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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
処刑は取引であり、駆引きである
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裏切りにあらず、手段にあり

 処刑を免れた男と少年を部屋に残し、発電施設の“冷却部”へと出たリズァーラーたち。


 逸る気持ちと共に足を運んで行こうとするキャシーを呼び止めるように、ウィーパは鋭さを増した言葉を投げかけた。


「キャシー。何の断りもなく、この発電施設所長のもとを訪れても、警備兵たちに阻まれるだけですよ。」


 管理局から派遣された立場であるハリコとマナコであればこそ、事前に所長との面会が叶っていたものの、出自不明のリズァーラーであるキャシーとウィーパは単なる侵入者として排除されるのみであろう。


 現在のキャシーのごとく、殺気立った状態でずかずかと乗り込んで行っては猶更のことである。キッと振り返ったキャシーの眼光に、ハリコとマナコは思わずたじろいだ。


「だが、ウィーパ。このまま例の所長を放っておけはしない。自らの罪を他人に転嫁した挙句、部下や少年労働者までもを命の危機に晒す人間だぞ。」


「それは、先ほどの男の言い分から判断できるに過ぎない状況ですよ、情報源が限定的すぎます。」


 ウィーパは変わらず、上半分が赤黒く染まった眼球の中から、静かな瑠璃色の瞳でキャシーへ視線を返しながら答える。


「ならば本人の元へ乗り込み、直接問い質すのみだ。」


「ですから、乗り込む前に警備兵によって取り押さえられてしまいます、いずれにせよ現実的な手段ではありません。」


 優れた筋力に、全身から突き出した金属片を武器として扱えるキャシー。とはいえ、元は人間より身体能力に劣るリズァーラーであることには相違ない。


 鍛えた人間程度の筋力を有していたとしても、同等の力を有する警備兵たちが複数でかかってくれば、たちまち押さえ込まれてしまうだろう。警備兵たちの全身は装甲に覆われており、武器も文字通りに刃が立たない。


 所長の眼前に颯爽と躍り出た異形のリズァーラーが、警備兵たちをバッタバッタと薙ぎ倒す痛快な活劇は期待すべくもなかった。


「なら、どうすればいい?このままでは、所長が罪を着せたはずの男が処刑されなかった事実が露見する。そうなれば、所長は次にどんな手を打ってくるとも知れない。」


「達成の困難な目標は、それ自体を変更することも視野に入れるべきです。」


「何が言いたい……?」


 遠回しなウィーパの物言いは、彼の中では既に今後の行動目標が定まっていることの裏返しでもあった。


 そんな相棒の真意に気づかず、聞き返したキャシーだったが、その言葉を途切れさせて背後を振り返る。先ほど閉めたばかりの、“休憩室”の扉が開いた音が聞こえたのだ。


 見れば、赤錆まみれの鉄扉が半ば開かれ、部屋の内側から肥満体の少年の顔が覗いていた。


「どうしたんだ。ここに隠れていろと言っただろう、お前たちがまだ処刑されず、生きていると知られるべきではない。」


 キャシーは少年に向かって告げるも、彼は臆病そうな表情を湛えた顔を引っ込めようとしない。


 彼はモゴモゴと動かす唇の奥で言葉をまとめていた様子であったが、やがて意を決したように返答した。


「俺、皆がちゃんと冷却作業を続けてるか、見に行かないと。」


 『皆』というのは、この少年と同じ場所で働き続けていた児童労働者たちのことであろう。


 今もなお、大型水槽の中からバケツで水を汲み、それを抱えては運んでいく子供たちの足音が薄闇の中から聞こえ続けていた。


 キャシーは子供たちが労働を続ける方へ目を向け、もう一度少年の方に向き直って言う。


「問題は無いだろう、お前は身を隠していろ。じきに、あの子供たちも労働から解放される。」


「ダメなんだ、俺が見てないと、アイツらサボるから……それに冷却作業が遅れたら、すぐに何かあったってバレちまう。」


 少年が発した返答の最後の部分に、ウィーパはピクリと反応した。


 この発電施設の冷却作業なるものが、どの程度の重要性を有しているのか詳細は分からない。子供たちに任せられた、バケツで水を汲んでは運ぶだけの作業が、地下都市全体にエネルギー供給を行うプロセスのどこに位置付けられているのか、リズァーラーには知る由も無い。


 とはいえ、異変の発生を外部に嗅ぎつけられることだけは、避けるべきであった。少年が顔を覗かせている扉を完全に引き開けながら、ウィーパは告げた。


「了解しました、あなたは仲間たちの労働状況の監視に戻ってください。」


「あ、ありがと……。」


「ウィーパ、良いのか?」


「この少年は、元々の段取りにおいて処刑対象となる予定はなかったはずです。あくまでも、あの男が処刑を免れるために差し出した身代わりに過ぎません。」


 ウィーパは脇に退いて、元の仕事場に戻る肥満体の少年に道を空けてやりながら、部屋の中でうずくまっている男を指さす。


 彼はすっかり意気消沈した様子であった。処刑のためだけに用意されていた自身の立場を改めて思い知らされた上、子供の命を身代わりにしてでも生き延びようとした自らの無力感に苛まれているのだろう。


