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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
処刑は取引であり、駆引きである
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当事者にあらず、人助けは行き当たりばったり

 発電施設内の連絡係を名乗る男の元へ、ハリコとマナコは戻ってくる。


 先ほどと変わらず殺風景な小部屋の中で通信機に向き合って座っていた男は、多少緊張した表情で2人を出迎えた。


 処刑担当リズァーラーである2人が戻ってきたということは、自分が処刑標的として差し出した少年従業員は既に死しているはずだったためである。


 硬い表情のまま、しかしわざわざリズァーラーの方へと顔を向けずに座っている男に対し、マナコはにこやかに話しかける。ハリコも隣で唸り声を上げた。


「処刑任務へのご協力ありがとうございましたぁ。あなたに案内していただいたおかげで、標的である労働監督官の処刑は順当に遂行されました。」


「ウゥー。」


「あぁ、どうも……。」


 ようやく男はリズァーラーたちへと顔を向け、そして違和感に気づいた。処刑が完了したと言いながらも、ハリコとマナコは遺体を詰めた死体袋を抱えていない。


「処刑した標的の遺体は、搬出しないのか?遺体を放置されては困るんだが。」


「実は、その件で少しお願いがございまして。例の労働監督官、お若いのに立派な体つきでして、我々では持ち上げて運ぶのに少々苦労しておりましてねぇ。」


「あぁ……たしかに、アイツは他のと比べても肥満気味だったな。」


 物資や食料が一般的には欠乏しがちな地下都市の中で、肥えることが出来るだけの栄養摂取が可能なのも、エネルギー供給を一手に担う発電施設で働く恩恵あってのことだったろう。


 目の前の男も、他の大人たちも、地下都市の貧困層の市民たちの倍はあるだろうと思しき、恵まれた体格である。


 今回の処刑標的として差し出されることになった少年従業員もまた、腹が突き出して首回りも贅肉に埋もれた、典型的な肥満体型をしていた。


「つきましては、処刑現場となりました冷却部から、ここに上がってくるまでの階段まで、死体袋を持ち上げる手伝いをお願いできないかと思いましてぇ。」


「俺に死体運びを手伝わせたい、ってか?」


 マナコからの提案を聞いた男は、眉間にしわを寄せる。


 本来はリズァーラーが担うべき、汚れた仕事を手伝えと言われれば、人間が嫌悪感を示すのは当然のことである。


 断られる可能性は十分にあった。不機嫌そうに押し黙っている男に対し、マナコは別な方向からのアプローチを試みる。


「我々が遺体を回収できなかった場合、流石に発電施設内に遺体を放置するわけにもいかないので、後ほど管理局の方から回収担当の職員が派遣されることになりますねぇ。そうなると、お仕事のお邪魔になるかもしれないんですよぉ。」


「うーん……そうか。」


 返事を即答できずにいた男が、迷いの色を声に滲ませる。


 ウィーパが推測した通り、本来の処刑標的だったのがこの男だとしたら、自分の身代わりとして少年従業員を差し出したことは、あまり大々的になってほしくはないだろう。


 管理局は手続き上“労働監督官”の肩書きを得ている人物を処刑しさえすれば引き下がるが、同じ職場内の同僚たちから男へと向けられる視線が冷たくなることは避けがたい。


 それよりも今ここで処刑執行のプロセスが全て完了し、事情が知れ渡るころには全て済んだ過去の話として扱われる方が、この男の願いに沿っているだろう。


「分かった、死体袋を運び上げるのを手伝う。この部屋に上がってくる階段まで、でいいんだな?」


「えぇ、ここから発電施設を出ていくまでは、廊下の上を引きずりながらでも私たちだけで運べますのでぇ。」


 他の作業員たちに知れ渡ることが好ましくはない事情もあって、男の承諾はどうにか得られた。


 彼が詰めている部屋から、“冷却部”へと出ていく扉はやはり小さかったらしく、彼は身をかがめて窮屈そうに通り抜けていた。バケツで水槽の水を汲んでは運ぶ作業の区画には、もとより子供だけが従事することが想定されていたのだろう。


 赤錆の浮いた階段を降り、その名ばかりの“休憩室”へ向かう男へ、現在もなお冷却水をバケツで運ぶ作業を続けている子供たちの怯えたような視線がチラチラと向けられる。この区画へ大人が入り込んでくることは稀なのだろう……直接的に注意や折檻が為される場合を除いて。


