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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
リズァーラーの情報伝達菌糸に関する実験・研究者立ち合い
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見捨てられた遺体は、行き所を求め

 ハリコは真っ暗な自分の待機部屋の中、ボロボロの椅子に腰掛けてじっと目を閉じていた。


 それは任務の通達を待つ彼の、いつも通りの姿勢であった。そして以前と同様、他に意識を向ける対象が無い状態が長く続けば、いずれ浮かんでくるのが明るい光景の幻視であった。


 暗く狭い地下世界では決して見ることのあり得ない、明るい光に満たされた、際限なく地面が広がる場所。真っ白い粒子が空間を隈なく埋め尽くして漂い、ゆっくりゆっくりと地表へ舞い降りてくる。


「……?」


 だが、その時に限っては、幻視のみならず、音が聞こえた。


 最初は声のようにも聞こえたそれは、感情を伴っているようにも思われた。憧憬の向かう先、たどり着きたくてたまらない、抱き着きたくてたまらない、だがとても届かない場所へと、切実に歯痒さを訴えるかのような声。


 しかし意識を明確に向けるほど、それは声ではなく無機質な音であった。柔らかに地表を覆う白い粒子の上で響く音などあるのだろうか、とハリコは訝るうちに、意識が明晰になったことが災いしたのか目を開いた。


 目を開いたところで照明の無い小部屋は真っ暗であったが、先ほどから聞こえる音は聞こえ続けていた。すなわち、現実に響く音だったのだ。


「ウゥ?」


 ハリコが唸り声を以て問いかけても、応じる相手はいない。マナコもシェルもベスタも、彼の声の届かない場所で任務を言いつけられるまで待っているのだろうか。


 小さな軋み音を立てて、錆びた鉄扉を開く。相変わらず雑な照らし方をする工業用照明が長い影ばかりを落とす排水管の中、その音は先ほどまでよりもはっきりと聞こえ始めた。


 石壁に工具でも打ち付けているかのような重い音のようだったのが、何故か湿った音も混じっていることに気づく。


「……。」


 音の発生源が間近であることに気づいたハリコは、一応は警戒しつつその方向へ向かう。暗闇の中、物音をたてず移動することはリズァーラーの十八番である。


 照明がまばらで薄暗い、入り組んだ排水管が迷路のようになった空間であったが、自分たちの生活圏ゆえ音の発生源はすぐに割り出せた。処刑任務から回収してきた遺体の処理室である。


「ウゥ゛。」


 唸り声を中へ向けても、音が途切れることは無い。自分の声に反応する相手ではないことを確認したハリコは、そっと身を乗り出して中を覗き込んだ。


 部屋の中は、これまた床の隅に置かれているだけの工業用照明によって雑に照らされている。


 その無機質な光に照らされて、立ち上がっていたのは死体袋の中に収まっていたはずの遺体であった。


「ウ……?」


 人間として生きていた時と同様、二本の足で立っている。表情はおそらく死亡時と変わらないままであろうが、遺体は壁を目の前にしているため見ることは出来ない。粉砕して養分液へと処理する作業の途中で放置されたため、脱がされかけた作業服がダラリと腰から垂れ下がっている。


 先ほどから響いていた、重く、そして湿った音は、その遺体が一定の間隔で頭部を壁へと打ちつけ続けている音であった。


 ガツン、ガツンという音の合間に、ベシャッ、ビシャッと血の滴る音が混じる。


「何やってるんでしょうねぇ、あれ。血が無くなっちゃって、もったいないのに。」


「ウ゛ゥ゛!?」


 唐突に背後から聞こえてきたマナコの声に軽く飛び上がるハリコ。


 こちらの立てる音や声は遺体のもとまで届いているはずであったが、それは周囲の状況にお構いなく自分の頭を壁へと打ち付けつづけていた。


 処理を後回しにしておいた遺体が立ちあがって勝手に行動する様を見たのは、マナコにとっても初めての事らしい。不思議がっているのはハリコと同様であったが、それ以上に自分たちの栄養源が失われることを憂いている様であった。


「あの人は既に死んでいるから、どれだけ損傷を負っても関係ないんでしょうけどぉ。」


「ウーン……。」


「どうせなら、勝手に遺体処理機の中に入っておいて欲しかったですねぇ。」


 ハリコは念のため距離を取り続けていたが、マナコはお構いなしにスタスタと遺体の傍まで近づいていく。


「グルルゥ……!」


 姿勢を低くして警戒の唸り声を上げるハリコであったが、マナコは真横から遺体が幾度も壁へ打ち付けた顔を覗き込んだり、壁面に垂れる血を指で拭ったりと無警戒に振舞っていた。


