捨て置かれる、棄てられる恐れと共に
ギュルリ、ギュリリと重々しい金属音が響く。
半ば錆びた歯車に無理やり潤滑油を垂らして噛み合わせながら、回転させる無数の鋸刃がひしめく遺体処理機の中へ、ヤキバは回収してきた処刑対象者の身体を押し込んだ。
処理機のハンドルを回しているのはベスタである。既に遺体搬送で相応の体力を消耗しているヤキバに任せることはできず、他の面々はそれぞれ別な理由で呆けたように座り込むばかりだったためだ。
「……まず、あなたについての話から。」
ベスタは、ヤキバの方へ視線を向けながら喋りかける。重いハンドルを回しながらのため、その言葉は途切れ途切れであったが。
「ヤキバ、という名を与えられたのね?」
「はい、管理官様から命名していただきました。自分のことについてお話ししようにも、ここで初めて目を覚ます以前のことは、何も覚えていないのです……申し訳ありません。」
「リズァーラーは、皆そうなるの。死んだ人間の身体に宿った菌糸が、意思をもって活動しているのが私たち。」
ちょうど、処理機の鋸刃が遺体内部に達し、骨を削り始める音が重なる。しばらく力をこめてハンドルを回し続ける必要のあったベスタは、しばらく黙り込んで作業に集中している。
その間に、ヤキバは遺体から脱がせた服をいちおう綺麗に畳み、部屋の隅、ボロ切れが積み重ねられている場所に持っていった。
「けれど、リズァーラーになっても生前の人間だったころの癖が残っていることは、ある。」
遺体処理機の内部から、粉砕された血肉や骨がボタボタと垂れる音を聞きつつ、一旦手を止めたベスタが言葉を継ぐ。
ヤキバの方へ視線を向けたベスタは、乱雑に山積みされている被服の切れ端を前に、今しがた畳んだばかりの服をどこへ置こうか迷っている彼の背中を見ることとなった。
「その辺に投げ捨てておいていい。……そう、今のあなたのように。生前のあなたは随分と、育ちの良い身分だったのかもね。」
「そうでしょうか。別に今の住環境に、抵抗を感じるようなことはありませんが。」
「それについては、リズァーラーとしての性質のおかげ。暗くて、じめついて、死肉の臭いに満ちた場所が居心地良いに決まっているもの。」
リズァーラーの性質を詳細に教えてくれる存在に会ったのはヤキバとしては初のことであったが、その説明は己が身に引き換えるほどに合点のいくものであった。
人間たちが住まう、清潔で、明るさに満ちた場所よりも、この排水管に直結された小部屋の方がよほど安らげる。
遺体処理機のハンドルを回し終え、押し込まれた遺体が完全に粉砕されて養分液と化したのを確認したベスタが、ヤキバの方を振り向いて告げる。
「死体の加工が完了したわ、あなたが最初にこの養分液を摂取して構わない、ヤキバ。チームの新入りとして、せめてもの歓迎。」
「ありがとうございます、ベスタ先輩。」
管理官の前ではハリコのことを気に掛けての言葉も口にしていたヤキバであったが、さすがに求めていた栄養分を目の前にしては自重している余裕もない。
人間であった頃の習慣がまだ残っているせいか、彼は最初遺体処理機の下部に溜められている養分液を手で掬って口元へ運んでいた。が、まもなくその手間も不要と悟ったのか、やがて両手を養分液の中に浸したままの体勢を選んだ。
ヤキバが十分に栄養補給を行えていることを確認したベスタは、他の面々の方を振り返る。
「さて……あなたたち自身はさほど深刻そうにしていないけれど、そろそろ聞いてもいい?ハリコに何があったの、両手両足を失って戻ってくるだなんて。」
「ウゥ、ウ゛ゥ゛ゥ゛。」
ベスタの問いかけに対し、ハリコなりに返答をしたようだが、元々言葉を発せない彼の唸り声は情報伝達に適さない。
いつも快活にお喋りするマナコは、先ほどまで同様に、ハリコの胴体を抱いたままニタニタ笑いを浮かべて黙っている。ヤキバはしばらく栄養補給に集中していたかったのだが、任務における状況を報告できるのは自分だけだと察し、口を開いた。
「我々が向かったのは地下都市の最下層、セクター0です。ブラックマーケットにて処刑対象者を探す任務だったのですが、その過程で“大司教”なる人物に我々は拘束され、苛烈な尋問を受けたのです。」