 しかし今、黙りこくってリズァーラーたちと同行している男は、彼自身の緊張と戦うので精一杯のようだった。ようやく口を開いた彼は、マナコへと問う。


「おい、処刑の済んだ遺体は、既に死体袋に入れてあるのか?」


「いやぁ、持ち上げるのが大変なので、まだですねぇ。」


「それも、俺に手伝えってのか?血で汚れるのは勘弁してもらいたい、感染症の恐れもあるし。」


 男は立ち止まり、薄暗い中でもハッキリと分かる嫌悪感を表情に浮かべている。


 ここで引き返されては、本来の狙い通りにことが進まない。


 マナコは彼女なりに思案を巡らせ、自分の隣に立っているハリコの肩を抱いて引き寄せた。先ほど処刑を実行しかかったときからフードを外しているハリコは、その大顎と牙が剥き出しのままになっている。


「大丈夫ですよぉ、今回は窒息による処刑です、流血の無い形となりましたからぁ。うちのリコくんも、牙が血で汚れてないでしょぉ。ほら、口開けてぇ。」


「ガァ。」


 大顎を開き、ズラリと並んだ牙を見せるハリコ。


 たしかにそこには血痕の汚れなどなく、男の懸念を払拭するに十分な証拠となっていた。それ以上に、異形のリズァーラーが見せつけた牙の列から与えられる威圧感の方が、強い印象を残したようだったが。


 男は目を背けながら、再び目的の部屋に向かって歩き出す。処刑担当のリズァーラーと関わる時間を、これ以上長引かせたくはないらしかった。


「休憩室内部に遺体は横たわったままです、入ったらすぐに死体袋を用意いたしますのでぇ。」


「あぁ。」


 マナコによる補足にも生返事だけを寄越し、男は休憩室の扉を開けた。


 床の中央に、先ほどの少年従業員の身体が横たわっている。ハリコとマナコが出ていくときまでは怯えたように体を丸めて隅にうずくまっていたのだが、キャシーとウィーパによって死んでいるフリをするように指示されたのだろう。


 本人はじっと横たわっているつもりだったのだろうが……その表情のこわばり、緊張を示すようにピクピクと動く瞼、なによりも抑えられていない呼吸のため突き出た腹が上下する様はまるで隠せていなかった。


 休憩室の中へと入っていき、横たわる少年をまじまじと覗き込んだ男は、当惑したようにつぶやく。


「おい、これはまだ生きているんじゃないのか……」


 が、彼に返答は与えられなかった。男が振り向くよりも早く、開いた扉によって死角となった陰から、キャシーが飛び掛かる。


 一般的に人間よりも非力なリズァーラーとはいえ、キャシーの筋力は別格である。以前の任務ではハリコが碌に彼女の動きを阻害することも出来ず、引きずり回されたこともあった。


 背後から組み伏せられ、更にキャシーの全身から突き出た金属片が作業服越しに男の全身へと食い込む。自分を組み伏せているのが何者かと振り向こうとした眼前に鋭利な金属片の先端を突きつけられ、男は目立った抵抗をすることも出来ずじまいであった。


