命無き者、いずれ目覚める
処刑任務から標的の遺体を持たず帰ってきたハリコとマナコを出迎えても、やはり管理官は意外そうな反応など見せなかった。
「えぇーと、指示された通りの処刑はきちんと遂行できたんですけどぉ、諸事情ありましてご遺体は回収できずじまいでしてぇ……」
言い訳をするマナコの言葉を、管理官は穏やかな声で遮る。
「存じています。今回の処刑任務の結果には、管理局も大変満足しているとのことです。」
蒼白な顔面を横断するように裂ける口が、うっすらと笑みを浮かべている管理官の顔つきは常と変わらなかったものの、その声色は心なしか朗らかであり、管理局の上層部から称賛されたのだろう彼が上機嫌であることは明白であった。
「あなた方による処刑任務の遂行後、エネルギー供給プラントは直ちに管理局の指示に従い、労働者の一部をリズァーラーへと置換する作業に入ったとのことです。」
「まぁ、あれだけ大勢の目の前で処刑を実行しましたからねぇ。あんなに注目される状況での処刑は初めてでしたよねぇ、リコくんも。」
「ウン。」
マナコからの言葉に、ハリコも頷く。
エネルギー供給プラントの従業員や幹部職員、そして所長らが見守る前で、処刑対象の命を断つ様をハッキリと見せつけたことには、やはり意味があったのだ。次に不正が発覚すれば、誰が処刑されることになるか分からないという状態で、更に管理局からの指示を無視しようとする動きは生まれ難い。
ともすれば、地下都市全体の生命線を握っているエネルギー供給プラントに対し、強気に出られないこともある市民生活管理局にとっては願ったり叶ったりな状況だろう。
「本当にお疲れ様でした、あなた方の帰還をもって、本任務は完了といたします。」
「どうもぉ、今回もいい仕事しましたねぇ、リコくん。」
「ウゥー。」
管理官からの上々な反応を受けて、マナコとハリコは頷き合う。
……が、その後は不自然な沈黙が訪れた。もちろん、マナコとハリコは任務達成の報酬として、管理局から支給されているはずの養分液を待ち望んでいたのである。
しかし、いくら待てども、管理官が褒美の品を取り出すことは無かった。彼はいつも通りの書類仕事を再開しながら、まだ目の前から立ち去ろうとしないハリコとマナコに気づき、改めて声をかける。
「いかがしました?あなた方からの任務完了報告は受け取りましたが。」
「あのぉ、今回もいい感じで管理局の意向に沿った処刑を執行できたということで、ご褒美を戴けないかと思ってたんですけどぉ……。」
「ウゥ。」
マナコの申し出に、傍らのハリコも同調するような唸り声を上げつつ頷いている。
その言葉を聞いたところで大した問題など見出さなかったかのように、管理官は表情一つ変えずに書類へと視線を戻したのみであった。
「今回は、管理局からの臨時支給品を受け取っていません。」
「えぇー?じゃあ、任務達成の報酬は無し、ですかぁ?」
「原則として、処刑担当リズァーラーは報酬として処刑標的の遺体を受け取ることが定められております。」
「ウゥ゛ゥ゛……。」
ハリコは不満げに唸り、マナコも更に何か言いたげに口を開いていたが、諦めたように項垂れて管理官の執務室を立ち去るしかなかった。
管理局としては、一つ前の任務、食糧生産プラントでの処刑任務遂行に対し、リズァーラーたちには十分な量の養分液を与えたとの認識もあるのだろう。あるいは、今回の処刑自体には文句のつけようがなくとも、その現場を清掃する手間が増えたことに関しては苦々しく思っているのかもしれない。
なんにせよ、管理局の末端で使われる立場に過ぎないリズァーラーには要求を行う権利もなく、ハリコとマナコは薄暗くジメついた排水管内の居所へ戻る他になかった。
「確かに、以前の任務でいただいた養分液はたっぷり吸っておいたので、未だ栄養不足には陥っていませんけどぉ……頂けると思っていた物がもらえないのは、ガッカリですねぇ。」
「ウゥー。」
2人の会話は、空気の籠った排水管の中で反響し、暗闇に音を吸われるかのごとく消えていく。
顔面を覆うフードの隙間からハリコは不服そうな目つきを細めているばかりであったが、何かを思い出しそうに開き切った左目をギョロギョロさせていたマナコは、はたと手を打った。
「あっ、そうです。前回の任務では、ちゃんと食糧生産プラントの責任者さんの遺体を持ち帰って来てましたよねぇ。」
「ウン。」
「あの遺体、ベスタさんやシェルさんがまだ養分液へと加工していなければ、まだ死体袋に入りっぱなしのはずですよぉ。」
「ウゥ。」
マナコに言われ、ハリコもようやく前回の任務で得られた遺体の存在を思い出し、多少は目を輝かせた。2人はさっそく、死体袋をとりあえず放置していた遺体処理室へと歩を向ける。
「しかし、栄養分は減っちゃってるかもですねぇ。以前、掘削現場から持ち帰ってきた遺体は、しばらく放っておいたせいで他の菌類が繁殖してましたし。」
「ウ゛ー……。」
たしかに、処刑から持ち帰ってきて即座に処理しなかった遺体が、勝手に立ち上がって壁に頭を打ち付けだした一件もあった。
ハリコが噛みついて絶命させたこともあってか、遺体の内部へとリズァーラーの体液に交じって菌糸の一部が入り込んだため、繁殖した菌糸が人間の遺体を動かすに至ったのだろう。同じ原理で生まれるリズァーラーたちほどの、知能は有していない様子だったが。
しかし、今回は同じ状態ではないらしかった。誰もいない遺体処理室には中身の詰まった死体袋が転がっているばかりで、今のところ勝手に動き出すものは居ないようであった。
「大丈夫そうですね。シェルさんもベスタさんも居ないみたいですし、私たちであの遺体を細断して養分液にしちゃいましょぉ。」
「ウン。」
前例に照らし合わせれば、放っておけばおくほどに繁殖する菌類によって遺体の栄養分は取られてしまう。シェルとベスタはおそらく別任務に向かっているだろうし、彼らの帰りを待っている場合ではないと判断したのだ。
さっそく死体袋を開くマナコ。
「おやぁ……?」
彼女が疑問の声を上げることは、滅多にない。言いつけられたこと、目の当たりにしたことは、そのまま事実として受け止めるのがリズァーラーの常である。
そんなマナコでさえも、不可解を声に表さずにはいられない異変が、その遺体袋の中にはあった。
「ウゥ?」
ハリコも何があったのかと彼女に並んで覗き込み、それを見た。
死体袋の中に収まっていた、元食糧生産プラントの責任者の遺体は目を開いていた。
単に目が開きっぱなしのままであったのではなく、明らかに意思を有した視線をあちこちに向け、そして自身の顔を覗き込んでくるハリコとマナコを見、口を開いて喋ったのである。
「……ここは、どこですか?あなたたちは……私は、誰ですか?」
さしものハリコとマナコも即座に返事出来ず、黙って顔を見合わせる。
人間の遺体が菌類の影響を受けて動き出すことはあれども、自分たちと同じリズァーラーとしての活動を開始している様を見ることは、初めての経験であった。




