間引きする、皆が永らえるため
排水管を経由して廃棄物処理エリアへ到着することは、リズァーラーたちにとって造作の無いことではあった。地下都市の下層の中でも、廃棄物が集積されるセクターにはアクセスするパイプラインも多い。
とはいえ、さして足繁く通う場所というわけでもない。上層街から廃棄されるゴミの中からは再利用可能な資源が数多取り出されることもあって、現地住民は自治に積極的であり、収益と治安が守られている。
他の下層エリアと比べて犯罪率は低く、必然的にリズァーラーによる処刑任務が行われる頻度も低かった。
「いつ来ても盛況ですねぇ、このエリアは。」
排水管の出口、金網の扉を押し開けたマナコは、上層から投棄されるゴミが山を為してガラガラと崩れる音に出迎えられる。
再利用不可能として捨て置かれたガラクタの破片が覆う地面をガシャガシャと踏みしめ、ハリコ、シェル、ベスタも排水管の中から姿を現す。先ほどゴミ山が崩れた音がした方角からは、資源の選り分けに取り掛かる作業員たちを統率する声が響いてくる。
無機物だけが投棄される場所のはずではあったが、この場全体に独特の臭いがこもり、空気に生温さが混じっているのは、捨てられたばかりのゴミにまだ生活感が染みついているためであろうか。
「下々の市民に生活リソースをケチらせてるおかげだな、富裕層のお偉方がこんだけ山のようにゴミを出せるのも。」
「時には無駄使いが処罰の対象になることもあるのに、面白い矛盾ですよねぇ。」
作業員たちが仕事に取り掛かり始めたゴミ山を横目に、シェルとマナコは歩きながら際どい皮肉を喋り合っている。
この会話が何者かに盗み聞きされていないか、管理局に聞き咎められでもしたらと、ベスタは落ち着きなく周囲を見回し、声を低めて2人の軽口を制した。
「任務に集中して。この場所に来たのは、ただ情報を得るためだけ。情報収集を円滑に済ませて、本命の処刑標的のもとに向かわないと。」
「何を心配してんだ、ベスタちゃん。こんなゴミ山を監視してるほど、管理局もヒマじゃねーって。」
「そうですよぉ、処刑任務の本番じゃないんですし、気を緩めていられるうちに緩めときましょぉ。ねー、リコくん。」
「ウゥ。」
マナコに相槌を求められ、ハリコは曖昧な唸り声だけを返している。
ときおりシェルがあえて楽観的に振舞ってみせるのも、普段の任務で抱えることが多い不満や不可解の反動であることを、ベスタは理解している。市民が処刑任務の対象として選ばれる経緯がいかに不条理であろうとも、リズァーラーである自分たちには関係ないことだと割り切るためのプロセスなのだろう。
それゆえ、普段から大して深く考えることなく任務に向かうハリコやマナコに並んで、自分の警告が軽く聞き流されたベスタは小さい溜息だけで済ませた。
以前も来たことがあるおかげで、住民会の集会所には迷うことなくたどり着いた一同。いつも通りに屈強な護衛たちが出入り口にたむろし、前触れなく街に入ってきたリズァーラーたちに怪訝な視線を送っている。
「アポは取れてんのかな。今回は、ここが処刑任務の目標地点じゃないんだが。」
「まー、私たちのことは覚えてらっしゃるでしょうし、わざわざ妨害はなさらないでしょぉ。んじゃ、失礼しまぁす、市民生活管理局でぇす!」
相手方も管理局の任務であろうと察しはついたのだろう、たしかに呼び止められることは無かったが、しかし以前にも増して警戒の色は濃かった。目くばせし合った護衛の数名かが、集会所に入っていく一団の退路を塞ぐように背後につく。
以前と同様、住民会の会長は机に向かって書類仕事の最中であった。
さすがに彼も予告なしに現れたリズァーラーの存在は意外だったのか、黙っているだけで相手を威圧するような視線をチラと向けたものの、そのまま返事することなく書類へ視線を戻した。
威勢良い挨拶とともに踏み込んだわりに無言でニヤニヤしているだけのマナコの代わりに、シェルが前に出て話しかける。
「お忙しい中、突然押しかけて申し訳ありません。えーと、もしかして、管理局の方から事前連絡は入っておりませんでしたか?」
「あぁ。」
重く濁った声で、たった一言だけ会長は返す。リズァーラーの訪問を受けたということは、この街の誰かが処刑の対象とされている可能性もあるはずだが、住民会会長は異様なまでに落ち着いた様子を崩さなかった。
