途切れる記憶の中、苦悶は常に新鮮に
今まで数え切れぬほどのリズァーラーに対する実験行為を続けて来たウィトゥスが、これから始めることについても躊躇する理由など無かった。
シェルの服を急かしながら脱がせ、手術台へと彼を押し付けるように寝かせる。シェルの身体もまたハリコ同様、これまでの任務中に受けた損傷を菌糸が歪に修復した跡が、至る所に残っていた。
「フム、栄養状態は悪くないな、リズァーラーの尺度で評すれば。コイツが任務に役立てられなかったのは事実のようだ、しばらくの間動くことが無かったと見える。」
黙りこくっている面々に囲まれ、ウィトゥスだけがシェルの身体を観察しつつ快活に喋り続けている。
血の気の無い肌を晒し、四肢の無いハリコと並んで横たわるシェルは、いよいよ実験に用いられる標本めいていた。
いかな扱いに対しても抵抗や拒否を示す権利を有さぬ、物としての扱いに準じるように彼は黙している。手術台の周りに道具を準備しつつせわしなく歩き回るウィトゥスの邪魔にならぬよう、ベスタが多少離れて心配そうに見つめていた。
「では、さっそく切断手術を執り行う。おい、キミ、コイツの身体を押さえつけておいてくれ。」
「リズァーラーは痛みを感じません、研究者様。切除中、抵抗することは考え難いです。」
ウィトゥスからの指示に従い、管理官はシェルの身体を押さえつけながらも見解を述べる。
その程度のことなど分かり切っている、と言わんばかりにウィトゥスは骨格切断用の鋸を振りながら答えた。
「切断作業中にズレてしまうのを防ぐためだ。拘束具付きの手術台を用いても良いが、私はこのリズァーラーから手足を切除してすぐに実験室へと持ち込みたいのだよ。そこでボーッと突っ立ってるのも、協力したまえ。」
ベスタもまたウィトゥスからの指示を受け、手術台に横たわるシェルの身体へと近づく。
先ほどから徐々に高まりつつある不安の内容を、今まで黙って考え続けていた彼女は隣に立っている管理官へと告げた。
「管理官、いざとなったらシェルの身体を強く押さえ込む準備をしておいたほうがいい。どんなタイミングで、シェルの直近の記憶が白紙になるか分からない。」
「……。」
その予想は、極力的中しないようベスタが心底から願い続けている類のものであった。
管理官は、ベスタへ返答しなかった。以前までの彼であれば、必要のない会話にも応答することぐらいはあったろうが、今の管理官は上から与えられる命令に対してしか反応を示せない状態であるらしかった。
代わりに、口を開いたのは手術台の上のシェルである。
「頼むぜ、ベスタちゃん。お前に叱られたら、どんな"俺"が意識を持っていても、素直に言う事は聞くからさ。」
「……でしょうね。」
シェルには、ベスタが危惧している現象の何たるかを十分に理解できていた。
対照的に、彼らが何の話をしているのか分からないままのハリコ。シェルは顔を隣の手術台に横たわるハリコにも向け、口角を引き上げて喋った。
「あとで俺が何をわめき立てても、聞き流してくれ。少なくとも今の俺は、ハリコ、お前に手足をやることを決めてんだからよ。」
「ウゥー……。」
両手足を切除し、仲間のために差し出すこと。
すなわち自分はもはやリズァーラーとして欠陥品であり、真っ当に活動し続けられない状態であること……それらを事実として認め、伴う処置を自らの身に受け入れることは、相応に胸中を整理する時間なくしては困難であろう。
まもなく切断に使う道具を全て並べ終えたウィトゥスは、迷わず刃物をシェルの肩口へザクリと入れた。
「人間の肩部における筋肉の付き方とはかなり異なっているからな、だが菌糸は脂分が乏しいだけに刃物の邪魔をしない。リズァーラーの解剖など、すぐに終わる。」
誰に対してというわけでもなく、ウィトゥスは自身の手腕を自慢するように独り言を口にしつつ、手間取る様子もなく切除手術を進めていった。
確かに、シェルの右腕は余りにもあっけなく、ものの数秒で一本切り離された。隣の手術台から見つめていたハリコは、その速やかな切断作業に、自分がブラックマーケットにて拘束された際に受けた仕打ちと同様のものを感じていた。
ウィトゥスとしてはさっさと興味のない作業を済ませようという腹だったのだろうが、それはあまりにも雑で、粗暴な振る舞いにも見えた。ベスタはシェルの身体が切除された部分を視界に入れないよう、深く俯いていた。
「次は、右脚に移ろうか。片側の手足の状態を分かっていれば、反対側も似たようなものだからな。解体作業がスムーズに進む。」
ウィトゥスがシェルの大腿部に刃物を入れ始めた時、ベスタの危惧していた異変が起きた。
先ほどまで自分の身体が受けている切除作業から目を背けていたシェルであったが、その顔の向きは徐々に正面へと向き直る。痛みを感じないまでも苦悶を隠しきれずにいた表情も、無機質さを増していく。
