数え切れぬほどに、命を根こそぎ
「それで、私たちが処刑任務を実行するタイミングはいつになるんですかぁ?」
暗い表情を浮かべたままに黙り込んでいるシェルとベスタへ向け、マナコが能天気な声色で尋ねる。
今からこのエリアの住民たちに起きることへの憂慮など微塵もなく、ただ自分の役目が次にいつ訪れるのか、純粋な興味だけがその目に浮かんでいた。彼女の傍らで、ハリコもまた言葉を発さぬまま、同じ色に目を輝かせている。
いかに現状を把握したところで、気を揉むしか出来ないことに変わりは無かった。シェルが返答する。
「配給された食料を口にして昏睡状態に陥った住民が確認されれば、リアルタイムでこの区画の登録住民数が減らされる。そうして減らされた住民数と、配給された食糧の数に明確な差があることを確認し次第、警備兵から合図が送られる。」
「なるほどぉ、そしたらこの区画の責任者さんの有罪確定ってワケですね!」
処刑へ移る段取りが明確に定まっていると知らされ、マナコは朗らかな声を上げる。
居もしない住民の分まで食糧を確保していた件について、明確な不正行為であると指摘することが可能になれば、晴れてリズァーラーたちによる処刑執行が正当なものになる。
問題は、それに先駆けて減らされる登録住民数が、想定をはるかに超える量が予測される点であった。登録上の数が食糧配給数と不一致でありさえすれば良かったのだから、最低1名でも減っていさえすれば良かった。
だが、ハリコとマナコは食糧庫に忍び込み、口にすると二度と目覚めぬ眠りにつく薬品を、配給される食糧の全てに余さず添加してきたのだ。
「実質、俺たちの行動が原因で、巻き込まれただけの無実の市民が大量に犠牲になるってことだよな……。」
「死なせるわけではないから……直接的には。」
相変わらず処刑任務の実行だけを心待ちにしているマナコやハリコに背を向け、シェルが呟いた言葉にベスタが返答している。
薬品入りの食糧を口にした市民は、ただ深い眠りにつくだけである。毒殺されるわけではないので、事件としても扱われない。難病患者として上層街の医療機関に送られ、そのまま帰ってこないだけである。
二度と目覚めぬまま、身体だけは生きている肉体がいかなる扱いを受けるか、地下都市に住まう者たちならば凡そ見当はついた。
「健康な臓器は確保しておいて、残りの肉体は実験に使われたりするんだろうな。」
「リズァーラーについての研究も進むのかもしれない。さっきまで一緒に居た警備兵たちみたいに、管理局が運用するリズァーラーは増えてる。」
人間の遺体内部で特定の菌糸が繁殖した結果、生み出されるリズァーラー。
ひとたび使い物にならなくなった人間の肉体も、リズァーラーという労働力として再利用できるならば、運用側としては使わぬ手は無かった。一度死しているため市民権もなく、養分と水分さえ与えていれば活動し続ける。
地上環境でリズァーラーとなったマナコやハリコ、シェルやベスタのように明確な変異を起こしておらず、ほぼほぼ生前の人間としての特徴を残したままのリズァーラーが増えていることは、この地下都市で遺体へと菌糸を人為的に植え付けてリズァーラーが“生産”されていることを暗に示しているようでもあった。
「じゃあ、管理局の意向としても、この区画の大量の住民が二度と目覚めない状態に陥るのは、悪くは見られないってことか?」
「だと、思う。」
この区画、すなわち食糧生産プラントにおける働き手が減ったとしても、替えを調達するのは容易いだろう。
安定して食事を得られる暮らしが手に入るのならば、食糧生産プラントでの労働を希望する市民はいくらでも集まるのだから。今から引き起こされようとしている状況を整理すればするほど、管理局所属の処刑担当リズァーラーである自分たちが心配すべき要素など無いことはハッキリしていった。
今から大量の住民が犠牲になることなど何とも感じず、処刑執行の合図をワクワクと待ち続けているハリコとマナコの方が、よほど己の立場に相応しい反応を示していた。
「シェル。私たちも、余計な事は考えない方がいい。私たちの任務行動を止める必要性を管理局が見出したのなら、既に阻止されているはずだから。」
「だよな……。」
ベスタに返すシェルの声は張りの無いものであったが、いちいち彼の心境を案じている暇はなさそうだった。
巡回の警備兵たちの重々しい靴音が、こちらへと近づいてくる。リズァーラーたちが身をひそめている排水管内部へ携行照明の光が投げかけられ、覗き込んだフルフェイスのマスク越しに、低く声が響く。
「住民数の減少が確認された。プラント責任者の処刑実行へ移れ。」
