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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
命溢れれば浪費も増えて
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装備の下に隠されしは異形

 ベスタはシェルと頷き合った後、暗がりの隠れ場所からこちらへ出てくるよう、軽く顔を横に振って促す。


 シェルは未だに警戒の色を解かぬままではあったが、ハリコとマナコを連れて前へ出てきた。ベスタと相対している警備兵たちの持つ照明器具が、排水管の奥から姿を現した彼らを捉える。


 シェルの背後で、まだ事情が呑み込めていない表情を浮かべている2名に対し、ベスタは声を掛けた。


「ハリコ、マナコ。前に出て。」


「ウゥ?」


「私ですかぁ?分かりましたぁ。」


 緊張感の無い唸り声および返事と共に歩み出てきたハリコとマナコを指して、ベスタは警備兵たちに決断の内容を告げる。


「この2人を、食糧庫への潜入に向かわせます。命令には従順です。」


「ふむ……。」


 近寄ってきた警備兵は、照明でハリコとマナコの顔を照らし、舐めまわすように観察しながら軽く身体検査を行う。


 さしものハリコとマナコも、ゴテゴテした装備に身を包んだ警備兵に間近まで接近されれば威圧感を覚えるらしく、大人しくされるがままになっていた。


 ハリコのフードの下に隠されていた、発達した牙の生えた大顎を警備兵は確認したが、普段からリズァーラーを見慣れているのか別段驚く様子も無い。


 今になって思い至った懸念を、ベスタは口にする。


「ハリコは、言葉を発することが出来ません。」


「問題にはならない、もとより喋る必要は無い。ただ、コイツは少し小柄だな。」


 自分が心配したのとは別の要素、思いもよらない点を気に掛けている警備兵の真意を察しあぐねて、ベスタは問い返した。


「体格に、何か問題でも……?」


「まぁ、構わないか。多少の差だ、気にはならないだろう。」


 ベスタの疑問に対する直接的な答えは、その後の警備兵たちの行動によって示された。


 ハリコとマナコの身体検査を行っていた警備兵が、おもむろに自分のヘルメットを脱ぎだしたのだ。顔を覆っていたマスクも外され、彼の顔が露わになる。


 その顔面は大きく歪んでいた。側頭部が凹み、右目があるべき場所までえぐられている。人間であれば通常の活動が困難なほどの頭部欠損を晒しながらも、先ほどまでと同様に平然と喋り続ける彼は間違いなくリズァーラーであった。


「食糧庫への潜入を行う者たちには、この装備を着込んでもらう。」


「そうすれば確実に、潜入が露呈することはないんですね?」


「警備兵は全員が同じ装備品を身につけている、装備を脱がない限り何らの違和もなく施設内を行動できる。我々から無理やり装備品を奪う事が出来る存在も、この地下都市には居ない。」


 地下都市の重要区画を巡回する警備兵たちは、一様に市民生活管理局から派遣されている。


 それはこの食糧生産プラントにおいても同様で、ここで最も地位の高い責任者であろうとも、管理局の管轄下にある警備兵たちの装備をいちいち脱がせて個々を識別する権限は無い。


 どれほど重要な施設であったとしても、そのセクターが独自の私兵部隊を有することなど無いよう、管理局によって徹底された警備体制であった。


「分かりました……ハリコ、マナコ。警備兵さんたちから装備品を受け取って、身に着けなさい。」


「はぁい、これを着ればいいんですねぇ。わわ、重いですねぇ。」


「ウ、ウゥ。」


「取り落とすなよ、不自然な傷が入っていると怪しまれかねない。」


 頭部のえぐれた警備兵の隣では、もう一名の警備兵がヘルメットを脱いでいる。こちらは顔の左半分に無数の腫瘍が発生し、時間が経って固形化したような痕が広範囲に浮かび上がっていた。


 とはいえ、ヘルメットの下から素顔を露わにした警備兵たちの、一度死んだ身体であることを証明するリズァーラーらしさは、それだけであった。


 ハリコやベスタの有するような人間ならざる形状に発達した牙や、シェルやマナコの有する異常な視覚を発現しているわけではなかった。現に、自分たちの装備品を脱ぎ、ハリコとマナコへ手渡す間も携行照明器具の光は絶やしていない。


 やがて全ての装備品を取り外し、肌にピッタリと張り付いた薄い下着姿だけとなった警備兵たちの身体は、確かに人間よりは細身であったものの、リズァーラーの中では十分に恵まれた体格を有していた。


