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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
処刑は取引であり、駆引きである
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告発の場、用意したのは誰か

 普段は機器類の確認や操作に勤しむ作業員たちの靴音、そして発電設備の駆動音で満たされている空間は今、異様なまでの緊張感に満たされていた。


 物々しい装備品に身を固めた警備兵たちに取り囲まれ、発電施設の所長が静かに立っている。少し離れて幹部クラスの職員たちが場を見守り、一人の男の到着を待っている。この場だけ、時間が止まっているかのように、じっと動かない者たちで占められていた。


 むろん、発電機能を止めているわけではなく、一部の作業員たちは常と変わらぬ作業を続けていた。が、彼らとて、これから何が始まるのかと興味をそそられずにはいられない。


 大勢の者たちが見守る場へ、一人の男がマナコとハリコに連れられて姿を現す。マナコは周囲を見回し、常通りに朗らかな声で挨拶を投げかけた。


「お待たせしてしまい、申し訳ございません!こちらに、発電施設内での不正行為について、証言するお方をお連れしましたぁ!」


「ウゥー。」


 マナコの隣では、言葉を喋れないハリコが唸り声だけを上げ、連れてきた男を集まりの中心へと押し出した。


「……。」


 小柄なリズァーラーたちと並べばますます、がっちりとした体格が際立つ男であったが、彼の表情は不安と緊張によってこわばっていた。


 目の前には、白髪と髭を綺麗に整えた所長が立ち、静かにこちらを見据えている。今から自らの証言によって、この施設で最高の地位に就いている人物の処刑が決定されるのだと考えれば、男の額に冷や汗が滲み出ていたのは当然のことだったろう。


 が、先に口を開いたのは所長の方であった。今から不正を暴かれようとする人物だとは思えぬほどに落ち着いた声色で、男へと語り掛ける。


「私を告発したい人物がいる、と言われて来てみれば……お前か。何ら文句のない仕事場を与えてやったつもりだがね。」


 その眼差し同様に、声色も冷ややかなままであった。


 男は喉の奥で震える呼吸を静かに整え、所長へと視線を返す。今から始める証言は、確実に、正確に伝えねば、悠然と構えている所長を糾弾することは叶わないと改めて自覚したのだ。


 この場を取り囲んで成り行きを見守っている幹部職員、ならびに作業員たちを見回し、男は全員に聞こえるよう声を張り上げた。


「俺は今まで、冷却部で働かされている子供たちを監督する立場に就いていた!炉心冷却用の水を運ぶ作業を続けている子供たちが、身体を壊すことなく働き続けられるように見守る役割だ!」


 このエネルギー供給プラント内部で、児童労働が行われていたことについては周知の事実であったらしく、今の発言を聞いて意外そうな反応を見せる者は居ない。


 どちらかというと、男自身が述べた肩書きに納得するように、小さく首を縦に振って頷き合っている者たちが多かった。一応は子供たちを監督するという立場ではあれど、ほぼほぼ冷却水運びを眺めているだけの、いわば閑職である。


 万が一の場合、罪を被せて処刑対象として差し出すための存在であろう、という帰結は誰しもが推察し得るところであった。


「管理局からは、子供たちのため、追加の栄養食が支給されることもあった。だが、そのほとんどは実際に子供たちの元へ届かない!ほぼ全てが、この所長や、幹部職員どもの腹に収まっている!」


 男は所長へと指を突きつけ、糾弾する。当の所長は、表情ひとつ変えず黙ってそれを受け止めているばかりであったが。


 遠巻きにこの場の様子を見ている職員たちや、作業員たちの様子にも、動揺は見られない。これでは足りぬかと見た男は、更に所長の不正行為を露わにすべく言葉を継いだ。


「食糧だけじゃない、子供たちの労働環境を改善するため、冷却部の内装を改修する資金も出資されたはずだ!だが、現状はどうだ、あの子供たちは変わらず、薄暗くジメジメした場所でバケツ運びを続けさせられている!」


 機器類の操作のため、常に照明の光に溢れ、湿気は取り除かれて新鮮な空気が供給され続けている区画が大半の、発電施設。その中でも、ただ冷却水を運ぶだけの作業が行われる区画とはいえ、“冷却部”のジメついて薄暗い空間は、特段に異様な環境であった。