「はぁい、了解ですよぉ!」
ベスタやシェルが返事する前に、マナコが待ってましたとばかりに朗らかな声を上げ、警備兵の方へと駆け寄っていく。ハリコもまた彼女に負けじと後を追い、遅れてベスタとシェルが多少重い足取りでついて行った。
ハリコとマナコにとっては、食糧生産施設への接近は二度目である。一度目は警備兵の装備で全身を覆った状態だったため、マスク越しにしか周囲の状況を感知できなかったが、今こうして生身を晒した状態で歩けば、この区画は実に居心地の良い湿度と通気性が保たれていることに気づけた。
実態が菌類であるリズァーラーと同様の、キノコ類の生産に適した環境が保たれているため、居心地よく感じるのも当然の事ではあった。マナコは空気中の湿気を肌に擦りこむように両手をすり合わせ、のんきにハリコと喋っている。
「排水管の中にまさる住環境は無いと思ってましたけどぉ、ここで過ごすのも悪くないですねぇ。定期的に、食糧生産プラントで処刑任務が発生しないでしょうかねぇ。」
「ウン、ウン。」
「無駄なお喋りはやめろ。見られてる。」
シェルはハリコとマナコの私語を制しながら、視線を食糧生産施設の方へと向けていた。
窓からは、このプラントの責任者と思しき男が顔を覗かせ、こちらを見つめている。今警備兵によって連れられているのがリズァーラーであり、処刑任務を担っているであろうことは既に向こうにも伝わっているのだろう。
遠目には明確にその表情まで読み取ることは出来なかったが、少なくとも彼が慌てておらず、不敵に待ち構えている様子であることは嫌な胸騒ぎを誘った。
「ここで待て。不潔な体で施設内に踏み入れさせるわけにはいかない。」
警備兵はそう言い残し、この場を監視する幾名かを残し、食糧生産施設の中へと入っていく。
ハリコとマナコが潜入に成功したのは警備兵と同じ装備を身に着けたうえで、殺菌設備を通り抜けたおかげである。普段から排水管を住まいと定めているリズァーラーたちが、立ち入りを禁じられるのは当然の事であった。
施設の入り口前に立ち尽くしたまま、しばらく待たされることを覚悟していたリズァーラーたちであったが、予想外にも処刑対象の男、この食糧生産プラントの責任者は早々に顔を出した。
清潔なスーツに身を包み、髪にも念入りに櫛を入れ、磨き上げた靴の音を響かせ、彼は朗らかな声で処刑任務のリズァーラーたちを歓待する。
「おや!管理局の方からお越しのお客様と聞いて来てみれば、リズァーラーを出迎えることになるとは!何の用かな、私はこう見えても多忙の身なんだがね。」
「わざわざお呼びだてして申し訳ございません、我々は市民生活管理局の任を帯びて参りました。実は、あなたにあてて有罪証が発行されておりまして、このたび処刑執行のためお邪魔しました次第です。」
シェルは口元ににこやかな笑みを浮かべつつ、処刑対象者が対話に応じた場合に用意してある口上を読み上げながら、管理局発行の書類を示す。
自身が処刑対象となっていることを明確に示されても、先ほど窓越しにこちらを見つめていた時と変わらず、プラント責任者の男は落ち着いた様子を崩していない。
「なんと、これは驚きの報告だね。しかし、私が有罪とは、いったい何の罪だね?食糧生産および供給を担う身として、清廉潔白を心がけてきたつもりだが。」
「大変申し上げにくいのですが、責任者様の食糧管理過程において不正が発覚いたしました。本来の住民数以上に、この区画に配給される食糧が確保されているとの報告が上がっております。」
「まさか、そんなはずはない。……あぁ、そうそう、つい先ほど、この区画内で難病患者が発生した件については、私も把握しているがね?」
「えっ……。」
処刑担当リズァーラーによる突然の訪問を受けても、この男が動揺を見せていなかった理由が、ここに来て初めて明らかとなった。
彼は気づいていたのだ、事前の工作活動に。口にした者が目覚めぬ眠りにつく薬品が、秘密裏に食糧庫内の食品に添加されていたことに。
「いやはや、まったく恐ろしい病気だ、唐突に昏睡へ陥ってしまうとは。他の居住区での発生例は知っていたが、まさかウチでも患者が出てしまうとは思いもよらなかったよ。仕方がないので上層の医療機関へ搬送し、その分減った住民数の食糧配給については、既に回収、破棄処分としている。」
「そう……ですか。」
「そうとも、得体のしれない病気にかかった市民が口にしていた食品を、再利用するわけにもいかないだろう。さて、その件は不正配給として扱われないはずだ、過剰に配給された食糧の処理先は明確に報告しているからね。」
「……ですね。」
