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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
処刑は取引であり、駆引きである
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救いの主は事情を知らず

 “休憩室”の内部は、殺風景そのものであった。


 地下都市の下層にて最もよく見られる構造、すなわち部屋の形に削り出した岩盤の表面が剥き出しの、何の装飾も施されていない小部屋。そこに錆びきった鉄扉の入り口が取り付けられ、部屋の中央のみ曇った光で浮かび上がらせている粗末な照明が天井から下がっているばかりである。


 置かれているのは椅子がニ脚のみ、それも片方は背もたれ部分がべっきりと折れている。こんな部屋で寂しく座っていても休憩になるどころか、余計に気が滅入るであろう。


 人間とは異なる感性を有するリズァーラーは、薄暗くジメついた閉所というだけで居心地よく感じるものであったが。


「悪くない雰囲気ですねぇ。人間さんも、こういう場所がお好みなんでしょうかねぇ。」


「ウゥー。」


 相槌程度の唸り声を返すハリコに話しかけながら、マナコはベタついている壁の表面を指でなぞり、結露した水分を吸い取っている。


 この空間の湿度が高くなっているのは、先ほどの冷却作業に用いられていた大型水槽に因るものであろう。地下の閉鎖空間では、蒸発した水分に逃げ場など無い。鉄扉が赤茶けた錆で覆われ尽くしているのも道理である。


 このような環境下で働かされている子供たちの健康状態を、案ずるだけの知識をハリコもマナコも持ち合わせていなかった。壁面を軽くなぞっただけの指先にカビの菌糸、すなわち自分たちリズァーラーの遠い同類を見つけたマナコは、指先にそれらを擦りこみながら口を開く。


「こういう場所なら、人間さんよりも、私たちリズァーラーの活動に適しているでしょうねぇ。水分には事欠かないですし、あんだけ単純な作業なら養分もたまに頂けるだけで十分ですし。」


「ウン。」


「そりゃあ、管理局も労働力をリズァーラーに切り替える決定を下すでしょうよ。どうして、人間さんの子供たちをまだ働かせ続けてるんでしょうかねぇ。」


「ウー?」


 マナコの疑問に答える術を、ハリコも当然持ち合わせていなかった。


 そこには人間たちの中にのみ存在する都合、合理性を外れた決定を時には下しうる人間たちの、私利私欲を是とする思考回路が大いに影響していた。リズァーラーには、理解できる理屈ではなかった。


 休憩室の鉄扉が、ノックも無しに開かれる。先ほど連絡係の男が呼び出した、『労働監督官』すなわち今回の処刑任務の標的が来たのだろう。


「何の用だよ、オッサン。まだ作業の真っ最中だってのに……。」


 入ってきたのは、やはり先ほどの作業現場で子供たちに直接命令をくだしていた、大柄な体格の少年であった。


 身長は他の子よりもわずかに高い程度ではあるが、首回りや肩、そして腹についた肉の量は、年齢不相応な風格を彼に備えていた。その体格のわりに甲高い、変声期を迎えていない少年らしい声が奇妙なギャップとなっていた。


 彼が『オッサン』と呼んでいる人物が何者であるか定かでは無かったが、休憩室で待っていたリズァーラーたちが彼の予想していた存在では無かったのは明らかである。


「……誰だ、お前ら。何しに、ここに居るんだ?」


 大柄な少年は、訝しげに顔をしかめ、後ろ手に休憩室の扉を閉める。彼の下瞼は頬の肉に持ち上げられるような形で開き切らず、彼が表情を動かすたびに目は糸のごとく細くなった。


 目の前に居るのが、例えば重武装の警備兵のごとく、いかにも強靭な力を有する大人であれば、彼も自らの退路を確保するため、部屋の扉をあけ放っていただろう。


 しかし、リズァーラーの中でも小柄な部類であるハリコとマナコは、パッと見では強そうにも見えず、少年は自分が出口を塞いでいる立ち位置であることもあって、自分たちの仕事場に入り込んだ不審者を逃がさぬための措置として扉を閉め切ったのであった。


 少年がこちらの素性を把握しておらず、真っ先に逃走を図ろうとしなかったことに安堵を覚えつつ、マナコは言葉を返した。


「私たちは、あなたに会うために来ました。あなたが、ここの労働監督官さんですか?」


「あぁ?まぁ、オレが作業の監督をしてるけど……お前ら、新しくウチで働くことになった子供か?」


 マナコの返答内容、そして相手の小柄な体格を元に、少年がそう誤解したとしても無理はない。


 現場の作業を指揮する立場に置かれたリーダー格の少年へ、薄汚れた作業服を見に纏い挨拶しに来た新入り2人のように、ハリコとマナコの姿は見えたのだろう。


 マナコはいつものニヤつきを貼り付けた顔のまま、首を横に振った。


「いいえ、私たちはリズァーラーです、市民生活管理局から参りました。今回、労働監督官であるあなたが、管理局の指針に対し不服従を示されたことについて有罪証が発行されています。」


「……え?」


 少年は、その元から細い目を更に細め、改めて凝視した相手が明らかに人間ではないことをようやく明確に認識した。


 ハリコはまだ頭部をフードで覆い隠したままであったが、頭蓋が大きく欠損したシルエットは布越しにも確認できる。マナコは右目が隠れ、左目の瞼を限界まで開き切った状態で固定する器具を顔に装着している。


