虚ろなる捕物帖の第一幕
食糧生産プラントへの接近は、排水管を移動経路とするリズァーラーにとっては困難なものであった。
ゴミゴミした下層街のように、そこかしこから排水管が接続されているわけではない。食糧生産プラントの衛生状態は、富裕層が住まう上層街と同様の厳密さで管理されており、生産に直接関わる施設においては排水管に繋がるパイプが封水によって常時密閉されている。
そのため、リズァーラーたちが排水管から直接たどり着けるのは、食糧生産プラントが存在する街区の郊外であった。
地下都市の郊外は例に漏れず、保管という体で放置された資材と荒削りの岩盤の壁ばかりが目につき、まばらに設置された照明が周囲の暗さをますます強調するように頼りない光を直下に落としている。
「こっから歩いて向かうんですかぁ?」
のんきなことを言って排水管内の暗がりから歩み出ようとしたマナコを、慌ててシェルが引き留める。
「バカ、俺たちの話を聞いてなかったのか。リズァーラーがここに来たと勘付かれた時点でおしまいなんだよ。」
地下都市におけるリズァーラーが姿を見せるのは、すなわち処刑が行われる兆しである。
この生産プラントの責任者は、住民数を減らすノルマを無視していることについて、市民生活管理局から煙たがられているだろうと推測できないほどの無能ではあるまい。
前回までの任務では住民会の会長や、あるいは処刑対象となった人物自身が協力的な態度を見せていたこともあったが、本来は処刑対象の逃亡や事前工作を防ぐ前提でリズァーラーたちは動かねばならない。
シェルに引き留められたマナコであったが、そのまま腕を握られていなければ変わらず排水管の外へ歩み出てしまいそうな素振りを続けたまま、彼女は言い返す。
「しかしですねぇ、処刑しようにも、あるいは先ほどまで話し合ってた細工を済ませるにも、実際に目標地点へ到着しないことには始まらないじゃないですかぁ。」
「その手立てを今から考えるんだよ。現地に着いてみなきゃ、姿を隠しながら標的へ接近するルートも見積もれないだろ。」
「この辺は、さして警戒する必要なさそうなんですけどぉ。」
たしかにマナコの言う通り、朽ちかけた資材が放置されている以外に、住民の気配はない。
生きていく以上は水や食料のみならず、新鮮な空気も必要な人間が、住居以外の路上で過ごすことはまずあり得ない。以前の任務で、空気供給管を勝手に取り外して呼気を得ていた者も居たが。
しかしこの区画においては、人気の無いエリアであろうと警戒を解くことは出来ない。言わずもがな、食糧生産プラントの存在する区画は警備も厳重である。
「こういう、住民が普段近寄らないような場所にだって、警備兵の巡回が来るかもしれないし……。」
シェルはマナコに向かってそう諭しつつ周囲を見回していたが、突然何かに気づいたようにマナコの腕を掴んだまま排水管の奥へと退く。
余計な声を上げないよう彼に口を塞がれたマナコも、シェルが気づいたものを目にしていたため、抵抗することなく共に暗がりの中へと身をひそめた。
ほどなくして携行用照明の光が揺れながら現れ、同時に岩盤の地面を踏みしめる重々しい足音が接近してくる。全身に装甲を纏い、空気タンクや武装を身につけた重装備の警備兵が、シェルの推察した通り巡回しているのだ。
今まで黙っていたハリコとベスタも、目だけは見開いたまま、不用意に身動きの音をたてぬよう身体をこわばらせた。
「……。」
息を潜め、排水管を満たす闇の中、じっと身をかがめているリズァーラーたちの耳には、足音も複数聞こえてきた。当然の事ながら、警備兵たちは単独行動することなど無いのだろう。
単体でも、リズァーラー相手は勿論、人間市民の抵抗を抑制できる彼らが、連携して複数名で行動しているとなれば、その威圧感、犯罪抑止力は十分すぎるものとなる。彼らの装備品を維持するコストは決して安くはないはずだが、地下都市における食糧生産プラントの重要性を鑑みれば、この厳重さも道理ではあった。
こちらの姿が見つかれば、抵抗する術などない。そんな相手の足音が通り過ぎるまで息を殺していようと考えていた一同であったが、突如立ち上がったのはベスタであった。
常より慎重さを仲間たちに求めている彼女の、唐突な行動にシェルも反応しきれなかった。引き留める腕は届かず、仕方なしに声を上げてベスタを制止する。
「おい……おい!何やってんだよ、見つかるぞ。」
「あなたにつられて、つい隠れてしまったけれど、思えば警備兵から隠れる必要なんてないの。」
「何を言って……。」
