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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
最も深く、暗く、安らぎの無い場所へ
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疵だらけの帰還、迎えも易からず

 暗闇と澱んだ空気に満たされた排水管を通り抜け、いつもの活動拠点へとリズァーラーたちが戻ってきたのは相当に時間が経ってからのことであった。昼夜の概念の無い地下都市では、何日経過したかを計ることすらできなかったが。


 四肢を失ったハリコの身体を大事そうに抱えて歩くマナコを追って、ひとりで死体袋を引きずっているヤキバは時折彼女を呼び止めなければならなかった。その運搬方法は当然ながら相当な労力を要したし、そもそも死体袋は長距離を引きずり続けることが想定されていない。


 中の遺体が出てくるほどの穴が開いたわけではなかったが、既に内部に溜まった血液は袋の繊維が擦れて薄くなった部分から染み出し、死臭をばら撒いていた。


「マナコ先輩、待ってください。暗闇で視界が利かない自分が置いて行かれては、本当に帰還が絶望的になってしまいます。」


「はぁい、いくらでも待ちますよぉ。今ならリコくんといくらでもお喋りできる時間がありますからねぇ。ねー、リコくん。」


「ウゥゥ゛……。」


 マナコに胴体を抱き上げられ、相変わらずハリコは不服そうに唸るばかりであった。四肢を失ったショックよりも、一人前に仕事ができるリズァーラーとして扱われない不満の方が、よほど彼の心境を強く支配しているらしかった。


 ヤキバはそんな二人のやり取りを追いかけつつも、今は自分の身体から失われつつある栄養分の量に焦りを覚え始めていた。


「その、マナコ先輩。出来ればこの遺体を持ち帰った際に得られる養分液、自分に多めに分けていただけるでしょうか。あまり消耗が激しいと、自分は活動停止してしまいかねません。」


 人間の遺体と、そこから流れ出た血液でぐっしょりと濡れて重い死体袋。それを単独で運搬させられ続けているヤキバに、過剰に労力が集中していることは確かであった。


 既に身体が死しているリズァーラーも、あまりに短期間に活動用の栄養分を失うと、その場で立っていられなくなり、いずれ倒れ伏して文字通りに死体そのものと変わらぬ状態となる。また立ち上がれるだけの養分を得られるまで、その場で菌類らしく地面にへばりついているしか出来なくなるのだ。


 そんな危機感を抱いたヤキバの報告には、自分の担わされている運搬作業を少しは手伝ってほしいとの思いも込められていただろう。が、マナコは変わらぬ調子でハリコを抱きつつ、ゆったりと返答するばかりであった。


「えぇ、構いませんよぉ。私は疲れてませんし、リコくんも養分が必要な身体の部位は減ってますからねぇ。」


「グルル……。」


 こちらも変わらず不満を唸り声にて述べ立て続けているハリコ。彼ほど明瞭に不満を抱いたわけではなかったが、ヤキバは自分の口から洩れた溜息をもう隠そうとはしなかった。


 斯くして、紆余曲折の末、憔悴しきった状態で戻ってきた一行。


 いつも表情を変えぬ管理官は、流石に変わり果てた姿となったハリコを視界に収めた際には多少目を見開いたものの、積極的に言及することなくリズァーラーからの報告を待つのみであった。


 赤ん坊をあやすようにハリコの胴体をよしよしと抱きかかえているマナコは口を開こうとしなかったため、ヤキバが結果的に報告することとなった。


「管理官様、処刑任務の達成をここに報告いたします。こちらが、指示書にあった『危険商品』を回収したものです。そして、処刑標的の遺体を収めた死体袋は、執務室外に置いてあります。その、袋が多少破損して、内部から血液が染み出しているため……。」


「ご苦労様です。セクター0における活動は管理局でも把握しきれないため、丁寧な報告に感謝いたします。」


 管理官はヤキバが差し出した『危険商品』のケースを受け取り、それが確かに管理局の求めていたものであることを確認して満足げに頷いている。


 既にその中身は、セクター0を牛耳っている大司教の掌中にあるのだが……地上から回収された武器ケースを開けられる存在はごく限られていることには違いないらしく、管理官もケースを開けて中身を確認する術はないらしかった。


