窮地への救いは、より深き闇の中から
装甲に身を固めた巨漢たちの肩に担ぎ上げられ、心地悪い移動を終えたリズァーラーたちは、薄暗い一室でようやく降ろされた。壁面に置かれた工業用照明が、眩しい光を投げかけている。
何らの装飾も無い、雑然と家具が並んでいるだけの殺風景な地下室というだけであれば、この地下都市にありふれた光景である。が、その光景をひときわ物騒にしていたのが、種々の固定具を備えた椅子や寝台、そして鋸を始めとした大型の刃物類の存在であった。
「その、必要な情報があれば全て開示いたします、隠し事は一切しませんので、どうか穏当に……」
自分たちの置かれた状況をいち早く察して、ヤキバは懇願を口にする。既に彼の身体は椅子に縛り付けられ、逃走を図ることが不可能になっていたが。
マナコもヤキバから多少離れた位置で、椅子にベルトで身体を固定されているところであった。ハリコはと言えば、手足をバタつかせて抵抗していたためか、寝台の上で手足を拘束されている。
血痕と思しき黒ずんだ染みが至る所に付着し、刃物に因る傷跡がいくつも残るその寝台が、決して静養や治療のために用いられるものではないことだけは明らかであった。
「あのぉ、もしかして大司教さんにお会いできるんですかぁ?私たちとしては、普通に会わせていただくことを希望したいのですがねぇ。」
「ベチャクチャ喋んじゃねぇ。」
何も危機感を覚えていないのか、能天気な調子で喋っていたマナコは、すぐ傍らにいた巨漢から横っ面に拳を入れられ、勢いよく椅子ごと床に倒れる。
ヤキバはハッとなって彼女の顔に視線を向けるも、マナコ自身は未だに状況の理解が不十分なのか、床に頬を付けた状態で目をキョロキョロさせているばかりであった。
瞼を固定する器具によって無防備に開かれっぱなしのマナコの左目がいつ潰されるかと、ヤキバは案じずにはいられなかった。
「ウゥ゛ゥ゛!グルルルゥ゛!」
相変わらず唸り声をあげながらハリコは拘束から逃れようと抵抗を続けているも、何ら現状を改善する助けになどなっていないことは明らかだった。
3名のリズァーラーを拘束し終えた男たちは何やら準備を続けているようだったが、やがて手に手にハンマーや鋸、鉈を携えて戻ってくる。こうなる前から、ヤキバにはおおよそ自分たちがどんな目に遭わされるか、おおよそ察しがついていたものの。
装甲に身を固めた男たちの一人が、フルフェイスのマスク越しにしゃがれた声を響かせる。
「さて、情報は全部喋る、だったな?」
「は、はい、こちらから提供できることは、全て……」
自分の表情が、確かに相手への怯えを表現できているか、ヤキバは不安に思いながらも返答する。
マスクで完全に顔を覆っている相手方に伝わっているか否か、確かめる手段は無かったが。巨体の男は一歩詰め寄り、唯一マトモに話が出来ると踏んだのだろう、ヤキバに対して問いかける。
「テメェらはどこから送り込まれた?」
「先ほども申し上げた通り、市民生活管理局からです……。」
「おい。さっそく嘘はよくねぇな。」
男は顔を上げ、仲間へと顎で合図する。
ちょうど寝台の真隣りに居た、やはり巨体を装甲で覆った一人が、寝台に拘束されたハリコへと近づいていき……勢いよく、その手に持った鉈を振り下ろした。
「ア゛ッ!」
ハリコの叫びと共に、湿ったような音が部屋の中に響く。
ヤキバはどうにか視野の端で、鉈が振り下ろされたのがハリコの腕辺りだと見当をつける。あの剛力から、かなりの勢いをつけて入れられた斬撃は、無抵抗のハリコの腕をほぼ切り落とすほどの威力ではなかろうか。
「どうせテメェらリズァーラーは、既に死んでる連中だ。だが、活動するための手足をもがれちまえば、言いつけられた命令もこなせねぇ、ただのゴミになっちまう。だろ?」
「そっ、それだけは、ご勘弁を……」
「もう一度聞くぞ、テメェらゴミどもを送り込んできやがったのは、どこのどいつだ。」
