操り人形の糸は誰が手に
その突き出た腹を無理やり縮こめ、怯えきり震えている大柄な少年。押し込めるような嗚咽を傍らに、立ちはだかったキャシーとハリコは相対して睨み合っていた。
キャシーもまたハリコ同様に人間ならざる存在、リズァーラーであることについては変わりなかった。が、その筋力は鍛えた人間相当であり、一般的に非力なリズァーラーを抑え込むに十分な力を有していた。
さらに、全身から突き出た鋭利な金属片。これらはキャシーが人間としての生命を失った際の“死因”そのものでもあっただろうが、現在は彼女の身体に内蔵された刃物としても機能している。
「グルルルゥ゛……。」
「もう一度告げるぞ、この少年に近づくな。そこから一歩でも動けば、お前の全身を切り刻む。」
四足歩行の動物のごとく姿勢を低くし、唸り声で威嚇し続けているハリコに対して、キャシーは至る所から乱雑に金属片の突き出した腕を突き出す。
睨み合う2名の、それぞれの背後には各々の相棒が立っている。ハリコのパートナーであるマナコ、そしてキャシーと行動を共にするウィーパ。
マナコは瞼を固定する器具によって全開の状態を保っている左目を、ウィーパへ向ける。いつもニヤついた口元の表情を変えぬマナコには例によって、何ら特別に感情を動かした様子はない。
ウィーパは、半分が赤黒く染まった白目の中心から瑠璃色の瞳で視線を返し、少なくともマナコは交渉に応じるだけの準備があることを確認した。
「まずは、唸り続けているあなたの相棒を落ち着かせてください。僕たちには、あなた方を積極的に攻撃する意図などありません。」
「本当ですかぁ?ついさっき、ウチのリコくんは蹴り飛ばされたばかりなんですけどねぇ。」
ニヤニヤ笑いを崩さぬまま、相手の発言内容について揚げ足を取るマナコに対し、キャシーが一喝した。
「お前たちが、この少年に危害を加えようとしていたからだ!子供までをも処刑すること、お前たちが躊躇していれば、手荒な真似などせずとも済んだものを!」
「キャシー、交渉を持ち掛けているのは僕たちの側です。こちらが冷静さを失っては本末転倒です……さて、あなた方は、話し合いに応じていただけますか?」
ウィーパから再度の返答を促され、ハリコは振り返ってマナコと視線を合わせる。
知恵を働かせる仕事はいつもシェルやベスタに頼っている2人であったが、今回の任務に彼らは同行していない。多少でも知恵が回れば、提案に応じる上で交換条件の一つでも示せたかもしれないが、そのようなことはハリコやマナコに出来る芸当ではない。
「ウゥ゛ゥ゛?」
「困りましたねぇ、リコくん。このまま処刑任務を遂行しようにも、成算はないですしぃ。」
必然的にハリコとマナコに可能な判断は、自分たちの処刑任務の遂行が困難であるとの確認にとどまっていた。
以前、同じく任務遂行を阻害された時は、処刑現場付近の空気供給が断たれていたこともあり、処刑標的は空気ボンベを取り上げられただけで酸素欠乏に陥り、逃げることもままならなかった。が、今、この現場は仮にもエネルギー供給プラント内部であることも手伝って、絶えず新鮮な空気が流れ続けている。
処刑標的となった少年に逃亡され、追跡出来ぬようこの場にて動きを阻害されれば、それだけで処刑任務は失敗となる。
「あなた方も、失態を演じて管理局からの信を失いたくはないでしょう。僕たちには、管理局の意向にも背かず事態を収拾し得る、別の選択を示す用意があります。」
畳みかけるように告げられるウィーパの言葉を前に、マナコはハリコの肩を掴んで後ずさらせた。ハリコは不満げに唸りながらも、マナコに従い威嚇を止めて退く。
「ウゥ……。」
「分かりましたよぉ、ちゃんと私たちが処刑任務を遂行した結果を持ち帰れるのなら、の話ですけどぉ。」
ハリコとマナコが引き下がったのを確認し、ウィーパもまたキャシーを下がらせて一歩前へ出た。
退いたキャシーは、まだなおも怯えて啜り泣き続けている少年を案ずるよう、傍らに膝をつく。地下都市においては滅多に見られない肥満体系の少年は、うずくまった様がまるで大きな肉団子のような有様である。
戦力としての存在を誇示していたキャシーの存在感を薄め、交渉役としてのウィーパが前面に立って口を開く。敵対行為は既に収まり、ここからは交渉の場が始まるのだと明確に示すような演出を、意識的に扱うことにウィーパは随分手慣れている様子であった。
「提案に応じていただき感謝します。まず、取り急ぎ行わねばならないのは、処刑執行の偽装です……あぁ、勿論、管理局に対してではありませんよ。」
「ですよねぇ、何をいきなりとんでもないことを言い出すのかと思いましたよぉ。」
地下都市の全てを監視し、支配している管理局。
