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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
命溢れれば浪費も増えて
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不穏かつ煩雑なる任務の始まり

 ウィトゥスの研究施設から戻ってきたハリコとマナコは、早々に管理官の執務室へと呼び出された。


 任務から帰ってきたリズァーラーには、労いの言葉も、或いは注意も与えられることは無い。任務に成功すれば完了確認が、失敗すれば無言のままに評価の下方修正が行われるだけである。


 殊に、今回のハリコとマナコは、単に科学者の要請に従って研究施設へと出向いたのみ。実験への協力が本業ではないこのチームの管理官が、その件に関して言及すべき内容は何もない。


 すなわち、執務室への呼び出しはそのまま、新たな処刑任務が与えられることを示していた。ドアを開けて部屋に入ってきた2人を、ベスタと共にソファに座って待っていたシェルが出迎える。管理官の姿は、まだない。


「よぉ、今までどこに行ってたんだ。処刑任務にしちゃ、早いお帰りだな。」


「はいぃ、処刑任務じゃなくて、私たち、科学者様の研究に協力してきたんですよぉ。ねー、リコくん。」


「ウー。」


 マナコは上機嫌な様子で、ハリコと目を見合わせて頷き合う。


 帰ってくる道すがら、ウィトゥスから実験協力の報酬として与えられた瓶を開け、血肉のジャムを指先で掬っては堪能してきたおかげで、ハリコとマナコの栄養状態は存分に満たされていた。


 仲の良いパートナーとともにノンビリ歩きながら養分を摂取する、その帰路がまた両名の精神を満たしてもいた。


「凄く良い所でしたよぉ、実験はちょっと退屈でしたけど、研究施設の中には新鮮な死体がいっぱいありましてねぇ。」


「ウン、ウン。」


「実験に協力したご褒美として、一番肥え太った死体をその場で養分液に加工してくれたんですよぉ。いやぁ、絶品でした。またお声がかかりませんかねぇ。」


 いつもまぶたを固定する器具で見開きっぱなしの左目を、こころなしか潤った光で満たしながらマナコは語る。自分の栄養状態に気を掛けずともよい状態が続いたおかげか、ハリコはいつになく相棒の存在をじっと見つめていた。


 朗らかに喋る彼女の血色の無い唇が開くたび、小さく覗く尖った歯の先が妙に可愛らしく見えた。


「そりゃ羨ましいな。こっちは散々苦労して、こないだ食い残した死体を処理したってのに。」


 シェルの返答内容に出てきた死体の存在を思い出すまで、マナコは多少時間がかかっていた。


「こないだの……あぁ、掘削現場での任務から持ち帰った死体ですねぇ。」


 無事に処刑に成功し、自分たちの住処に持ち帰ったまでは良かったものの、リズァーラーたちは臨時報酬として与えられた上質な養分液で満足してしまったため、遺体を細断処理することなく放置していたのである。


 その遺体はしばらく放置されたのち、体内で繁殖した菌糸の影響か、勝手に立ち上がって壁に自らの頭を打ち付ける等の奇妙な行動を取り始めていた。ハリコとマナコは科学者からの要請に従って研究施設に赴いていたため、後の経緯を知るのはここに残されていたシェルとベスタだけだった。


「あの後、死体はどうなったんですかぁ?」


「言った通り、処理したさ。いつもみたいに細断機の中に押し込んで。な、ベスタちゃん。」


「死体が抵抗するわけではなかったけれど、手足をバタバタ動かすせいで処理しづらかった。」


 ずっと黙っていたベスタが、シェルから話しかけられてようやく口を開く。彼女が無口なのは今に始まった事ではなかったが、今までむっつりと黙り込んでいたのは、中途半端な栄養摂取しか出来なかったがための不機嫌も多少は手伝っていたかもしれない。


「……それに、死体内部で繁殖した菌に吸われて、栄養価が明確に減っていた。だから言ったのに、早めに処理するべきだと。」


「まぁまぁ、ベスタちゃん。今まで無かったことなんだし、こいつは学びだって。それに、ハリコとマナコが研究施設から持ち帰ってきたとかいう、上質な養分液を俺たちに分けてくれるぜ、きっと。」


 シェルは相棒をなだめながらも、ハリコとマナコの方へチラと視線を向ける。


 マナコは至極当然のように、彼の期待に応えられない旨を即答した。ハリコも相槌を打つ。


「はいぃ?いや、私たちに与えられた分は、全部摂取しちゃいましたけど。」


「ウン。」


「マジかぁ。」


 シェルが多少ふざけて大袈裟に、しかし一部は本心からの落胆を示してガクリと項垂れた時、扉の向こう側から管理官の足音が聞こえてきた。


 任務通達を待たされた時は大抵、多少ややこしい内容となっているのが通例である。以前は市民生活管理局に勤める人間の職員が同行していたこともあり、シェルとベスタは扉が開く前に居ずまいを正した。


