、部屋の施錠を忘れるな。手術の依頼主を満足させるまでは、コイツの身柄を保護していなければならない。」


「了解しました、博士。」


 結局、床に寝そべっているハリコは助け起こされることもなく、手術台の上に寝かされることもなく、彼らが出ていった後に部屋の扉が閉まる音、施錠される音が冷たく響いたばかりであった。


 その時の彼は孤独など感じてはおらず、次に起き上がったらどの程度自分が歩けるか、それを楽しみにする思いばかりで満たされていた。


「ウゥ、ウゥー……。」


 ……が、歩く練習も十分に重ね、いよいよ五体満足だった以前同様に歩き回れるようにまで身体機能が回復した時、湧き上がってきたのはやはり不安であった。この先、自分がどこへ連れていかれるのだろうという不安である。


 リズァーラーに、自らの処遇を希望する権利はない。たまに顔を出してハリコの状態を確認するウィトゥスから、身体の完全回復を告げられた時、その不安はますます強まった。


「これだけ回復できれば、私の施した身体再建手術に文句は付けられんだろう。カティー女史に報告し、報酬をたっぷりせしめんとな。」


「ウゥ……。」


「お前がペットとして可愛がられるのか、あるいは動けるようになったのをいいことに奴隷として使われるのかは知らんが、この私が身体機能の回復を保証したのだ。動けんフリだけはしてくれるなよ。」


 ウィトゥスの語り口からするに、この身体再建手術を依頼したカティーのもとへ送り返されるのがハリコの順当な扱いらしかった。

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