語る者は我が身を善く告げて
「薄々、気づいてはいた。この発電施設が管理局から睨まれるようなことでもあれば、罪を被せられるのは俺だろう、ってことは。」
削り出した岩盤の壁が剥き出しの、殺風景な部屋の中にボソボソと男の語る声が籠る。
リズァーラーたちが見守る中、つい先ほどまで処刑されかかっていた彼は、部屋の椅子に座ろうともせず床にへたり込んだまま、壁に背をもたせ掛けた姿勢で喋っていた。
処刑担当リズァーラーであるハリコとマナコには既に処刑執行の意思は薄れていたが、なおも彼らの接近を遮るよう、男の前に立ちはだかっているキャシーは聞き返す。
「何故、お前が汚名を着せられるような立場になったんだ?」
「ハッキリとは分からない、が、他の作業員と比べて俺は能力が低いと評価されたんだろう。気づけば、この冷却部の労働監督デスクを任されていた。」
「監督する立場なら、十分に重要な仕事じゃないか。」
「通信機だけを置かれた机に向かって、ボンヤリし続けるだけの仕事だぞ。俺が居なくなっても、いくらでも替えが利く。」
すなわち、職場から居なくなっても構わない人員である。いざ管理局から不正を指摘された際、その罪を背負わせて差し出すための存在として用意されていたのが、彼だったのだろう。
頷きながらその言葉を聞いていたキャシーは、一定の理解を示そうとしているようではあった。
「お前がそのような扱いを引き受けさせられることが、理不尽だというのは分かる。だが、だからといって、ここで働かせている少年を代わりに処刑させようとするなど、決して許されることではない。」
「分かってる……分かってた……。ただ、死にたくはなかったんだ、俺だって。この発電施設に勤められるようになるまで、必死でツテを探って、機械の取り扱いについても勉強して、ようやく手に入れた立場なんだ……こんな形で終わりにさせられるだなんて、そんなこと……。」
うなだれながら語った男は、ようやっと顔を上げ、少年の方を見る。
「……。」
この発電施設の“冷却部”で労働し続ける子供たちのリーダー格である少年は、肥満体の尻を粗末な椅子の上に窮屈に乗せていた。突き出た腹を守るように猫背の姿勢を保ち、俯きがちの顔には、臆病そうな小さな目が潤んで光っていた。
少年と視線を合わせた男は、しばらく彼と見つめ合っていたものの、やはり平然と顔を合わせ続けることが出来なかったのか先に目を逸らした。
「すまなかった、本当に……俺は臆病だった、俺の代わりにお前を殺させようとしたんだ……。」
「謝らないでくれよ、オッサン。悪いのはオッサンじゃないんだろ、こんな役目を押し付けた連中なんだろ?」
少年は男を庇うような物言いをし、二人の前に立って腕組みしているキャシーは相変わらず小さく頷き続けている。
自らの行いを悔いる男と、彼を赦そうとする少年。利己主義に走るばかりではない、他者へと歩み寄り得る人間らしい精神を示す光景ではあったが、キャシー以外のリズァーラーたちはこれを退屈そうに眺めていた。
ハリコとマナコは処刑対象として相応しい人間を早く見定めることだけを考えていたし、ウィーパは既に今後の行動の算段をまとめ終え、キャシーの気が済むのを待つばかりの状態であった。
自分の相棒が興味なさげに背後でウロウロしているのにも気づかず、キャシーは男への質問を続けている。
「しかし、この発電施設がいずれ処刑者を出すようなことをしていると、お前は確信していたのか?」
「あぁ、ここで働いてる奴なら皆知ってる。エネルギー供給プラントは、地下都市の運営に不可欠な、いわば心臓部だ。ここにつぎ込まれる予算も、従業員用に支給される食糧の量も、他のセクターとは桁違いだ。」
地下都市の大部分は、飢えた住民で構成されている。
地下空間だけで生産されるリソースには限りがあるのは言うまでもなく、ゆえに食糧生産プラントの一件でリズァーラーたちが目の当たりにしたように、各居住区には消費量軽減ノルマ、すなわち選択的に住民を減らすことが秘密裏に義務付けられている。