「その結果が、ハリコの身体欠損ね。報告ありがとう……まさか、ブラックマーケットに向かわされていただなんて。無事に帰ってこられただけでも、十分すぎる幸運。」
報告内容を受け取ったベスタの表情は、険しさを増していた。
「一歩でも足を踏み入れれば、無事には帰ってこられないブラックマーケットを指定した任務……管理局は、私たちのことを切り捨てに掛かっているの……?」
「自分が、チームに入ったばかりだというのに、ですか?」
ヤキバの問いかけに対し頷くでもなく、ベスタは険しい表情のまま俯いて考え込んでいる。
沈黙と薄闇に包まれた部屋は、隅に置かれた工業用照明が無機質な音を立て続けている以外に音もない。ハリコの胴体を抱きかかえて、幼児をあやすような口調でマナコだけが喋っている。
「ますます可愛いですねぇ、リコくん。元から可愛らしい体重でしたけれど、ますます軽くなっちゃって、抱えやすくなりましたねぇ。」
「グルルル……。」
愛玩動物扱いが不本意なハリコは、変わらず唸り続けているばかりである。
緊張感のないやり取りを続ける二人の傍らでは、もはや自身の存在感を消し去ろうとしているかのごとく、一言も発さず、身動きもとらぬシェルがうずくまっている。
「何も断言できない、私たちの立場からは……けれども、不安要素が増えているのは事実。既に、ハリコ、そしてシェルは、管理局から『使い物にならない』と評価されてもおかしくない状態なの。」
「シェルさんの方は、いったい何があったんですか?身体の方に、目立った損傷は無いようですが……。」
ヤキバの質問は、ますますベスタの表情を曇らせた。
明確に身体の欠損が見えるハリコよりも、よほど深刻な状況としてシェルの異変は受け止められているようであった。
「……今のシェルは、記憶が混濁しがちなの。」
「記憶を失いやすい状態になっている、ということですか?」
その場の会話に相変わらず興味を示さないハリコとマナコに代わり、ヤキバが尋ねる。
ベスタは静かにかぶりを振って、その不可解さゆえの不安を貼り付けた表情のまま、上手く相手に内容が伝わるか否か危ぶみながらも、自分の口にすべき言葉を選ぶように答えた。
「彼は、二人いるみたいなの。別々の記憶を持つシェルが、交互に入れ替わって……その時ごとに、以前までの記憶が中断された状態で、意識を取り戻すらしいの。」
じっと俯いて蹲ったままロクに動こうともしないシェル、そして彼を見下ろすベスタは憂いを表情に浮かべるばかりである。
ハリコ自身は喋れず、マナコはずっとニタニタし続けるばかりだったため、必然的に言葉を発するのはヤキバとベスタばかりであった。
「シェル先輩が、二人いる……ですか?」
「もちろん、体は一つだけ。その体の中に、シェルの意識が二つ入っているようなの。」
「別々の性格のシェルさんが、交互に出てくるんですか?」
ベスタはやはり首を横に振った。
「いいえ、性格も、ものの考え方も全く同じ。ただ、意識は別々だから……入れ替わる都度、それまでの記憶を引き継いでいない状態になるらしいの。」
「それは……たしかに、任務遂行にも支障をきたす状態ですね。」
ハリコとマナコは今の説明を十分に理解できた気がしなかったが、ヤキバはシェルを取り巻く状況の困難さ、それに伴う不安を推察できたらしい。
うずくまったまま動かないでいるシェルを、彼は心配そうな表情で見つめていた。この場に抱かれている不安が、せめてマナコやハリコにも伝わるようにとベスタが口を開く。
「管理局は、使い物にならないリズァーラーをわざわざ養うほどお人よしじゃない。シェルに対して、いつ廃棄処分が下されるとも知れない。」
シェルは身じろぎもしないまま、座り込んだ姿勢で自分の膝の間に頭をうずめているのみであったが、今のベスタの言葉が響くとますます、その身を苛む不安と恐怖によってやつれたように見えた。
……その時点では、ベスタは明言を避けていたのだが……“使い物にならない”状態になっているのは、四肢を失ったハリコも同様である。
自身についての懸念に何も気づかぬままただ眺めているハリコの胴体を、マナコがより強く抱きしめたのも、そのベスタの発言があったのと同時だった……。
「ウゥ。」
ハリコは暗闇の中、目を開く。
