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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
命溢れれば浪費も増えて
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念には念を入れ、なおも裏をかかれ

 薬品の小瓶を手にしたまま、食糧庫の中でハリコとマナコは動きを止めていた。


 途方に暮れていたわけではない。指定された薬物を、この居住区の住民に配給される食糧へと添加する作業は終え、当初の目的は大方達成している。


 彼らは次なる動作を迷っていた。個装され、住民へ配る準備が済まされた食糧へは薬品を垂らし終えたが、小瓶の中にはまだ薬品が残っているのだ。


「どうしましょうねぇ、これを渡されたってことは、全部使いきってこいってことでしょうし。」


「ウゥー……。」


「一滴で効果を発揮すると知らされてましたが、念入りにもう一滴ずつ追加しておきますかぁ?」


 マナコからの問いかけに、しばらく低く唸りながら考え込んでいた様子のハリコであったが、しばらく後に彼は食糧庫内に何列も並ぶ棚の方を指さした。


 そちらには、個装されることなくコンテナに詰め込まれたままの食糧がある。


「ウゥ、ウ。」


「あっちの食糧にも、この薬品を垂らしておこう、ってことですかぁ?」


「ウン。」


「犠牲者は増えますけどぉ……ま、確かに、何かの手違いで、ここに並べられてる食品が廃棄でもされたら、こちらの狙いは外れちゃいますからねぇ。」


 これから処刑任務へ移るにあたり、住民の数が本来よりも少ないという事実を作っておかなければ、食糧供給において不正が行われているとの認定はない。今回の標的たる、食糧生産プラントの責任者の有罪は確定しないのだ。


 念には念を入れるに越したことは無かった。今垂らしてまわっている薬品を口にして、二度と目覚めぬ眠りにつく市民が必要以上に増えたとしても。


「んじゃ、早い所済ませちゃいましょぉ。あと数十滴ほど垂らせば、この薬瓶も空になりますのでぇ。」


「ウゥ。」


 ハリコとマナコは棚の並ぶ列の中へ入っていき、適当な棚を選んでコンテナを引っぱり出し、蓋を開ける。内部に詰まっていた食糧は、地下都市では一般的に栽培されている担子菌の子実体、すなわちキノコの類である。


 収穫されてから時間もさして経っていないのだろうそれらは、みずみずしく水分を含み、肉厚のカサも張りがあり、人間の感性に照らし合わせるならば食べ応えのある良質な食品であった。


 本質が菌類であるリズァーラーの価値観では、それらに食品としての価値は見いだせず、マナコは躊躇なく小瓶から薬品を振りかけていたが。


「薬を何滴か垂らしたので、食品全部に行きわたるようにコンテナ全体を揺すっておいてください。私は別の食糧にも薬品をかけておきますのでぇ。」


「ウン。」


 ハリコに声を掛けつつ、マナコは隣の食糧コンテナを引っぱり出す。


 が、ほぼ同時にドアが開く音が響き、ハリコとマナコは思わず身体をかがめて動きを止めた。


 その開いたドアが、彼らの入ってきた方の入り口……すなわち、ここまでハリコとマナコを案内してくれた警備隊長が見張っている方であれば、ここまで警戒する必要は無かっただろう。


 だが、ドアの開く音がしたのはその反対側であった。何者が食糧庫へと入ってきたのか判断できぬ状況で、隠れるように身体をかがめたのは正解であった。


「……。」


 食品の劣化を抑えるため照明の薄暗い食糧庫の中、響く靴音の方へ棚の隙間越しに覗き込めば、そこに居たのは食糧生産プラントの責任者だった。今回の処刑任務にて、標的となっている男である。


 管理局からの視察が来ている今、彼は責任者としてその応対に追われているはずだったが、暇を見つけて抜け出してきたのだろうか。あえて警備兵が見張っていない方のドアから入ってきたのは、自らの動向を警備兵たちにすら隠すためだろうか。


 リズァーラーたちほどに暗がりで目の利かない彼は、手にした携行用照明の光を頼りに進み、食品が並べられているテーブルへと一直線に向かっている。コンテナの詰め込まれた棚の影に隠れ、彼の方を覗き込んでいるハリコとマナコの存在にはまだ気づいていない。


 仮に気づかれれば、警備兵が決して触れることの無いはずの食糧コンテナを開けている様を発見され、面倒な事になる。


 個装された食品の並んでいるテーブルにたどり着いた彼は、愚痴りながらそれらの点検を始めた。


「……まったく、配給前の食品は綺麗に並べておけと命じただろうに、こんな雑な置き方をした従業員は誰だ……。」


 当然ながら、それは先ほどまでハリコとマナコによって薬品を垂らしては馴染ませる作業が行われていたためである。


 今のところ置かれ方の雑さに明確な違和感は抱かれていなかったが、彼の行おうとしている点検次第では細工がバレる可能性がある。未知の薬品が添加されていることに気づかれれば、これらの食糧を廃棄し、そんな細工を行う側の意図が推察されることは避けがたいだろう。


