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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
存在を委ね、物として
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もとより剥がされる肉もなく

 カティーが籠り続けている密閉式ベッドは、崩落した居住区の瓦礫が散乱する空間を抜け、他の区画への連絡路を封鎖している隔壁へとたどり着いた。


 この最上層の街と地上を隔てる天蓋が崩れると同時に、それは直ちに閉鎖されていたのだろう。今は通り道の両脇へと片付けられていたが、降り注ぐ瓦礫から逃れるために殺到してきたのだろう住民たちの遺体が数多折り重なっている。


 力尽きた遺体の群れにも今は地上からの胞子が降り注ぎ、いくつかは内部で繁殖しつつある菌糸の働きを示して手足の先をぴくつかせている。


 カティーのベッドを運搬する警備兵たちの傍らで、マナコはその遺体の山を物欲しげに眺めていた。


「これだけ死体があれば、しばらく養分液には困らないでしょうにねぇ。このまま、降ってきた胞子に栄養を取られるに任せるのはもったいないですねぇ。」


「ウゥ……。」


 マナコの腕の中に抱かれた状態で、ハリコは気の無い返答の唸り声だけを上げていた。今の彼の心を占めているのは、養分液への欲求ではなく、地上世界への強い憧憬であった。


 二人がそんなやり取りをしている傍ら、警備兵たちは封鎖されている通路内部の仲間に合図を出したらしい。重々しい音と共に、隔壁が上がっていく。


「頭をかがめて、サッサと入れ。胞子による汚染を最低限にとどめるためにも、必要以上に地上環境へ露出させるわけにはいかない。」


 内部で待機していた者たちから急かされるがままに、警備兵たちは押し運んでいるカティーのベッドがぎりぎり通る高さで開かれた隔壁の下をくぐる。


 マナコも彼らと共に崩壊を免れた区画へと踏み込んだが、彼女は抱きかかえているハリコの存在を、待機していた警備兵の一人から見咎められた。手足の無いハリコの姿は、ますます不用品として彼らの目には映ったろう。


「おい、何を持ってきた。汚染された物質を、不必要に持ち込むんじゃない。」


「……ウ゛ゥ゛。」


「えっと、この子はですねぇ、私の元相棒でして……。」


「出ていけ。カティー様の安全確保のため、清掃の必要がある物体は前もって除去する。」


 唸り声を上げるハリコ、どうにか弁明しようとするマナコの意向になど聞く耳を持たぬ様子で、その警備兵は不潔なリズァーラーたちを外へ押し出そうとした。


 が、背後から隊長格と思われる警備兵が、その行為を留める。彼もまた、カティーが身を潜めている密閉式ベッドの状態確認に専念している最中であり、マナコ達が外へ押し出されようとしている様を視界に入れられたのはほんの偶然であったが。


「そのリズァーラー共も、ここで除染する。あとで必要になると、カティー様の命令だ。」


「了解。戻ってこい、隔壁に押しつぶされたくなければ。」


 マナコが顔を引っ込めるとほぼ同時に、隔壁が落下してくるギロチンのごとく凄まじい勢いで閉まる。


 きっと、先ほどの居住区の住民もろとも通路を封鎖した際も、同じく通り抜ける猶予無しに閉まったのだろう。胞子の一粒たりとも侵入させないように、閉じ切った障壁には全く隙間を見いだせなかった。


 隔壁閉鎖後、早速その場の除染作業が開始された。先ほどの隊長格の警備兵が指示を出し、きびきびと動く隊員たちが各種タンクに接続されたホースを延ばし、先端の噴霧用ノズルを構える。


「薬剤散布、清拭作業、そして不用品の処理ののち、再度の消毒を行う。作業完了を通達するまで、この場の閉鎖は保持すること。」


 以前の任務にて上層の設備メンテナンスエリアへと向かうたび散々浴びせられた薬剤が、カティーのベッド、警備兵たち、ハリコとマナコの体、そしてこの部屋の床、壁面、天井の隅に至るまで隙間なく噴霧される。


 濛々と立ち昇る薬剤の煙が収まる暇も無く、続けて別のホースからは水が撒き散らされた。下層街の住民たちにとってはこの上なく貴重な、飲用に適する清潔な水が、惜しげもなくこの部屋全体の清掃のためだけに撒かれ、床の排水溝へと流されていく。