彼はいつもの小部屋の中、相変わらずカビまみれのクッションがはみ出した椅子の上に座っていた。いつもと違う点があるとすれば、前回の任務で両手足を失ったままであることだ。
「……ウー……。」
マトモに活動できない体になってしまたっとはいえ、ハリコは自らの身の上について思う事などは特になかった。眼前の状況から直接的に導かれる予測に警戒することなどはあっても、現在から離れた時点のことを不安がる心情など持ち合わせていなかった。
どちらかというと、周囲の仲間たちが浮かべる不安そうな表情のほうが、よほど彼の心境に影響を及ぼしていた。
「……。」
じっと目を閉じていても、今回は以前までのような幻視が浮かんでくることは無かった。
目を開いた時と変わらず、光ひとつない暗闇、そして身動きもままならぬ狭さが彼を取り囲んでいる。身動きについて懸念することは、能動的に立ち上がることも出来ない現在の彼には不要であったが。
「……。」
暫くの間、ハリコは無言と無音の時間に浸っていた。何者にも関わられず、自分の仕草や振る舞いをあげつらわれることもない、気楽さを味わっていた。
そんな彼の心境に変化が訪れたのは、かなりの時間が経過してからのことである。無論、昼夜の区別もない地下空間、何時間、あるいは何日が経過したかは定かでなかったが。
「ウゥ?」
ハリコは、誰に対してともなく呼びかけていた。
あれほど自分の胴体を大事そうに抱きかかえ、この待機用の小部屋にハリコを座らせて扉を閉める際にも、随分と名残惜しそうなマナコであれば、すぐにでも駆けつけてくるのではないかと思われた。
が、何者も、ハリコの声に反応する者は居なかった。
「……ウー?」
ここでハリコの胸中に沸き上がってきた思いは、不安というよりも寂しさであったろう。
当然、四肢の無いハリコは自ら動き回ることが出来ない。誰か、仲間が来てくれないことには、目の前の扉を開いて外に出ること自体が不可能なのだ。
自分を迎えに来てくれる存在が現れないかぎり、自分はこの狭い箱の中に閉じ込められっぱなしだ。将来を不安がることのできないハリコだったが、やはり現状に対する感情が沸き上がることは抑えられなかった。
「ウゥゥー……クゥーン……」
今まで出したことのない、甲高い唸りがハリコの喉の奥から自然と漏れた。
任務に連れていかれるたび、チームの仲間と顔を合わせることが必然であった彼にとって、誰からも顧みられぬままに放っておかれることは、確かに初の経験であった。
ベスタが口にしていた懸念……すなわち、もはや“使い物にならない”と判断され、廃棄されること……それがいよいよ現実となったのではないか、とハリコはようやく思い至った。
「ウゥ……ウ……」
彼が発する声はもはや声にならず、ピス、ピス、と細い音ばかりを立て始める。
それゆえに、排水管の中を反響しながら、その主の軽率さをそのままに表す足音が駆けよってきたとき、ハリコに手足が残っていれば跳びあがって喜んでいたに違いない。
「リコくん!」
「ウァン!」
いつもいつも、マナコが勢いよく開けるあまりにハリコの爪先へ盛大にぶつけていた鉄扉は、互いの昂った胸中を示すように何物にも遮られることなく開かれた。
まぶたを全開のまま固定されているマナコの左目は、ハリコの喜んだ表情がそこに移り込んでいたことも相まってか、ますます輝いて見えた。
「ずいぶんお待たせしちゃって、すみません!新しいお仕事、いただけましたよぉ!」
「ウゥ、ウゥゥ゛!」
チームの仲間たちは自分が放っておかれているあいだ何をしていたのか、四肢を失ったリズァーラーに与えられる仕事とは何なのか、等の疑問はハリコの中で欠片も浮かんでこなかった。
ただ、自分を迎えに来てくれた仲間が目の前に居る、その喜びだけが全身を貫いていた。
「えへへぇ、リコくんも嬉しいですかぁ?私もですよぉ、また一緒に任務に行けるんですからねぇ。」
「ウン!ウゥウゥ!」
「さっそく行きましょぉ、よいしょっと!」
マナコはハリコの胴体をヒョイと抱きかかえ、そのまま排水管の中をパタパタと駆けていく。
真っ当な人間並みの思考の持ち主であれば、何も安堵できる状況ではなかったのだが、マナコとハリコが求めているのは現状に覚える充足感だけで全てであった。




