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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
処刑は取引であり、駆引きである
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準備は万端、誰が為かはさておき

 錆びついた扉を開け、マナコは部屋の中でうずくまり続けている男へと声をかける。


「あなたの訴えをお聞きして、今回の件の黒幕である所長さんを処刑する術を探っていたんですけどねぇ。朗報ですよぉ、警備兵さんたちの協力を得ることが出来ました。」


 薄暗い空間の中、丸めた背を壁にもたせかけて座っていた男は、ゆっくりと顔を上げる。


 憔悴しきった色の浮かぶ彼の表情は、希望の色を浮かべるにはまだ早く、たった今伝えられた事の意味を理解するのに時間がかかる様子であった。


「警備兵たちの……?」


「えぇ、当然のことですが、皆さんが何も事情を知らないままでは、所長さんを処刑しようにも警備の方々に阻まれてしまいますからねぇ。」


「ウン。」


 マナコに続いて部屋に入ってきたハリコが、彼女の背後で頷いている。彼は、マナコに並ぶとますます身長の低さ、小柄な身体つきが際立った。


 いかに強靭な顎と異常発達した牙を有するリズァーラーも、単純な四肢の筋力は人間に劣る。処刑担当リズァーラーが、警備兵の妨害を振り払って標的の処刑を強行することは出来ない。


 そのため、マナコは警備兵たちに処刑に協力してもらうよう、あらかじめ約束を取り付けてきたと言っているのだ。


「警備兵さんたちは、処刑標的の抵抗や逃走を阻止し、また私たちリズァーラーが処刑執行を円滑に行えるよう諸々の障害を排除してくれることとなりましたよぉ。」


「そう……なのか。」


「えぇ、ですが問題が一つ残っておりましてねぇ。」


 語りながら、常に装着しているまぶたを固定する器具で見開かれたままの左目を、マナコは男へと近づける。


 右目が隠れ、左目が全開のまま動かないこともあって、マナコが表情を変えることはほぼ無い。彼女はいかなる内容を喋るときも、その尖った歯の先が覗く口元にすら胸中を覗かせなかった。


 それは純粋なるリズァーラーの常として、他者から伝えられた内容は、どれほど現実から乖離していたとしても、全くの真実であると信じ込むことが出来たためでもあろう。


「このエネルギー供給プラントで働いておられる、他の従業員さんが混乱してしまうんですよぉ。いきなり、所長さんがお亡くなりになった、ということになると。」


「たしかに……一大事には違いない。私利私欲にまみれた男だとはいえ、仮にも地下都市全体の生命線、エネルギー供給の管轄を一手に引き受けている人物だからな。」


 所長が自ら発電施設等の運転を担っているわけではないが、あらゆる指揮権限は彼の元にある。


 エネルギー供給を円滑に行うために管理局との交渉を行ったり、職員たちの異動を命じられる立場に居る人間が予告なく消えては、混乱は必至である。“冷却部”でバケツ運びに従事させられ続けている子供たちを、労働から解放し新たな居住区へ住まわせるための手続きも、混乱のさなか立ち消えてしまう恐れがある。


 そのため、『実際に所長の命を奪うのであれば』それは明確な罪状ありきで執行される処刑である、と示す必要があった。


「他の職員さんたちは口を閉ざすでしょうけれど、あなたなら所長さんの罪を告発することができますねぇ。」


「あぁ、ここで働く子供たちに与える名目で支給された品を、ことごとく所長や幹部職員が自分の腹に入れていたことは知っているからな。」


「ですので、処刑現場にはあなたも来ていただきたいんですよぉ。他の職員さんも見ている前で、所長さんが確かに処刑されるだけの罪を犯したのだと証言してください。」


 この地下都市には逮捕、ならびに裁判という制度は存在しない。


 容疑者を逮捕し、悪事について捜査し、弁護の余地を与えたうえで罪を確定する……その過程を踏んでいる間、投獄された者をひとりひとり養っているだけの余裕が、食糧その他の生活リソースが限られた地下都市には無いためだ。


 が、処刑対象が相応の地位にある場合、即刻処刑を執行することは難しい。以前の任務にて、食糧生産プラント責任者を処刑するに際し、明確に彼が罪を犯したという証拠を突きつけてからの処刑となったのも、同様の理由である。


 複数の第三者が注視する中で所長の罪を告発し、正当な理由を示すと共に処刑を行う。簡易的な裁判めいたことを、マナコは提案したのだ。男は緊張の面持ちとともに頷く。


「あぁ、分かった。俺が、所長の犯した過ちを皆に告げよう。」


「ご協力感謝ですよぉ。では、早速参りましょう。」


 立ち上がった男とともに部屋を出て、マナコとハリコは“冷却部”の区画を通り抜ける。


 変わらず大型水槽から炉心冷却用の水を汲んでは運んでいる子供たちが、バケツを抱えて歩きながらもじろじろと視線をこちらに向けてくる。彼らの目に、警戒や怯え以外の色が浮かぶことは無いようであった。


 ただ唯一の例外、リーダー格の少年だけは、リズァーラーに連れていかれる男を案じるような表情とともに近寄ってきた。周囲の痩せ細った子供たちとは対照的な、肥満体のシルエットは薄暗い空間の中でもひときわ目立った。


「オッサン、どこに連れてかれるんだ?」


「心配しなくていい。俺は今から、所長が悪事を働いたことを皆に知らせに行く。その後、所長を処刑してもらう。」


「大丈夫なんだな?本当に悪いのはオッサンじゃないって、分かってもらえるんだな?俺たち子供を、オッサンは気にかけてくれてるって、他の大人にも伝わるんだな?」


 子供たちの労働を監督する立場の男に、不安そうな表情と共に熱いまなざしを向けるのはリーダー格の少年だけであった。


 おそらく男が子供たちのためと言って持ち込む食糧を、ただ一人で独占している肥満体の少年。彼以外の、痩せ細った子供たちは変わらず、栄養失調の顔から突き出て目立った眼球でじろじろと視線を投げかけるばかりであった。


 男を引き留めんばかりの勢いで近づいてくる少年の前に、マナコが割り込んで彼を押しとどめる。


「ご心配なく、お気になさる必要はないですよぉ。今回の処刑が無事に済めば、まもなくあなた方も労働から解放され、もっときれいな居住区で生活できるようになりますよぉ。」


「よかった……じゃあ、またな、オッサン。」


「あぁ、また。」


 それでもなおどこか不安そうな少年に見送られながら、ハリコとマナコを連れた男は“冷却部”を後にする。


 発電施設の中枢部では、彼の到着を所長や職員たちが既に待ち構えていたのであった。

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