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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
命溢れれば浪費も増えて
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一人を死なすため多数をも死なす

 ベスタとシェルが身をひそめて待つ排水管へと、ハリコとマナコは巡回の警備兵たちに紛れて戻ってきた。


 無論、他の警備兵たちと全く同じ格好、全身にアーマーを纏い、フルフェイスのマスクを装着している彼らに、遠目から見分けはつかない。


 とはいえ、近づいてくれば、比較的小柄な体躯、および多少ぎこちない脚運びには気づけたのだろう。排水管の暗がりの中で、立ち上がるベスタとシェルの姿が見えた。


「装備品を元の隊員へ返せ。」


 警備隊長の指示に従い、マスクを外すハリコとマナコ。心配して送り出した両名が無事に帰ってきたことに、待っていたベスタとシェルは心底ホッとした表情を見せた。


 同じ排水管の中に身をひそめていた、下着姿のままの警備兵たちに装備品を返していくハリコとマナコ。


 暗闇の中で過ごし続ける者たち特有の蒼白な肌、そしてその体が死した時の状況のままに欠損の残る頭部。下着姿の警備兵たちは、ますますリズァーラーらしく人間らしからぬ特徴を晒していた。


「いやぁ、重たかったですよぉ、この装備。警備兵さんたちは、ずっとこんな格好して歩き回ってるんですねぇ。」


「我々の役割だからな。」


 大きくえぐれている顔面には表情は無かったが、人間の警備兵と違い、リズァーラーの警備兵はマナコの無駄口にも返答を行う。言葉少なとはいえ、彼からはどことなくリズァーラー同士の気安さを感じ取れた。


「ウーウ。」


「お前、喋れないままでよく仲間と連携して任務行動できるもんだな。」


 ハリコから装備品を返されている方の警備兵は、唸り声だけしか上げられないハリコを前にそう言った。たしかに情報の共有、命令や質問への応答が不可能である点は、隊を組んで連携行動を取る一員としては欠陥であることに違いは無い。


 そんな警備兵の言葉を受け、マナコはすぐに胸を張って答えた。


「問題ありませんよぉ、リコくんの言いたいことは、だいたい私が分かりますからねぇ。」


「ウゥ。」


「そうか。」


 マナコの発言に相槌を打つハリコの前で、既に返却された装備品を手早く身に着けていた警備兵は一言だけを返す。本来の警備兵らしい姿に戻ると同時に、彼らには無機質さが戻ってくるようであった。


 その要因の一つが、装備品内部に仕込まれた、装着者の抵抗や反逆を防止するための無力化機構であったろう。人間である警備隊長の判断次第で、装備品を身に着けたリズァーラーは内部に高圧電流を流されていつでも体を焼かれる状態にあるのだ。


 警備兵の頑丈なアーマーは、優秀な防具であると同時に、装着した者を職務へ縛り付ける拘束具でもあった。


 部下たちが本来通りに装備品を身に着けたことを確認し、警備隊長は隊全体に指示を出した。


「移動開始。従来の巡回任務を再開する。」


 隊長からの指示を受けて即座に、警備兵たちはこの場から去っていく。一定の場所に不自然な集まり方をし続けていては、今回の処刑標的に異変を察知されかねない。


 処刑担当チームのリズァーラーたちを見張っていた警備兵も離れて行ったが、程近くの巡回ルートを歩く靴音は変わらず聞こえる範囲にあった。


 彼らがこの場から去るまで不用意な事を喋らぬようベスタとシェルは口を噤み続けていたが、自分たちが居ない間にいかなるやり取りがあったのかと、好奇心に駆られたマナコが先んじて口を開いた。


「それで、警備兵さんたちとの打ち合わせって、どんな感じにまとまったんですかぁ?私たちは、いつ処刑を実行しに行くんですかぁ?」


「……あぁ、それは、警備隊の方から合図があってから……」


「シェル、処刑実行のプランなら後で伝える。それよりもハリコ、マナコ、あなたたちの役割は無事に果たせたの?何も問題は起きなかった?」


 マナコに促されるまま答えかけたシェルの言葉を遮り、ベスタが問い返す。


 重要な役目を任されたハリコとマナコが何かヘマをしでかしていないか、気が気でない状態で待ち続けていた面々としては、一刻も早い報告を待ち望むのも当然のことであった。


「はいぃ、こちらは問題なしですよぉ。言われた通り、食糧庫内に気づかれず潜入しまして、住民に配給される前の食品に例の薬品を垂らしてきましたぁ。」


「ウン、ウン。」


 頷くハリコの隣で、マナコは事も無げに返答する。自分たちが扱った薬品が、口にした人間を二度と目覚めぬ眠りにつかせるものだと知ってはいたはずだが、マナコの口ぶりはさしたる大仰な事も為していないかのように軽かった。