「し、信じてください、本当に我々は管理局所属のリズァーラーなんです。」
「ッタクよ……」
男は再び、寝台の脇に立っている仲間へ合図を送る。
先ほどの鉈の一撃はハリコの肉を大きく削ぎ落したであろうが、内部の骨格にはヒビを入れる程度だったのだろう。鉈は寝台の上に転がされ、鋸が持ち出された。
そのまま、ゴリゴリと鋸を引く音が鳴り始める。ハリコの腕の骨を、完全に切除するために最も速やかな手段が取られているのだ。
「ア、アア゛、アァ゛、ア゛!」
リズァーラーであるハリコは痛みを感じないだろうが、それでも自分の身体を動かす手段のひとつが失われていく様に焦りを覚えるらしく、慌てたように唸り声を繰り返している。
間もなく鋸を引く音は途絶え、ゴトリと重い音が寝台の上に響く。それは鋸を置く音であったろうが、同時に切り離されたハリコの腕も軽い音と共に転がったろう。ヤキバは言葉を尽くして懇願する。
「どうか、どうか信じてください、私たちは管理局から任務を受け、派遣されたのです。セクター0の調査のため……」
「もうちっとマシな嘘を考えておくんだったな、管理局ごときの名前を出しゃあ、俺たちがビビるとでも思ってんのか?」
男は周囲の仲間にも、マスク越しに目くばせを送る。おそらくマスクの奥ではニタニタと笑いながら、巨漢たちは物騒な刃物を構え、ハリコが今なお拘束されっぱなしの寝台を取り囲む。
どうにかしてこの危機的状況から逃れようと、ハリコがむなしくバタバタしている音を脇に、ヤキバへの尋問は続行された。
「俺は優しいからな、先に警告してやる。手足を一本ずつ、だなんて悠長なことはしねぇよ。」
「なっ、何のお話を……」
「テメェのお仲間の手足を切り落とすお話、だ。」
彼はヤキバの襟元を掴み、そのまま彼が拘束されている椅子ごと持ち上げる。
リズァーラーの全体重に椅子の重量までプラスされているにもかかわらず、その全てを持ち上げている片腕には何ら力んだ様が無かったのは、ますます相手の膂力を示す振る舞いであった。
「本当のところを喋れ。大司教様に探りを入れろと指示を出したのは、誰だ。何の目的で、大司教様に近づこうとした。」
「そっ、その……」
これまでと同じ返答をしても、やはり相手を満足させることが無いのは明らかである。
とはいえ、ヤキバには咄嗟に他の返答など思い浮かばなかった。下手に嘘をこしらえても、余計に信頼を損なうばかりである。
この場で、真っ当な"信頼"などが通用するとも思えなかったが。
「本当なんです、自分たちは市民生活管理局の所属でして、とある危険商品の取り扱いについて、調査するように任務をうけまして……」
次の瞬間、ヤキバの身体は宙を舞っていた。
彼の襟首をつかんでいた男が、ヤキバの身体を力任せに壁面へと投げつけたのだ。何かが脆くボキリと折れる音が響いたが、それはヤキバの身体の骨が折れたのか、それとも縛り付けられていた椅子が折れたのか分からない。
それよりも、寝台の上で凄惨な事が行われている音の方が大きく響いていた。ハリコの叫び声と共に、鋸で骨を削り、菌糸にまみれたリズァーラーの肉ごと切断する音。
「ギャァ゛、ウァ゛ア゛、アァ゛ァ゛、グルア゛ア゛!」
先ほど男から予告にあった通り、ハリコのまだ胴体に繋がっていた手足、残りの3本が同時に切断されているのだ。
「お待ちください、どうか、どうか話を聞いて……!」
ヤキバの懇願する声も、ハリコ自身の叫び声や鋸引きの音にかき消されている。
尋問を行っていた男も、既にヤキバには興味を失くした様子で、寝台へと向かって大型のナイフを振り下ろしている。まるで、捕まえた虫を寄ってたかって解剖するかのような、子供らしい残虐さに満ちた振る舞いに巨漢たちは悦楽を見出しているかのようであった。
リズァーラーの体内からは赤い血ではなく、白くべたつく体液が菌糸とともに零れ出ているはずだが、それを目にした男たちは別に驚く様子も無い。同様の手段でリズァーラーを痛めつけることは、既に幾度も繰り返してきたことなのだろう。
