倫理は知らず、ただ知性だけを持つ
地下都市のエネルギー供給プラントは、入り口部分こそひとつの視野に収まるサイズの壁面で外部と隔てられていたが、内部構造は外観から想像もつかぬ巨大な空間となっていた。
ただし、広々と見渡せる空間的余裕などあるはずもない。所せましと並んだ発電用の設備群や、その間を縫うように複雑に入り組んだ無数のメンテナンス用通路によってプラント内は埋め尽くされている。
せわしなく歩き回る作業員たちの足音、剥き出しの血管のごとく機器の表面を這うパイプライン内から響く音、そして遠くから伝わってくるタービンの重く低い振動。無駄口を叩く者など誰一人いないにもかかわらず、この場は無機質な騒々しさで満たされていた。
そんな状況においても、無駄話に花を咲かせていたのはマナコとハリコであった。
「この場所、停電とか空気供給の停止とか、出来なさそうですねぇ。発電所が停電だなんて、地下都市の生命線が断たれるようなものですからねぇ。」
「ウン。」
「空気供給も絶えず行われているようです、これじゃ処刑対象者さんは、最期の時まで意識をハッキリ保つことになっちゃうかもですよぉ。ちょっと可哀想かもですねぇ。」
「ウゥ。」
これから処刑しに向かう対象に同情するようにマナコは喋り、ハリコも同調するような唸り声を上げていたが、あくまでも他人事として程度の関心事であった。
マナコのギョロリと見開いた左目は、ここで立ち働いている作業員たちの肉体へ主に視線を注いでいた。以前の任務にて掘削作業現場で会った、屈強な肉体の労働者ほどではないものの、この発電施設にて就業している人間たちもまた血色や肉付きの良い身体を有していた。
それは単に日がな働き続けるだけの体力を有していることだけが理由ではなかったろう。ハリコもまた自分同様に作業員たちの体躯を見つめていることに気づいたマナコは、そっと耳打ちする。
「にしても、皆さん栄養価が豊富そうなお体ですねぇ。」
「……ウン。」
地下都市の運営に欠かせない発電施設は、管理局からも格別の扱いを受けている。設備の維持に必要なコストも、保安のための警備戦力も、統治者たちが住まう最上層区画に次ぐ規模がつぎ込まれている。
この発電施設の作業員たちが、他の職に就いた市民たちよりも良い生活をしているのは至極当然の事であった。
「今回の処刑標的は、ここの労働監督官さんとの事ですし……持ち帰る遺体にも、期待が持てますねぇ。」
「ウゥ。」
「着いたぞ。ここだ。」
コソコソと言葉を交わしているハリコとマナコの方を向き直って、ここまで2人を先導してきた警備兵が立ち止まり、一つの鉄扉を指し示した。
林立する機器類の隙間、まるで鉄製のジャングルの中に埋没して暮らす原住民の掘っ立て小屋のごとく、その部屋は無数に走るパイプラインやキャットウォークをくぐった先にひっそりと構えられていた。
扉の表面には部屋名を記したプレートが貼られており、『炉心冷却担当』と読み取れる。マナコは警備兵の方へ向き直って、頭を下げた。
「案内していただき、ありがとうございますぅ。じゃ、さっさと処刑を済ませちゃいましょ。」
「ウゥー。」
無言のままに見送る警備兵の前を通り抜け、ハリコとマナコは部屋の入口の扉へと近づいていく。小柄な2人にとっては、狭苦しい入り口もわざわざ身をかがめる必要など無かった。
扉を開いた部屋のなかは、今まで見てきた発電施設内部と異なり随分と殺風景な印象であった。他の部署との連絡に使うのであろう通信機以外には機器類もなく、古びた机と椅子が置かれている以外には、書類が机上にて雑に山積みとなっているのみであった。
椅子には一人の男が座っている。他の作業員同様に健康そうな身体であることに変わりはなかったが、設備の点検や運転を担当していた作業員たちとは明確に違う雰囲気の人間であった。
一目見ただけでその雰囲気の違いを詳らかにすることは難しかったものの。マナコはハリコと並んで立ち、こちらを向いた男へと話しかける。
「どうもぉ、お仕事中お邪魔いたします。我々は市民生活管理局です、あなたがここの労働監督官さんですかぁ?」