「さてさて、どうやら君たちが知らされたのは間違った罪状のようだねぇ。私は食糧供給過程をぞんざいに扱う責任者ではない、常に正確な数字を把握している。管理局に帰って、そう伝えてくれたまえ。」
シェルは仲間たちの方を振り返り、互いに顔を見合わせる。相変わらず真っ暗な空間が広がっているシェルの目元は見えなかったが、その口元は途方に暮れたように小さく開いていた。
振り向いているシェルの背後では、食糧生産プラント責任者が滔々と語り続けている。
「さておき、妙な事は重なるものだ。実は今回配給した食品、食糧庫内での保管状態が少々乱れていてね。奇妙に感じたし、衛生状態にも不安があったから一部を残して廃棄処分としたのだよ。残りの配給分は、別に保管してあった食糧から追加した。」
「……そんなことが、あったのですね。」
向き直って応答するシェルの声色は、ますますか細くなっていく。
当事者であるハリコとマナコは、事の重大さが分かっていないのか、相変わらずポカンとし続けていたが。
「傷みが無いことを確認した食品だけ、一部の住民に配給したのだが……よりにもよって、その住民たちだけが謎の難病に罹るとはねぇ。まさかとは思うが、何者かによる作為も疑われるんだ。この件については、管理局に対し厳重な調査を申請しなければね。」
「……。」
今度こそ、シェルは何も言い返せなかった。
配給前の食糧に薬品を仕込まれたことに気づいたうえで、彼はあえて一部を配給したのだ。おそらく家族を持たぬ者や、生産効率の低い者に対して。
今まで、食糧消費を抑えるための住民減少ノルマを無視し続けてきたコミュニティの代表が、そのような措置を取るとは思いもよらなかった。これでは、細工された食品が難病発生の元凶であることは明白である。
万が一、食糧庫へリズァーラーが侵入したことが明るみに出れば、間違いなくハリコやマナコに責任が押し付けられてしまうだろう。顔色はもとより蒼白のままであったが、返答の出来ぬままに固まっているシェルに背を向けて、責任者は食糧生産施設内へと帰っていこうとした。
「ま、詳細は調査が済んでから、かね。それじゃあ私は忙しいから、これで……」
「病気にかかって搬送されたのは、何名ですか?」
彼を呼び止めたのは、ベスタの声である。
現場の状況をことごとく警備兵たちに任せるしかなかった身としては、照合できる正確なデータがあるわけではない。
それでも、状況を少しでも確認することは、苦しくとも処刑担当として食い下がる手段の一つではあった。責任者の男は悠々と振り返り、小脇に抱えていたファイルを開く。
「あぁ、もちろん正確に記録しているとも。ちょうど10名だ、例の保管状態が乱れていた食糧が配給された数と、同じ人数だね。」
「……なるほど。」
もちろん示された数を訂正する根拠などあるはずもなく、ベスタは引き下がる。
プラント責任者の男が施設内部に入るよりも先に、施設の出入り口が開く。
そこに立っていたのは、警備兵たち……相変わらず全員が同じ格好をしているため見た目の区別は付けられなかったが、中央に立って一枚の書類を示しているのが、おそらく警備隊長であろう。
入り口を塞ぐように立っている彼らを前にして、プラント責任者の男は話しかける。
「おや、お疲れ様。いや、たった今管理局からのリズァーラーが到着してね。あらぬ誤解で危うく処刑されるところだったよ。」
「プラント責任者様、管理局からの通達です。食糧の配給数と、登録住民数に大幅な齟齬が確認されるとのこと。」
警備隊長は、くぐもった声をマスク越しに響かせ、無機質な声で返答した。
食糧生産プラント責任者は、その返答を得てもなお、悠然と片手を腰に当て、もう片方の手で頭髪を掻きながら、やれやれとばかりに喋りはじめた。
「おいおい、減った住民数に対して過剰となる分の食糧は、確かに廃棄したと君たちにも伝えたじゃないか。それとも何かね、私からの報告を敢えて遅らせてでもいるのかね?」
「医療施設へ送られた10名分の食料を廃棄処分とした件については、確かに管理局へと報告しました。」
そこから先の言葉を、やはり感情のこもっていない声のまま、警備隊長はまったく変わらぬ調子で続けたため、プラント責任者の男は内容の重大さを理解するのに数秒を要したのであった。
「しかし、今回の食糧配給数に対し、登録住民数は269名足りません。先ほどの10名を差し引けば、259人分の食糧は不正に確保されたものとして扱われます。」
「……は……?」
想定をはるかに超えた量の住民が消されたという事実を前に、プラント責任者は暫し呆然とする他なかった。




