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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
処刑は取引であり、駆引きである
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優秀な遺骸は、良き替えとなる

 先ほど任務の完了報告を済ませて立ち去ったばかりの、管理官執務室へとリズァーラーたちは戻ってくる。


 いつも蒼白い管理官の顔だったが、今の彼の表情には明確に昂揚が示されていた。そこには、自分の手足となって働くリズァーラーが単に増えること以上の歓びが見いだされるようであった。


 マナコの後について室内に入ってきた、まだ名も無いリズァーラーは緊張して硬い表情のままであったが。


「こちらですぅ、どうぞ入って。連れてきましたよぉ、管理官さんのもとへ。」


「ありがとう、マナコ。さ、どうぞお掛けになって。」


「……お邪魔、します。」


 大きな執務机の向こう側、装飾の施された椅子に腰かけている管理官の姿をみとめ、名も無きリズァーラーは頭を下げる。すすめられるがままに目の前のソファへ腰掛けることなく、立ったまま。


 それは元々が貧困層の市民、労働にのみ明け暮れていた人間には、身につくことの無い作法である。肉体が死してリズァーラーとなった後も、生前に知らなかった習慣は教えられることなくして実行できない。


 生きている間は食糧生産プラントの責任者を務めていた男、人間としては既に死んだ彼の思考が、リズァーラー化した今もなお残されている片鱗を確認した管理官は、ますます満足そうに頷いた。


「これはどうも、ご丁寧に。ご遠慮なさらず、腰掛けて楽になさってください。私が管理官です。既にマナコから聞かされていたでしょうが。」


「お初にお目にかかります。えぇと……申し訳ありません、名乗るべき名を、私は知らないのです。」


「それは当然の事です、あなたはリズァーラーとして生まれたばかりなのですから。」


 遅れて執務室に入り、扉を閉めたハリコが再び部屋の中へ視線を向ければ、マナコと目が合った。


 いつもニタニタ笑っている口元は更に端が持ち上がり、まぶたを固定する器具で全開の左目は興奮を示すように細かく瞳が震えている。


 刺激ある処刑任務以外の事で、マナコが目をこれだけ輝かせているのも珍しいことであった。ハリコは彼女の内心を推し量りかねてボンヤリしていたが、マナコは近づいてきて耳打ちする。


「これって、リコくんの子供が生まれたってことになるんですかねぇ?ベスタさんと一緒に噛みついて処刑した身体がリズァーラー化したわけですしぃ、ベスタさんとの子ってことに……」


「ウゥ゛ゥ゛。」


 さすがのハリコも、マナコからの際どい冗談を不機嫌そうな唸り声で遮った。


 確かにハリコやベスタが噛みついた傷跡から処刑対象の体内に菌糸が入り込み、繁殖した結果が新たなリズァーラーの誕生につながったことには違いない。人間の生態に照らし合わせれば、ハリコとベスタの間に子供が生まれたかのような現象ではあった。


 とはいえ、自分よりも見かけ上は遥かに年取った男の身体を、我が子として認識することにはハリコも抵抗を感じた。ウィトゥスの研究所では「純粋なリズァーラー」だと認定されていたものの、人間らしい感性はしっかり残されていたのである。


 ハリコが不愉快そうにしていても、変わらずニタニタし続けているマナコと比べれば、なおさらであった。執務室の隅でコソコソ喋っている両名を置いて、管理官は目の前の名も無きリズァーラーに語り続けている。


「あなたが新たなるリズァーラーとして生まれたことは、既に管理局へ通達済みです。えぇと、『管理局』という機関については、説明が必要ですか?」


「いえ、ぼんやりとは分かっています。この地下都市を統治し、市民たちの恒久的な生存を目指すことを目的とした機関……ですよね。」


「素晴らしい、その通りです。あまり多くを説明する必要は無さそうで、こちらとしては助かります。」


 生前の地位が地位だけに、このリズァーラーは相当量の知識を有しているようであった。管理官が満足げな表情を浮かべるのも道理だったろう。


 その管理局の意向に従わず、半ば騙し討ちのような形で処刑に至ったのが、人間だったころの彼が迎えた最期であったわけだが。リズァーラーとして目覚めた現在、本人は自らの置かれた状況を把握することに必死であり、今は思い出している余裕は無さげであった。


「管理局からの指示や命令を受け取り、あなた方リズァーラーへと直接通達するのが私、管理官の役割です。見ての通り、私自身もまたリズァーラーであることに違いはありませんが。」


 管理官は自分の頬に指を押し込む。頭部を一周するように入った切りこみのごとき口は、喋るのに開ける必要がある箇所を残して後は縫合されているものの、その縫い目の隙間から口の中へと指を差し入れることが出来た。


