知ろうとせぬことは美徳
処刑任務の通達を受けるために執務室へ顔を出したハリコとマナコへ、管理官が手渡した指示書には文面だけが記されていた。
すなわち公式な発行であることを示す『市民生活管理局』の印字と、テンプレート通りに処刑対象の罪状と所在地を示した文章のみである。
「あれぇ?処刑対象さんの顔写真は、無いんですかぁ?」
「ウゥ?」
処刑対象、すなわち管理局によって有罪証を発行された市民の顔写真が、処刑任務の指示書に添付されないことは滅多にない。
地下都市は閉鎖的な管理社会であり、統治側はほぼ全市民の顔写真を所有している。基本的に住民たちは、自らについての情報を差し出すことなしに、市民権を得ることなど出来ない。
「えぇ、ごく珍しいことですが、今回の処刑対象は顔写真が存在しないようです。しかし所在地と、その肩書きは明確ですから。」
「ですねぇ。言われた通りに標的を見つければ、同じことですし。」
「ウン。」
管理官は淡々と答え、マナコも頷きながら言葉を返し、ハリコも頷いた。
既に前例として、違法なパイプラインを修理しに来る作業員を誰であろうと処刑せよ、との雑な指示が下され、その通りに任務を遂行した一件もある。
任務の是非を問う権限など持たぬリズァーラーたちにとっては、顔写真の有無など些細な事項であった。管理官はいつもと変わらず微笑を湛えた表情を動かすことなく、事務的に語り続ける。
「さて、今回の処刑任務について詳細を説明いたします。処刑対象者はエネルギー供給プラント、発電施設の労働監督官です。管理局は従業員の入れ替えを決定しましたが、彼はそれに不服従な態度を示し、既存の従業員たちを変わらず労働させ続けています。」
「へぇ、管理局の決定事項に従わないなんて、命知らずですねぇ。もしかすると、もともとの従業員さんたちが、よほど優秀だったんでしょうかぁ。」
これまでの処刑対象者たちの件を顧みるに、明確な犯罪行為に手を染めたわけではない者たちには、管理局に背く判断を下すに至る相応の理由があった。
自分の携わる工事の安全性を憂慮していたり、自分が責任者となるエリアの住民を減らすまいとしていたり。マナコの発言はそのことを思い返しての内容であったが、それを受けた管理官は少しの間、書類の束をペラペラとめくっていた。
必要最低限の命令の他に、処刑担当チームへ渡せる情報が無いかと探していたのだ。原則として命令事項以外の情報は要求できる立場にないリズァーラーであったが、それでもなお任務遂行の助けとなる情報があれば与えようとする管理官は確かにこのチームの上司としての役割を自覚していた。
「……どうやら、管理局は人間の従業員を廃し、リズァーラーを代わりに配属する予定のようです。」
「私たちと同じ、リズァーラーを配属、ですかぁ。まぁ、単純作業だったら、最低限の水分さえ吸っていれば、リズァーラーは活動を続けられますからねぇ。」
処刑任務を担当するリズァーラーが、処刑された人体を粉砕攪拌した血肉のジャムを好むのは、相応に養分を消費する激務に携わっているためである。
時には処刑標的からの抵抗を受け、あるいは判断をしくじれば一巻の終わりとなる複雑な任務内容を円滑に遂行することを求められる者たちには、潤沢な栄養分が活動のたびに必要となる。地下都市において、人肉にまさる栄養価の塊はない。
しかし、さして消耗することの無い労働、人間には退屈極まりないと感じられるような単純な仕事の繰り返しに従事させるだけであれば、そのように贅沢な養分を与える必要は無い。水分を与え、ときおり有機物を……それこそ菌類にお似合いの、居住区から流される排水でも吸わせていればいい。
充分な数のリズァーラーを揃えられるのであれば、消費するリソースも最低限で済み、この上なく効率の良い労働力であった。
「はい、地下都市におけるリソース消費軽減政策の一環ですね。従来の従業員たちは、新たに建設された上層の居住区へと移住し、より文化的な生活が与えられる予定です。」
「なるほどぉ、さすがは管理局、素晴らしい政策ですねぇ。新たな居住区というのは、以前の任務で私たちが向かった掘削現場のことでしょうかぁ。」
「えぇ、あれ以降も工事は順調に進み、早くも居住可能な区画が整いつつあるようです。」
以前の任務にて、掘削途中の区画に安全性の不備が見られると主張していた現場監督を処刑したことがあった。
彼の主張の是非はさておき、工事を遅延させていた者が排除されたおかげで、現場の作業員たちは仕事を再開でき、新居住セクターの建設もスムーズに進行しているのだろう。
そして今、新しく人間が住まうことの出来るセクターが完成したおかげで、エネルギー供給プラント内での労働に明け暮れていた者たちは、新たな居場所を手に入れられる運びとなったのである。
「人間さんにとっては、実に喜ばしいことじゃないですかぁ。なんで、そんな命令に従わない方がおられるんでしょ?」
「労働監督官に関しては、エネルギー供給プラント内部での職務が続きます。新たに従業員として配属されるリズァーラーたちを、監督する必要がありますので。」
「あぁ、つまり、その人だけが新しい居住区へ引っ越せないというわけですねぇ。」
労働者たちが新たな生活の場を、それも上層の区画での暮らしを与えられる一方で、労働監督官はその恩恵を得られず、発電施設内での仕事を続けなければならない。
自らが携わってきた仕事に誇りを持ち続けている人間であれば問題に感じない措置であったろうが、全ての人間がそうだとは限らない。先に出世し、富裕層の仲間入りをするのは自分だと考えていた矢先、今回の決定は理不尽な仕打ちだと感じることは避けがたい。
これといって特筆すべき活躍もしていない一般の労働者たちに、新居住区での暮らしを与えようとする管理局の判断も、何をもって決定されたのか定かではなかったが。
「あなた方へ開示できる情報はここまでです。エネルギー供給プラントへ向かい、発電施設の労働監督官を処刑してください。これにて任務通達を終わります。」
「はぁい。んじゃ、行きましょ、リコくん!」
「ウゥ。」
管理官に促されるまま、ハリコとマナコは手を取り合って立ち上がり、執務室から出ていく。
発電施設となれば、この地下都市における重要インフラの要である。当然ながら管理局直属の警備兵によって守られており、その設備における労働監督官もまた相応の警護を受けていることは十分に想定できる。
処刑任務の妨げとなる懸念事項が存在することは、仮にこの任務にシェルやベスタが参加していれば容易に予測でき、こうもあっさりと任務へ出発することは無かったろう。
「……。」
が、管理官に対して何も追加で質問することなく、ハリコとマナコはいそいそと執務室から出ていった。
命令に対し何も疑問を持たず、命じられた通りの行為に終始している彼らの背を、管理官はいつも通りの微笑みとともに黙って見送るばかりであった。




