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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
存在を望まれる罪人
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廃材の降り注ぐ街

 任務内容を受け取ったハリコとマナコは、時を置かず出発した。


 彼らが普段暮らしている地下の隠れ家から人間たちの居住区へと出ていくためには、狭く複雑に入り組んだ通路を抜けなければならない。


 もともとは下水の処理用として掘られた空間であったが、水資源をそう潤沢に使えるワケではない地下都市においては不要となった箇所も多い。秘密裏に行動し、人々に嫌われる仕事を遂行するリズァーラーたちが隠れ住み、移動経路とするのはそういった場所であった。


「今回の標的、廃棄物処理エリアの住人で良かったです!あの場所、混雑しないですし、もともと臭いがキツくて人間たちは鼻が利きませんし。」


「ウ、ウ。」


 ずかずかと先を歩いていくマナコに向けて、彼女に腕を引っ張られているハリコは唸り声を返す。


 もう少しゆっくり歩いてほしいとの意思表示であったのだが、彼女には単なる相槌として聞こえていたようだ。


「標的となった人によっては、私たちが近づいてきた臭いに気づいて逃げ出したりしますからねぇ。出来るだけ体に臭いが付かないようにしていても、何かの拍子に気づかれちゃうんですよね。」


「ウ゛!」


 ハリコは鋭い声をあげると同時に、前のめりにつんのめって転んだ。ちょうど通路の曲がり角を、先行するマナコがせかせかと鋭角に通過した瞬間であり、彼女に引っ張られっぱなしだったハリコは足をもつれさせたのだ。


 繋いでいた手を離すことなく、背後で転んだ彼に引っ張られるようにしてしりもちをついたマナコは、驚きの声すら上げず笑い声を立てている。


 つい先ほどまでの無駄話が転倒によって突如中断されても、彼女の感情は振り切れた陽気さのままで固定されっぱなしのようであった。


「あはは、ドジっ子ですねぇ、リコくん!」


「ウゥ゛ー……。」


「すみませんすみません、もすこしペースを落として歩きますから。」


 ようやくハリコから直接、抗議の意を込めた視線を受け取り、マナコは彼の腕を引っ張って立たせながら謝る。


 二人が手を繋いだままであることには、相応の理由があった。


 一切の人工的な照明が設置されておらず、外部から差し込んでくる光もない地下空間は、完全な暗闇に満たされているのだ。


 現に、今ハリコとマナコが通り抜けようとしている通路も、音の反響、そして肌に触れる壁面以外に、人間レベルの感覚器で得られる周囲情報は無い。人間ではなくリズァーラーであるハリコも、光が一切ない空間ではいくら目を凝らしても見える物は無い。


 そんな暗闇の中を、まるで隅々まで明るく照らし出された場所のように行動できるのがマナコであった。


「んじゃ、再出発です!廃棄物処理エリアに繋がるルート、もう少しでたどり着きますよ。」


「ウゥ。」


「しっかし、私には分からないんですけど、灯りが無いだけで見えなくなるってのは不便ですねぇ。」


 マナコも、特別な存在というわけではない。ハリコと同じく、人間の死体に菌糸が取りつくことで活動を開始するリズァーラーの一員には変わりない。


 リズァーラーたちの中でも特に、視覚に本来の能力を超えた発達……人間の能力の範疇から逸脱している時点で、それは異常と呼ぶべきかもしれないが……を得た者たちは、地下世界の暗闇において自由に活動することが可能となる。


 いわば地下の環境に順応したことで生まれた存在であり、与えられた仕事の中では仲間のリズァーラーたちの目となって行動を共にすることが殆どであった。


「壁面や天井に取り付けられた棒状のものや、円筒形のものが灯り、ってのはこないだ教えてもらいましたけど。」


「ウー。」


「それが無くちゃ、目が見えなくなるだなんて。どうしてそんなにも不便な能力で、人間たちは生み出されてしまったんでしょ?」


「ウゥ。」


 人間と同じく、光が無くなればしっかり視力が利かなくなるハリコは唸ることしかできない。


 地上世界に生きとし生けるものを脅かす胞子が降り注ぐ時代、地下に築かれた都市で暮らし続けている彼らは、自然光というものが存在することを知らない。マナコの発した疑問は、解き得ない謎であった。


 視覚系に変異をきたしたリズァーラーたちは、完全な暗闇であろうと明るさの差異に関係なく、視野の全てを等しく見通すことが出来る。マナコには、明るさと暗さを見分けることは不可能であった。


 更に、まぶたを開きっぱなしする器具を装着し続けている彼女は目を閉じることも大抵出来ず、物を見ていない状態自体が縁遠いものとなっていた。


「そろそろ見えてきました?出口が近いですもんね。」


 先導するマナコの腕に頼りっきりだったハリコの足取りが、多少しっかりしたものになって来たのに気づいたマナコは声を掛ける。


 ハッキリとものを見るにはまだまだ暗すぎる光量ではあったものの、ハリコの視野にも薄ぼんやりと周囲の様子が浮かんで見えつつはあった。今までザラザラとした手触りでしか感じ取れなかった壁面が、荒く岩盤の削り出されたものであることが見て取れる。


 やがて足元に散乱した金属片やガラスの破片が増え始め、それらを踏み越えた先に鉄格子の填まった出口があった。


 差し込むアーク放電灯の光が、強すぎるコントラストで格子状の影を通路内へと落としている。鉄格子の隙間から投げ込まれたのだろう雑多な廃品やその欠片が、刺々しく錆び臭い絨毯となって足元を埋め尽くしていた。


