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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
存在を望まれる罪人
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光と息を断つお仕事

「そろそろ俺と交代だ、ベスタ。標的処刑の実行チームが到着した。」


 身じろぎひとつせず、小屋の屋根の上に横たわって監視を続けるベスタに向け、シェルが声を掛ける。


 リズァーラーたちの本質、すなわち菌類が侵入し繁殖している遺体そのもののごとく今まで動かなかったベスタであったが、その言葉と共にようやく顔を上げ、チラと片目をシェルの方へ向けた。


 が、監視場所から降りてくる気配はない。シェルは焦れたように、再び呼び掛けた。


「監視を交代してやるっつってんだよ、それとも処刑中の停電で真っ暗になってる間も、お前が監視を続けるつもりか?」


「それは無理。私には暗闇を見通す能力など無い。」


「だろ、俺じゃなきゃ務まらない役目さ。」


「だったら早く監視場所に上がってきて。一瞬でも目を離したら、その隙に逃げられるかもしれない。」


 ベスタは静かな声で言いつつ、やはり顔は処刑の標的となった住民の居所へと向け続けている。


 振り返ったシェルは笑っている口元を背後のハリコとマナコに見せてから、改めて屋根の上の相棒に声を掛けた。


「いいか、本気で逃がしちゃダメな標的なら、もっと監視役は多いはずだろ?たった一人の監視役が居ても、見ていない側の裏口から標的に逃げだされちゃ終わりだ。」


「それでも、私たちの役目は、きちんと果たさなければ。」


「もひとつある。監視場所にしてる小屋の屋根、たぶん俺とお前の体重が同時に乗ったら潰れちまう。」


 二つ目の説得に関してはベスタにも道理として受け止められたのか、ようやく彼女は起き上がり、ギシギシと軋む廃材の小屋の上から降りて来た。


 視覚に変異をきたしているシェルやマナコとは違い、ベスタはハリコ同様、口元に変異の見られるリズァーラーである。人間同様の唇は存在せず、鋭角でジグザグに折れ曲がる直線的な切れこみが口であった場所に走っている。


 ベスタが喋るたび、まるで玩具の人形のようにパカパカとその口が開き、内部にはずらりと並んだ鋭利な牙が生えそろって見えた。外見とは対照的に彼女の声の響きは静かであったが。


「さぁ、私は屋根から降りた。シェル、早く、標的の監視を。」


「いやいやベスタちゃん、そう急かすことは無いだろ?せっかく俺たちチームが4人そろったんだしさ……。」


「任務進行の打ち合わせなら、私だけで出来るから。これ以上無駄話を続けるなら、シェルが不真面目だったと管理官に伝える。」


「俺が不真面目だなんて、伝えられたところで今さらだと思うけどさ。」


 愚痴りながらもシェルは小屋の屋根へと身軽に上がり、マトモに監視を行う気があるのか否か判然としない、寝そべった体勢を取った。


 厄介者をようやく本来の持ち場につかせたベスタは、待たせていたハリコとマナコの方へ顔を向ける。ハリコはいつもと変わらず、布とフードで目以外を覆った顔から静かな視線だけを返したが、マナコはニヤニヤと笑いながら先ほどまでの掛け合いを見ていた様子であった。


「相変わらずベスタさんとシェルさんは仲良しですねぇ、お二人を見ているだけで心が和みますよ。」


「あなたも無駄話を続けるつもりなら、任務帰投後に管理官へチームの再編を提案する。」


「うわうわ、それはよしてくださいよ。今のメンバーほど、居心地の良いチームは他に無いんですから。ね、リコくん?」


「ウー?」


 唐突に問いを投げかけられたハリコは、いつも通りに呻き声しか返せない。仮に彼が喋れたとしても、リズァーラーとしての行動歴も浅く、他のメンバーと活動した経験もないハリコには何も答えられなかったろう。


