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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
最も深く、暗く、安らぎの無い場所へ
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危難の坩堝、息詰まる荊の藪へ

 今回の処刑標的は、『危険商品を購入した市民』という条件のみによる指定。


 個人名や所在地が判明していない以上、現地でその『危険商品』を購入した市民を捜し出すほかない。が、当然ながら無警戒に聞いてまわっていては、当の処刑対象に逃亡される可能性が高い。


 逃げられるだけならまだマシで、相手が反撃の手筈を整えて待ち構えていたとしたら、処刑任務に訪れたリズァーラーたちが危機に晒されることとなる。


「不用意な行動は控え、出来る限り慎重に事を運びましょう。出来れば、自分たちがリズァーラーであること自体、露呈しないように行動したいものですが……。」


 ヤキバは言いながら、先輩リズァーラーであるハリコとマナコの顔に目を向ける。


 チーム内でも一番の新米が今後の行動について立案し、指示を出すのは奇妙なことではあった。が、今なおポカンとした表情で見つめ返しているハリコとマナコに、任務遂行を任せることは出来なかった。


「ブラックマーケットのような地区では、よそ者が入り込んできた時点で注目を浴びてしまう恐れがあります。店舗と思しき建物を速やかに特定し、その店主に対し危険商品を扱った履歴がないか尋ねていきましょう。」


「はぁい。ヤキバさん、初めての任務だってのに頼りになりますねぇ。まるで、ずっと前からリーダーを経験してきたみたいですよぉ。」


「ウゥー。」


「いや、お褒め戴くようなことでは……。」


 マナコは言い、ハリコも頷いている。ヤキバの中に浮かんだ感情は照れよりもむしろ困惑が勝っていたが。


 新米リズァーラー、ヤキバの肉体は、確かに生前は食糧生産プラントの責任者を担っていた男のものであった。限られた時間の中、目的に沿って方針を立てていく思考は、その脳内に染みついたものらしかった。


 当の本人は、もちろん生前の自分が何をしていたか知る由もなかったものの。


「お、街に入ってすぐのところにお店が見えますよぉ、さっそく聞き込みですかねぇ?」


「いえ、やめておきましょう。路地に直に商品を並べるような店で、管理局が危険商品と名指す品物を販売するとは思えません。」


 マナコはブラックマーケットに踏み込んで即座に目についた露店を指さすが、ヤキバは首を横に振った。


 廃材の小屋が所狭しと並ぶ街の路地、その片隅を占拠するように乏しい品が並べられている。薄汚れた服や靴など、盗品と思しき代物ばかりが並べられ、店主の男はボンヤリとした目つきでただ座り込んでいた。


 他のセクターに居れば犯罪者として処刑を免れないような者たちが、管理局の統治が及びにくいこのブラックマーケットに流入しているのだろう。とはいえ安住の地には程遠い様相らしく、店主の鼻は何者かに殴りつけられたことを示すようにひん曲がっていた。


「自分が先導します、マナコ先輩を真ん中に、ハリコ先輩は最後尾にて警戒してください。」


「ウン。」


「私を護衛してくれるおつもりですかぁ?いやぁ、お姫様になったみたいでむず痒いですねぇ。」


「マナコ先輩の目を潰されては、暗闇を通り抜けての移動に支障が出るからですよ。」


 このブラックマーケットに実際に踏み込んで、ヤキバは周囲の物騒さにますます警戒する必要性を見出していた。


 セクター0においては、廃材の小屋に住まうことすら夢のような境遇であるらしい。入り組んで曲がりくねった路地を進むたび、必ず一人は住居も無く道端に座り込んでいる人間の姿を目にすることとなった。


 彼らは接近してくる足音を聞くと、一様に怯えたような表情で顔を上げる。自分の乏しい懐から金目の物を奪おうとする脅威に、彼らが常に晒されていることを示す表情であった。そのように生きづらい街であってもなお、彼らには他に行き場がないのが現状であるらしかった。


「あの店舗へ、聞き込みに行きましょう。」


 ブラックマーケットの奥部へとかなり踏み入った先、ヤキバは一軒の扉を指さす。


 セクター0の中心部に近づくにつれ、廃材で出来た小屋は目につかなくなり、真っ当に建築されたのだろう建造物が目立ち始めていた。商品を買い求めに来た客や、物資を運搬している従業員など、通行人の姿も増えている。


 他の街と比べても、人相の悪い市民が明らかに多かったが。誰もヒマではないおかげかリズァーラーたちに関わろうとする者は居なかったが、半ば睨み付けるようにジロジロと視線を投げかけてくる者も少なくない。


「えぇ?あの建物ですかぁ?普通のお宅ではないんですかぁ?」


「ウゥー?」


 ヤキバが指さした先へ視線を向け、マナコとハリコは並んで首を傾げる。たしかに、そこには店舗らしい構えなど見当たらず、看板が掲げられてもいない。


 彼女の言うとおり、一般市民の住宅のようにも見える建物であった。こんな街で住居を得ているような人間が、“一般”市民であるかどうかは怪しいところであったが。


「ここに来るまでに、目にした一般の住宅は、いずれもあのように目立つ場所には入り口がありませんでした。あったとしても、鉄格子などで破壊されないよう補強されているものばかりです。」