「なっ……何だ!?なんで、俺がこんな目に……!?」


「自らの罪も自覚していないのか!自分の身代わりとして少年を処刑させようとし、のうのうと生き延びようとしていたとは、見下げ果てた根性だな!」


 キャシーにそう言い放たれても、完全なる不意打ちに面食らっていたこともあり、男は目を白黒させてバタバタと足掻くばかりである。


 組み伏せられている男の元へ、ハリコが近づいていく。先ほど見せつけた大顎を再び開き、牙を剥き出して男の首元へと口を近づけていく。


「グルルル……。」


 状況を飲み込めぬまま、自分の身に脅威が迫っていることだけはハッキリと認識した男は、いよいよ悲鳴に近い声を上げ始めた。


「待って、待ってくれ!俺が悪いんじゃない、仕方なかったんだ、まず話を聞いてくれ!」


「罪人の言に貸す耳などない!私の手で直々に始末してやりたいほどだが、お前が正式な裁きを受けるのであれば、抵抗することなく受け入れろ!」


 怒鳴りつけながら男の身体を押さえ込んでいるキャシーは、ハリコが噛みつきやすいように男が着ている作業服の襟を引き下ろし、首筋を露わにする。


 ハリコの牙が男の首筋に届こうとしたその時、不意に声を上げたのは先ほどまで床に横たわっていた少年であった。


 男がキャシーに押し倒されたその時から、少年は目を丸くして口をパクパクさせていたのだが、ようやく今になって喉から声が出てきたのだ。


「やめ……やめて!このオッサン、悪い人じゃないんだ!やめてくれ!」


「何だと……?」


 キャシーは驚いたように少年の方へと顔を向ける。


 既に男の頸動脈に狙いを定めていたハリコは、その牙を僅かに男の首筋へ構わず突き立てようとしていたが。


 キャシーは慌ててハリコの頭部をひっつかみ、自分が組み伏せている男から引き剥がす。


「やめてくれと少年が懇願しているだろう!聞こえなかったのか!」


「ウ?ウァ!?」


 先ほどまで自分に協力してくれていたキャシーから思わぬ妨害を受け、今度はハリコが状況を把握できないまま当惑に目を丸くしている。


 彼の背後でマナコも状況の急転に首をかしげていた。


「えぇと?キャシーさん、我々の処刑任務に協力してくれるはずだったのでは?」


「この男が悪人だと思っていたからだ。だがこの少年は、そうではないと言っているじゃないか。」


 ハリコとマナコは互いに目をぱちくりさせて顔を見合わせ、しかし筋力ではかなわないキャシーの妨害を受けながら処刑を遂行することも出来ず、仕方なく引き下がった。


 一方、腰の抜けかけていた少年は、その太った身体をようよう引きずるように男の元へとたどり着き、彼を庇うように覆いかぶさった。


「頼むよ、本当に、このオッサン、いい人なんだ。俺たち子供が腹を減らしてたら、余分に食糧を持ってきてくれたりするんだ、俺たちの事を一番よく面倒見てくれるオッサンなんだ……!」


「……。」


 少年から擁護されている男はと言えば、いたたまれぬような表情を浮かべたまま、黙って床に伏せるばかりであったが。もはやキャシーは彼を拘束していなかったが、今は男自身の胸中を締め付ける感情によって立ち上がれないらしかった。


 先ほどまで外から様子を窺っていたのだろう、ウィーパが部屋へと入ってくる。泣きべそをかいて男を庇っている少年に向け、彼は静かに問い質した。


「先ほど僕たちが交わした会話を聞いていましたか?その男は、あなたを処刑標的に仕立て上げ、処刑担当リズァーラーに差し出したのですよ。」


「そんなの……そんなの、何かの間違いだ!きっと、他の大人に、無理やりそう言わされたんだ!オッサンが、大事にしてくれる俺たちに、酷いこと出来るはずがない!」


 男は変わらず、その顔を上げることができないかのように、べったりと床に這いつくばったまま黙り続けている。


 ウィーパは小さく首を横に振り、チラとキャシーの方へ視線を向ける。仮に、ここに居合わせているのが彼とハリコ、マナコだけであれば、男の処刑を構わず続行させただろう。


 しかし今、少年の涙ながらの懇願を、深く頷きながら聞き入れているキャシーの意向を無視できそうにはなかった。じっと腕組みしていたキャシーは、暫しののち口を開く。


「分かった。まず落ち着いて、彼から事情を聞くことにしよう。本当に処刑されるべきは何者か、探り出す。ウィーパ、それでいい?」


「……管理局のお二方は?時間がかかりすぎるとマズいようなことはありませんか?」


 ウィーパから問われ、ハリコとマナコは再び顔を見合わせ、頷き合ってからマナコが返答した。


「いえ、別に時間制限はありませんので。ちゃんと処刑対象を定められるのなら、文句はないですよぉ。」


「とはいえ、出来る限り、長引かせたくないものですね。」


 ウィーパは伏せた目の奥で予定外の事態をいかに収拾すべきか思案する様子であった。


「大丈夫か?すまない、先ほどは強く押さえ込んでしまった、怪我はないか?」


「……あぁ。」


 彼の視線の先では、つい先ほどまで組み伏せていた男を、今度は逆に助け起こしているキャシーの姿があった。

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