表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
命溢れれば浪費も増えて
42/194

処刑は常に正当であれ

 廃棄物処理エリアを後にし、再びリズァーラーにとっての移動経路である排水管へと戻ってきた一同。


 情報を得てからというもの深刻な表情を浮かべて黙り込んだままだったシェルは、ようやく口を開いた。何か考えがまとまったという様子でもなく、口調には途方に暮れたような響きがありありと浮かんでいたが。


「どうすんだよ。俺たちは工作員じゃねーんだぞ。」


 リズァーラーの任務は本来、指示された標的を処刑することのみである。手を汚すことを厭う人間の代わりに、命じられた通りに仕事してさえいれば良い。


 今回の任務も、表向きは同様であった。標的は、不正を行ったとされる食糧生産プラントの責任者。彼のもとへ赴き、現地の警備兵と協力し、処刑を執り行えという指示のみが与えられていた。


 だが、それをそのままに実行することが招く破滅的な結末も、先ほど得た情報から明らかとなっていた。標的が不正を行った事実は、無い。


「現状のままでは、標的は犯罪者ではない……けれど、管理局は彼の排除を望んでいる。」


 シェルが頭を抱えている隣、ベスタが静かな声で現状の整理を行っている。このチームの実質的な司令塔であるシェルに対して冷静さを保つよう促しつつ、ベスタ自身もまた困難な現状から目を背けぬよう努めているのだろう。


 両名の背後では、ハリコとマナコがポカンとした表情のままにこの様子を見つめていた。


 目標地点へ向かい、標的を処刑しさえすれば済むのだと考えている2人は、シェルとベスタが何について頭を抱えているのか把握できていない。しばらく続いた沈黙を破るように、マナコが口をはさむ。


「さっさと標的を処刑しに行けば済む話なんじゃないんですかぁ?管理局の思し召し通りに動くのが、私たちなんですからねぇ。」


「話を聞いてなかったのか、お前は。犯罪者ではない標的を処刑してしまったら、俺たちの独断でのミスとして扱われちまう。管理局は、俺たちを使いはしても、守ってくれはしないぞ。」


 それは処刑任務に人間ではなく、リズァーラーが使役される理由の一つであった。


 万が一、誤った対象を処刑してしまった場合、ないしは罪状の明確ではない市民を処刑してしまった場合……それは処刑執行したリズァーラーの責任とされ、即座に見せしめとしてリズァーラーが厳罰による処分を受けることとなる。


 一方で、法には触れていないものの、市民生活管理局が排除を望む対象は往々にして存在し、他に打つ手なしと判断されれば明確な罪状無しに処刑命令だけが強行されることもある。


 すなわち、リズァーラーのミスという建前を用いてでも、無実の人間を殺害すること……それがまさに今、食糧生産プラントの責任者に対して行われようとしているのだ。


「けれど、管理局からの命令を無視するわけにはいかない。」


 そう告げたベスタは、シェルの顔へと視線を向ける。


 シェルの顔面の上半分はもともと丸ごと欠損しており、普段からそれを隠すように伸ばした前髪の奥には暗がりが覗いているばかりであった。ただ彼の口元だけが、胸中に抱えるものを示して重く開かれた。


「分かってる、俺たちが無事に帰るためには、まず標的を犯罪者に仕立て上げなきゃならない。処刑執行は、その後だ。」


 人間に劣る存在とされるリズァーラーに委ねられるには、あまりに上から投げつけられた責任は重かった。


 本来は無罪だったはずの人物を処刑することになるか、そうでなければ無罪として扱われる人物を殺害することになるか。むろん後者の道を辿れば、このチームの破滅に繋がる。


 管理局としては、どちらでも構わないのだろう。排除したい標的を罪人としてうまく処理できなかったにせよ、その時は処刑を執行したリズァーラーに責任を負わせて処罰すればよいのだから。


 今後の方策をじっと考え込んでいるシェルとベスタの顔を交互に見つめていたマナコは、首を傾げるばかりだった。


「どうして管理局は、私たちにもっと具体的な指示を出さないんでしょうかねぇ。処刑する前にやるべきことがあるのなら、その通りに言ってくれればいいんですけどねぇ。」


「無実の人間に罪をかぶせろ、と指示した事実自体を残したくないんだ、きっと。だから、俺たちに例の薬瓶を渡すだけに留めて……あとは俺たちの勝手な判断として扱うつもりなんだろう。」