「なるほどぉ、人間さんたちが眠る場所ですからねぇ、無防備なところに侵入されては困るでしょうねぇ。」


「それに、あのように入り口の見張り役を常駐させられるのは、よほど裕福な住民か、あるいは人を雇って経営を行う店舗かのどちらかでしょう。」


「ウゥ゛。」


 扉の脇、建物の影になって目立たない場所へとヤキバは視線を送る。


 遠目には暗がりにほとんど一体化した状態で、真っ黒い何かがうずくまっているようにしか見えなかった。が、よくよく見てみれば、粗末な椅子に腰かけた大柄な男のシルエットがそこにはあった。


「……。」


 地下都市の上層で運用されている警備兵たちと同様、全身にアーマーを装着し、満足に呼吸出来ない環境を想定して顔面には空気タンクと接続されたフルフェイスマスクをつけている。そのマスクのデザインは警備兵たちのものと大きく異なり、ドクロをかたどったような不気味な外見となっていた。


 ヤキバが扉を指さした時点から、リズァーラーたちの接近には気づいていたのだろう。マスクの目の部分が光を反射して、リズァーラーたちへと警戒の視線を投げかけていた。


「ウゥ゛ゥ゛……。」


「あの見張りっぽい人にも、挨拶しておいた方がいいですかねぇ?」


 こちらへ向けられる視線へ応ずるように警戒の唸り声を上げているハリコの傍ら、マナコが変わらずのんきな声を上げている。


 ヤキバはちょっと足を止め、自分の判断をまとめてから答えた。


「いえ、わざわざ話しかけるべきではないでしょう。必要があれば、向こうから呼び止めてくるはずです。」


「んじゃ、お構いなしにお店へ入りましょぉ……」


「おい、止まれ。何の用だ、お前ら。」


 ヤキバの予想は、想定よりずっと早く的中した。


 見張りの男は身を起こし、建物内への進入経路を塞ぐように扉の前で立ちはだかる。ちょうど、リズァーラーたちが走れば駆け込める程度の間合いまで近づいたタイミングであった。


 小柄なリズァーラーたちと比べれば、全身が装甲で覆われていることもあって見張りの男は巨岩のような体格にも見えた。マスク越しの声は警備兵と同様に無機質な響きであったが、その奥の獰猛さは隠しようもなく表れていた。


「グルルルルゥ゛……。」


「おっと、リコくん落ちついて。えぇっとですねぇ、私たちはぁ……」


 警戒心をあらわにして唸り始めるハリコ、真っ当に応答できなさそうなマナコを遮るように前に立ち、ヤキバが見張りの男と相対する。


「自分たちは、市民生活管理局から派遣されました。現在、セクター0に流通している商品についての調査を行っている最中でして、この店舗でも質問させていただければと。」


 ヤキバの発言は、一般常識に照らし合わせれば妥当な内容であった。


 地下都市を統治する管理局の命を受けての調査であれば、敢えて拒む理由も浮かび難い。また、他の店舗でも既に調査をしてきたかのような言い方を選んだのは、このブラックマーケットでも当然のように受け入れられ得る調査だと見張りの男に示す意図があった。


 しかし、相手はすげなく首を横に振った。


「帰れ。管理局の言いなりになる義理は無ぇよ。」


 ヤキバが想定していた以上に、セクター0における管理局の影響力は弱かった。また、リズァーラーが派遣されたことから、処刑任務が執行されるのだという推測に至るのも容易であった。


「本当にお時間は取らせませんから、とある商品についてお聞きするだけですので……。」


「帰れ。次から同じことを俺に言わせるたびに、お前らの腕を一本ずつ折っていく。」


 いかに食い下がろうにも、見張りの男は頑なに態度を変えようとはしなかった。


 護衛を雇うほどの店舗だけあって、そもそも特定の客以外は門前払いを食らわすように命じられているのだろう。ましてや、面倒ごとを持ち込みそうな管理局所属のリズァーラーが相手ともなれば、なおさら店に入れるわけにはいかないのだろう。


「……失礼、いたしました……さ、行きましょう。」


「ウゥゥ゛ゥ゛……」


「お邪魔しましたぁ。」


 かくも厳重な門衛を備えた店舗となれば、いよいよ危険商品を取り扱っている可能性は高かったものの、現状は大人しく引き下がるしかないと思われた。


 が、見張りの男の背後で扉が重々しく開く音がする。見れば、店舗の中から、黒眼鏡を掛けた店主がこちらを覗いていた。


 彼は見張りと比べればずっと細身に見えたが、その身にまとった空気は輪をかけて物騒なものであるようにも感じられた。歳のほどが読み取りにくい、皺ひとつない顔から老人のような嗄れ声を出して、彼は見張りに尋ねる。


「今、管理局から来た、と言ったか。」


「えぇ、手間取って申し訳ないです、旦那。すぐに追い散らします……。」


「入れてやれ。」


 店主は、見張りにそれだけ告げて、すぐさま顔を引っ込めた。


 見張りの男はマスク越しにリズァーラーたちをジロジロと見つめていたが、やがて鼻を鳴らし、店の扉の前から立ち退いて道を空けた。


「妙な真似をしたら、すぐさま叩き潰してやるからな、お前ら3人とも。」


「用件が済めば、ただちに出ていきますので……。」


 恐縮した様子で見張りの前を通るヤキバであったが、同行するハリコとマナコは自分たちの要求が通ったと見るに、一瞬にして緊張感が抜けたようであった。


「これでお話が聞けそうですねぇ、今回の任務も順調そうですよぉ、リコくん。」


「ウゥー。」


 マスク越しに見張りの男が小さく舌打ちする音が聞こえ、ますますヤキバは畏縮しながら店へと踏み込んだのであった。

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