 が、彼らの警戒とは裏腹に、ドアを開いて入ってきたのはリズァーラーである管理官ただ一名であった。


 いつもは書類を挟んだ薄いファイルを小脇に抱えているのに対し、今回は大型の書類ケースを肩から提げている点だけが異なっていた。


「あぁ、皆さん、お揃いですね。お待たせして申し訳ありません、任務通達の準備に手間取ってしまいまして。」


 言いながら、重そうな音を立ててケースを執務机の上に置く管理官。


 彼がケースを開いた中にはぎっしりと書類が詰まっているばかりであり、養分液の臨時支給でもあるのではないかと覗き込んでいたシェルは再び項垂れることとなった。


「さて、今回の任務はシンプルです。」


「え?」


 項垂れたばかりのシェルだったが、即座にその顔を上げる。ベスタも思わず管理官へと向き直り、流石のハリコとマナコも僅かながら意外そうな表情を浮かべていた。


 任務通達の準備に手間取ったということは、今回の内容は複雑であるのだろうとの予測が立つ。しかし、管理官は端的な一言で、その予測が外れていることを示したのである。


「向かっていただく先はセクター4、食糧生産プラントの居住区画です。プラント従業員を取りまとめている男が、食糧配分の過程で不正を行っていると発覚しました。彼を処刑してください。」


「それだけ、か?」


「現地は生活管理局の職員によって警備されていますが、当然ながら管理局から処刑任務が発令されていることは伝わっています。警備兵は処刑任務の妨害を行いません、あなた方4名のチームであれば比較的安定した任務成功が見込めるでしょう。」


「いや、そりゃあ、結構な事だけどよ……そんなシンプルな任務を伝えるためだけの準備に、こんなに時間がかかったのか?」


 管理官は、無言のままにシェルへと視線を返す。血の気が無いことに関しては共通しているリズァーラーの中でも、特に生気の無い、ほぼ純白とも称せる彼の顔面にはいつも通りの微笑が浮かんでいるだけであった。


 返答を待つようにシェルは彼との静かな睨めっこを続けていたが、隣からベスタが諫めるような視線を刺してくるのに気づき、先に顔をそむけた。


「いや、何でもない。俺たちには、詮索する権利は無いよな。分かったよ、言われた通りに任務を進める。」


「任務の円滑な遂行を、期待しております。」


 管理官が頷きながら任務の指示書をシェルへと手渡す。わざわざ詳細に読むまでもなく、そこにはたった今告げられた通り、処刑標的の所在地も明確で、処刑理由も端的に記された情報が載せられているだけであった。


 通達準備に手間取っていた割には、余りにもシンプルな内容を与えられたに過ぎないことについて、シェルの表情からは警戒の色が消えない。とはいえ、むやみに情報を要求すればリズァーラーとしての立場自体を危うくしてしまう。


 諦めたように管理官へシェルが背を向け、他の者たちも出発のため立ち上がった時、管理官はいかにもたった今思い出したかのように、伝え忘れていた内容を付け加えた。


「あぁ、そうそう。この薬品ですけれどね。」


 振り返ったリズァーラーたちは、管理官がその手に小瓶を持っていることに気づく。


 以前、リズァーラーには致命的な効果をもたらす乾燥剤をかけられた経験のあるベスタは特に『薬品』というフレーズに警戒を強めた様子であったが、管理官が今取り出した小瓶の薬品はまた別物であるらしかった。


 小瓶の内部は、粘性のある透明な液体が満たされているように見えた。


「まず、この薬品の使い道を、以前お会いした廃棄物処理エリアの住民会会長さんに尋ねてみてください。」


「は?」


 唐突に告げられた内容、管理官の意図するところを理解できないまま、シェルはポカンと口を開いている。当然ながらハリコとマナコも、状況をまるで把握できていない。


「えっと、その薬品が、今から向かう任務と何か関係あるのか?」


「私は単に、使い道を尋ねてくるように、と申し上げただけですよ。」


 管理官からの返答も、まるで要領を得ない。


 シェルの思考能力はパンクしてしまっているのか、彼は体が固まってしまったかのように動かない。ベスタが彼の代わりに管理官から小瓶を受け取り、返答した。


「了解した。廃棄物処理エリアへ向かい、住民会会長にこの薬品について質問してくる。処刑任務の遂行は、その後で構わないのね?」


「えぇ、よろしくお願いします。」


 小瓶を作業服のポケットにしまい、ベスタは扉を開けて排水管へと出ていく。ハリコとマナコも続き、片手に任務指示書を握ったままポカンとしていたシェルも慌てて後に続いた。


 今度こそ、管理官に呼び止められることは無かった。ドアがしっかり閉まったのを確認し、シェルはベスタに尋ねる。


「お、おい、何なんだよ、その薬品。ベスタちゃん、何か知ってるのか?今回の処刑任務と、なんか関係あるのか?」


「知らない。任務と何の関係があるのか、私にもさっぱり分からない。」


 努めて冷静に振舞っているベスタも、今になってその声色に不安を滲ませていた。


 ハリコとマナコは、どうせ難しいことは考えても分からない、と既に割り切った様子でシェルから受け取った任務指示書を覗き込んでいる。


「……けれど、関係ないはずがない。任務通達した直後のタイミングで、わざわざ話を出したのだから。」


「だよな。さっき受け取った薬品が何なのか分からないまま、無視して任務を進めちまったら、マズいことになるんだろうな。」


「例えば、いつものように噛みついて処刑するのではなく、この薬品を用いて毒殺しなければならない、とか?」


「だったら、そうハッキリ伝えるはずだろ。最初から毒殺する気なら、俺たちリズァーラーを出動させる意味も無い。表向きは任務とは無関係を装う理由も、何がしかあるはずだ。」


 あれこれと考えを巡らせるシェルとベスタであったが、現時点では判断材料が少なすぎる。


 ただ不安な憶測ばかりを胸に詰め込み、指示された通りまず廃棄物処理エリアへ向かう以外、他に為すべき方策は無かった。

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