望まぬ道が示されるは無限の必然であり
四肢を失ったハリコのため、彼に与える新たな両手足を模索する段階はもはや過ぎ去ろうとしていた。
ハリコの身体再建手術を命じられた研究者ウィトゥスには、わざわざ手間のかかる義手や義足を製作しようとする意思などない。そもそも使い物にならなければ廃棄処分すればよいリズァーラーのために、余計なコストを掛けること自体、地下都市の価値観においては愚行に他ならなかった。
「ウゥ……ウ゛……。」
ゆえに、ウィトゥスが至った結論は、現在活動中の他のリズァーラーから四肢を移植するというものであった。
活動可能、すなわち労働力として役立つリズァーラーの身体を敢えて欠損させることも、これまたばかげた振る舞いではあったが、ハリコのかつての仲間の一人に、五体満足でありながら任務行動に携われぬ者が居るという。
その者についての心当たりがあまりに不穏であったが為、新たな両手足の移植を待つ間もハリコは不安げに唸り続けるのを止められなかった。
「ウゥ゛ー……。」
「お前も楽しみなのか、再び手足を得て行動できるようになることが。実は私も、だんだん楽しみになってきたのだよ。」
二つ並べられた手術台、その片方に寝かされたハリコを見下ろしながら、ウィトゥスは移植用の道具を揃えつつ、ハリコの胸中をまるで知らぬままウキウキとした声色で喋り続けている。
研究価値を見出せぬリズァーラーの個体の再建手術など、自らの研究時間を無駄に費やされるばかりだと愚痴っていた彼であったが、いざ実験としてリズァーラーの四肢を移植する準備を整え始めた今、やはり研究者らしく心を浮き立たせずにはいられなかったらしい。
「思い返せば、お前たちリズァーラーを解剖研究することは数限りなく続けてきたが、敢えて組み立て直そうとすることは今までに無かったのだよな。」
「……ウゥ。」
「知的好奇心はいずこに呼び出されるともしれんものだ、例えば、お前の足が本来ついていた場所に腕を繋げればどうなるか……」
「ウ゛ゥ゛!?」
「ははは、そんなに驚くほどの発想でもあるまい。今回は初の治験として、本来通りの機能が回復するか否かを見る必要があるがな。」
仮にこれが初の実験ではなく、あるいは命じられての実施でなければ、自分はいかに望まぬ姿へと改造されていたのだろう……考えるだけでもハリコはゾッとして、それから後は声も上げられなかった。
自分の新たな手足を供給するために連れてこられるリズァーラーについての予想もまた、ハリコを緊張の伴った沈黙へと押し込んでいた。
この隣にある手術台に寝かされるリズァーラーは、すなわち四肢を切除されることとなる。それが自分の全く見知らぬリズァーラーであれば、ハリコの抱きうる遣る瀬無さは多少和らいだのかもしれない。
「連れて参りました、研究者様。このリズァーラーでございます。」
しかし、再び管理官の声が響き、ウィトゥスが出迎えた相手は、ハリコの望まぬ予想に見事的中した存在であった。
管理官の背後、付き添いのベスタに身体を支えられるようにして立っているのは、ほかならぬシェルである。
「ウゥ……!」
「ハリコ、じゃねぇか。久々だな、それとも、俺の記憶がしばらく飛んでただけ、か……?」
シェルもまた、管理官に負けず劣らずかつてとは変わり果てた姿となっていた。
目の周囲がひび割れたように欠落し、ぽっかりと空洞になっている点は変わりないものの、そこに覆いかぶさる髪の量は数倍にも膨れ上がっている。正確にはリズァーラーの頭部に生えているのは菌糸であったが、その容姿は長期間髪を整えることなくボサボサに伸ばし放題にした人間にも近しかった。
以前は目に開いた空洞から偶に覗く程度だった眼球も、今は内側から押し出されるようにあらわれたままである。本来の人間の目がある位置からはズレており、顔面から飛び出した眼球が髪に直接触れている様は、異形と呼んで差し支えない容貌であった。
「ウー、ウゥ。」
「どうしちまったんだ、そんな恰好になって。その前に、ここはどこだ?」