彼の存在感の強さを改めて感じつつ、シェルは腰低く言葉を続ける。
「失礼いたしました、実は今回は処刑任務のためではなく、別件でお邪魔させていただきました。いえ、もちろん市民生活管理局が発令した任務なんですけれどね……」
処刑任務のためではない、と聞かされた会長は顔を動かさぬまま、視線だけをシェルへ向ける。
管理局が予定外の動きを見せることが、そのままに厄介を持ち込まれることと同義であると、この会長も認識しているのだろう。彼の目の前に進み出たベスタが、任務通達時に管理官から受け取った小瓶を置き、シェルが補足する。
「こちらの薬品について、お話を伺うために伺いまして。」
この小瓶に入った薬品が何であるか、を尋ねるために来たのだとシェルは続けるつもりであった。
が、詳細を彼が説明する前に、住民会会長は口を開く。
彼にしては珍しく、間を置かず、早口で。
「ノルマは達成したはずじゃないか。」
彼の態度は、目に見えて変貌していた。その表情はハッキリと険しさを増し、眉間に寄る皺も深く、目の前にいるリズァーラーたちを睨みつけている。
彼が今喋った『ノルマ』とは何なのか、まるで分かっていないリズァーラーたちであったが、それが意味するところは決して軽からぬものだろうと推測はついた。背後を塞ぐように居並んでいる護衛たちも、動揺したような表情で顔を見合わせている。
ここで応対を間違えれば無事では帰れないかもしれない、とでも感じたのか、シェルは多少言葉を選ぶ時間をかけてから改めて言葉を継いだ。
「えぇと、明確に申し上げておきますが、自分たちは、この薬品の用途を全く知りません。あと……そう、それから、今回の任務目標地点は、こことは別の居住区です。機密条項ゆえ、詳細は申し上げられませんが。」
「ウチじゃないんだな?」
「はい、ここでは情報だけを得るように、と指示されています。」
目の前の会長の顔が、幾分か険しさを和らげたように見えた。それ以上に、この場を取り囲む護衛たちが安堵の表情を浮かべていることが、場の緊張が緩んでいる様をよりわかりやすく物語っていたが。
住民会会長はリズァーラーたちへ答えを与える前に、護衛たちへ言葉少なに指示を出す。
「窓と戸を閉めろ。集会所周りを見とけ。」
幾名かが頭を下げ、すみやかに集会所の外へと出ていく。おそらく、一般の住民の耳に入れてはならない話が今から始まるのだろう。
窓や出入口の扉が閉まる音がバタバタとした後、静まり返った集会所の内部には供給管から流れ出る空気の音だけが聞こえていた。完全に建物外の足音が落ち着いたのを確認した会長は、ようやく説明を始める。
「こいつは食糧に混ぜる薬だ。」
彼の言葉は短く区切られ、その合間を満たす沈黙の間に逐一聞き耳を立てている様子であった。それほど警戒しなければ触れられない話題であることは、黙って聞いているリズァーラーたちにも伝わってきた。
「居住区の代表に、一定期間ごとに渡される。住民に配布する食糧に、混ぜるようにと。」
「……それは、たとえば病気に対処するためや、栄養不足を補うためでしょうか?」
会長がしばらく黙った沈黙の隙に、シェルはおずおずと尋ねた。が、首は横に振られた。
「違う。眠らせるためだ。」
「眠らせる、ため……?」
その言葉の真意が、例えば不眠症に対処するためだとか、そういった類の内容ではないことは、会長の声がますます重苦しく響いていたことからも明らかであった。
「死なせはしない。だが、眠らせる。そのまま、目覚めなくなる。」
「凄い効果、ですね……こんな小さい瓶だけで、そこまでの効果を発症させられるんですか?」
「一滴で十分だ。その小瓶に入ってる量を全部使えば、百人近くに効果が出る。」
「な、なるほど……何のために、そんな薬を食糧へ混ぜるんでしょうか。」
「食糧消費を抑えるためだ。一定以上の人口を有する居住区には、ノルマが課せられる。市民の数を減らすノルマだ。」
先ほど彼が口にした『ノルマ』とは、この事であった。
生産できる食糧は、活動可能な空間の限られた地下都市で潤沢に得られることはない。人口が余りに増えれば、賄いきれなくなる。
特に安定した収益源のある居住区では、人口がわずかながらも増加する場合があった。それを抑えるため、一定数の市民に対する薬品の投与を居住区代表は課せられるのだ。