 それよりも今、ヤキバにとっては、確認したいことが山積みであった。もちろん自分の消耗した栄養分を補充する目途を確認することは最優先であったし、手足を失った状態のハリコがどう扱われるのかも気になる。


「その……管理官様、ご覧の通り、ハリコ先輩が大規模に身体損傷を受けてしまっています。自分も任務を経て、相応に養分補給の必要がありますし、今回の任務成功に対する報酬は……」


「詳細は、マナコに尋ねてください。シェルやベスタも帰還しているので、彼らならば丁寧に教えてくれるでしょう。私は管理局へ直接報告に向かうので、これにて。」


 早くもヤキバから受け取ったケースを抱えて立ち上がっていた管理官は、そのままいそいそと執務室を出て行ってしまった。むろん、排水管へ通じるドアからではなく、人間の職員が利用する施設へ通じるドアからである。


 苦労して持ち帰ってきた死体袋をチラとも確認されなかったヤキバは、遣る瀬無い思いと共に呆然と彼を見送るしかなかった。


 管理官の振る舞いを何ら意外には感じていないマナコは、変わらず腕の中に抱いたハリコへ話しかけ続けているばかりである。


「聞きました?リコくん。シェルさんとベスタさん、無事に帰ってこられていたんですねぇ。あのお二人とも、久々にお話しできますねぇ。」


「ウゥゥ゛。」


 ハリコもまた相変わらず唸り返すばかりであったが、その声色は多少明るさを取り戻していた。彼もまた、しばらくぶりに再会するチームの仲間のことが気がかりではあったのだ。傍から見ているヤキバは、四肢を失ったリズァーラーの行く末が気にならぬことの方が不思議であったが。


 ハリコの中には自身の扱われかたについて不安が無いというよりも、近い将来のことを不安がるほどの感情が備わっていないと称した方が近かったろう。


 執務室を後にして、相変わらず一人きりでヤキバが死体袋を引きずり、マナコの先導に従って向かった部屋。すなわち遺体の処理室に、ヤキバにとっては初対面の先輩リズァーラーの姿があった。


 当然ながらマナコとハリコにとっては馴染みの相手であったため、彼らはのんきに挨拶を投げかけていたが。


「おひさしですよぉ、シェルさん、ベスタさぁん。」


「ウゥー。」


「……マナコ……待って、どうしたの、ハリコのその姿は……ちょっと、あなたたちの後ろに居るのは、誰?」


 暫くぶりに顔を見たベスタが口を開くなり、質問攻めを行ったのも無理はない。今回の任務だけで、様々なことが起きすぎた。


 一方、ハリコとマナコの側も、ベスタへ問い質したいことが浮かんでいるのには変わりなかった。


 ベスタの前に座り込んでいる、シェルの様子が明らかにおかしかったのだ。いつもなら快活に、真っ先に冗談のひとつでも飛ばしているはずのところである。


「……う……あ、あぁ、マナコか。ハリコ……お前どうしたんだ、随分と軽そうな見た目になっちまって……。」


「ウゥ?」


「いやいやぁ、いろいろとありましてぇ。シェルさんも、どうかなさったんですかぁ?何だか様子が変ですよぉ?」


 シェルは先ほどまで、呆然と足元ばかりを見つめていた視線を上げる。


 その虚ろな目をヤキバへ向け、当然ながら初対面のはずの彼の存在に戸惑いを見せながらも挨拶を投げかけた。


「よぉ、えぇと……名前は思い出せねーけど、元気してたか。」


「あの、シェル先輩、ですよね。自分、ヤキバと申します。つい最近リズァーラーとして活動を始めたばかりですので、シェル先輩のお目にかかるのは初めてかと……。」


「ん、そうだっけか。……悪ぃ、もう俺の記憶、マトモに残ってるか分かんねーんだ。」


「ウゥ……?」


 ヤキバと並んでハリコがポカンとした顔を晒し、マナコもまた状況を理解しているのかいないのか判然としない、いつものニヤけ面を浮かべるばかりである。


 シェルもまた、再び呆然とした表情のまま顔を俯け、一帯を静寂が包み込む。しばらく自分の感情と思考をまとめるように口を堅く結んでいたベスタが、どうにか喋り始めた。


「まずは回収してきた遺体を処理してからにしましょう。新入りリズァーラーさんを活動停止させてしまっては、ますます解決すべき問題が増えてしまう。」

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