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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
最も深く、暗く、安らぎの無い場所へ
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道具は待機にあらず、ただ置かれるのみ

 次なる処刑任務の通達を待つ間、いつも通りにハリコは自室と定めた小部屋の中でじっと座っていた。


 照明は無く、立ち上がればほぼ身動きの取れないほどに狭い、自分の身の回りだけを取り囲む闇で満たされた空間。


 カビだらけの綿がはみ出したクッション付きの椅子に腰かけて、目を閉じたハリコの思考に浮かび上がってきたのは以前と同様、普段見ることの有り得ない光景であった。


 どれだけ照明が設置されても常に暗がりの付きまとう地下都市とは対照的な、光に満たされた空間。壁面も天井もなく、見渡す限り遮る物体のない広大さもまた、地下空間ではあり得ない景色であった。


 頭上からは……ずっと地下空間で暮らし続けているハリコは、『空』というものが存在することを知らなかった……真っ白な粉のようなものがフワフワと降り注ぎ続けている。肌に温かく触れるそれらは、菌糸が細かくちぎれ舞っているもののようだった。


「ウー……。」


 唸り声しか発せない口を開き、誰も居ない、何もない空間に向かってハリコは呼びかける。応じる相手のいない空間で誰に呼びかけたのか、彼自身にも分からなかった。


 ただ、呼びかける必要だけを感じての行為であった。


 しかし間もなく、ハリコの呼びかけに反応がある。地平線の彼方、真っ白い菌糸がひときわ大きく降り積もって小山のようになった塊が、ハリコの方を“見た”気がした。


「……?」


 もたげる頭部もなく、開く目も無い、菌糸の大きな塊から、ハリコは確かに自らの存在を認識されたのを感じたのだ。


 そのことを不思議に思う暇も無く、ハリコの立つ周囲の地面がゆっくりと胎動しはじめる。地表を覆い尽くしている菌糸の巨大な群れが、地を這う幼虫のように蠢き始め、一斉にハリコの背後に向けて進み始める。


 彼らがいずこへ向かうのか、と自らの背後を振り返ったハリコだったが、胞子や菌糸が降り続く真っ白い地平の先には何も見いだせなかった。


 ただ、自分がこの場所にたどり着くまで、踏みしめてきた足跡が残されているばかりであった。


「ウゥ……?」


 今度はハッキリと、自分が目にしている状況についての疑問の念を浮かべ、声を発するハリコ。


 意図の明確な発話を行ったことが影響したのか、ハリコの意識は急速に現実へと引き戻されていく。小部屋の闇の中で目を開いたハリコは、まもなく自分が待機し続けている部屋の扉へと近づいてくる足音を聞いた。


 マナコの足音ではない。落ち着きなく駆けてくる彼女とは全く対照的に、ゆっくりした足音。


 いつも遠慮なしに扉を開けるマナコと異なり、彼はいったん立ち止まってノックし、中に居るハリコに伺いを立てた。落ち着きのある、初老の男の声。


「ご休憩中のところ失礼いたします、ハリコ先輩。少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」


 その声から、ようやく最近新たに増えた仲間のことをハリコは思い出したのであった。


 つい最近、管理官から『ヤキバ』という名を与えられたばかりの、その後輩リズァーラーの呼びかけに応じてハリコは扉を開く。リズァーラーとしては後輩でも、人間として生きていた時期が長いヤキバは、外見上の年齢がハリコよりずっと上だった。


「ウー?」


「ここにいらしたんですね。その、自分はリズァーラーとして過ごすことにまだ慣れておらず、お仕事を言いつけられない場合はどのように過ごすべきか、分かっていないのですが……。」


「ウゥ……。」


 ヤキバの抱いた疑問は尤もであったが、ハリコはそれに明確な答えを返せずにいた。


 もちろんハリコの口の構造上、言葉を発せないというのもある。が、そもそもハリコ自身も、明確な役目を与えられていないリズァーラーが普段何をして過ごすべきなのか、はっきりした答えを見いだせていないのだ。


 最適解は、余計な体力の消耗を抑えるべく、極力動かないままでいることだった。しかし人間とほぼ同等の思考力を有し、なお体内の菌糸に供給される養分が足りている限り眠る必要もないリズァーラーは、意識をハッキリ保ったまま無為に過ごす時間をますます長く感じてしまう。


「ウ、ウゥ゛ゥ、ウー。」


 言葉を発せないまま、ハリコは首を横に振りながら自分自身を指さし、ヤキバを指さし、ついでに両手を振る。


 マナコが相手であればまず真意を受け取られることの望めないジェスチャーであったが、じっくりとハリコを見つめ、意図せんとするところを推察しようとするのはヤキバの特長であった。


「それは、個々の自由、ということですか?」


「ウン、ウン。」


「なるほど……それは、その通りですね。ハリコ先輩は、普段どのように?」


「ウー。」


 ハリコは自分が腰掛けているカビまみれの椅子を指さし、その背もたれに身を預けてみせる。こちらの所作に込めた意図は、すぐにヤキバも理解した。


「この暗所で腰掛けて、動かないようにじっとしておられるんですね。たしかに、常に任務に備えて体力を温存することは適切な振る舞いと考えられます。」


「ウゥ……。」


 実際のところは、暗所で目を閉じている間、先ほどまでのような幻覚の光景を見ることもまたハリコが内心楽しみにしていることではあったが、そこまでジェスチャーだけで伝わるものではない。


 なんにせよ、『ただじっとしている』という返答が、ヤキバが期待していたような類の内容でないことは明らかであった。ハリコの回答に一応頷きつつも、彼は周囲を見回して別な質問を口にする。