「市民生活管理局……あぁ、来たのか。」
管理局の名を聞いた男の目つきは、明確に鋭くなった。顔に緊張感が走り、しばらく口を閉じて告げるべき言葉を選んでいる様子である。
顔つきを変えた彼をじっと見つめていたハリコは、先ほどの違和感の一端を掴んだように感じた。
発電設備を取り扱っている最中の作業員たちには、小さなミスが大事故に繋がりかねない内容であることも相まって、独特の緊張感がみなぎっているように見える。高圧電流を通す設備や、高圧タービンを扱う危険作業へ常に身を晒し続けているためだ。
だが、目の前にいる男には、その雰囲気が無い。管理局からリズァーラーが派遣されたことで、事実上の処刑任務執行の通達を与えられた彼は確かに緊張しているが、その表情にはどこか浮薄さが残っている。
しばらく男は黙り続けていたが、マナコが改めて返答を促そうと口を開くと同時に、返答した。
「いや、俺ではない。俺はただの連絡係だ。労働監督官は、現場にて直接、従業員の指揮に当たっているからな。」
「なるほどぉ、そうなんですねぇ。」
マナコとしては、彼が返答するまでにかかった空白の時間が多少気になるところであったが、訝しさを追究する術もなく、返答の内容をそのまま受け取った。
労働監督官が誰であるのか、任務通達時に与えられた指示書には顔写真もなく、現地にて捜し出すほかにない。ハリコと顔を見合わせた後、改めてマナコは連絡係だと名乗った男へ問うた。
「では、その労働監督官さんの元へ案内していただけますかぁ?お察しの事と思いますが、私たちの任務はその人を処刑することですので。」
「済まないが、俺はこの場を離れるわけにはいかない。だが、労働監督官を休憩室へ呼び出すことは出来るぞ。」
通信機を前にただぼんやりと待っているだけに見える彼は、とても忙しそうには見えなかったものの、連絡係を担っている以上は実際に離れるわけにいかないのだろう。とはいえ、今の提案はリズァーラーたちにとって願ったり叶ったりの無いようであった。
労働監督官に会い、標的の逃走を許す前に処刑を行い、周囲に混乱を拡大させないためにも、面会の現場を一室に限ることは歓迎すべき状況に違いなかった。マナコはハリコと頷き合い、返答する。
「それは有難いですねぇ、では労働監督官の呼び出しを願います。休憩室、というのはどこですかぁ?」
「あぁ、それならすぐに分かる。お前たちが入ってきたのと反対側の扉を出て、階段を下りて行って真っすぐ進んだ先だ。」
男は通信機を弄りながら、この部屋の奥側の扉を指さした。ここに入ってくる際に用いた扉も狭苦しいものであったが、奥にひっそりとたたずむ扉は更に小さく、たった今、指差されるまでは存在に気づけないほどであった。
小柄な体のリズァーラーたちには問題なく通り抜けられるサイズではあったものの、例えば目の前の男や、他の作業員たちが通り抜けるにはあまりにも窮屈すぎる出入口に見えた。
リズァーラーたちが違和感について触れるよりも、男が通信機の操作を終える方が先であったが。
「よし、休憩室への呼び出しコールを送った。休憩室で待っていれば、お目当ての労働監督官が来るだろう。」
「ご協力、ありがとうございますぅ。では、こちらの扉から出させてもらいますねぇ。」
「その先は、発電施設の冷却部だ。分かっているとは思うが、従業員の邪魔をしたり、機器類に勝手に触ったりするんじゃないぞ。」
「わかってますよぉ。行きましょ、リコくん。」
「ウー。」
ハリコとマナコは共に頭を下げ、先ほど指し示された扉、この部屋に入ってきたときとは反対側の扉を開けて部屋を出た。
部屋を一つ隔てただけであったはずなのに、そこから先は同じ発電施設内部とは思えぬほどに雰囲気がガラリと変わっていた。
壁面は荒削りの岩盤が剥き出しであり、照明も疎らに設置された工業用照明ばかり。ジメジメと湿気がよどみ、辛うじて人間の活動に必要な空気だけは弱々しい送風によって供給されている。すなわち、地下都市の下層街でよく見る光景に近しかったのだ。