仮に全てのリソースが完全に平等に分配されれば、市民たちの一人一人は現状ほど飢えずに済んだかもしれない。が、実際には、地下都市にてより“価値ある”人間たちが富の大部分を独占していた。いわば富裕層と呼ばれる者たち、特権階級である。
この地下都市の生命線、発電施設を動かすために働く作業員たちもまた、そんな特権階級の一つであった。
「管理局も、エネルギー供給プラント相手には強気に出られない。送電を止められれば、地下都市は死ぬからな。ここの所長が要求すれば要求しただけ、食糧もその他のリソースも手に入る。」
「他の居住区がどれほど飢えていても、か?」
「もちろん、名目上は正当な要求ということになっている。……たとえば、この“冷却部”で、ただただ冷却水をバケツで運ぶ労働をさせられている子供たちのため、栄養分の豊富な肉料理を支給してもらいたい、と申請したり。」
地下空間で賄える食糧は大半が菌類、すなわちキノコの類である中で、肉類が酒類に並ぶ贅沢品であることは言うまでもない。
当然ながら地上世界同様の牧場などは運営できない、家畜を養うための飼料を生産している余裕などはない。地下空間にて育てられる肉とはすなわち、腐敗物や土壌を餌として生育する幼虫の類である。
成長が早く、一定数の成虫を確保しておけば繁殖にも困らない。とはいえ、風味や衛生面などを考慮すればどのような環境で育成しても良いというわけでもなく、やはり世話に手間がかかる。得られた肉が高級品となることは避けがたかった。
「その肉料理は、子供たちの口に入るのか?」
「まさか。ことごとく所長か幹部クラスの職員の腹に収まるに決まってる。管理局からそんな贅沢品が支給されたって噂だけだ、俺たちに届くのは。」
「子供たちを働かせたうえ、その子供たちを口実に使って、自分たちの腹を満たすための食糧を得るばかりだとは……!」
キャシーの呟きが、怒気を帯びている。その背後で、変わらずハリコとマナコ、ウィーパは暇そうに、このやり取りがいつ終わるかと待ち続けるのみであったが。
暫く黙り続けていた少年が、再び口をはさんだ。
「でも、このオッサンは、俺たちが腹を空かせてるって言ったら、食い物をもらって来てくれたんだ。」
「あぁ……子供たちが、空きっ腹を抱えて働き続ける姿を、平然と眺めてることは出来なかった……。」
少年からの擁護を受ける男ではあったが、労働する子供たちの中でも例外的に肥満状態になっているのは、この少年ただ一人であることも不自然な話ではあった。
もしも男が子供たちに与えた食糧が、平等に分配されていれば、ただ一人だけが肥えて他の少年たちが瘦せ細るなどということは無いはずである。少年がこの男を庇ったのは、リーダー格である彼だけが一身に恩恵を受けていたおかげ、いわば男に餌付けされていたためではないだろうか。
そんな推測までたどり着けるのはこの場においてウィーパぐらいのものだったろう、彼らの方を振り向いたキャシーの目に宿っていたのは使命感の炎だけであった。
「間違いない。処刑されるべきは、この発電施設の所長だ。奴は、自らの腹を満たすためだけに、子供たちに就労させ続けているんだ。」
「はぁ、確かに、その労働力がリズァーラーへと置換されては、支給の追加申請が出来なくなることを思えば、辻褄は合いますが……。」
マナコはとりあえず同調し、ハリコは詳細を理解していないままにボンヤリし続けている。
ウィーパはキャシーの言葉を遮るように踏み出し、彼女の代わりにこの場を引き継いだ。
「我々はまず状況の整理に当たります。あなた方は、この部屋でしばらく身をひそめていてください。処刑任務が順当に遂行されなかったことが明らかになれば、身の安全は保障できません。」
「あぁ……分かった。」
相変わらず本心は明らかにせぬまま、義憤に駆られるキャシー、事情を把握しきれていないハリコとマナコを連れて、ウィーパは部屋の外に出て扉をピタリと閉めた。




