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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
存在を望まれる罪人
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民を処刑する者と、民を守る者

 周囲に明るさが戻り、この場に居合わせた全員が状況を視認できるようになって、真っ先にシェルが行ったのはハリコの動きを制止することであった。


 ハリコはまだ敵対するリズァーラーの身体を食いちぎろうとして、相手の腕に食いついた状態で首を左右に振り続けていたのだ。


「そいつをやめろ、ハリコ。……だが、噛みついたままでいろ。」


「グルルル。」


 シェルから指示された通り、ハリコは食いちぎろうとする動きを止め、相手の腕に噛みついた状態で待っている。


 腕を食いちぎられそうになっていた相手は、それまで何故か目立った抵抗も見せていなかったが、ハリコが動きを止めたことで無念そうな表情を浮かべた。それを見逃さなかったシェルは言葉を続ける。


「逃げてもらうワケにはいかねーからな。おおかた、自分の腕が食いちぎられたら、これ幸いに全速力でこの場を離脱するつもりだったんだろうが。」


「本気で、私を拘束するつもりか。」


「今のところはな。マナコ、お前も刺されたままになっとけ。そいつの腕から生えてる刃が着脱式でもなけりゃ、そのまま重荷になれる。」


「私、身体は軽い方なんですけどねぇ。」


 ハリコが噛みついている相手は、明るい状況で全身を見れば改めて異様な姿をしていた。外見上は人間と大差なく、体の特定の部位が大きく変形しているわけでもない。


 だが、全身に数十本単位で鋭利な金属片が突き刺さっている様は、生きている人間との明確な相違点であった。手足のみならず、頭部や胴体などを貫通するように刺さっている金属片も少なくはない。


 現在はこれらの金属片を研いで武器として用いているようであったが、彼女がリズァーラーとなる以前、生きている人間だったころにいかなる死に様を迎えたのかは推測し難かった。


 今、片腕をハリコに噛みつかれ、もう片腕は突き出た刃をマナコの背に突き刺したまま、身動きのとれていない彼女に向かって、ベスタも口を開く。


「先ほども、あなたたちにはそう告げたでしょう。市民生活管理局による任務の遂行を、妨害した者を放ってはおけない。」


「クソ……。」


「そうは仰いますが、あなた方は、拘束具など所持しておられないのでは?」


 言い返すことも出来ず悪態をつく相方の代わりに、ベスタへ問い返したのはもう一名の敵対リズァーラー。


 少年の姿をした小柄な体は、今、ベスタによって組み伏せられた状態で床に横たわっている。彼の容姿を特徴づけているのは目の変異であり、白目の上半分が血肉のように赤くなっており、下瞼から頬にかけても常に血が滲み続けているような湿った暗赤色で染まっていた。


 おそらく、暗闇の中で活動する際の視覚サポートを担当していたのだろう。視覚変異型のリズァーラーが、ベスタのような処刑担当型のリズァーラーに力で敵うはずもない。


「黙って。そちらに発言は許可していない。」


 ベスタは組み伏せている相手の腕を今一度強く握り直し、相手の背に押し付ける力を込めて黙らせた。


 が、シェルは状況を茶化すように半笑いになりながらも、少し喋るスピードを押さえつつ話し始める。普段は饒舌な彼が語調を緩めるのは、それだけ言葉を慎重に選んでいることを示していた。


「いやいや、ここは相手に喋ってもらわなきゃ困るんだよ、ベスタちゃん。」


「なぜ。管理局への明確な敵対を行った者に、市民権はない。」


「その通り、もともと人権が無い俺たちリズァーラーと同じ身分になる。んで、この場に居るのは最初っから全員がリズァーラーだ。敵も、味方も、両方が。」


 この地下社会の、ありとあらゆる人間よりも下の階級に位置付けられるリズァーラー。


 卑しい身分とされる彼らが、抵抗した罪人を犬のように噛み裂いて惨たらしく処刑する役割を担っているのも、人々に市民権を失うまいと考えさせるための措置であった。仮に富裕層の人間が罪を犯しても、決して適応されることの無い処刑法だ。