 人間ならざる存在であることを示すための振る舞いであったが、名もなきリズァーラーは抵抗感を示すように顔をしかめる。人間であった頃の感性は、未だ鮮やかに残されているらしかった。


「失礼、ともあれ、あなたの所属を変更せよとの命令が来ない限り、あなたには我々と共に働いていただくことになると思われます。」


「了解しました、他に行き場もないですし……今さらなのですが、ここに居る方々は何を仕事にしておられるのですか?」


「おっと、重大なことをお伝え忘れていましたね。我々は、処刑担当のリズァーラーです。管理局が指示した標的の元へ向かい、処刑を実行することが主たる任務内容です。」


 管理官は、相手の顔色が変化しないかじっくり観察するためか、最後の返答を比較的ゆっくりとした語調で行った。


 生前の自身が処刑されたことについて何か思い出さないか、処刑という言葉に抵抗を示さないか……とハリコやマナコも脇から見つめていたものの、未だ名もなきリズァーラーはその点に引っ掛かることなど無いらしかった。


 やはり人間らしい感性が残っていても、一個人としての自我に関する記憶はまったく喪失しているようだった。


「そうですか、それは緊張する仕事内容ですね……私は、どのような役割を与えられるのでしょうか。」


「あなたの能力を詳細に見極めてから決定いたします。むろん、管理局があなたの所属を決定してからの話ですが。あとは……一応の呼び名だけは決めておきましょうか。」


 生まれた存在に命名するという行為は、人間であれば相当に重大な出来事ではあったが、リズァーラーの場合はさして厳かなものでもない。


 リズァーラーは人間から名前をわざわざ覚えられることなどなく、また直属の上司である管理官から呼ばれることも殆どない。仲間同士で呼びあう以外に、自分の名前が使われる場面など無かった。


 管理官はしばらく相手の顔をじっと見つめ、その口元から覗く大型化した歯に視線を向け、あまり悩む素振りも無く喋った。


「目立って8本の歯が口から見えますし、ヤキバ、でいいでしょう。」


「ヤキバ。それが私の名前ですか。なるほど、覚えやすいですね。」


 実に手っ取り早く名を与えられたヤキバは、不満も無さそうに頷いている。傍らから眺めながら、ハリコも自分たちが名をつけられた時は似たようなものだった、と思い出していた。


 開きっぱなしの目が目立つからマナコ、頭蓋骨に目の周囲部分だけが貼り付けられたような姿だからハリコ、管理官のネーミングには思い入れの無さが露骨に表れていた。


「現在は新たな処刑任務が入ってきていません、しばらくは待機していてください、リズァーラーとして暮らすうえで分からないことがあればハリコとマナコに尋ねるように。」


「よろしく、お願いします。」


 丁寧に頭を下げるヤキバに向け、マナコはニヤニヤ笑いのまま返した。


「そう他人行儀に振舞ってたらキリがないですよぉ、堅苦しいのはナシで行きましょぉ。それじゃ管理官、私たちは下がってますねぇ。」


「ウゥー。」


 既に書類仕事に視線を落としはじめた管理官の素振りが、リズァーラーたちの退室を促しているものだと知っているハリコとマナコ。まだリズァーラーとしての要領を掴んでいないヤキバの腕を、マナコは掴んで立ち上がらせる。


「私たちは、さっさと排水管の中に戻ってましょぉ。この部屋は、人間の職員さんが来られることもありますからねぇ。」


「なるほど……では、お邪魔いたしました。」


 管理官へといちいち頭を提げているヤキバを、マナコは引っ張って排水管へ通ずる扉の方へと向かっていく。


 ハリコも彼らの後を追おうと足を向けたが、管理官がボソッと呟いた声で歩を止めた。


「良くしてあげてくださいね。彼には、チームの頭脳としての働きを期待することになりそうです。シェルの代わりに。」


「ウゥ?」


「いや、シェルが通常活動を続行可能ならば、代わりを要することは無いのですがね。」


「ウー……。」


 腑に落ちないようなハリコの唸り声に対し、それ以上管理官が返答を与えることは無かった。


 思えば、ハリコとマナコとは別任務に向かったと思しきシェルとベスタは、未だ帰ってきていない。彼らの帰還が遅れているのは、何らかの支障に巻き込まれたためであるかもしれない。


 同じチームのメンバーが仮に危機に陥っていたとしても、情報や指示を与えられない限り、自主的に行動を起こせない立場であるリズァーラーには助けに行く術も無かった。

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