 警備兵たちを信用しきることなく、自分の目で食糧を直接管理するだけの慎重さを、食糧生産プラントの責任者は備えていたのだ。


「うむ、数に過不足は無いな。いちおう衛生状態の確認もしておこう。」


 彼がポケットの内側から、検査用の試薬が入っていると思しき試験管を取り出した時、ドアの開く音がその動作を中断する。


 たった今開かれたのは警備隊長が見張っていた方の入り口であり、果たして開いたドアの向こう側には警備隊長、ついでに幾名かの警備兵たちが立っていた。警備隊長がマスク越しに籠った声で、部下からの報告内容の伝達を行う。


「責任者様、緊急の事態です。只今プラント視察中の管理局職員様の、ご子息が見学ルート上で迷子になったとのことです。」


「なんだって?あれほど丁重にご案内したというのに、まったくこれだからガキは……いや、ご子息を早く見つけて連れ戻して差し上げなければ、ね。」


「一刻も早い事態解決を推奨いたします、職員様は大変ご立腹であるとも報告に上がっております。」


「分かった、分かってる。ウチの従業員には無駄な言い訳をせず頭を下げておくように伝えろ、私がすぐに向かうから。」


 図ったようなタイミングで、視察中の管理局職員が連れてきた子供が迷子になったとの報告。


 当然ながらこれが偶然であるはずもない。管理局による状況のコントロールは、あらゆる局面を想定して為されていた。


 食糧生産プラントの責任者は、警備兵たちに促されるままに食糧庫から出ていった。彼としては、今回住民たちに配給する食品の数に、不正と認定されかねない過不足が無いことだけは確認できれば良かったのだろう。


 廊下から差し込む照明の光に照らされることの無いよう、ハリコとマナコは棚に身を寄せて床に這いつくばっていた。やがてドアが閉まる音が聞こえ、食糧庫内に残った警備隊長の足音だけが周囲を歩き回る。


 プラント責任者が万一にも他の見張りを残していないか、確認しているのだ。彼から声を掛けられるまで、ハリコとマナコは文字通りに食糧庫へ紛れ込んだ小動物のごとくじっと身じろぎせず隠れていた。


「起きろ。コンテナを元に戻し、ここを出ろ。」


「は、はいぃ、これにだけ薬品を振りかけてから、片付けますねぇ。」


「ウゥー。」


 先ほど引っぱり出したコンテナの中身へと、薬品を乱雑に振り撒いてからマナコは蓋を閉じる。薬品の効能を鑑みるに、それは過剰すぎる量であったろうが、ともかくも小瓶の内容物を全て消費しきる目的は達成された。


 ハリコと共に、食糧コンテナを元の棚へと押し込みつつ、マナコはつい疑問に浮かんだ内容を口にした。


「警備兵さんたちは、大丈夫なんですかぁ?人間さんは、ここの食糧を食べることになると思われるんですけどぉ。」


 ハリコとマナコが今身に着けている装備を貸してくれた警備兵はリズァーラーであったが、彼らを指揮する立場の警備隊長は間違いなく人間である。もしも、この食糧生産プラントから供給される食事を口にしたならば、彼にも被害が及ぶ可能性がある。


 マナコなりに相手を気遣っての質問であったが、返事には期待できなかった。基本的に、必要に駆られている状況ないしは興味を抱いている人物でもない限り、リズァーラーへとまともに返答を与える人間は居ない。


 が、警備隊長はほんの一言だけ、最低限の答えを呟いた。


「誰が食うか、こんなもの。」


 食糧コンテナに詰まっていたのは、キノコ類やヒョロヒョロと伸びた生白い植物の根ばかりである。


 重量のある装甲に身を纏い、時には暴徒や犯罪者を取り押さえる任務に就く警備兵たちが、そんな食事だけで肉体を維持できるとは考え難い。そういう意味では、納得のいく返答ではあった。


 この地下都市の大多数の市民が口にする食糧を、“こんなもの”と貶すのは、表立って明かせる態度ではなかったものの。


 とはいえ、今、彼のそんな発言を聞いた2名は人間ではなく、リズァーラーである。マナコもハリコも合点がいったように頷く動作をし、首元の装甲に顎をぶつけていた。


「ウガッ。」


「あだっ。……しかし、ですよねぇ、やっぱ血肉の栄養価が欲しいですよねぇ。」


「黙れ。移動を開始する。」


 今度こそ無駄口を有無を言わせず遮断した警備隊長は、不自然な痕跡が食糧庫内に残されていないことを確認し、廊下へと出て歩き始める。


 重々しい足音を響かせる彼の後についていきながら、ハリコは先ほどの合点に多少の疑念が混ざるのを感じていた。自分たちリズァーラーは人間の死骸から養分を得ているが、人間の警備兵たちもまた人体から得られる血肉を食しているのだろうか?


 その疑問が答えを得る機会には期待できず、食糧生産プラントから出ていく際に通るエアシャワーの騒音に再び包まれ、やがてその点についての興味は薄れていった。

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