 そんなリズァーラーたちは当然ながら、市民たちからは疎まれ、蔑まれるのが常である。


 自分たちがそういった存在であることをわざわざシェルが口にしたのは、敵対状態を続けていれば現状からの離脱が困難になってしまうことに気づいたためだった。


「俺たちの任務は完了しちまった。要するに、市民生活管理局から与えられた役目は終わっちまって、これ以降は市民からの妨害を受けても文句は言えねぇわけだ。」


「処刑対象の遺体を搬送するという仕事が、まだ残っているでしょう、シェル。」


「ベスタちゃん、今回に関しては、その遺体に問題があるんだよ。まずは俺たちを待ち伏せていたお二人さんに、ちょっとした交渉を持ちかけなきゃいけない。」


「……!」


 シェルが「交渉」という言葉を口にした時、ベスタに組み伏せられている少年の姿のリズァーラーは表情を変えなかったものの、ハリコとマナコに両腕を塞がれている方のリズァーラーは目が泳いだ。彼女は動揺が顔に出やすい性質のようであった。


 噛みちぎられかけた腕は今なおハリコの牙が捕らえているが、それを無理やり自分の力で引きちぎり、もう片腕もマナコの背に刺さっている部分を引っこ抜けば、そのまま逃げだすことは出来なくもない。


 が、彼女は行動を決することに煩悶しながら、ベスタによって組み伏せられた自分の相棒に視線を向け続けていた。


 彼を見捨てて、逃げる選択には大いに抵抗があるらしかった。


「まず、何て呼べばいいか聞いておこうか。もちろん、本名じゃなくていい。俺たちリズァーラーに与えられる名前なんて全部、一応の呼び名だけみたいなもんだけどな。」


「……私は、キャシー。」


「だよな、さっき聞いたぜ。そっちの相方さんの名前は?」


「……。」


 シェルから質問を向けられても、ベスタに組み伏せられているリズァーラーは、自分の相棒の方へしばらく黙って目を向けている。


 先ほどまで敵対していた存在から持ち掛けられた交渉に、易々と乗る姿勢を見せた相棒とは異なり、こちらは他の選択肢の模索を続けているようだった。片や腕を噛みちぎられかけ、片や床に組み伏せられ、現状は彼らにとって不利にしか見えなかったが。


