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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
処刑は取引であり、駆引きである
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献策は無償にあらず

 標的を処刑し終えたリズァーラーたちが遺体の後始末を開始すると、見物人のごとく集まっていた職員や作業員たちは徐々にこの場を去っていく。


 が、まだ血溜まりの広がる惨状から目を離せずにいる作業員たちも残っていた手前か、この発電施設の所長はリズァーラーたちへ向けて一応の指示を出していた。


「きちんと現場の清掃は済ませておいてくれたまえよ、わざわざ排水溝を備えた作業区画にて処刑を行わせたのだから。」


「はい、もちろんですよぉ。我々があらかた流血を拭き取った後は、管理局から専用の清掃チームも到着しますのでぇ。」


 マナコが朗らかに答える背後では、広げた死体袋の上へとハリコが遺体を持ち上げて置いている。


 つい先ほどまで健全そのものであった標的の遺体からは、今なおボタボタと血がとめどなく零れ落ちていた。噎せんばかりの臭いを前にハンカチで口元を覆いつつ、所長は言葉を続けた。


「不衛生な環境で、ウチの従業員を働かせるわけにはいかんのだ。まったく、だから冷却部にて処刑を行うことを想定していたのだが。」


「スミマセンねぇ、あの場所では一部の児童労働者からの妨害を受ける恐れがありましたのでぇ。」


「ふん、児童労働を監督していた男の処刑を望まぬ者が居ようとはな。おおかた、この男から餌付けされていた少年だろう。」


 所長も、ある程度は冷却部における状況を掴んでいたらしい。


 多くの子供たちが冷却水を運ぶ労働に従事させられ飢渇に喘いでいる中、リーダー格の少年ただ一人だけが潤沢に栄養を摂取できている状況は、たしかに不平等な食料分配によって生み出されているものに違いなかった。


 その状況が、たったいま処刑された男が意図的に作っていたものであるか否かは、もはや死した本人の口から語られようもなかったが。あらゆる悪事を引き受けて処刑された、一人の男の死体が横たわるばかりであった。


「こうして、大勢の従業員の皆様に環視される中で処刑を実行できたことには、大きな意義がありますねぇ。所長さんの正しさを、皆様は改めて目の当たりにしたことになります。」


「言うまでもない。くどいようだが、清掃は念入りに頼むぞ。ここで働いている者たちが、家族の元へ病原菌を持ち帰るようなことがあってはならん。」


「もちろんですよぉ。あ、ちなみに、我々がいま処刑した標的にご家族がおられれば、一応はその旨をお伝え願えますか?彼が処刑されたことを知らず、行方不明者届けが出されても管理局の手間ですのでぇ。」


 既に所長は警備兵たちを引きつれて現場に背を向けており、マナコの言葉への返答は何ほどのことも無い様にアッサリと済まされた。


「彼に家族は居ない。養うべき家族を持つ従業員を、あんな閑職に置くものか。」


「なるほどぉ、了解ですぅ。」


 既に遺体周辺の血だまりを襤褸切れで拭き取る作業に没頭し始めていたマナコが口にしたのも生返事ばかりであったが、所長の言葉が届く位置に居た作業員たちの表情には緊張感が走ったようであった。


 同じ発電施設内で働く作業員であることには変わりなかった彼らの中から、施設全体の罪を着せられ、リズァーラーによって惨たらしく噛み裂かれて処刑される役目を担わされる人物が選び出された根拠は、家庭を有していないこと。


 その判断基準に自らが当てはまらなかったことを、幸いと考える他に無かったろう。


 一方のリズァーラーたち、ハリコとマナコは、一帯に広がっていた血溜まりを拭き終え、血で浸された布を死体袋の中に詰め終えていた。作業中も手のひらから染み込んでくる血液の栄養価も相まって、2人は上機嫌のまま死体袋を持ち上げた。


「よっ、と。今回の標的さんもなかなかの重量ですねぇ、帰って養分液にするのが楽しみですねぇ。」


「ウン。」


 小柄で筋力では人間に劣るリズァーラーたちも、自分たちが摂取する養分を持ち帰るためとあらば、相当な重量となる人間の遺体をせっせと運搬していく。


 しっかりと口を閉じておいても血腥さを周囲に撒き散らす死体袋を2人がかりで担ぎ、ハリコとマナコは顔を背ける作業員たちの間を通り抜け、来た時と同じようにエネルギー供給プラントの正面玄関から出ていった。


「そういや、結局キャシーさんとウィーパさん、あれ以降は顔を見せませんでしたねぇ。」


「ウゥ。」


「私たちは管理局から派遣されたリズァーラーですけど、あの方々は不法侵入ってことになっちゃいますし、隠れてるのは当然ですかね。」


 マナコが口にした通り、今回の処刑手段を現地にて提案したウィーパたちの姿を見ぬままであった。


 発電所の職員たちから見れば、彼らは所属不明のリズァーラーたちであり、公然と姿を見せられないのも道理ではあったが。思えば、何故ハリコたちが処刑を執行しようとする現場にタイミングよく介入できたのか、その理由もよく分からないままである。


「にしても、キャシーさんもウィーパさんも、いったい何者なんでしょ。リズァーラーだってこと以外、所属も行動目的も謎なままですねぇ。」


「ウゥー……?」


 ハリコも唸り声と共に首を傾げるが、この場で答えを出すには判断材料が無さすぎる。


 そもそも、自分たちの任務遂行が一度は妨害されてはいるものの、結果的には処刑が達成できている今、わざわざ彼らについての謎を解く理由は見当たらなかった。


 必要のないことにわざわざ思案を巡らせる習慣のないマナコもまた、疑念を口にしつつも、自分たちの居所へ帰るための排水管へと足を向けた。


「おや……?」


 照明が無く、真っ暗闇の排水管内部を進んでいく途中、マナコは前方に何者かの姿をみとめて声を出す。


 例によって闇の中でハリコは視力が利かず、マナコが何を見たのかは分からない。が、自分たちが近づくと同時に、向こうからもこちらへ接近してくる足音が聞こえた。


 排水管内部は明かりが無いのみならず、呼吸に適した空気の供給も無く、また不衛生な環境である。相手が人間である可能性は低い。マナコが遭遇を回避しようとしないことから、敵意を見せていない存在であることだけは伝わってくる。