 マナコがそう言っている最中にも、ベスタは懐の隠しポケットから古びた大きな鍵を取り出しながら告げた。


「私がライフラインの管理ボックスを開け、標的の住居への空気供給を遮断する。遮断が設備管理局に検知されれば、この区画一帯に意図的な停電が起こされる。」


「あとは、標的の方がおとなしく窒息死するのを、私たちが確認するだけ、ですね!」


「当然ながら、おとなしくしていない場合は、処刑チームの二人が直接標的に対処しなければならない。」


「はいはい、リコくんに頑張ってもらいます!」


 リソースの限られた地下都市において、住民が生き続ける上で様々な困難を背負っていることは同時に、住民の命を奪うことが余りに容易いことを示していた。


 市民生活管理局の命を受けたリズァーラーたちは、人間よりもひ弱で身軽な身体の持ち主でありながら、罪人として認定された標的を効率よく処刑することが可能である。


 標的となった市民は、まず呼吸するための空気供給を断たれる。地下空間で新鮮な空気の供給なしに活動することは不可能であり、酸素不足に陥れば命尽きる前に正常な判断能力も奪われる。


 また、自然光など存在しない地下の居住空間では、停電が起きれば視覚は全く機能しない。電力に依存しない照明に頼ろうにも、例えば炎を燃やすなどすれば、地下空間の酸素消費を更に加速させるのみである。


 事前に処刑を察知し、先んじて逃げてでもいなければ、リズァーラーによる処刑を免れることは困難であった。


 呼吸に適した空気が満足には存在しない地下世界において、人間同様の呼吸を活動に要さず、完全な暗闇でも周囲の状況を視ることが可能な相手に抵抗し、逃れることは至難の業である。


「ウー……。」


「リコくん、緊張してるんですか?前みたいに暴れるような標的じゃなさそうですし、気楽に行きましょうよ。」


 とはいえ、人間の筋力に劣るリズァーラーがマトモに反撃を食らえば、身体の損傷は免れない。


 現に、ハリコは前回の任務で処刑対象から痛烈な殴打を浴び、片腕をへし折られている。体内で菌糸が集合して骨格を再構築するまで、彼は相応に不便な日々を強いられた。


 常にリスクを負う立場も知らないで……とばかりに睨み返すハリコに向って、マナコは変わらぬ朗らかな調子で答えた。


「だって、私が行動不能になったら、任務失敗がほぼ確定でしょ?だいじょーぶですって、また怪我したらリコ君の面倒、私が見てあげますから!」


「ウゥ……。」


 リズァーラーたちは、大まかに二種類の性質を持った存在に分類される。


 マナコやシェルのように、暗闇でも視力を働かせることの出来る者たち。視覚に変異をきたした彼らは、人工照明が無ければ光が一切差さない地下世界において、暗闇に乗じて行動する際に不可欠な存在となる。


 もう一方は、ハリコやベスタのように、口に変異をきたした者たち。人間の歯とは比べ物にならぬほど鋭く頑丈な牙を有する彼らは、その咬合力をもって人間の肉体程度なら噛み砕くことが出来る。単純な腕力などでは人間に劣らずとも、的確な弱点に一度食いつけば人間に対しても致命傷を与えられる。


 仮に今回の処刑対象にも、抵抗され逃亡を企てられたならば、真っ暗闇のなかマナコに導かれ、ハリコが処刑対象にトドメを刺すこととなるだろう。


「それに、今回はベスタさんも居ますし。二人がかりで噛みつけば、そこまで抵抗されることなく処刑できますって。」


「私を、シェルが真面目にリードしてくれればの話だけれど。」


 ベスタは、廃材の小屋の上で寝そべり続けているシェルに視線を向ける。相変わらず彼はリラックスした体勢のまま、外部からは見えない目をどこに向けているとも知れない。


「では、持ち場について。停電発生から復旧までの間、決して標的を逃さないように。」


「ウン。」


「了解ですっ!行きましょ、リコくん!」


 マナコに腕を引っ張られながらハリコが標的の住まいへと向かうのとは別に、ベスタは近くの制御盤へと向かう。


 廃材の寄せ集めで作られた家並みの中でも、空気供給を管理する設備に関しては堅牢な造りとなっていた。言うまでもなく住民たちの生命をそのまま左右する設備であると同時に、地下都市のリソースを管理する統治者にとっても重要な建造物だったためだ。