「こんな……もう、私たちは、助からないのか……」
ハリコの解体に飽きた男たちは、いずれヤキバの方にも目をつけるだろう。殴り倒されたまま、椅子に縛り付けられているマナコにも。
自分の全身を拘束しているベルトが解けないことを確認し、ヤキバはもはや全てを諦めかけていた。
が、ひときわ大きく、高く響く靴音が近づいてきたのはその時であった。リズァーラーの解体ショーを楽しんでいた男たちも、緊張感を取り戻したかのように刃物をその場に置き、部屋の隅に下がる。
新たに部屋へと入ってきたのは、その場に居る巨漢たちのいずれよりも、更に上背のある老人であった。
白髪を戴いた頭には、薄暗い中でもハッキリと見える傷跡が額を一線に横切るように刻まれている。柔和な表情を浮かべている彼だったが、彼が並みの人間とは明らかに異質であることは、その人相を一目見ただけで判断できた。
「敬虔なる門徒たちよ、こんにちは。護教の働き、実に頼もしいですな。この者たちは?」
「はっ。ブラックマーケットにて、大司教様の身辺を聞き込み回っていたため、捕えました。」
老人の口調は穏やかであったが、聞く者の胸中に問答無用で踏み入ってくるかのごとき、権威性を伴っているようであった。
おそらく彼が“大司教”なのだろう、と床に倒れたままのヤキバは判断する。顔を持ち上げ、相手の人相を見ようとしたヤキバと、老人は目を合わせた。
「おや……?」
「……。」
寝台の上にて四肢を切断されているハリコの方が、普通はよほど目を引く姿をしていただろうが、そちらには目もくれず大司教はヤキバの顔立ちに視線を止めた。
暫くかがみこんで、ヤキバの顔をじっと覗き込んでいた大司教だったが、何かに気づいたように身を起こす。
大司教が気づいた重大な内容は、ヤキバ自身には知り得ないことであった。生前の記憶、元々は食糧生産プラントの責任者を務めていた自身の記憶を失っている、ヤキバには。
「門徒たちよ、この者たちを丁重にもてなしなさい。拘束を解き、立たせてあげなさい。」
「……はい?しかし、こんな得体の知れないリズァーラー共を、ですか?」
「迷える子羊たちを導くのが、我が務めです。彼らが迷い込んだのも、神のお導きによるものでしょう。」
装甲に身を包んだ男たちは、唐突な大司教からの命令に困惑しながらも、ただちにそれに従ってリズァーラーたちの拘束を解いた。拘束なしの状態であっても、この場からリズァーラーたちが逃亡しようとする気など起こさないだろうと判断できたためだ。
既に両手足を失っているハリコに関しては、もはや拘束など関係なく、自らの意思では動けない状態であったが。
「えぇと、大司教様。この者については……」
「おぉ、これはこれは。なんと哀れで、か弱く、みじめったらしい姿をしている子羊でしょう。」
大司教は、そこにきて初めてハリコの姿に気づいたかのように振舞っている。
既に胴体と首が繋がっているだけになってしまったハリコの身体を、彼はまるで赤子のように抱き上げ、愛おしそうにその顔を覗き込み、丁寧に自己紹介を行った。
「初めまして。私はドミトリー・マルチンクス。この地下の闇に、救いと平穏をもたらす、神の遣いです。」
「ウゥ……」
ハリコは、その気になれば自分の目の前にある老人の顔に噛みつくことも出来ただろうが……既に四肢を失ったことで気力が大幅に削がれていたことも手伝ってか……力なく唸り返すだけであった。
落ちくぼんだ老人の目は、常に暗がりを湛え、瞳ばかりがきらきらと精力的に輝いている。管理局の手が届かない区画にて、底知れぬ権力と暴力を手にした彼の意思は、何事をも容易く成し得てしまうのだろう。
至極単純な思考回路の持ち主であるハリコが、明確に恐怖を覚える相手に出くわすのは滅多にないことであった。