「歩けるだろうな。装備品の総重量は、かなりのものになるが。」


「は、はいぃ、なんとかぁ。」


 警備兵たちから受け取った装備品を全身に装着し、完全防備となったマナコは多少ふらつきつつも、どうにか足踏みをしてみせた。片目しか開いていない彼女が、マスク越しに視界を得る状況に慣れるには多少時間がかかるだろう。


 一方、ハリコもまた軽く足踏みをしようとして、太ももが胴体の防具にぶつかることに気づいた。


「もうちょっと胴体のアーマーを引き上げて装着しろ、お前はチビなんだから。」


「ウ゛ー……。」


 下着姿の警備兵に手伝われて、フルフェイスのマスクのなかで籠った唸り声をあげながらハリコは防具を装着しなおしている。


 処刑任務のために現地の警備兵がこれほど協力的になってくれることに、この光景を傍から見ているシェルやベスタは半ば感動しかけていたが、それは彼らもまた自分たちと同じリズァーラー、管理局からの指示に従うことで活かされている存在であるためであろうと考え直した。


 さらに離れた排水管の外、暇そうに待っている警備兵たちの方は、おそらく中身が人間なのだろう。先ほどまでの対話を通しても、一切リズァーラーに向かって言葉を発することはなかった。


「ひとつ、警告がある。」


 ようやくハリコも全身アーマーに身を包み、マトモに動けるようになったのを確認し、下着姿の警備兵は口を開いた。


「リズァーラー用の装備品には、内部に高圧電流を発生させる機構が存在する。」


 彼は排水管の外で待っている、他の警備兵たちへと目を向ける。


 その中の一人が、おもむろにポケットからスイッチのついた装置を取り出し、掲げて見せた。


「あの方が、我々の所属する班の隊長だ。隊長の指示に従わない場合、高圧電流によって全身を焼かれるものと思え。」


 リズァーラーに警備を行わせるだけの装備を与える上での、一種の安全策なのだろう。


 人間を容易に制圧できる武装と防具を身に着けたリズァーラーが、人間に対して反逆を起こすリスクは、既に想定されているのだ。養分と水分を得ていれば生きていられるリズァーラーだが、焼かれてしまえば活動は停止する。


 このリズァーラーの警備兵たちは常にそんな危険な首輪をつけられた状態で任務に当たっているのだ、と考えたベスタは、その装備を今全身に装着しているハリコとマナコへ心配そうな目を向けた。


 当の本人たちは、全身が装甲に覆われている新鮮な体験に、興奮を隠しきれない様子であったが。


「はぁい、命令にきちんと従いますよぉ。いやぁ、これを着てるとすごい強くなった気がしますねぇ。普段の処刑任務から使えたらいいんですけどねぇ。」


「ウゥゥ。」


「ねぇ、ハリコ、マナコ……」


 ベスタはそう両名に呼びかけ、自分が今から言おうとしていることが先ほどまで警告されたのと同内容であることに気づき、しかし改めて告げずにはいられなかった。


「ここから出たら、喋っちゃダメ。指示された通りのこと以外は、絶対にしないで。分かってる?」


「分かってますってぇ。」


「ウン、ウン。」


 ベスタの表情からは不安が拭われることなど無かったが、これ以上引き留めている時間は無かった。装備品を全てへリコとマナコに着せ終え、今は下着姿の警備兵たちがベスタを急かす。


「潜入を行う仲間に、例の薬瓶を渡せ。」


「じゃあ……マナコ。食糧庫に入るまで、絶対に出さないで。無事に潜入出来たら、これを一滴ずつ、市民に配給される食糧に垂らしていって。」


「はぁい、了解ですぅ。」


 ゴテゴテした重装備には似つかわしくない、緊張感の無い声がマスク越しに返ってくる。先ほどから話しかけているのはベスタばかりで、シェルはずっと黙り込んでいたが、彼もまた同様の不安を抱えているのだろう。


 ヘマをすれば、全てが台無しになる。標的の罪状が確定しないままに処刑を強行するか、あるいは処刑することすら出来ずに撤収するか……最悪の場合、撤収も叶わず現地にて捕縛されるだろう。


 管理局は罪状の確定していない相手に処刑担当リズァーラーを送り込んだ事実を、きっと認めない。


「それじゃあ、行ってきますねぇ。」


「ウーゥ。」


 のんきな声だけを残して、ハリコとマナコは慣れない重装備に体を揺らしつつ、排水管の外で待つ警備兵たちの群れに合流しに向かう。


 彼らを見送りつつも、ベスタとシェルの表情はこわばったままであった。

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