 再び部屋の扉をピシャリと閉めたウィーパ、先ほどの少年の声が仕事場の方から響いてきたのがそれとほぼ同時だった。


「おい、この水を飲むなって言っただろ。」


 見れば、バケツで水を運ぶ作業に従事していた子供の一人から、肥満体の少年がバケツを取り上げている。


 闇の中でも明瞭な視野を確保できるマナコには、バケツを取り上げられた子供の口まわりが水で濡れている様がありありと見えていた。


 肥満体の少年とは対照的に痩せ細った子供は、臆病そうな上目遣いと共に弱々しい声で抗議する。


「でも、喉、渇いて……」


「病気になったら、ここで生きていくことも出来なくなるんだぞ。ここの水は毒が入っているから、ダメだ。メシの時間に水はもらえるんだから、それまで辛抱しろ。」


 リーダー格である肥満体の少年に言い諭され、項垂れたままにバケツを受け取った子供はすごすごと水を運ぶだけの作業へ戻っていった。


 先ほど、少年がリズァーラーたちの前で見せていた、怯え切った態度はどこにもない。児童労働者たちを見張る立場に置かれた彼は、子供ながらに自らの役割を全うしているらしかった。


 とはいえ、やはり痩せ細った他の子どもたちと比べ、彼ばかりが十分に肥え太っている様は異様ではあったが。キャシーは少年の元へ近づき、改めて尋ねている。


「この冷却作業のために使われる水に、毒が入っているというのは、本当か?子供たちは、毒入りの水を運ばされているのか?」


「分からない、水を汲むために手を漬けるだけなら大丈夫だから、毒そのものってわけじゃないんだろうけど。」


 少年は肥えた顔つきの中で点のように小さい目を更に細め、バケツ運びを続ける子供たちを見張りながら答える。


「喉が渇いたからって、ガブガブ飲んだ奴が、あっという間に気分悪くなって倒れたのは見たんだ。」


「人間の体内には、悪影響を及ぼすのか。そんな危険な代物を、子供たちに扱わせているのか。ますます、許しがたいな、ここの所長は。」


 キャシーは目つきを鋭くし、少年の隣に立って同じように子供たちの方へ視線を投げかけている。彼女の中では、ますますもって子供たちの置かれた劣悪な環境を憂慮し、こんな状況を作り出した張本人である所長を憎む思いが強まっているのだろう。


 当の子供たちとしては、自分たちを険しい表情で見張る存在が知らぬ間に増えたことに、ただ畏怖するばかりであったろうが。


「リズァーラーの方が、よほどこの労働に向いているだろうに。所長が労働力の置換をせず、子供たちを働かせ続けるのも、追加の支給を得て私腹を肥やすためでしかない……奴には慈悲をかける余地も見いだせん。」


「キャシー。ちょっと、こちらへ。」


 少年の隣で、ふつふつとこみ上げてくる怒りのほどを語るキャシーの言葉を遮り、ウィーパが離れた位置へと誘導する。


 子供たちの労働監督を続ける少年に声の聞こえない位置まで彼女を連れてきたウィーパは、そこで待たせていたハリコとマナコも加えて低い声で喋り始めた。


「キャシー、まず優先すべき目標を明確にしておきたい。あの子供たちが、この労働環境から解放され、相応の生き様を獲得することに、あなたの意思として相違はありませんね?」


「もちろんだ、そのためには利己主義の塊である所長を排除し、腐り切った体制に終止符を打たねばならない。」


「……キャシー、子供たちの解放を目的とするならば、より確実な手段があります。」


 変わらず大それた目標を掲げ続けるキャシーの顔を、ウィーパは正面から覗き込んで低い声で告げる。


 思わずキャシーが口を噤んでしまうほど、その声色は静かな重みを伴っていた。彼女が黙ったのを見計らって、ウィーパはハリコとマナコの方へ話を振る。


「管理局のリズァーラーさんたち、あなた方が聞き及んだところによれば、今回の処刑の標的は『労働力をリズァーラーへ置換することに応じない労働監督官』でしたね?」


「えぇ、そうですよぉ。」


 相変わらず込み入った事情は理解できないままのマナコが、能天気な声色を崩すことなく返事する。


 頷いたウィーパは、改めてキャシーの方へ向き直った。


「すなわち、今回の処刑が執行されれば、その後には『労働力をリズァーラーへ置換することに応じない』人物は残っていないはずです。」


「……そのはず、だよな。」


「処刑執行後には、この施設の所長は子供たちを働かせるのをやめて、代わりにリズァーラーを働かせなければなりません。もはや、管理局の命令に従わない人物は存在しないはずなのですから。」


 ハリコとマナコは、今回の任務で自分たちを迎え入れた所長の態度も思い返していた。


 いかにも自分は罪を犯していないという顔をして、管理局に対して全面的に協力すると述べた、彼の態度を。


「管理局は、一切の容赦なく、処刑すべき対象の生命を断つ。そのことを所長の目の前で明確に示せば、彼も敢えて同じ過ちを繰り返そうとはしないでしょう。」


 何者が相手であろうとも、処刑は確実に執行する。管理局からエネルギー供給プラントへの、明確なメッセージとなるだろう。


 管理局の命令に対し不服従な態度を取ったとされる人物が、その真偽に関わらず実際に処刑されれば、後に残された所長は自身が見せた建前通りに行動せざるを得なくなる。


「ですから、キャシー。この施設の所長を始末するなどという困難な道を選ぶ必要はありません。かねてより想定されていた通り、あの連絡係を名乗る男を処刑する他ありません。」


 ウィーパは、例の男が今も身をひそめている“休憩室”の方を指さした。処刑されていないことがバレないよう身を隠しておくべきだとの忠告に従い、あの男は自ら部屋を抜け出すことは無いだろう。


「……。」


 キャシーは、険しい表情を浮かべたまま、黙りこくるのみであった。

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