人に使われる存在の、御しやすいこと
エネルギー供給プラントは地下都市における電力消費を賄う最重要設備の一つであったが、それは上層街から遠く、下層の居住区よりも更に地下深くのエリアに位置していた。
保安や管理の事を鑑みれば、管理局や研究機関から近い方が利便性は高い。しかし、富裕層の市民たちが住まう上層街の安全性を確保する名目にて、発電施設は遠ざけられ、下層街を間に挟む位置に建設されていたのであった。
万が一、発電施設にて事故が発生した場合、事態の収拾が遅れれば被害が……それも致命的な影響をもたらす害が近隣の居住区に及ぶことが主たる理由であったが、その事実を知るのはごく僅かな関係者のみだった。
例によって地下都市全体に張り巡らされた排水管を抜け、エネルギー供給プラントの存在する区画に顔を出したハリコとマナコは、異様なまでに対照的な二つの街区が隣接する様を目の当たりにしていた。
「おぉー、一般市民の居住区と比べても、建設に費やされたコストが桁違いですねぇ。」
「ウゥ……。」
発電施設内部へと直接通じている排水管は存在しなかったため、施設入り口の近くに出るルートを選んでいたハリコとマナコ。
施設と隣接している区画では、おそらく服飾業が盛んなのだろう。荒く岩盤が削り出された空間の中、波板の屋根に覆われた作業所が所狭しと立ち並び、布の縫合を続けるミシンの音があちらこちらから聞こえ続けていた。
限られた資源でやりくりせざるを得ない地下都市における服飾業は、ほとんどが着古された服の修繕や、まだ使える布地を切り出して新たな服へと作り直す作業で占められている。多少の摩耗では穴の開かない、丈夫な作業服を扱うこともまた多い。
そうしてミシンの音が響く作業所が肩を寄せ合うようにひしめいている街区に向かい合うように、贅沢に広大な空間を占拠し、磨き上げられたように均された壁面に囲まれているのがエネルギー供給プラントであった。
「やっぱり、発電施設が地下都市でも一番大事なんでしょうねぇ。これじゃ人の住む場所がオマケみたいですねぇ。」
「ウン。」
服飾の作業所付近には、住民たちの住まいと思しき建物も存在しているが、それらはまるでひしめき合う作業所の間に押しつぶされそうな形で、肩身を狭めるかのようにひっそりと設置されている。
住民の中には、定住する部屋も無く作業所の中で寝泊まりする者も居るだろう。新たな土地は地下を掘削することなしに得られない世界にて、貧困層の住まいは限定的な空間に押し込められることも珍しくない。
そんなにも狭苦しい場に押し込められている住環境にも関わらず、エネルギー供給プラントの方へと近づこうとする住民は一人とて存在しなかった。理由は言うまでもなく、入り口付近を始めとして一定間隔で歩哨に立ち続けている警備兵たちの威圧感であったろう。
「相変わらず頼もしい警備兵さんたちですねぇ、あ、どうもぉ、お疲れ様ですぅ、お勤めご苦労様ですぅ。」
「ウゥー。」
ゴツゴツした重装備の警備兵たちへ、いちいち声をかけながら入り口へと歩いていくマナコ。ハリコも挨拶のつもりの唸り声を彼女の背後で発しつつ随伴している。
「……。」
唐突に現れ、不用意に接近してくる者たちを目にしても、警備兵たちが警告ひとつ発さなかったのは、この両名がリズァーラーであることを見て取ったためであろう。非力なリズァーラーが相手ならば、いつでも容易く抑え込んで無力化できる。
あるいは、この管理局所属リズァーラーが「ハリコ」「マナコ」という名であり……直近の任務にて、食糧供給プラントの住民を数百名単位で死に至らしめてまでも、処刑任務を強行した存在であることを知っていたためかもしれないが。
エネルギー供給プラントの入り口、硬く閉ざされた重厚な門扉の前までたどり着いたマナコは、門衛に立つ警備兵へ朗らかな調子を崩さず話しかけた。
「市民生活管理局の任務です。こちらの発電施設にお勤めの、労働監督官さんに有罪証が発行されましたため、処刑しに参りましたぁ。」
この任務にシェルとベスタが同行していれば、こんなにも無防備に自分たちの行動目的を晒すことはなかっただろう。
前回の任務は現地の警備兵も処刑任務に協力的だと知らされていたが、今回は異なる。場合によっては、処刑対象を死なせぬように立ち回るかもしれない。
電力を供給するこの施設が上層街から離れた場に位置していることもあって、独自の警備体制を有している事実もまた十分な懸念事項であった。全ての職員や警備兵が、管理局に対して協力的であるとは断言できないのだ。
「そこで待て。」
マナコとハリコを前にして、警備兵は無機質な声のみを返し、入り口に備えられている通話管に向かって、管理局所属のリズァーラーが訪れたことを告げている。