 シェルは一歩歩み寄って、更に口調を和らげて告げる。


「警戒しなくていいって、そっちが損をするような話じゃない。アンタたちの素性も気になって仕方ないのは事実だが、詮索もしないでおく。」


「……。」


「時間を稼いじまったら、他の生活管理局の職員が来るぜ?そっちにも増援は居るかもしれんが、管理局の人員のほうが多いのは言うまでもないよな。」


「弁の立つ方ですね……僕のことは、ウィーパと呼んでください。」


「ありがとう、ウィーパとキャシー。いいコンビじゃないか、4人のチーム相手に、2人で対抗し、今なお俺たちの行動を阻止し続けてるんだから。」


 ようやく折れた相手の緊張と警戒を和らげるため、シェルは声を明るくして喋り続ける。


「まずはウィーパ、お前の指摘通り、俺たちは生きている対象のための拘束具を持ってない。俺たちの任務の終了後、回収するのはたいてい遺体だけだからな。」


「でしょうね。僕たちの抵抗を受けながら、更に遺体の搬送を、市民たちが見ている前で遂行することは困難なはずです。」


 身体を組み伏せられながらも相変わらず焦りも見せず淡々と応じているウィーパを、ベスタは忌々しそうに睨みつけながらシェルへ提案する。


「シェル、それならケーブルか何かを見つけて来て、二人を縛り上げればいい。廃棄物エリアなんだから、探せばある。」


「そんなもんを悠長に探してくる余裕があると思うか?そっちのキャシーが、その前に暴れて逃げちまうだろ。」


「逃げられるのなら、既にやっているはず。交渉なんて持ち掛ける必要、ある?」


「逃げようと思えば逃げられるが、交渉次第では自分のパートナーを見捨てずに帰投できる……って考えたからこっちの話に乗ってくれたんだろ?」


 シェルは確認するように、その前髪に隠れた空間の奥から目玉を覗かせ、キャシーへ視線を向ける。


 当のキャシーは顔をこわばらせて目を逸らしていたが、それは自身の考えていることを正確に言い当てられたことを白状しているも同然の態度であった。


「もちろん、こちらの提案を受けてもらわなきゃ、アンタ達を解放することは出来ないけどな。」


「既にあなた方の標的だった処刑対象は死んでいます。これ以上、そちらに利のある条件など存在するのですか?」


 ウィーパは変わらず表情を変えないままに応えていたが、シェルはキャシーの方へと近づいて行った。


 キャシーが警戒の色を強くしている様を見とめ、シェルは彼女の身体には触れられない程度の間合いで歩みを止め、口を開いた。


「キャシー、あんたが持ち帰ろうとしているものを、俺たちに渡してもらいたい。それと引き換えに、君の大切な相棒、ウィーパくんは解放する。」


「何も……私は何も、持っていない。」


「わざわざ待ち構えてたってことは、この市民が処刑対象になってるのが分かってたんだろ?確実に生き延びさせたいなら、ターゲットを遠くまで逃がしていればいい。どうにも奇妙だと思ってたんだ。」


「この市民は身体が弱く、長距離の移動が出来ないと判断したためだ……。」


 目を盛大に泳がせ、ぎこちない口の動きでシェルの推測を否定するキャシー。その様子からは、虚偽の内容を告げていることが明白であった。


 シェルの後ろでは、ベスタに組み伏せられたままのウィーパが、諦めたように目を伏せていた。


「さっきから、表情が分かりやすすぎるんだよ。今からアンタの身体を探らせてもらう、頼むから大人しくしててくれよ。」


「私に近寄るな……!」


「管理局に歯向かったリズァーラーがどんな目に遭わされるか、考えてもみろ。俺たちも同じリズァーラーとして、管理局にウィーパくんを引き渡すのは非常に心苦しいんだ。」


「う……。」


 人間であれば処刑で済まされるところ、大抵の事では死なないリズァーラーが当局に拘束された後に下される処分は、陰惨なものであった。


 少量の水分と養分を与えれば生きていられる彼らに、休息の無い労役が課せられるならばまだマシな部類である。身体の欠損が死には繋がらないことから、富裕層の猟奇的な嗜好を満たす玩具として扱われるといったケースも存在する。


 ウィーパがそういう悲惨な目に遭わされることを想起させるシェルの説得が効いたのか、キャシーは身体に隠しているものをまさぐられる間も抵抗は見せなかった。


「アンタ、本当に体中に刃が突き立ってるんだな。触ってるうちに、うっかり怪我しちまいそうだ。」


「無駄話はいい、さっさと済ませろ。」


「身体の中に埋め込んでる分が無いと信じるのなら……これで全部か。」


 シェルがキャシーの身につけていた服のポケットから取り出したのは、二つの手のひら大のケースと、一片の樹脂の板である。


 二種類のケースにはそれぞれ、真っ白な粉末と真っ黒な液体が収められていた。この処刑対象の住処に突入した際、トラップから噴出させられたのと同じものと見られる。何かの廃材の端を折り取ったと思しき樹脂の板には、表面にびっしりと文字が書きつけてある。


 薬品と、その製法を記したメモのようだった。


「今回の突入じゃ、この白い粉に随分と手を焼かされたもんだ。今後の任務、これに警戒しなきゃならないとなれば、だいぶ動きづらくなるところだった。」


「そちらの望むものは渡した。ウィーパを解放しろ。」


「さて、この物騒な薬品を、アンタたちの身体で試すことも出来るわけだが……いや冗談だって。」


 その発言を聞いたとたん、キャシーの目の色が凄みを帯びたのを見て、シェルは慌てて内容を取り消す。


 先ほどまでマナコの背に刃を突き立てていた腕は一瞬で無理やり引き抜かれ、その腕から生えた刃はシェルへと突きつけられていた。


 もう片方の腕はハリコに噛みつかれたままであったが、それもさらに力を加えれば引きちぎられる寸前である。


 シェルが薬品の入ったケースを掲げたまま後ずさったことで、キャシーを動きを止める。刃が背から引き抜かれた勢いのまま、床に倒れ伏したマナコはキャシーに胴体を踏みつけられて身動きが取れない状態となっていた。