 男の訴えを理解できぬ者はほぼ居なかったであろうが、やはりこの場を取り囲む職員や作業員たちは静まり返っているばかりであった。


「……所長が私利私欲に駆られ、労働させられている子供たちに与えられるべき恩恵を、ことごとく所長自らの懐に収めていることを、俺はここに告発する!」


 周囲から明確な反応が得られぬまま、男は自分の発言を、とりあえずながら締めくくる他になかった。


 彼の予想とは、かなり状況が異なっていたことは事実である。自分が悪事を暴けば、他の従業員たちも同調し、所長は追い込まれて蒼ざめていくはずだった。


 しかし現在、所長は表情一つ変えず、他の職員たちも退屈そうに男が喋り終えるのを待っているのみであった。


「言いたいことは、それだけかね?」


 どうにも状況がおかしい、と考え始めた男の頬を冷や汗が伝い始めたのと同時に、所長が再び口を開いた。


 先ほどの告発で用意していた言葉を全て吐き出し切った男は、即座に返答できない。彼が口籠っている内に、所長は言葉を継ぐ。


「見下げ果てた男だ。仕事を与えてやった恩義に報いることもなく、自分自身の罪を私に擦り付けようとするとは。」


「えっ……。」


 自分は所長を追い込んでいるのだ、と思い込んでいた男は、それが全くの見当違いであることに気づくまで時間がかかった。その間にも、所長は淡々と語り続ける。


「労働を担い続けている子供たちのため、管理局へ追加の支給品を要請することは、所長たる私の立場でなければ出来ない。お前が子供たちのため、何をしたというのだ。」


 男は言い返すことが出来ない。


 口をパクパクさせている男に向け、所長は書類の束を背後の警備兵から受け取り、それを掲げて示しながら語る。


「管理局から支給された食糧も資金も全て、子供たちを監督するお前には過不足なく受け渡したはずだ。記録にも残してある。」


「いや、受け取った事なんか、一度も……!」


 ここにきて、男は自分の立場の弱さを今さらながらに痛感する羽目になった。


 手元に証拠となる書類があるのは、所長の方なのだ。一方の男は、自らの立場から経験したこととして語る以外に術はない。物的証拠が無い。


 真偽がどうあれ、処刑の判断を下す管理局が重きを置くのは、一人の男の発言ではなく、公的な文書となっている内容の方である。


「しかも私は、管理局からの要請を受け、子供たちを労働から解放し、代わりにリズァーラーを働かせることに同意した。その命令に従わなかったのは外ならぬ、労働監督官であるお前ではないか。」


「違う、違う……!俺は、反対なんかしていない、いつでも労働力を入れ替えられるように準備して、あとは決定を待つだけだった……!」


「決定を待つ、だと?冷却部の作業員に関しては、お前に人事異動の権限が与えられているはずだ。結局はお前が、管理局からの命令に従わなかったのだ。」


「そんな権限、いつの間に俺に与えられてたんだ!?」


 所長は返答の代わりに、別な書類を取り出して掲げる。


 男が一度も目にしたことの無い、細かな文字でびっしりと埋め尽くされた文書。内容の詳細を全て読むだけの余裕ある状況ではなかったが、その文面内には確かに男自身の名と顔写真が載せられていた。


 知らぬ間に与えられていた人事異動の権限、仮にそれを知らされていたとしても、男には実行することなど不可能だったろう。機械類の操作に熟達はすれども、事務的な手続きなど、一度も携わった事が無いのだから。


 蒼白な顔面とともに目を白黒させている男に向け、冷徹に所長は言い放った。


「子供たちを労働させ続けていることも、子供たちのために支給された物資を独占したことも、全てお前の罪だ。粛々と刑を受け入れろ。」


 呆然としている男は、ここから逃走しようとする気さえ起きなかった。背後から接近してきた警備兵たちに両腕と両肩を押さえつけられ、跪かされるまで、目立った抵抗も出来なかった。


 ただ弱々しく、呟くのみであった。


「違う、違う、俺は……俺はなにも、悪いことなんて……子供たちのことを、一番思いやっていたのは、俺だったはずなんだ……」


「動くな。」


 警備兵が無機質な声を言い放ち、足で男の膝裏を踏み押さえながら、完全に床へと全身を押し付けて拘束する。


 ハリコは自分の頭部を隠すフードを外し、その異常発達した大顎と牙を露わにしていた。


「嫌だ、どうして俺が、処刑されることに……お前ら、騙したんだな、俺のことを……!」


「グルルル……。」


 血色を失った顔をどうにか持ち上げ、牙を剥き出して首筋に近づいてくるハリコを男は睨み付ける。もとより言葉を発せないハリコは、ただ唸り声のみを返すばかりだったが。


 何者にも邪魔されない状態で、ハリコは遠慮なく男の首筋に牙を突き立てた。


「がッ……あ、アァッ、痛い、痛ぇ゛、やめろ、痛いよ、あ、ギャッ、ギャアアアッ!!」


「ガウゥ!ガルルルッッ!」


 男の首筋を覆う筋繊維を引きちぎり、頸動脈を断裂させ、急所となる頚椎を露わにするため、ハリコは噛みついた状態で激しく首を横に振り回す。


 その度に血しぶきは飛び散り、激痛に悶える男の絶叫が一体に響き渡った。常時絶えず空気供給が行われる発電施設内では、処刑対象が酸素不足に陥るまでの時間も引き延ばされ、それだけ男の断末魔の叫びは長く、尾を引いて終わらなかった。


「やめてくれェ゛ッ!俺じゃない、俺が悪いんじゃ、ア、アァァアァ゛ァ゛ッ!!」


「ウ゛ゥゥ!グルルァァ゛!」


 筋肉と皮膚を食いちぎり、露わになった男の頚椎を見つけたハリコは、それを噛みちぎって断裂させるべく、更に顎に力をこめる。既に流血は噴水のごとく飛び散り、血溜まりは池となって広がっていた。


 男を拘束しつづけている警備兵たちの装備品は赤黒く染まり、周囲の作業員たちは顔をしかめて後ずさる。所長も途中までは冷徹な目つきで現場を眺めていたが、やがてウンザリしたような表情とともに顔を背けた。


 相棒が凄まじい公開処刑の現場を現出している一方、所長へと近づいて行ったマナコは先ほどまでと変わらぬにこやかな笑みで話しかける。


「いやぁ、素晴らしいスピーチでした!発電所内の汚点はこれにて濯がれ、所長さんが公明正大なるお方だと、改めて従業員の皆様にも示すことができましたねぇ!」


「ウム。まったく、この私に罪を着せようとするなど、とんだ従業員がいたものだ。」


「これで、命令に対し不服従な方は居なくなりましたし、円滑に管理局の意向を浸透させられますねぇ。」


「当然だとも。」


 ハリコによって首筋に噛みつかれていた男の方から、ボキリと重い音が聞こえる。


 ようやく男の絶叫は消えたが、周囲でそれを聞かされ続けていた人間たちの耳からは、彼の断末魔の残響がしばらく離れそうにもなかった。

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