エネルギー供給プラントの入り口を閉ざしている門は鋼鉄製であり、錆びひとつない状態が保たれている。金属製品が貴重な地下都市においては滅多に見ることの無い大型の扉であり、これが閉ざされている限り力尽くでは決して押し通れない堅牢さを示していた。
門前払いを食らえば引き下がらざるを得ない状況ではあったが、ハリコとマナコは微塵もそんな懸念を抱くことなくじっと待っている。しばらく経って内部からの返答を受け取った警備兵は、言葉少なにリズァーラーたちを促した。
「通れ。」
開いていく大型の門は軋む音などたてず、劣化箇所を生まないよう手入れされている様が見て取れた。
「どうもぉ、お邪魔しますよぉ。」
「ウゥー。」
マナコとハリコが門の内側に入ると、直ちに入り口は閉められる。万が一にも不審者が駆けこむことなどない様に、門を開いている時間を最小限にする狙いがあったのだろうが、それはリズァーラーたちをそそくさと閉じ込める動きのようにも思われた。
外部からの侵入者を万全に防ぐ備えは、内部からの脱出も困難にする。仮にここの職員たちが管理局への敵対意思を有していると嗅ぎつけても、即座に逃げ出して応援を呼ぶことは出来ない。
が、自分たちの退路を断たれたかのような状況にもまるで気づいておらず、マナコはハリコへのんきに話しかけながら歩を進めていた。
「さすがは、地下都市の電力供給を担っている設備ですねぇ。ウィトゥス博士の研究施設と同じくらい、明るいですねぇ。」
「ウン。」
電力消費が削減できるところではとことん削減される地下都市において、例えば下層街の殆どの地区は暗がりの中にある。仕事上作業する必要のある場所や、移動に用いられる通路だけが工業用の照明器具で照らされるに過ぎない。
が、対照的に重要な施設はふんだんに消費される光で溢れていた。マナコが口にしたウィトゥスの研究所以外では、上層街へリソースを供給するパイプラインの管理設備も同様である。わずかな暗がりも残さないのは、僅かな異変にも気づきやすくし、また侵入者が潜みうる場所を無くすためでもあった。
とはいえ、ごく一部の重要施設で電力消費が集中し、都市住民の生活圏の大部分での節約が強いられる状況は不公平といえば不公平であった。
「来い。所長に会わせる。」
ハリコとマナコを内部で出迎えた警備兵が、これまた最低限の言葉だけを投げかけ、二人を先導する。
発電施設内部は、食糧生産プラントほど殺風景ではなかった。侵入者への対策のために迷いやすい構造にするよりも、機械や設備のメンテナンスを円滑にする必要性の方が高いのだろう。
設備に入ってきたばかりのハリコやマナコにも、複雑に足場やケーブルの巡らされた作業区画で忙しく立ち働いている従業員たちの姿が見えた。
警備兵に連れられるままその場から離れ、作業区画の騒音から遠い一室へと通されたマナコとハリコ。上等な家具が並び、壁面にはこれまた地下都市では滅多に見ることの無い観葉植物が並び、上層街の富裕層市民の生活もかくやと思えるほどの空間がそこにはあった。
「まさか、所長さん自らにお会いできるとはぁ。いきなり押しかけちゃったのに、わざわざすみませんねぇ。」
マナコは、その部屋の中央に置かれた大型の机で、頬杖をついて待っていた男に話しかける。
髭の形を整え、豊かな髪を綺麗にセットしている、老年の男。処刑担当のリズァーラーが自分の管理する施設に現れたからと慌てる様子もまるで無く、頬杖からゆっくりと顔を持ち上げながら彼は静かな声で返答する。
それは下層街の住民には決して見られない、生活面に余裕ある者の振る舞いであった。
「構わんよ、管理局からも連絡は入っている。しかし、私も再三、現場に注意を入れたのだがね。こうして処刑標的となる人間が出てしまうとは、残念なことだ。」
「えぇと、改めて現状を確認いたしますねぇ。この発電施設におきまして、労働監督官さんが従業員の入れ替え決定に従わず、今まで通りの従業員による業務を続行しておられるため、管理局からの命令不履行として有罪証が発行される運びとなりましたぁ。」
「うむ、私も同様に認識している。まったく、困った奴だ、ウチの労働監督官も。すぐにも彼の居場所へ案内させよう、私は管理局の任務に全面協力するよ。」
「はいぃ、ありがとうございますぅ。」
「ウー。」
マナコが例を言い、ハリコも続いて感謝の意を込めた唸り声をあげる。
この2人のリズァーラーの思考には、任務が順調に進んでいき、処刑標的にもスムーズに近づいていく達成感のみが浮かんでいたであろう。
しかし、この施設に「管理局の任務に全面協力する」方針があるのであれば、もとより処刑対象者を出すような真似などしなかったはずである。
違和感を抱かぬままに、ハリコとマナコは発電施設の更に奥部へと案内されていった。