「なるほど……自分たちの街の人口を減らすというのは、苦しい決断かもですね。」
「まだマシだ。俺たちには、選ぶ権利がある。生産能力の低い市民を選んで、薬入りの食糧を与える権利が。」
無作為に選ばれた市民が間引かれるより、マシといえばマシではあった。
ある程度は選ぶ側の裁量に左右されるところはあるだろうが、例えば働き盛りの市民や、家族を養っている最中の市民が排除されるようなことだけは避けることが出来る。
……ということは、一部の居住区では選ぶ余地もなく、減らされる市民が無作為に決定される場合もあるのだろう。会長とシェルの対話は続いた。
「その薬品入りの食糧を口にして、眠ってしまった市民さんはどうなるんでしょうか。」
「死んではいないので、事件扱いにはならない。難病に罹ったとされ、上層の病院へと入院させられる。そのまま、帰ってこない。」
マナコが顔を上げ、既にこちらを見ていたハリコと目を見合わせた。
ウィトゥスの研究施設には、毎日新鮮な死体が届くと言われていた。正確には死んではおらず、肉体が生命活動を続けながらも、脳が機能停止した状態ではあったが。
もしかすると、あの研究施設で目にした夥しい数の人体は、たった今、会長が語ったような経緯で得られたのではないか。そんな考えに行き着くには十分な情報ではあった。
その時、マナコの顔に浮かんでいた表情は、どちらかというと食欲に近いものであった。ウィトゥスの研究施設に行けば、必ず新鮮な血肉を味わえるという保証が得られたも同様だったのだから。
「ウチではない、別の居住区が任務目標だと言ったな。」
会長の問いに、シェルは首肯する。
「はい、お話を伺ったら、すぐに別エリアへと向かう予定です。」
「俺には見当がついている。食糧生産プラントの奴だろう。」
「……お答えは出来ませんが、どうして……」
任務内容を軽々に漏らすわけにはいかないシェルはそう答えるしかなかったが、彼の口元は驚きを隠しきれていなかった。
「あのエリアの連中は、自分たちの人口を賄う分の食糧だけは常に確保している。食糧供給の不足を見据える必要もなく、人口をわざわざ減らそうともしない。」
「そう……なんですね。」
「奴らは与えられるノルマを無視し続けているが、管理局もそれを理由に処罰するわけにもいかないんだろう。」
人口を積極的に減らす『ノルマ』なるものが存在することを公にしてしまっては、少なからず混乱が巻き起こる。市民生活管理局は、市民の生存を保証するという前提の上で秩序を成り立たせているのだから。
それゆえに、人口を減らさず、そして必要分の食糧をしっかり消費し続ける食糧生産プラントの居住者たちは、悩みの種だったのだろうと推測される。
その件を語る住民会会長の口調にも、多少の苛立ちが浮かんでいた。同じく居住区の代表を務める立場であるにもかかわらず、自分が面倒を見てきた住民を間引かねばならぬ悩みから無縁でいられる存在を、疎ましく思わぬはずがない。
「前の任務で騒ぎを起こさず撤収したお前らには、忠告だけはしといてやる。」
会長はいよいよ声を低め、身を乗り出す。顔を近づけてくるシェルとベスタの眼を、彼は今しっかりと正面から見据えていた。
「今のままじゃ、食糧生産プラントの代表は、罪人じゃない。住民の数の分、必要なだけ食糧を消費しているに過ぎない。何もなしに処刑しちまったら、お前らの独断での殺人として扱われる。」
「……なるほど。当然ながら、処刑対象は不正を行っていることが前提なのですが……」
「あとはお前らで考えろ。この話はここまでだ、他の場所でベラベラ喋るなよ。」
重苦しい空気を残したまま、集会所の窓や扉がバタバタと開かれる音が響く。何事も無かったかのように、会長は先ほどまでの書類仕事を再開しており、リズァーラーたちの背後に居た護衛たちも既に出口への道を空けている。
未だに頭の中で情報の整理をしているシェルとベスタはすぐに声が出てこないらしく、入ってきたとき同様、マナコが代わりに別れの挨拶をかけた。
「では、我々はこれにて引き取らせていただきます、お邪魔いたしましたぁ!」
ハリコとマナコはいつも通りの能天気な目元のまま集会所を出たが、シェルとベスタの顔つきには明らかな重苦しさが滲み出ていた。