「いだだ、た、確かに、今の状況からキャシーさんだけは逃げられる算段だったわけですねぇ。」


「マナコ、お前がボーッとしてなけりゃ、多少は妨害できたと思うぜ?」


「無駄口を叩くな。私の相棒を解放しろ。さもなくば、お前からそれを奪い返して離脱させてもらう。」


 ちぎれかけたキャシーの腕に噛みつき続けているハリコは、先ほどの相手の動きに追いつけずに拘束し損ね、多少引きずられている。ベスタはウィーパを取り押さえ続けるために身動きが取れない。


 この場に居る何者をも身体能力で上回っているキャシーからの攻撃を受ければ、シェルが満足な反撃が出来るとも思えなかった。


「分かってる、分かってる。ベスタ、その少年を離してやれ。」


「こいつらを野放しにするのが、良い考えとは思えないけれど。」


「俺たちは出来るだけ身軽な状態で、出来れば傷を負わずに帰らなきゃならないんだ。俺たちのことを良く思っていない市民が居るのは言うまでもないだろ。」


「……その市民たちの反感を買っている状態で、重荷を背負って街を通り抜けるのは確かに難しそうね。」


 ベスタが力を緩めると、ウィーパはその小柄な体で拘束をするりと抜け出し、キャシーの傍らに立った。


 彼の腕を引っ張ってすぐに立ち去ろうとするキャシーだったが、ウィーパは一度振り返って、残された面々に向けて口を開く。


「あなた方が話の分かる方たちと見込んで、聞いていただきたいことがあります。処刑対象を殺して回る任務、果たして社会のためになっているとお思いですか?」


「例えば、今回処刑した、この男についての話か?」


 シェルは、足元に横たわっている、今回の処刑対象となった市民の亡骸を見下ろす。


 頭は禿げ上がり、顔全体に細かな皺が寄り、薄明かりの中でも彼が相応に歳とっていることは見て取れた。壮健な者なら多少の時間空気供給が途絶えてもすぐには死に至らないが、こうも早く処刑が完了したのは、その年齢によるところも大きいだろう。


「彼は、この地域で必要とされる人物でした。飲用に適した水を購入する余裕の無い市民のため、彼は空気中から水分を集めて飲料水を得る装置を作っていたのです。」


「あぁ、それで、こんだけゴチャゴチャと工作機械が並んでたんだな。」


 ウィーパが言ったことを裏付けるように、この粗末な小屋の中には所せましと加工用の機器が並べられていた。この男が生活するスペースは、機械の僅かな隙間にしかなかっただろう。


 ゴミ山から回収してきたと思しき、機械類の部品も部屋のあちこちに積み上げられている。回収されたガラクタの中から、使える部品を集め、地元の市民のために空気中の水分を凝結させて飲み水とする装置を彼は作っていたのだ。


 尤も、それが今回、市民生活管理局に罪人として認定された元凶だったのだが。水の供給を下層民たちが自前で行えるようになれば、飲料水を提供する者たちが得られる収入は減ってしまう。


「あなた方は、上層の統治者たちが邪魔だと名指す存在を、考えなしに消して回っている。その事実に目を向けていただきたい……。」


「ウィーパ、話はもういい。早くこの場を離れよう。」


「おう、考えとくわ。ハリコ、もう噛みついてなくていいぞ。じゃーな、お二人さん、俺たちにもう二度と会わないで済むといいな。」


 キャシーに急かされ、まだ話し足りない様子だったウィーパも口を噤み、シェルたちに背を向けてこの場を去る。


 彼らの足音が遠ざかった後、シェルは真っ先にベスタへ声を掛けた。


「で、ベスタ。さっきマトモにあの白い粉をかぶった腕、大丈夫か?」


「良いとは言えない。もう指が何本か乾ききって、割れてしまった。」


 ベスタは薄暗い灯りに片手をかざし、その指が揃っていない歪なシルエットをまじまじと見つめる。


 リズァーラーたちは通常時であれば人間と変わらぬ見た目をしている。が、今、そのベスタの腕は乾ききった枯れ木のように皺が寄り、硬化してひび割れていた。

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