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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
存在を委ね、物として
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望まずとも他者の身を奪うに如かず

 身体の再建手術を受けるため、リズァーラー研究者の元へ送られることとなったハリコ。この地下都市において、リズァーラーを研究することを専門とする者は、ほぼ唯一に限られる。


 果たして、搬送されてきたハリコの顔を覗き込んだ研究者は、彼も見知った相手、ウィトゥスであった。ここ研究施設の内部も、以前の任務で二度ほど訪れた記憶のある場所である。


「見たことのあるリズァーラーだな。あぁ、そうだ、以前キャシー達に廃棄させたはずの個体だ。コイツ、運の良いことにゴミ捨て場から拾われたのか?」


「ウゥー……。」


 二度と会うことなどない、と思っていた相手との再会。目を丸くして視線を返しているハリコに対し、ウィトゥスは見飽きた玩具を眺めるような顔つきを示していた。


 そのような反応を示されるのも無理はない。四肢を失っているハリコは、労働力として役には立たず、異様に発達した牙が特徴的とはいえ、体質そのものは平均的なリズァーラーと変わりない。研究対象として魅力の無い存在であることは、否めなかった。


 実験机の上に横たわったハリコの身体をしばらく眺めまわしながら、ペン先をメモ用紙の上で走らせていたウィトゥスの口からは、その間も愚痴にまみれた独り言が止まらない。


「金持ちどもの気まぐれに、研究時間を割かれるのは実に不本意なことだな。リズァーラーなど使い捨てれば良いものを、わざわざ壊れた部分を治せとは。」


「……ウー。」


 何を言い返そうにも、唸り声しか上げられないハリコ。地下都市においては権利を有さない存在、リズァーラーに身体の再建手術を受けさせるなど、破格の対応であることは間違いなかったが。


 とはいえ、彼が込めた不満の念は声色に乗って伝わったらしい。無視しても良いところを、己の方針に異を唱えられることを許容できぬ研究者らしく、ウィトゥスは口早にハリコへ語った。


「義手や義足を用意せよなどと簡単に言いつけられる側の身にもなってみろ、製作の容易な代物では決してないのだぞ。単に可動域を有する棒を繋げれば良いというものでもない、身体の関節部というのは実に複雑な機構を有しているのだ。本当にばかげた仕事だとも、本来ならばとうに廃棄していた対象へ、面倒な処置を施さねばならぬというのは。」


「……。」


 矢継ぎ早に悪態を投げかけられ、ハリコは黙り込むしかなかった。自分が再び手足を得て、自らの意思で行動できるようになることへの期待感など、感じていられる状況ではなかった。


 しばしウィトゥスはブツブツと呟きながら歩き回り、過去の実験資料などを引っぱり出して読み漁っていたが、まずは彼にとっての妥協案を試すことにしたらしい。


「試しに、その辺の遺体から切り取ってきた手足を接続するか。どうせ人間の死体に宿る菌糸がリズァーラーの本質だ……以前も似たような実験はしたものの、上手くいかなかったがな。」


「ウ゛……?」


 確かに、遺体から切除した手足をそのままハリコの身体に繋げられるのならば、わざわざ義手や義足を製作する必要もない。


 とはいえ、ウィトゥスはリズァーラーの研究者として、既に同様の試行は行っており、そして成功を見ることはなかったらしい。人ならざるリズァーラーの可能性の探求の中で、そのような実験を思いつくのは当然のことでもあった。


 そそくさとハリコの寝かされた部屋から出ていったウィトゥスが、血にまみれた人間の腕と足を二本ずつ、トレイに載せて戻ってくるまでさしたる時間はかからなかった。人間の遺体の一部を、かくも容易に準備できる環境をウィトゥスは有していた。


「期待は薄いものの、これが上手く行けば大幅に私の労力は削減できるわけだ。精巧な義手の開発に苦労したということで、相応の報酬を要求してやってもいい。」


 ウィトゥスはそう言いながら、ハリコの腕と足がもともと繋がっていたはずの箇所に、先ほど切断してきたばかりの遺体の手足をあてがう。その内部からは未だに血が滴り続けていた。


 ハリコの身体の方は、既に胴体内部から伸びた菌糸が塊となって切断面を塞いだ状態で固定されている。程近くに湿った血肉を感じ取ったのか、早くも菌糸の先端が立ち上がって伸び始めている。


「そのままじっとしていろ。雑な処置かもしれんが、何せ成功例の無い術式なのだ。お前の体内の菌糸が無事に役割を果たせば、新鮮な手足を己が体へと取り込むことも叶う。」


「ウゥ……?」


 言うだけ言って、ウィトゥスは足早に部屋を出て行ってしまった。彼としては、他に没頭したい研究が山積みの中、唐突に持ち込まれた興味の無い対象に時間を割きたくはなかったのだろう。


 ただ人間の遺体の両手足を切断面にあてがわれただけの状態で、ハリコは無為に時間を過ごすこととなった。


「……ウー。」


 確かに、ハリコの体内から伸びだした菌糸は、新鮮な血肉を求めて無数の根を遺体の手足へと伸ばしていた。


 が、それはあくまで養分や水分を吸収するための作用にすぎなかった。切断された手足の断面に触れただけで、骨格や筋繊維、神経細胞などを逐一認識し、機能を模倣して胴体との接続を行うなどといった高度な処置など、ただの菌糸には到底不可能な芸当であった。