「任務通達時に管理官が言っていたことを忘れたの?現地の警備兵は、管理局の意向に従い、処刑任務に協力するって話。」
シェルは、隣で何かをモゴモゴと言いたそうな様子のマナコの口をふさいだままの恰好で、しばらく固まっている。
ベスタに言われてようやく、現地の警備兵が自分たちリズァーラーに協力するという話を任務説明の際に受けていたことを、彼は今さらに思い出していた。とはいえ、警戒の表情はシェルの口元から解かれなかった。
「けれど、本当にすべての警備兵に、処刑任務の話が通っているとも限らないし……。」
「管理局が、そんな中途半端な通達をすると思う?処刑のためリズァーラーが到着すると警備兵たちが知っていれば、私たちがこの排水管から現れることも予測されているはず。」
「こっちに近づいてきてる連中が俺たちのことを歓迎してくれるはず……ってか?」
「他に手段は無いでしょう。警備兵の協力を得ることなく、食糧生産プラント内に入ることは不可能なんだから。心配なら、私だけが彼らの前に姿を見せる。」
このまま小声で押し問答を続けていては、警備兵たちとコンタクトを取る機会を逸してしまうと判断したのか、ベスタは単独でスタスタと排水管の出口へと向かう。
ちょうど、排水管内部を覗き込むように携行用照明の光が差し込んだのと同じタイミングであった。
マスク越しにくぐもった警備兵の声が、排水管の中で反響する。
「誰だ。」
「管理局です。」
警備兵以外の存在に盗み聞かれるリスクを鑑み、ベスタは自分がリズァーラーである、という自己紹介を明確に口に出すことはしなかった。
リズァーラーが来た、と万が一にも噂が広まってしまえば、標的は間違いなく自分自身の処刑を予測し警戒、ないし逃亡してしまう。逆にリズァーラーではない人間の管理局職員ならば、処刑任務ではなく設備維持管理に携わる可能性もある。
直接彼女の姿を見ている警備兵に対しては、わざわざ自己紹介せずとも、ベスタのギザギザに裂けた口元、その内側から覗く無数の鋭利な牙を見れば、リズァーラーであることなど一目瞭然であった。
一応、自分の作業服の上着をめくり、内側に縫い付けてある市民生活管理局の身分証をベスタは覗かせたが、この任務に携わるリズァーラーとして求められる証は別にあった。
「ノルマ用の薬を持っているか?」
「こちらに。」
人口を削減し、生活リソースの消費を節約するノルマのため、選ばれた市民を二度と目覚めぬ眠りに就かせる薬品。
任務通達時に管理官から渡されたその薬品の小瓶が、そのままに食糧生産プラントでの処刑任務を引き受けた証となっているのだ。
ベスタからそれを受け取った警備兵は瓶の栓を開け、測定器の細い先端を瓶の口から差し込んで内容物を分析し、確認が済んだところでベスタへと返した。
「お前だけか?仲間は。」
「私を含めて、全員で4名のチームです。」
「その中から2名選び出せ。食糧保管庫への立ち入りをサポートできる人数の限度だ。」
食糧保管庫への立ち入りは、すなわち先ほどの薬品を住民に配給する食糧へと混ぜ込むためであろう。
今回の処刑任務を起こす前提として、まず食糧を必要とする住民を減らすこと。そのうえで、不必要な量の食糧を確保していた件を、この居住区の責任者の罪状として確定すること。
ベスタがシェルとの話し合いを通じて至った推測の通りであった。いかにして食糧庫へ侵入するかについては、全く想定できなかったものの。ベスタは引き続き、警備兵に問う。
「選び出す者の基準は?」
「言うまでもないが、命令に従順な者を。他の2名は我々と共にこの場に残り、打ち合わせを行う。」
打ち合わせ、要するに処刑執行時の警備兵たちとの連携について、前もって立ち回り方を取り決めておくのであろう。
ベスタは振り返り、排水管の奥で固まっている仲間たちを見やる。
警備兵たちとこの場に残って、処刑執行時の詳細な打ち合わせを行う2名に……ハリコとマナコを選ぶことは出来なかった。むしろ従順に命令通りに動く両名は、警備兵の言に従えば食糧保管庫への侵入に適しているだろう。
すなわち、ベスタとシェルがここに残り、ハリコとマナコを送り出すのが最適解ということになる。
「早く決めろ、食糧保管庫へ向かわせる2名を。」
「シェル……。」
警備兵に急かされているベスタからの呼びかけに、先ほどまでのやり取りを聞いていたシェルは暫し悩んだ様子を見せたあげく、重々しく頷いた。
他に選択肢のとりようが無かったとはいえ、浅慮の塊のようなハリコとマナコにあの危険な薬品を持たせ、事前の小細工が発覚しては全てが台無しになる役目を担わせるのは大いに不安の残る決断であった。