「ところで、マナコ先輩は、どこにおられるのですか?少し探したのですが、姿が見えず……。」


「ウゥ?」


 それはハリコもあずかり知らぬことであった。そもそも、任務外では常にこの小部屋に閉じこもっている彼は、マナコに呼び出されるのを待つ立場である。


 管理官から任務を受け取った彼女が、仲間を呼ぶために執務室の扉を開けて出てくる姿しか見たことが無い。いかにして伝えるべきかとハリコが首を傾げた時、ちょうど執務室の扉が開く音が遠くから聞こえた。


 パタパタと軽い足音が駆けて近づいてくる。間もなく、先ほど話題に上がったばかりのマナコが姿を現した。


「リコくぅん!新たな処刑任務の通達ですよぉ!おや、ヤキバさんもご一緒だったんですねぇ。」


「ウー。」


「これは、マナコ先輩……ついに任務、ですか。」


 ヤキバの表情が、一気に緊張を帯びる。ついに自分も処刑任務に臨むのだと知り、休憩時間中に何をしているかなど尋ねている余裕も無くなったようだ。


 対照的に、マナコはいつも通り、新たな任務を前にして感情の昂りを分かりやすく示していたが。


「そうですよぉ!ヤキバさんも初仕事、ドキドキですねぇ!」


「先輩方のお役に立てればと思います。」


「ささ、リコくん、早く立って、管理官さんがお待ちですよぉ!」


「ウゥ゛。」


 マナコが言った通り、執務室で待っているのは管理官のみだった。ベスタとシェルは、まだ戻ってきていないらしい。


 彼ら2人のことをヤキバはそもそも知る由が無かったものの、浅からぬ付き合いであったはずのマナコもまた、ベスタとシェルの不在を案じるそぶりを見せなかった。未だ姿の無い仲間の安否を唯一心配しているハリコを置いて、呼び寄せたリズァーラーたちを前に管理官は喋りはじめる。


「今回の処刑任務は、セクター0、最下層のブラックマーケットにて行われます。」


 任務内容を告げる管理官の口調は常と変わりないまま、落ち着いた声色であった。


 が、その『ブラックマーケット』なる呼称を聞いたマナコはワンテンポおいて昂揚が最高潮に達したかのような笑顔を浮かべ、ヤキバも何か重大な関連事項を思い出しかけているかのように指先をこめかみに当てている。


 ポカンとしているのは、ハリコだけであった。お構いなしに管理官は通達を続ける。


「処刑標的は、特定の危険商品を購入した市民です。危険商品については、指示書に添付された画像をご覧ください。」


 今回も、処刑すべき標的は顔写真で特定されるわけではないらしい。管理官が差し出した指示書には、銀色の金具で縁取られた黒い直方体の頑丈なケースの写真が添えられていた。


 危険商品、とされる実物の写真ではない。たしかに開口部に複数の錠が備えられ、厳重に閉じられたそれは只ならぬ雰囲気を伴っていたが、内容物が何であるか任務通達時に分からないままで良いのだろうか。


 ハリコは腑に落ちないような唸り声を上げずにいられなかった。


「ウー?」


「あぁ、このケースの内容物を知る必要はありません。まずもって開けないものですから、そこらの市民が勝手に中身を取り出したり、入れ替えたりすることはない……とのことです。」


「そりゃあ、かのブラックマーケットでも、なお危険物として扱われる代物ですからねぇ。いったいどうして、そんなものがマーケットに流れたんでしょうかねぇ。」


 ヤキバは変わらず、自分の脳内に眠っている知識が戻りそうで戻らないのか、コツコツと自分の側頭部を指先で叩いている。その隣で、マナコだけは“ブラックマーケット”なる区画の正体を知っているのか、訳知り顔で管理官へ質問を投げかけていた。


 相変わらずハリコが首を傾げ続けている前で、管理官はすこし間を置いてから口を開いた。


「管理局からは、『何らかの手違いで、管理局が押収すべき物品が小売業者に渡った。』とのみ伝わっています。」


「なるほどぉ、もしかしたら、管理局からお店へ横流しした誰かが居るかもしれませんねぇ。」


「そのような行為が発覚すれば、処刑対象は増えるかもしれませんが、あくまでも今回の任務は危険物を不法所持する市民を処刑することですよ。」


 管理官は、念押しするようにマナコの顔を直視し、ついでにハリコとヤキバの方にも視線を向ける。


 マナコの推測はほぼほぼ正しかったろう、管理局から盗みを働くなど遠回しな自殺行為である。逆にどれだけ厳重な管理体制を強いていても、金になる品を横流しする人物が内部に居れば防ぎようもない。


 とはいえ、管理局に勤める職員から処刑者を公に出すわけにはいかないのだろう。管理官からの念押しを受け、ハリコとヤキバは頷き、マナコもあっけらかんと首を縦に振る。


「分かってますよぉ、それじゃ、指示書の通り、この危険商品を購入した市民を処刑しに行けばいいんですねぇ。」


「宜しくお願いします。……繰り返しになりますが、セクター0、ブラックマーケットが今回の任務目的地です。場所が場所ですので、不用意な振る舞いは極力控えるように。」


「了解いたしました。」


「ウゥー。」


 ヤキバとハリコも頷き、先に立つマナコの後について執務室を後にする。


 マナコは任務内容を聞いた時から妙にご機嫌であったが、ヤキバの表情は緊迫感を一気に増したようであった。それは、“ブラックマーケット”なる場所についての記憶を、彼が人間だったころの脳内から引っ張り出し終えたことをも示していた。

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