 食糧生産プラントの方で何らの騒ぎが起きた様子もなく、共に帰ってきた警備兵たちも予定通りに動いていたことからも、役目自体は無事に果たされたのだろう。


 が、ベスタの中には、まだどこか不穏な胸騒ぎが残っていた。


「現場に、不審に思われる物を置いてきてはいないでしょうね。薬品の入った小瓶は?」


「忘れるワケないじゃありませんかぁ、ちゃーんと持って帰ってきてますよぉ。」


 万が一にも、薬瓶を現地に残してしまっては、それは工作活動の行われたことをこの上なく分かりやすく示す証拠となってしまう。


 いくら軽率で迂闊なマナコやハリコとはいえ、そんなミスを犯すことはない。マナコがポケットから取り出した薬瓶を目にして、ベスタとシェルはひとまず胸を撫でおろした。


 ……が、受け取った薬瓶の軽さを指先に感じ、その中身が空になっていることに気づいたベスタは、僅かの空白の後に重大なことに気づいた。


「ちょっと……待って、あなたたち、薬瓶の内容物、全部を食糧庫内の食品に垂らしたの?」


「はいぃ、中途半端に残したらいけないと思いましてぇ。」


「一滴ごとに?」


「ですよぉ、それで十分って聞いてましたので。」


 マナコからの返答を受けているベスタの背後で、シェルもまたその事実の重大さに気づき、頭を抱えていた。


 本来、今回の任務においては食糧生産プラントの責任者が不正を行っているとの認識さえ生まれれば良かったのである。責任者に気づかれることなく住民が数名減っていれば、本来は不必要な分まで食糧を不正に確保していたという罪状が成立する。


 二度と目覚めることの無い眠りに落ちた住民が運び出された後、食糧配給分と実際の住民数の齟齬を突きつけ、有罪の確定した責任者に対し処刑を実行することが今回の計画であった。


「薬瓶の中身、何人分の食糧に垂らしたの?」


「さぁ、いちいち数えてませんでしたけどぉ……配給の準備が済んでる食品、全部にかけてもまだ余ってましたから、他の食糧コンテナも開けましてですねぇ……」


「マジかよ……。」


 ベスタもシェルも、薬瓶の正確な内容量を把握しているわけではない。


 が、全てを使い切った、配給分の食糧全てに薬品を垂らしたということは、少なくとも本日食糧配給を受ける住民たちは全滅するということである。想定をはるかに超える規模の被害が、この区画の住民に出ることは確定している。


 ベスタもシェルも、途方に暮れた表情で互いの顔を見合わせた。


「今から止めに行ったり、出来ねぇかな……?」


「無理に決まってるでしょう、この処刑任務すべてを台無しにしたら、私たちが破滅するだけ。本来の計画通りに進んでいることにして、私たちは役目を果たすしかない。」


 もとはといえば、この区画の住民たちが、食糧消費を削減するノルマを無視して暮らし続けていたことが、今回の処刑任務が発令された原因である。


 今回マナコとハリコが用いた、服用すれば二度と目覚めぬ眠りに落ちる薬品も、本来はこの区画の責任者が一定数の住民に与え、人口を減らす処置に用いているべきものだった。今まで無視してきたノルマのツケを払わされるだけだ、と考えることは出来なくもない。


 選択的に住民を減らすことの倫理的な是非を無視すれば、の話だが。


「まさかとは思うが、毎日毎日、この居住区の全住民に食糧配給してるわけじゃねぇよな?区域ごとに、分けて配給するもんだよな?」


「そうなっていることを願いましょう。」


 最悪の予想が的中すれば、この食糧生産プラントの住民は一瞬にして全滅することになる。


 が、これから管理局の命に従って処刑任務を執行しなければならないリズァーラーたちは、この隠れ場所から走り出て警告を叫んで回るわけにもいかず、ただ不穏な予感を胸に抱えて警備隊からの合図を待つほかに無かった。


 マナコとハリコだけは、相変わらず状況を理解できていないポカンとした表情のままであったが。

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