「廃棄物処理エリアに到着です!相変わらず盛況ですねぇ、ガラクタの品揃えに衰えがありません。」


「ウゥ。」


 地下通路出口の鉄格子を押し上げながら、マナコとハリコはいよいよ人間たちの活動する区画へと足を踏み出した。


 廃棄物処理エリアは、上層の居住区から捨てられたゴミの山が集積される区画である。


 とはいえ資源の限られた地下都市において、大部分の住民に不用品を捨てて新しい物品を購入するだけの余裕はない。服が破れれば縫い合わせ、食器が割れれば接着し、可能な限り再利用を心がけて生活している。


 にもかかわらず、投げ捨てられるゴミが山を築いている様は、上層の区画に住まう富裕層の住民たちの暮らしが豪奢であることの証であった。


「あっ、見てください、リコくん。」


「ウ?」


「上層からのゴミ投棄の時間みたいです。」


 マナコがその見開いた目を向けていたのは、天井で光を放ちはじめた黄色い回転灯である。


 見上げた岩盤の天井は高く、足元を照らすために設置された照明の光が殆ど届いていないほどだ。が、廃棄物の山の真上に当たる天井付近、重々しい金属の軋む音と共にぽっかりと真四角な穴が開いたのは見て取れた。


 直後、凄まじい轟音とともに、廃棄品の奔流がなだれ込む。ガラスの割れる音、金属がぶつかり合う音、それらがゴミの山の斜面を雪崩のように駆け下りていく。


 ハリコとマナコの足元にも、折られた椅子の脚と思しき物が転がってくる。繊細な彫りが施され、磨き上げられた光沢を残す、上質な造りの家具の一部だったのだろう。それを廃棄品の山の方へと蹴り返しながら、マナコは興奮したように喋っていた。


「しばらくぶりに見ましたけれど、豪快な投棄現場は壮観ですねぇ!うまくすればまだ使えるものを、躊躇なく投げ捨てるのがこんなにも痛快なのは何故なんでしょ!」


「ウー?」


「ま、どうでもいいですかね。おかげ様で、この廃棄物処理エリアに住んでいる人たちの生活も潤うってワケですし。」


 ゴミのぶつかり合う騒音があらかた収まるのを見計らって、ぽつぽつと姿を見せ始めた人間たちにマナコは目を向ける。


 富裕層の住民たちにとっては不用品であっても、この区画の住民にとってゴミ山はそのままに宝の山である。投げ捨てられる際に破損してしまうにしても、貴重な資源であることには変わりない。よほど再利用が困難なまでに破砕されたものでもない限り、それらは回収され、修繕され、売りに出された。


 ゆえに、この区画には住民たち自身による監視の目も光っていた。有用な資源を、外部から侵入した人間に好き放題持ち出されては損害となる。


 現に今、ハリコとマナコの姿に気づいた作業員の一人が、眉間に皺を寄せつつこちらへ近づいてきていた。


「見ない顔だな。誰だお前らは。」


「あっ、お仕事中にお邪魔しちゃってすみません。私たち、こういう者でして。」


 マナコはジャケットの裾に手を掛け、上着の内側に縫い付けられた『市民生活管理局』の身分証を見せる。


 作業員の男の表情は大して動かなかったが、忌々しそうに眉根に寄せた皺は更に深くなった。


「チッ……雑菌どもかよ。」


「こちらにはご迷惑をおかけしませんので。失礼しますぅ!」


 マナコからの言葉には答えず背を向けた男は、胸元にぶら下げていた簡易タンクから空気を吸いながら持ち場へ戻っていった。


 地下空間において、新鮮な空気の供給は限られる。マナコやハリコたちリズァーラーには不要であったが、人間は労働に従事するたび呼吸に適した空気を必要とするのだ。上層の富裕層が住む街区からの廃棄物投棄と同時に、新鮮な空気が流れ込みやすいのがこのエリアの長所ではあった。


 作業員の男の背を見送り、マナコはハリコに笑顔を向けた。


「真面目そうなお方で良かったですねぇ。単に、仕事に早いとこ戻りたかっただけかもですが。」


「ウー。」


「前は憂さ晴らしにぶん殴られましたもんねぇ。」


 こんな環境で暮らしている下層エリアの住民たちの中にも地位の差というものはあるが、しかし例外なく彼らには見下すことの出来る存在があった。


 それがリズァーラーたち、人間の死体に菌糸が取りついた存在……つまり、ハリコやマナコのような者たちである。一度死んだ彼らには人権などなく、この地下都市において最も劣った存在、軽蔑すべき連中であるとされていた。


 どれほど貧困にあえぐ生活をしている人間も、自分たちよりもさらに下が居ると信じることが出来る。そのための階級でもあった。


「さ、ゴミ山エリアを抜けたら、ここら一帯の人たちの居住区です。まずは住民会の会長さんにご挨拶ですね。」


「ウゥ゛。」


「ここの会長さん、まだ協力的な方なので安心ですよ。今回も、標的の方の逃亡を阻止していただいてるらしいですし。」


 階級制度の最下層に位置するリズァーラーとはいえ、生活管理局によって使役される立場となれば行動を邪魔されずに済むことはそれなりに多い。地下都市という閉鎖空間の中、統治する側の決定を妨害することは住民として生きづらくなることに直結していたためだ。


 殊に、罪人として認定されれば即刻処刑の決定が下される社会となれば、なおさらであった。


 その処刑を、人間から蔑まれる立場のリズァーラーたちが担っていたがため、より一層の嫌悪の念を集めていたのも事実であったが。手を血で汚すような仕事は、悉くがリズァーラーの役割であった。

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