地下都市の心臓部とも呼べる発電施設、その機器類を作業するエリアにて過剰なまでに照明が用いられ、清潔さが保たれていた様とは全く対照的な光景であった。
「このエリア、何の作業をやってる部署なんでしょうねぇ。冷却部、とか言ってましたけど。」
「ウゥ。」
マナコに問いかけられたところで、ハリコも疑念の唸り声を上げる他に何も出来ることは無い。
通信機のあった部屋から出て、下へ降りていく階段も錆びかけて粗末なものであった。無駄に眩しいばかりで薄暗さを払拭しきれない工業用照明のなか、まっすぐ進んだ先に休憩室と思しき部屋の扉がたしかに見えている。
先ほどの男に言われた通り、まっすぐ進んで休憩室にたどり着きさえすれば今回の目的達成に近づくことは叶った。が、多少の好奇心に駆られたハリコとマナコは視線をあちこちへ向けながら歩いていた。
「こんな薄暗い場所での仕事なんて、何をやるんでしょ。機械を操作するなら、明るいに越したことはないはずなんですけどねぇ。」
「ウン……。」
ハリコには薄暗い中、多少離れた位置で少なからぬ人数の足音が聞こえるばかりであったが、明暗に関わらず視覚を働かせられるマナコは、この区画の従業員たちの姿を間もなく見つけ、じっと目を凝らした。
水音に満たされた大きな水槽のそばに、幾名もの従業員が集まっている。水槽には大きなパイプが接続され、絶え間なく水槽の中へ新たな水が注ぎこまれている。彼らは手にバケツを持ち、その水を汲んでは離れた場所へ運んでいく。
最初、ここには小柄な従業員ばかりが集められているのかとも見えた。が、リズァーラーたちの足音に気づいてこちらを振り向いた何人かの顔つきを見たマナコは、その理由に気づく。
「人間の子供さんたちですねぇ。何のためかは知りませんが、水を汲んでは運ぶだけの作業だから、子供でも十分ってことでしょうかねぇ?」
「ウゥ?」
マナコから知らされ、ハリコも確かに、目の前で労働に従事しているのが子供ばかりであることに気づいた。
先ほどまでの機器類に満たされた空間を覚えているほどに、それは異様な光景であった。空のバケツを抱えた子供が大きな水槽へと近づき、水を汲み、抱きかかえては暗がりの奥へと歩き去っていく。
同じ発電施設内部の様相とは思えぬほどに、原始的で単純な作業が繰り返されていた。
「……。」
マナコとハリコの存在に気づいた他の子どもたちも、無言のまま、半ば不審げに、半ば怯えたような目つきをこちらへ向ける。
彼らは例外なく、発育の悪さが目立つ体つきであった。人間の体の栄養価を値踏みすることに慣れたハリコやマナコには、簡単にそれが分かった。水を汲んだバケツを抱える腕は細く、落ちくぼんだ眼窩の中で目玉だけが異様に突き出て開かれていた。
先ほどの連絡係の男に言われた通り、彼らの作業の邪魔にならぬようにハリコとマナコはその場を離れて行く。とはいえ作業が多少滞ったためか、暗がりの空間の奥から鋭い声で指示が飛んだ。
「おい!水汲みが遅れてるぞ!また水槽から水が溢れたら、オッサンに殴られちまうぞ!」
その声もまた、甲高い、変声期を迎えていない少年の声であった。
この暗がりの中では多少離れた位置の様子など見えなかったが、やはり特殊な視力を有するマナコにはその声の主の姿が見えた。やせ細った子供たちの中に、際立って大柄な体躯の持ち主が居たのである。
彼の言葉から察するに、この作業の滞りを叱責する立場の大人は居るのだろう。が、この場においては、その大柄な体の少年が現場の労働を“監督”する役目を担っているのだろう。
「ま、私たちはさっさと休憩室で待っておきましょうかねぇ。誰が労働監督官なのかは、すぐに分かることでしょう。」
「ウン。」
ハリコはマナコへ頷き返す。
処刑担当者であることを名乗ったリズァーラーたちが、大人たちの働く区画を抜け、子供ばかりが働かされているこの場所へと通されたことの意味を、シェルとベスタであれば推察できたであろう。
ただ、ハリコとマナコには、あの大柄な少年が処刑標的であれば、栄養価は豊富だろうなと期待する思いがせり上がってきたに過ぎなかった。