 やがて至近距離まで近づいてきた足音の主は、聞き覚えのある声を発した。


「処刑任務、無事に達成できたようで何よりです。」


「どぉもぉ、ウィーパさん。ご協力いただいたおかげで、所長さんも処刑現場に立ち会っていただけましたよぉ。」


 マナコと声を交わしている相手は、ウィーパであった。彼の背後には、少し重めの足音が続いている。キャシーも黙ったまま、彼の背後の暗闇に居るのだろう。


 互いの目の前で立ち止まったリズァーラーたちを、静寂と暗闇が取り巻いている。少しの間をおいて、ウィーパが口を開いた。


「あなた方をここで待っていたのは、他でもない、その処刑標的の遺体をこちらに引き渡していただくためです。」


「えぇー、まーた我々の獲物を横取り、ですかぁ?」


「ウゥ゛ー。」


 マナコがウンザリした声を上げ、ハリコも不満げな唸り声を上げる。


 背後でキャシーが全身の金属片を擦り合わせるような音を立てると同時に、ウィーパは静かな声色のままに言葉を継ぐ。真っ暗闇の中でハリコの視界では彼の表情を確認することは叶わなかったが、その瑠璃色の瞳だけはボンヤリと薄く光を放っているようであった。


「お言葉ですが、僕たちの介入のおかげで、あなた方は大いに助かっているはずです。あなた方の行動に任せていては本来想定されていた対象は処刑されず、管理局の指示した通りの遂行ではあれど、評価は著しく下がっていたことと思われますよ。」


「例の、あの場所で働いていたリーダー格の少年を処刑しかけてた件ですかぁ?」


「えぇ、標的が子供となっていても、管理局はとりあえず処刑を執行した事実だけを求めているのだ、と認識されかねない状態でした。」


 児童労働者たちを仕事から解放し、リズァーラーへと労働力を代替するプラン。その決定に発電施設側が従わなかったことが今回の件の発端であり、処刑標的は氏名や顔写真を伏せられたまま『労働監督官』という肩書きのみで指定されていた。


 いくら現場の事情に疎い人物でも、一人の少年が労働力の決定に携わっているなどとは考え難いだろう。


 周囲から誘導されるがまま、『労働監督官』だと名指された少年を処刑しそうになっていたハリコとマナコの判断は確かに賢明なものではなかった。


「結果的に今回の手段、すなわち他の職員たちや作業員たちに囲まれる中、所長の目の前で本来の標的であった男の処刑を執行することは、管理局の意向にも適っているはずです。」


「そうですかねぇ。」


「発電施設の所長には、管理局は確実に処刑を遂行するのだとメッセージを与えることが出来ました。周囲の従業員たちには、もしも次に不正が発覚すれば、誰が罪を着せられて処刑される目に遭うとも知れない、プレッシャーを与えることになりました。」


 仮に所長が行った不正であったとしても、地下都市の心臓部、発電施設のトップである所長自身が処刑されることはまず無いことは明白である。


 とはいえ所長は安泰であろうとも、彼の罪を擦り付けられる部下の身は溜まったものではない。あれだけ凄惨な処刑現場を全員が目撃した今、今後は管理局からの命令に背くような真似を発電施設の幹部級職員たちも看過しなくなるだろう。


「今回の処刑任務について、管理局から下される評価は高いはずです。あなた方には臨時の養分液が支給されるでしょう……案ずることなく、その遺体を僕たちに渡してください。」


「仕方ありませんねぇ、そちらのキャシーさんに力尽くで勝てるとも思えませんし。」


 諦めの言葉を口にするマナコの隣で、ハリコはまだ未練がましく唸っていたが、目の前まで来たキャシーの腕に死体袋が奪われることに抵抗はしなかった。


「寄越せ。」


「ウゥー。」


 やはり彼女の筋力はリズァーラーの中でも格別であり、マナコとハリコの2人がかりで運んでいた男の遺体を、軽々とキャシーは担ぎ上げている。どんな表情を浮かべているのかは闇に阻まれて見えなかった。


 相棒が目的の遺体を入手したのを確認し、ウィーパはハリコとマナコに向けて忠告する。


「あなた方は、しばらくこの場所で動かないでください。帰還を再開するのは、僕たちの足音が聞こえなくなってからです。」


「はいはい、でしょうねぇ。」


 当然ながら、ウィーパとキャシーがどこへ向かうのかを追跡させぬためであろう。


 多少の不満は覚えつつも、ウィーパの言葉を信じるならばあえて遺体を取り戻す必要性も感じていないマナコは、その場にハリコと並んで腰を下ろした。


 死体袋を担いだキャシーの重い足音と、小柄なウィーパの軽い足音が去っていくのを聞きながら、マナコはボソッと呟く。


「ウィーパさんもキャシーさんも、たまに私たちから遺体を横取りしている程度とは思えないほど、栄養状態が良さげなんですよねぇ。」


「ウゥー?」


「他の処刑現場からも、遺体を引き取ってるんでしょうかねぇ。ますます、いったいどんな活動をなさっている方々なのやら、不思議な存在ですねぇ。」

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