記憶が混濁するシェルの症状は、以前にも増して酷くなっているようであった。ハリコが四肢を失っている姿は、以前ブラックマーケットでの任務を終えて戻ってきた際、シェルも見ているはずである。
そのことを忘れ、ついで当然のごとく、自分がこの場所へ連れて来られた経緯もシェルは忘れ去ってしまっているらしかった。彼の身体を支えて共に歩いてきたベスタが、言葉を選び選び告げる。
「ここは、ウィトゥス博士の研究施設。あなたは、ハリコの受ける手術に協力するために来たの。」
「何だよ、手術って……いや、済まない、俺の記憶から抜けてるだけだよな。説明してくれるか?」
ベスタは暫し、口籠る。
シェルの四肢を切断し、ハリコへと移植すること。すなわち、もはや記憶の混濁が酷く、任務活動にはマトモに携われないシェルは役立たずのリズァーラーとしてのみ認識されていること……それらを、シェルの記憶が失われるたびに説明しなおすのは、ベスタにとっても辛い行為であったろう。
一方で、シェルの姿を目にしたウィトゥスは、これまた別種の理由で好奇心を昂らせていた。
「ほう……!頭部にかくも大々的な変異を来たしているリズァーラーは、珍しい!内圧によって眼球が飛び出ているということは、脳にあたる器官が異様に発達していることの表れかもしれんな、キミ、このリズァーラーが何か特殊な能力を発揮することはあるかね?」
ウィトゥスから鼻息荒く問いかけられた管理官は、相変わらず無機質な声で淡々と返している。
「いいえ、研究者様。このリズァーラーは、記憶能力に不具合があるため、廃棄処分が検討されていた個体です。」
シェルに向かって、これまで幾度も繰り返してきた説明を続けるベスタは、"廃棄処分"の言葉が響くと同時に肩のあたりをこわばらせたようであった。
ベスタからの説明、すなわち両手足を切除してハリコへと移植することを聞かされているシェルの表情は、硬いままであった。滅多なことでは取り乱すことのなかったシェルにとっても、容易く受け入れ難い内容には違いないのだろう。
この空間の中、子供のように朗らかさを露わにしているのはウィトゥス博士ばかりであった。
「廃棄など、もったいのないことを!丁度良い、手足を切除してしまえば実験台として固定しやすいではないか、何故もっと早く私の研究所へ紹介してくれなかったのだね、この個体を。いやはや、巡り合わせとはどう転ぶか分からぬものだ、手足の切除後は我が実験のため存分に活用しようではないか。」
「了解しました、研究者様。シェルの処分につきましては研究施設へと一任いたします。」
管理官は、ウィトゥスの意思に賛同を示すように深々と頭を下げる。その動き方もまたぎこちない、錆びつきかけた機械のようであった。
深く項垂れているシェルの前では、ベスタが全ての説明を終えたのだろう。シェルは自らの扱いを受け入れることに抵抗は覚えながらも、自分よりもハリコに健全な四肢を与えることには同意してくれたようだ。同意したくなくとも、命令に逆らえないのがリズァーラーではあったが。
ベスタは小さく振り向き、背中越しに見たのはいかにも楽しげなウィトゥスの顔であった。
「さぁ、何をぐずぐずする必要があるだろうか、さっさと手術を進めよう!早ければ早いほど良い、こっちの四肢を失ったリズァーラーは行動手段を取り戻す、そっちの役立たずなリズァーラーは私の実験に貢献できる!さぁ、そいつを早く手術台に乗せたまえ!」
相変わらず、リズァーラーの名前をいちいち覚えるつもりもないウィトゥスは、ハリコとシェルをそれぞれ切開手術用の刃物の先で差して告げる。
これから四肢を切除されることになるシェルを、ベスタが助け起こす。
「悪いなベスタちゃん、最後の最後まで俺の世話ばっかり押し付けちまって。」
「私が来なければ、この場にはあなたが記憶を失うたびに説明する者が居ないから。」
シェルの扱いが決まった後でも、ベスタの表情は緊迫を示したままであった。
それは、今から始まる四肢の移植手術の間にも、唐突にシェルの記憶が失われる可能性に、ベスタが思い至っていたためでもあった。