 やがて、養分を吸い取られて干からびた手足が転がり、その真ん中に相変わらず胴体と首だけが繋がった姿のハリコが寝転んでいる様を目にしたウィトゥスは、盛大に溜息を吐いた。


「何かの拍子に上手く行くかと期待を寄せていたが、やはり人間の遺体から切り出しただけの手足では無理か。結果的には、コイツに肥料を与えてやったに過ぎん。既にリズァーラーの身体として構築された手足でなければ、代替品にはならんか。」


「ウ゛ゥ゛……?」


 ウィトゥスから何を語り掛けられようにも、ハリコはもたらされる処置をただ無抵抗に引き受ける他にない。とてもではないが、彼には理解の及ばぬ内容である。


「ならば、現在活動中のリズァーラーから切除した手足を、まだ新鮮なうちに接続するのが確実となるな。さて、活動可能で役に立つリズァーラーを不良品とし、役に立たないリズァーラーの再建手術に用いるという、この上ない矛盾を実現させねばならん。」


「ウ゛……。」


 既にウィトゥスの中では、義手義足を製作するという手間のかかる選択肢は排除されてしまっているらしい。今の彼は、いかにして労力を掛けず、ハリコの新たな両手足となる物を準備できるかに思考の殆どを傾けていた。


 不穏な雲行きに対しハリコから向けられる不安の視線などお構いなしに、ブツブツ呟きながら考え事をしていたウィトゥス。妙案には思い至らなかったようだが、それでも現状を進める可能性のある道を見出すのに時間がかからない様は研究者然としていた。


「ひとまずは、リズァーラーどもを直接管理している連中に聞いてみるか。」


 それだけを独り言ち、ウィトゥスはいずこかへと連絡するために部屋から出ていった。


 両手足を失った状態となってからというもの、何の目途もなく放置され続ける時間にはいい加減ハリコも慣れ始めていた。彼は沈黙と孤独の中、不安に苛まれ続ける以外の時間の潰し方を見出すようにしていた。


「ウゥ゛ゥ゛。」


 例えば今、再びこの研究施設へ戻ってきたことで、ウィーパやキャシーのことを思い出してもいた。ひとたび最下層のブラックマーケットへ身柄を売り払われたハリコが、数奇な経緯でここへ再び姿を見せている様を目にすればどう反応するだろうか、と。


 あるいは、本来の自分の仲間たちのことを。マナコが相変わらずであることは崩落現場から救出される時に目にしていたが、ベスタやシェル、ヤキバの現状も気になった。身体に異変が起きつつあったシェルは今も無事だろうか、ヤキバはそろそろ処刑任務にも慣れつつあるだろうか……。


 が、ハリコは間もなく、その想定に入れていなかった相手と真っ先に再会することとなった。ウィトゥスが再びハリコの元へ戻ってきたとき、彼が連れていたその相手の顔を見てもしばらく思い出せなかったものの。


「こっちに来てくれたまえ、キミはリズァーラーたちの管理官をしていたのだろう?この両手足の無いリズァーラーに、見覚えはあるかね。」


「はい、研究者様。このリズァーラーは、かつて私の指揮下にあった者です。」


 濁った瞳、頬の皮膚が大きく削げて歯列と顎骨が露出した顔、落ちくぼんで皺の寄った眼窩。


 かつてと比べれば容姿があまりにも変貌しすぎていたが、リズァーラーであるにもかかわらずきちんとセットされたヘアスタイルはそのままであった。


 彼は、ハリコが処刑執行リズァーラーとして働いていた頃に任務指示を与えていた『管理官』に他ならなかった。


 管理官の声色は以前にも増して格段に無機質となっていた。


「ウゥ゛……!?」


 ブラックマーケットにおける任務完了後、その姿を見せていなかった管理官。かくも変わり果てた外見になるとは、いったい彼の身に何があったのか、とハリコは目を丸くするばかりである。


 ウィトゥスはお構いなしに、リズァーラー管理官への質問を続けている。


「コイツに新たな両手足を与えねばならんのだ、上層街のお偉い方からの命令でね。キミのところに、腕と足を二本ずつ差し出せるようなリズァーラーは居ないか?」


「はい、研究者様。五体満足のまま、任務行動不能に陥っているリズァーラーが一体おります。」


 管理官からの即答に、ウィトゥスは満足げに頷く。


「そうか、そうか。では、そのリズァーラーをここまで連れて来てくれたまえ。新鮮なうちでなければ、接続に堪えんかもしれんからな。この場で移植手術を行う必要がある。」


「了解しました、研究者様。該当のリズァーラーを、ここまで連れて参ります。」


 管理官は命令された内容を機械的に復唱し、すぐさま背を向けて部屋を出ていく。身体が片方へと傾ぎ、片足を引きずるようなぎこちない歩き方であった。


 上機嫌に手術器具の準備を始めるウィトゥスの隣で、ハリコは自らの新たな手足への期待を感じる余裕もない。


 "五体満足のまま、任務行動不能"なリズァーラーが、あの管理官の指揮下、すなわちかつてのチームメンバーに存在するとすれば……ハリコは不穏な予感にやはり目を丸くし続けているしかなかった。

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