 リズァーラーの体表に付着するとヒリヒリする殺菌用の薬剤が、即座に流し去られたことをハリコもマナコも内心有難く感じていたが、彼らが安んじていられる暇などなかった。目の前まで来た警備兵が、リズァーラーに対して別な命令を下す。


「おい、お前ら、服を脱げ。全部だ。」


「分かりましたぁ。脱いだらどこに置いとけばいいでしょうか、綺麗にしやすいように広げておきましょうかぁ?」


「布の繊維の内部に入り込んだ菌糸や胞子は除去しきれない、この場で服ごと廃棄する。」


 全身をアーマーに包んだ警備兵たちは、その表面が清掃されやすい硬質のプレートで覆われていたが、リズァーラーたちが身に着けていたのは普通の布の服である。


 警備兵が言及した通り、身に着けたままいくら薬剤や水を上から掛けても、降り注いだ胞子を除去しきれることはない。ゆえに、被服を例外なく処分することが、胞子の脅威を人間の居住区へと持ち込まないための最善の手段には違いなかった。


 着替えるための場所も、着替えの服も用意されていない状況で下される命令として、人間の場合であれば殊に許諾し難い内容ではあったが、リズァーラーには拒む選択肢などなかった。人間の肉体に宿った菌糸にすぎない彼らが、そも恥じらう感情など生む余地も無かったが。


「仕方ないですねぇ、せっかく着心地の良さそうな服をいただいてたのに、脱がなきゃですよぉ、リコくん。」


「ウゥー……。」


 とはいえハリコにとって、四肢を失った状態で服を脱がされる経験は、この上なく頼りない心情を胸の奥から浮かび上がらせるものであった。


 カティーの屋敷で着替えさせられた時も薄々ながら感じていたものの、本来自分の力で難なく出来ていたことを、他人に委ねざるを得ないという現状を最も強く認識する瞬間であった。


 マナコの手によって手早く服を剥ぎ取られたハリコの身体は、生気のない色味をしていることには変わりなかったものの、カティーの屋敷で動けぬままに十分すぎる栄養供給を為されていたおかげか、胸部から突き出すように見えていた骨がいくらか盛り上がった菌糸の中に埋もれつつあった。


「リコくん、なんか、太りましたぁ?」


「ウ゛ゥ゛」


「やっぱり、上層街で過ごしていると、ぜいたく出来るんですかねぇ。それとも、手足に必要な栄養が要らなくなったおかげ、ですかねぇ?」


 マナコからの遠慮ない指摘に対し、不満げな唸り声だけを返すハリコ。そんな彼の目の前で、マナコも服を脱ぎ始める。


 今まで彼女が肌を晒しているところを見たことが無かったのを、ハリコは改めて認識することとなった。それほどに、普段服で覆われているマナコの胴体は見慣れぬ……人間の感性に照らし合わせれば、異様な形状を示していた。


 度重なる任務内での損傷により、肋骨が折れてはそのまま歪な形で固定され、胸からは所々で骨の切断面が飛び出して見えていることはハリコ同様である。それ以上に、不必要となった臓器がことごとく脱落し、胸部から腹部にかけてぽっかりと虚ろな空間が抱かれている様の方がいっそう目立った。


 最低限、身体の保持に必要な骨格を補強するように、脊髄の周辺に集合した菌糸ばかりが束ねられた太いワイヤーのごとく体の中心を通っている。臀部も、大腿部と腰を繋ぐ筋肉代わりの菌糸の束だけが、深々と掘られた筋に影を落としているばかりである。


「私は最近、痩せた気がしますねぇ。いえ、任務はひっきりなしに戴くんですけど、ずっと私が出動してるもんですから。何しろシェルさんが任務に出られないもんで……」


「……ウゥ?」


「無駄話をするな。脱いだ服を、残さずこの袋の中に入れろ。」


 ハリコはマナコが口にした内容の続きが気になったが、その会話は警備兵によって遮られてしまった。警備兵は、まさに異形という呼称に相応しいリズァーラーたちの肉体に、さも蔑むような視線を残し、薄い樹脂製のゴミ袋だけを投げつけて清掃作業へ戻っていく。


 警備兵に命じられた通りに黙ったまま、脱いだ服を袋の中へ詰め込んでいくマナコを傍らからハリコは見上げながら、シェルの近況について続きを聞けることを期待する眼差しを送り続けていた。


