亡者に出自の詮索なし
死体袋の中に保存しておいた処刑標的の遺体が、リズァーラー化しているという前代未聞の事態。
ハリコやマナコもまたリズァーラーであることに変わりないとはいえ、何の知識も持たない状態のリズァーラーを相手取るのは初の経験であった。
「えぇーと、私たちの声は……言葉は、分かりますかねぇ?」
普段は相手を気遣うことなどないマナコが、探り探りに話しかける様も滅多に見られるものではない。
死体袋から上体を起こしたばかりの相手もまた、未知の事物に取り囲まれている状況であることには違いない。彼は落ち着きなく周囲を見回し、マナコへの返答も口籠りながらであった。
「はっ、はい……あなたが喋っている内容は、聞き取れます……。」
「なるほどぉ、まずは一安心ですぅ。」
意思疎通の可能な相手であることは確認できたものの、現状のハリコとマナコに出来ることはそれ以上に無かった。
自分が何者であるかについての記憶、いわば自我を構成する一大要素がすっかり消えてしまっていることは、生前の記憶を一切有していないリズァーラーに共通する特徴である。あくまでも人間の遺体で繁殖した菌糸が活動しているにすぎず、元となった人間は既に死しているのだから。
とはいえ、その思考能力は人間同様に残されている。それゆえにハリコやマナコは指示された任務内容を遂行することが出来るわけだし、シェルやベスタのように高度な推察を行えるリズァーラーも存在するのだ。
「……ひとまず、管理官さんにお伝えしますかねぇ。」
「ウー。」
マナコは唸り声だけを発するハリコと顔を見合わせ、頷き合う。
チームの頭脳担当であるシェルもベスタも別任務から帰ってきていない以上、この両名に出来る事は直属の上司から指示を仰ぐことのみであった。すっかり血の乾ききった死体袋から身を起こしている名もなきリズァーラーは、状況を掴めないままに不安そうな目をこちらへ向けていた。
「管理官さん、というのは誰ですか?私は、どのように扱われるのですか?」
「ご心配なさらずとも、管理官さんは私たちリズァーラーに居場所を与えてくれる方ですよぉ。……あ、『リズァーラー』って言葉も、初めて聞きましたかねぇ。」
マナコからの問いかけに、相手はしばらく首を傾げていたが、幾度か瞬きを繰り返したのちに自信なさげな口ぶりで答える。
「いや……知っています。死んだ人間の身体が、リズァーラーに変化するものだと。つまり私は、一度死んだ身体に宿ったことになるのですか?」
自分自身に関する記憶は抜け落ちていても、それ以外の一般的な知識を有しているらしいことは確かであった。
その点に関してはハリコもマナコも同様である。リズァーラーとして目覚めた時から、自分に関する以外の生前得た知識は残されている。だからこそ、自分たちが人間ではなく、人間より劣る存在として扱われることを当然として受け入れていられるのだ。
既にハリコもマナコも、自分がリズァーラーとしてこの世に生まれた時のことなど、重要ではない事物として忘れ去ってしまっていた。
「えぇえぇ、だいたいあってますよぉ。緊張なさらないで、ここに居るのはリズァーラーばかりですからねぇ。んじゃ、私は管理官さんにお伝えしてきますので、リコくん、その間お相手してあげててくださいねぇ。」
「ウゥ。」
言うだけ言って、マナコは遺体処理室から出ていった。
あとに残されたハリコであったが、たった今死体袋から起き上がったばかりの名もなきリズァーラーを相手に、どのように時間を過ごせばよいのか分からない。
この地下都市で過ごしてきたリズァーラーの先輩として、これからの生き様についてアドバイスを与えようにも、大顎と牙を生やす形に変異したハリコの口は言葉を発せないのだ。
「ウ、ウゥ、ウー。」
「ど、どうも。あなたの名前は、リコ、ですか?」
「ウゥ゛ウゥ゛。」
ハリコは首を横に振ることしか出来なかった。マナコから「リコくん」としか呼ばれない弊害に、ここにきてぶつかるとは思いもよらなかった。
普段から、自分の名を呼ぶ相手はマナコ以外に居らず、人間がわざわざリズァーラーの名を覚えることはない。そもそも、「ハリコ」という名前自体、自分をとりあえず識別するために仮に与えられた呼称に過ぎなかったが。
「そう、ですか……。その口では、喋るのも、食べるのも難しそうですね。」
「ウゥウ。」
目の前の彼は、リズァーラーとして活動を開始したばかりであり、リズァーラーは食事を必要としないことを知らない。
人間として生きていた頃の知識しか有していないのならば、それも当然の事であった。あるいは、生前の彼が食糧生産プラントの責任者であったことから、食に関しては人並み以上の関心を持っていたためであろうか。
リズァーラーは、水分、および養分を、体表から直接体内へと吸収することで活動を続行するのだ。そのことを伝えようにも、ハリコは自分が言葉を喋れないことがもどかしかった。
「ウー……。」
「それも違う、ということでしょうか?申し訳ないです、分からないことばかりで。」
「ウン……。」
とはいえ、目の前の新米リズァーラーは、言葉を発せぬハリコ相手でも、ある程度は伝えられようとしている意図を汲み取っている。
それは生前の彼が、人間関係を築くことに長じているだけの、相応の能力を有していたことをも示すようであった。
パタパタと軽い足音が排水管内を反響しながら近づき、再びマナコが遺体処理室へと顔を出す。
「管理官さんが、新しいリズァーラーさんをお迎えする準備が整ったとのことです。立って歩けそうですかぁ?」
「えぇ、身体は問題なく動かせます。」
死体袋に詰められた状態で長時間動かなかった身体だが、体内の菌糸は十分に繁殖していたおかげか、名もなきリズァーラーはすんなりと立ち上がった。
小柄なマナコやハリコと並ぶと、すらりと伸びた長身が目立つ姿であった。
「なんだか、管理官さんはあなたに会うのが楽しみなようですよぉ。あなたがリズァーラーになるのは予想外でしたが、あなたの能力には大いに期待できるんだとか。」
「そう……なのですか?まだ活動している様を披露していない私が、なぜ評価されるのか分かりませんが……。」
「私も分かりませんけど、管理官さんが仰るんですから間違いないでしょぉ。もしかすると、私たちと一緒にお仕事できるかもですねぇ。」
マナコとの会話を続けながら、まだ名前を付けられていないリズァーラーは管理官の執務室へと進んでいく。
ただ1人、ハリコはチラと遺体処理室の中に残された死体袋の方を振り返った。
リズァーラーは人間の遺体に繁殖した菌糸が活動を開始するもの、ということは今までも分かっていた。が、こうして管理局の命令の下、処刑任務に携わるチームのメンバーがいかにして選出されているのかは明かされていなかった。
「ウゥ……?」
今回のように、処刑された人物がリズァーラー化した存在がチームに迎えられているというのならば、自分を含め、マナコやシェル、ベスタもまた、相応の能力を持った人間が処刑された成れの果てなのであろうか。
無言のままにハリコは小首をかしげていたが、答えの出せぬ疑問に拘ることはなく、やがてマナコの後を追って歩き出したのであった。