 空気の供給を止められれば、生きていられる住民は居ない。生き続けていたいなら、統治側の意向には逆らうべきではない。その構図が崩されぬよう、管理は厳重であった。


「市民生活管理局所属リズァーラー、ベスタ。許可を得て、供給制御盤を操作します。」


 施錠された重厚な金属扉の脇、マイクとなっている空洞に向けてベスタは喋る。制御盤が通常状態にないことを示すランプが点灯したのを確認し、重い鍵を鍵穴に差し込んで回す。


 制御盤が開かれると同時に、扉の隙間から人間にとっては猛毒となる薬物が噴出する。現地住民が制御盤をこじ開けて勝手な操作をしないようにする措置であり、リズァーラーには無害であった。


「市民『トマス・コーサク』の居室への空気供給を遮断。……あとは任せますよ、ハリコ、マナコ。」


 ベスタは制御盤に記されている部屋番号を確認し、空気供給を断った。まもなく、その操作を検知した管理局の手によって、このエリア一帯に停電が起こされた。


 バチン、という音が至る所から響き、つい先ほどまで過剰な眩しさで一帯を照らしていた工業用照明が一斉に消灯する。


 停電の直後は、作業の最中だった住民による多少のざわつきが起きるも、すぐに静まり返る。停電が起こされることの意味を、人間たちは理解しているのだ。


 すなわち、統治者から罪人として名指された誰かが、処刑される時間であると。


「……おとなしいですね。」


「ウゥ。」


 処刑対象の部屋の前、空気の供給も断たれた標的が逃げ出してこないよう見張っていたマナコは、ハリコに語り掛ける。


 たいていの場合、停電が起きたことで状況を察し、更に自分の家への空気供給が断たれていることに気づいた住民は絶望し、半狂乱になって逃亡を試みるものだ。


 しかし、今回の標的は静かなままであった。それこそ、最初から死を受け入れるつもりででもいるかのように。


「ウー?」


「既に逃げた後じゃないか、って?いえ、中にはちゃんと人間が居ますよ。気配はビンビンに感じ取れます。」


 マナコは、耳を扉へ押し当てながらハリコの疑念の声に答える。


 暗闇の中でガイド役になるリズァーラーたちは、同時に聴覚も鍛えている。これは特殊な能力ではなく、個々の訓練の成果に左右されたが、マナコであれば扉越しに気配を感じ取る程度のことは出来た。


 しばらく、瞼を固定する器具によって見開かれっぱなしの目をキョロキョロさせたまま、扉に耳を押し当てていたマナコであったが、やがてハリコの手を引き、扉から少し離れて彼に囁いた。


「……呼吸音が普通に聞こえ続けてます。苦しげでもなく、通常の。空気のタンク、前もって用意してたんでしょうか」


「……ウ。」


「それだけじゃありません、他にも誰かいます。標的ではなくって……呼吸を必要としない存在が。」


「……!?」


 ハリコは、真っ暗闇で何も見えないままに、驚いて見開いた目をマナコの声が聞こえる方へ向ける。


 当のマナコは、予想外の展開を楽しんでいるかのごとく、こちらは器具によってまぶたを固定された目を見開いて口元をニタニタさせ続けていた。


「えぇ、私たちと同じ、リズァーラーですよ。奇妙ですねぇ、どうして、何のために、標的さんと一緒にいるんでしょうねぇ。」

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