 最後にシェルとハリコが直接会った時点で、既にシェルはどこかおかしくなりかけていた。時折記憶が大きく飛んでいたり、疲弊しきった様子でじっとうずくまっていたりと、詳細は分からずとも任務に支障をきたしかねない状態には違いなかった。


 その症状がさらに悪化しているとしたら……シェルのことを案じて思慮を巡らすハリコの視界へ、唐突に再び薬剤の白い噴霧が浴びせられる。


「ウァッ!?」


「ひゃあ、ダイレクトに全身に殺菌剤が掛かってヒリヒリします!」


「黙れ、動くな。カティー様のご意向のために、わざわざお前らの身体を除染する手間が増えてるんだ。」


 警備兵から冷たい声で命じられ、肌を刺すような薬品の刺激に耐えながら、ハリコとマナコはじっと消毒剤の噴霧に耐える。


 心なしか、ハリコの身体を庇うようにマナコが身をかがめたようであったが、彼女は邪魔とばかりに警備兵の足で蹴り押しのけられ、自らの顔を庇う腕も無い状態でハリコはまともに薬品を浴びせられることとなった。


 ひとしきりの清掃作業が終わり、ハリコとマナコがさすがにグッタリし始めたころ、ついに密閉式ベッドのシャッターが開かれて、内部に身を潜めていたカティーが姿を現す。警備兵たちは既に整列し、指示役が最前列で恭しく彼女へと話しかけた。


「長らくお待たせいたしました、カティー様。この場の除染作業は手順通りに完了しています。」


「そう。私は今すぐ、セクター1の別荘に向かうわ。すみやかに移動したいの、出来れば私がまだ生きている事を、誰にも気づかれないうちに。」


「了解いたしました、護衛の手筈は整っております。」


 カティーは警備兵たちへの労いも、自らの屋敷に保護していた子供やリズァーラーたちの心配もまるで見せないまま、口早に指示だけを告げている。


 彼女は密閉式ベッドへと転がり込んだ際、忘れず持ち込んでいた書類の束を変わらず大事そうに抱えたままであった。今回の居住区崩落を予見するように準備していたカティーにとっては、よほど貴重な代物らしかった。


 言葉少なにカティーからの指示を受け取り、警備兵たちに率いられてこの場を離れかけたカティーであったが、何かを思い出したかのようにその部屋の隅へと視線を投げかける。


 そこには誰からも相手されないまま、生気のない肌を露出したままのハリコとマナコが呆然とへたり込んでいた。いかにも汚らわしいものを見せられたかのようにカティーは眉根に小さく皺を寄せて顔を背けつつ、追加の指示を下す。


「あぁ、それから、あの手足の無いリズァーラーも、連れて来て。必要になるわ。」


「承知いたしました、直ちに搬送の準備を整えます。もう片方のリズァーラーについてはいかがしましょう、今回の救助活動に参加していましたが。」


「いらないわ。」


 今までに聞いたことの無いほど冷たい声であったが、それはカティーが最も喋り慣れた声色のようでもあった。


 カティーと警備兵たちの大半が、地下都市の内部へと向かう通路への気密扉を開いて去っていった後、残っていた警備兵はハリコの身体を収めるためのケースを探していた。


 が、ちょうど良いものが見つからなかったためか、手近にあったゴミ袋を取り、マナコが抱き抱えようとしていたハリコの身柄を奪い取るように掴んで、袋の中へと押し込んだ。


「ウァア……!?」


「あ、あの、リコくんを、どうなさるおつもりですかぁ?」


 ハリコの身体が押し込まれたものが、先ほど廃棄物を入れていた袋と同様のものであることが、その時マナコの中で大きな不安を呼んでいた。


「カティー様が必要だと仰っているんだ、連れていく。」


「必要ということは、リコくんを廃棄するようなこと、しないですよねぇ?」


「たぶんな。」


 警備兵は一応マナコからの問いかけに答えつつも、ハリコが押し込まれてモゾモゾ身もだえしているゴミ袋を担ぎ、その場をサッサと立ち去ってしまった。


 久方ぶりに会えた自分の相棒と、再びあっさりと引き離されてしまったマナコはしばらくその場でじっと立ち尽くしていたが、今回の任務内容が全て終わってしまったことには違いない。


 骨と菌糸の筋ばかりが浮き出た姿を晒しながら、マナコは下層へと繋がる排水管の中へと、ヒタヒタ裸足の足音を立てて戻っていった。

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