 シェルの言葉に応じ、ベスタが再び薬の小瓶をポケットから取り出す。


 食糧に混ぜ込むことで、口にした人間を二度と目覚めぬ眠りへ落とす薬品。地下都市の各コミュニティには、一定数以上の市民にこれを投与し、食糧等の生活リソースの消費を軽減するノルマが管理局から課されている。


 そのことを先ほど教えてくれた廃棄物処理エリアの住民会会長の言によれば、食糧生産プラントの責任者はノルマを無視し、自らの管轄する居住区の住民全員分の食糧を確保し続けているとのこと。


 意向に沿わぬ彼の排除を管理局は目論んだが、人口を積極的に減らすノルマの存在を大っぴらに出来ないが為、正当な手続きをもって彼を罪人扱い出来ない。


 そして状況を打破しうる有効な手段を見出せぬまま、処刑任務を担当するリズァーラーへ、不確かな罪状とともにこの件が押し付けられたのが現状である。


「この薬の小瓶を渡されたということは……使え、ということ?」


 ベスタは疑問を示すように語尾を持ち上げたが、当然ながら明確な答えを返せる者がこの場には居ないことは分かっている。


 暫くじっと考え込んだシェルであったが、やはり明確な打開策が見いだせないまま頭を掻きつつ口を開いた。


「分かんねぇな。処刑標的に対して使うのはアリなのか?深い眠りに落ちたまま、目覚めなくなるわけだが。」


「その場合、標的は難病患者として上層の病院へと搬送されることになる。標的の排除には成功するけれど……でも、私たちに任じられたのはあくまで処刑。」


「だよな。コッソリと薬品を食糧に混ぜ込むだけなら、俺たちリズァーラーを使う必要ないよな。」


 普段から不都合な人物を排除する術に長けている地下都市の統治者層、管理局の職員であれば、毒を盛るなり薬物を仕込むなりする際には、リズァーラーよりもずっと潜入任務に相応しい工作員を動かすだろう。


 しかし、リズァーラーの仕事、このチームの任務は処刑である。


 標的に不名誉な死を与え、不正を働けば報いを受けるのだ、と社会全体に知らしめることが行動目的である。隠密のままに標的を排除するのではなく、むしろ標的が処刑された事実を正当な罪状と共に公表する前提で動くのだ。


「管理局は、食糧生産プラントの責任者に、明確な罪状を与えることを望んでいる。」


「罪状なしに無理やり排除しちまうのは避けようってわけだ、その責任者に義理だの愛着だのを持ってる人間も居るかもしれないからな。」


 それは処刑任務のたびに警戒する要素ではあった。処刑自体に成功したリズァーラーたちも、処刑された者に近しい人間から、報復めいた暴行を受ける可能性がある。


 罪状に従って処刑を執り行ったのだとの正当性は、少なくとも相手が冷静さを完全に失っていないうちは盾となった。


 管理局の職員自身は処刑現場に出向くわけではなかったが、しかし管理局に対する抗議や反感が萌芽する可能性は少しでも抑えておきたいというのも事実だろう。


「……んじゃあ、この薬品は、食糧生産プラントに居住している市民に対して使えってことか?」


「だと、思う。本来の用途通りに食糧へ混ぜ込めば、住民の幾名かは通常の活動を停止して、目覚めることの無い眠りに入ることとなる。」


「それが、食糧生産プラントの責任者に罪を着せることと、どう繋がるんだ。不正行為として認定されることが、あるとするなら……。」


 全て憶測の域を出ない材料から結論を出すほかなかったが、現時点の結論がほぼそのままに任務目標となると思われた。


「既に通常の活動を停止していて食糧が不要な住民に対し、責任者が気づくことなく食糧を分配したことを、不当に多く報告された住民数に基づく食糧消費であるとして、不正行為扱いすることが出来るかもしれない。」


「気づくことなく、ってのがミソだよな。」


 ベスタの口にした内容を、シェルも細かく頷きながら受け取る。


 現地にて詳細な情報収集を行うことは、不可能に近かった。リズァーラーが訪問したこと自体が相手方に伝われば、たちまち警戒されてしまうだろう。以前の掘削現場とは真逆で、姿を一切晒すことなく準備を進めなければならない。


 おおよそ方針が固まったにもかかわらず、いよいよ表情に緊張を漲らせながら難しそうな話をしているシェルとベスタの背を、ハリコとマナコは相変わらずボンヤリと眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