その意向を欺かんと試みることが、いかに大それた挑戦であり、いかに容赦ない粛清が手段を択ばず下されるかは、処刑に携わっているリズァーラーたち自身が最もよく知るところである。
ウィーパは、キャシーの傍ら、身体を丸めて震え続けている大柄な少年の方を振り向きながら言葉を続けた。
「あなた方は、この少年労働者をひとまず処刑標的として定めたのですよね。」
「はいぃ、ここの発電施設の『労働監督官』さんが管理局からの命令に従われていない、との件でして。」
「しかし、この少年は管理局に反した命令を出せる立場にはありません。大人から一方的に『労働監督官』なる肩書きを与えられたとしても、実質的な権限は、他の少年労働者と変わりないでしょう。」
言われれば当然のことである。が、その発想は、ハリコとマナコの判断が及ぶ範疇には無かった。
2人は、発電施設に到着し、労働監督官が何者であるかを知らぬまま、とりあえず案内された先に用意されていた“労働監督官”を処刑しようとしていただけであった。すなわち、周囲の意向に従って、処刑対象に仕立て上げられた少年を、標的として定めたに過ぎない。
処刑任務の指示書に、標的の顔写真も無く、漠然とした肩書きだけが標的の識別情報として記されていた件も、判断材料を曖昧にしていた。
あるいはその曖昧さこそが、管理局の狙いであったかもしれないが。
「ですねぇ。ですけど、私たちには誰がその『労働監督官』なのか、分かりませんからねぇ。」
「あなた方は、発電施設の所長から案内を受けたのでしょう。その案内の先に居た人物こそが、本来の『労働監督官』なのではありませんか。」
ウィーパから言われ、ハリコとマナコは思い出した。子供ばかりが働かされ、目の前にいる少年が現場の監督を引き受けていたこのエリアに通される直前、会った男のことを。
その男は『ただの連絡係』だと自己紹介していたが、確かに発電施設の所長は“労働監督官”の居場所へ案内すると言って、その男の元へハリコとマナコを向かわせていたのだ。
彼が本来想定されていた処刑対象であり、自らの処刑を回避するために嘘を吐いた可能性は大いにあった。
「言われてみればぁ……その通りですねぇ。これはいけませんねぇ、誤った標的を処刑するところでしたねぇ。」
マナコはウィーパの発言内容を首肯する。
とはいえ、処刑指示書に標的の顔写真も無く、明確な個人が指定されているわけでもない。誰であろうと“労働監督官”なる肩書きを有する人間を処刑しさえすれば、管理局からの命令に違反したことにはならなかったが。
しかし今のハリコとマナコは、やはりウィーパの口先から紡ぎ出された理屈をただ鵜呑みにすることしかしなかった。
「この少年の命を奪う理由はありません。あなた方は処刑を何事も無く済ませたフリをして、本来の労働監督官に近づき、彼を処刑すべきです。」
「でも、私たちが処刑を済ませたのなら、その処刑標的の身体を死体袋に詰めて運んでいないのは、おかしいってことになりますよぉ?」
処刑を執行した何よりもの証拠である、標的の遺体。それを有していないのは、確かに怪しまれる元凶となる。
それに仮に処刑が完了したのであれば、処刑担当のリズァーラーたちが発電施設内に留まる理由もなくなってしまい、早急に退去させられかねない。
ウィーパは、マナコが思い至らなかったこれらの懸念まで、一気に解決するだけの策を用意していた。
「幸いながら、この少年は随分と大柄な体格です。あなた方だけでは運び出せないほどに死体袋が重い、という名目を告げ、この場所へとあなた方を誘導した男を連れて来てください。」
「なるほどぉ、ここに連れ込んで処刑すれば、他の場所に騒ぎが広がる懸念も無いですねぇ。ではさっそく、その通りにしましょぉ。行きましょ、リコくん。」
「ウン。」
ハリコとマナコにとっては、ひとまず処刑できる相手さえいれば良い。それが本来想定されていた処刑標的である可能性が高いとなれば、そちらを選ばぬ理由もない。
自分たちの拠点に持ち帰れる遺体が、子供よりも大柄な大人であれば、なお養分液へと加工できる量も増え、願ったり叶ったりである。
つい先ほどまで敵対していた相手から言われるがまま、その提案通りの行動へと早速移るハリコとマナコ。
「……。」
2人へ向けるウィーパの表情から尚も緊張が解けなかったのは、あまりにも疑われることなく、スムーズに話が進んだ現状に不気味さを感じざるを得なかったためであろう。
「あの連絡係を名乗った人間さんも、健康的な身体でしたからねぇ。それに、子供よりも大人の方が、血肉の量も多いです。持ち帰って、養分液へ加工する時が楽しみですねぇ。」
「ウン、ウン。」
一方のハリコとマナコはあくまでも、処刑した標的の身体から養分を吸収する時間が楽しみなばかりであった。