 地下都市に住まう一員としてリズァーラーという単語を知らないわけでは無かったろうが、その姿を直接近くで目にするのは初めての経験らしかった。少年の表情に当惑と不安の色が浮かぶ。


「管理局の決定事項に従われないことは、犯罪です。私たちは、あなたを処刑いたします。」


「えっ、いや、おい、ちょっと待ってって。」


 淡々と、マナコから明確に告げられた内容は、相手の理解を待たず端的に締めくくられる。何の予告も心づもりも無く、重大な決定事項を伝えられた少年は、見るからに狼狽し始めた。


 彼の感情の安定を揺さぶったのは、マナコの隣でハリコが覆面を解いたことにもあっただろう。欠けた頭蓋骨の先がまるで角のようにとがっている頭頂部、そして大きく変形しズラリと鋭利な牙が剝き出しで並ぶ口元が露わになる。


 実際のところ、子供とはいえ同年代の他の者と比べても大柄な少年であれば、全力で抵抗することでリズァーラー二人から逃れることは不可能では無かったろう。


「待ってくれよ、オレが何したってんだよ。オレはちゃんと、命令された通りに作業してただけだぞ。」


「あなたが労働監督官であることが分かった以上、私たちの任務は処刑を遂行することのみです。」


 しかし、心の中を不安と焦燥で支配された上、理不尽に知らされた罪状を突きつけられた少年は、怯えたように弁明するだけで精一杯であった。


 彼の顔は、随分と怯えの表情を浮かべ慣れているようであった。子供ばかりが働かされている現場で働き続けてきた少年は、大人からの叱責や折檻に怯えることなど日常茶飯事だっただろう。


 そのように怯えた表情を見せなければ、自分を痛めつけようとする大人たちが満足しないことを、嫌というほど身をもって学んできたのだろう。


「なぁ、聞いてくれ、オレ、何も悪いことしてないんだ、おい、く、来るな……!」


「グルルルゥ゛……!」


 ハリコは牙を剥き出しにして唸りながらも、自分よりも体格の面で勝る相手へじりじりと詰め寄っていった。飛び掛かれば、ひと噛みで動脈を噛み切らねばならない。死に物狂いの抵抗を受ければ、こちらが再起不能になる損傷を受けてもおかしくはない。


 一方の少年は、眼光鋭く迫ってくる捕食型リズァーラーを前にして、いよいよ恐怖の極致に達しようとしていた。彼が見せていたのは、その気になれば片手で叩き潰せる虫相手であっても、グロテスクさや未知への恐怖から、怯えて逃げようとする子供らしい感情そのものであった。


 相手の身体を容赦なく壊さなければ、自分の命が助からないという極限状態に置かれる経験も、彼には無かった。


「やめ……て……助けて……誰か」


 大柄な体を折り曲げて、頭を抱えて縮こまっている少年。


 マナコは相手が目立った抵抗をしようとしていないことに安堵の表情を見せ、分厚い肉の層に覆われながらも露わとなっている少年の首筋へとハリコは狙いを定める。


 少年の背後、錆びた鉄扉が勢いよく蹴り開けられたのはその時だった。


「その子供から離れろ!」


「ウゥ゛!?」


 部屋に勢いよく飛び込んできたのが何者であるか視認する暇も無く、蹴り飛ばされたハリコの軽い身体は床を転がって壁面へと叩きつけられる。


 すぐさま四つん這いの姿勢で向き直ったハリコの眼前に、全身から金属片の突き出たリズァーラーが立ちはだかっていた。休憩室の乏しい照明の光が、金属片によってちぐはぐな方向に乱反射し、粗末なミラーボールのように壁面を雑に彩っている。


「管理局め、いよいよ子供たちにまで処刑の手を伸ばし始めるとは!以前とはワケが違う、今度こそ容赦せんぞ!」


「ウゥ?……ガルルルゥ……!」


 その相手の発言に対し、ハリコが一瞬だけ疑念の唸り声を上げたのは、“以前”という一語に対してであった。


 この全身から金属片が突き出たリズァーラーには、確かに以前会っていたはずなのだが、ハリコはすっかり忘れ去ってしまっていたのである。それは彼の傍らで、唐突な妨害者の出現にポカンとしていたマナコも同様だった。


 蹴り開けられたままの入り口を抜け、遅れて別のリズァーラーが姿を現す。白目の上半分と下瞼が血肉の色に染まった、少年の姿をしたそのリズァーラーが相方の名を呼ぶまで、彼女の名前すら思い出せなかった。


「キャシー、一旦戦闘行為は中断してください。彼らには交渉の余地があるはずです……以前と性格が変わっていなければ。」


「ウィーパ、だが……!」


「キャシー、また腕を食いちぎられかけては、活動内容に支障をきたします。彼らもまた損傷を避け得る選択肢を無視することはないはずです。」


 ウィーパと呼ばれたそのリズァーラーが、ハリコとマナコの方へ目を向ける。


 以前にも同様に、自分たちの任務が妨害され、その都度交渉を仕掛けに来たこのリズァーラーと会っていたことを、ハリコとマナコはようやく思い出しつつあった。

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