間もなく薄れていた意識が呼び起こされるように、ハッと自分の置かれている現状に気づいた様子のシェルは、既に自分の左肩から先が無くなっていることに気づき、悲鳴を上げた。
「えっ……お、おい、おい!俺の腕が無い、腕が!なんでだ、何が起きてるんだ!?アンタ誰だ、俺の身体に何をしてる!」
ベスタが恐れていたこと、すなわちシェルの記憶の混濁が、切除手術中に起きてしまうこと……今まさに、それが起きていた。
ハリコへと自身の手足を移植する手術に合意することを、手術前のシェルが決断していたとしても、その記憶を全く持たない別のシェルの意識が目覚めた時、彼は甚だ不本意な状況に身を置いている己を見出すのみである。
「アンタ何をやってるんだ、俺の腕、なんで切り離されてんだ!?」
「これはますます興味深い、唐突に記憶を失うとは。いや、単に失ったわけではなさそうだな、別の記憶を有する意識に上書きされた、と見るべきか。」
唐突に豹変したシェルから数歩後ずさりつつも、ウィトゥスは切断用の鋸を手にしたまま、面白そうにその様子を観察し続けているばかりである。
その様子は、ますますシェルを気味悪がらせ、これ以上の身体の欠損を許すものかと暴れさせる結果に繋がった。
「来るんじゃねぇ、俺から離れろ!」
手術台から起き上がろうとするシェルの身体を、管理官と並んでベスタが必死に押さえつける。万が一、管理局お抱えの科学者であるウィトゥスにかすり傷でも負わせてしまったら、この場に居るリズァーラー全てが処分の対象となりかねない。
少なくともハリコが活動可能な状態となってチームの元へ帰ってくる、その希望を無にしないためにもベスタは必死になってシェルへ呼びかけた。
「シェル!私の顔を見て、落ち着いて!あなたの意思で同意したの、この手術には!」
「ベスタ!?なんでお前まで俺を押さえつけてやがんだ、離せよ!」
「あなたは四肢を失ったハリコのために、自分の両手足を提供することを決めた、真っ当に任務活動が出来ない自分よりも、ハリコが行動できるほうがいいって……!」
「そんなこと、言った覚えはないぞ!勝手に決めるんじゃねぇよ、俺はまだ欠陥品扱いされるつもりもねーよ!」
切除手術を開始する前にシェル自身から頼まれたように、ベスタは彼へと語り掛け続けていたが、"現在の"シェルはまるで聞く耳を持つ様子もない。
ベスタの隣にいる管理官はといえば、ウィトゥスから命令された通り、律儀にシェルが手術台から起き上がらないよう押さえつける役目を続けるばかりである。彼がシェルの説得に参加したところで、何らの役に立つとも思えなかったが。
ウィトゥスはしばらくの間、興味深げにシェルの暴れる様子を眺めていたが、やがて観察は十分とばかりに警備兵を呼びつけた。既に騒ぎの様子を聞きつけていた警備兵たちは、拘束具を手に部屋へ踏み込んできた。
「あぁ、気が利くね、キミたち。また拘束具を外すのが面倒だが、仕方ない。あの実験体を、手術台へ固定してくれたまえ。」
「了解しました。そこのリズァーラーども、どけ。」
ウィトゥスからの命令を受け、警備兵たちはベスタと管理官を押しのけるように割って入る。
「クソッ、何しやがる!俺が何をしたってんだ、今の今まで、ずっと管理局のために任務をこなし続けて来たってのに!ここに来て、ゴミみたいに俺の身体を切り刻んで、捨てる気か!」
「黙れ。ウィトゥス博士は、お前の身体を研究に役立ててくださるんだ。」
わめき立てるシェルの口を塞ぎつつ、警備兵たちは手早く拘束具を手術台に取りつけ、シェルが身動きできぬように固定していく。
顔を覆う硬いベルト越しに、なおも必死で何かを訴えようともがき続けているシェルへ、ベスタは近づくことさえ出来なかった。警備兵からの指示に逆らうことは、リズァーラーの立場から許されることではない。
彼女はシェルへと眼差しを注ぎ続けるばかりであった……口を塞がれ、周囲へ敵愾心に満ちた視線を振りまいている彼は、それに気づかなかったろうが。
「さて、思わぬ障害に当たったが、さっさと切除手術を終わらせようか。何やら、このリズァーラーの中から呼び起こされた新たな意識はご不満のようだが、両手足が全て切除された状態であるならば、諦めもつくだろうて。」
シェルが抵抗できない状態となったことを確認したウィトゥスは、改めてシェルの右脚付け根へと刃物を入れ、手早く切断作業を再開する。
リズァーラーは人間同様の痛みなど感じないはずであったが、自分の身体が今まさに大きく欠損させられているという認識を強いられたシェルは、口をベルトで塞がれながらも絶叫し、拘束具を引きちぎらんばかりに暴れ、全身を痙攣させていた。
「お願い、シェル……あなたは、今のままでは廃棄されていたの。ハリコも、あなたの手足をもらえれば、活動できるようになる……どうか、必要以上に、苦しまないで。」
祈りにも似たベスタのつぶやきは、思考内に吹き荒れる理不尽への抵抗で必死なシェルには、決して伝わらなかった。