「うーん、ちょっと鮮度が落ちてるかもですねぇ。やっぱり早いところ処理しないと、他の菌類に養分を取られちゃうのかも。」


「ウゥ……?」


「リコくんも、いかがですかぁ?今のうちに堪能しておかないと、この遺体も養分がスカスカの搾りかすになっちゃいますよぉ。」


 不審そうに現場を見つめ続けているハリコを招くようにマナコは振り返ったが、この場を訪れている他の仲間にも気づくこととなった。


「あっ、ベスタさんも来られたんですねぇ。」


 ベスタもまた、遺体が勝手に立ち上がり、壁に頭を打ち付けている異音を聞きつけてここに来ていたのだ。彼女の表情には驚きよりも、呆れの色の方が強かった。


「だから、言ったでしょう。養分液へと処理するのは、早めにした方がいいって。この遺体、私たちの体内にあった菌が入り込んで、活動させているのかも。」


「かもですねぇ。でも、面白いものが見れましたし、これはこれで良かったんじゃないですかねぇ。」


「食料が勝手に行動して養分を消費するなんて、良いわけがないでしょ。それよりも、あなたたちに任務通達が来てる、さっさと管理官のもとに向かって。」


 勝手に立ち上がって行動している遺体への好奇心が刺激されることで浮かんでいたマナコの笑みが、よりはっきりと強まる。


 言わずもがな、改めて新鮮な遺体を得られる機会がもたらされたためでもあり、その時点でこの壁に頭を打ち付け続けている遺体への興味は失われていた。


「はぁい!行きましょぉ、リコくん!」


「ウゥー。」


「気楽なものね。さて、コレをどうしたものか、じっとしてもらわないと処理中に細断機から出てきちゃうし……。」


 変わらずゴツンゴツンと変形しかけた頭蓋骨を壁にぶつけている遺体を前に、ベスタは思案している。そんな彼女を後において、ハリコの手を引っ張ってマナコは足早に管理官のもとへと向かった。


 執務室で待っていたのは管理官のみであり、ベスタが呼ばれていないのと同様にシェルの姿は無かった。管理官は指示書を差し出しながら、今回の任務について説明を始める。


「今回は、あなた方二名を指定しての任務通達です。」


「あらぁ、私とリコくんの能力を高く買っていただけてるんでしょうかぁ、えへへぇ。」


「えぇ、管理局においてもあなた方は優秀なリズァーラーとして評価されていますよ。」


 マナコはいつも通りに見開いた目を傍らのハリコへと向け、口角を上げながら尖った歯の先を覗かせた。一方、ハリコは今言われたことの意味を掴み切れていないように、フードの下から眼をしばたたかせるばかりであった。


 両名がこちらに視線を戻したのを見計らって、管理官は話を続ける。


「とはいえ、今回の任務を発令なさったのは、以前あなた方を指定して実験を行ったのと同じ、とある科学者様です。」


「以前?そんなのありましたっけ?」


「ウゥ?」


 マナコとハリコは、今度は共に当惑しきった表情を浮かべて顔を見合わせる。


 科学者からの依頼と伝えられて、互いの掌に傷口を作り、それを触れ合わせる実験を行ったのは前回の任務を引き受ける前のことであった。が、さして印象に残っていなかったのか二人とも記憶の隅にすらその件を残していなかった。


 傷口から覗く菌糸を触れ合わせることで、ハリコの中にしか浮かんでいなかったはずの白く明るい光景が、マナコにも伝わったことは確かに不可思議な現象ではあった。が、リズァーラーとしては養分液を得られるか否かに勝る関心事は無い。


「あなた方が覚えておらずとも、科学者様はこちらへの接触を希望する旨を、あれ以降幾度もお伝えくださっています。」


「へぇ、その科学者様とかが、ここに来るんですかぁ?」


「聡明な科学者様が、こんな不潔な場所へとお越しいただくわけには参りません。こちらから出向くことになります、あなた方は上層街にある研究施設へ向かってください。」


 ただ管理官の言葉を漠然と聞いているだけのハリコとマナコは認識していなかったが、リズァーラーが上層街へと赴くことは異例中の異例であった。


 地下都市の大部分は下層街、貧困層の市民が暮らす狭苦しい区画で占められている。そんな貧困層の街とは全く趣の違う、生活空間が地下にあるとは思えないほど豪奢な造りとなっているのが上層街であった。


「ほぉー。上層街への門、開けてもらえるんですかねぇ。」


「堂々とリズァーラーが通行できるはずがないでしょう。大多数の人間が通行を禁じられているのですから。」


 リズァーラーはあらゆる人間よりも下の地位に位置付けられている以上、上層街へ公然と進入する様を晒すわけにはいかない。


 当然ながら上層街には富裕層の市民しか足を踏み入れることは許されない。下層街と接している部分は数少なく、常時配備される警備兵によって通行を厳重に制限されている。


 排水管内部を移動するリズァーラーに対しても進入の制限は同様であり、上層街へ繋がるライフラインの供給管は全て専用の管理設備内部を通ることとなる。当然、その内部もしっかりと警備されている。


 その施設だけであれば以前、上層街への空気供給管が違法に増設されていた件で、ハリコたちも赴いたことはあった。が、今回は上層街そのものに入ることとなる。


「今回は、その科学者様からの切実なるご依頼ということで、特例として管理設備経由での上層街進入を許可されたことになります。」


「やりましたねぇ、リコくん。滅多に入れない場所らしいですし、ついでに観光も楽しみに入れときましょうかねぇ。」


「ウゥ。」


「当然のことですが、科学者様のご依頼にない行動は禁じられています。管理設備から直接研究施設へ訪問し、任務終了後は同じ経路を使って帰還してください。」


「ありゃぁ、残念ですねぇ。」


 マナコは口先ではそう言ったものの、表情にはさして残念そうな色は浮かべていなかった。ハリコも同様であり、関心事はこの任務を引き受けることでどの程度の養分液を得られるのか、その一点に尽きていた。


 管理官はそんな両名の表情をじっと見つめていたが、改めて念を押すように告げた。


「繰り返しになりますが、普段の活動からあなた方二名には、管理局が優秀なリズァーラーとしての評価を下しています。リズァーラーとしての領分を逸脱することの無いよう、充分ご留意願います。」


「はぁい、分かってますよぉ。」


「ウーウゥ。」


「では、これにて任務内容の通達を終了します。出発してください。」


 結局、とある科学者から呼びつけられた先で何をされるのか、全く具体的な内容については触れられぬまま終わった任務通達。


 しかし、一向にその点を怪しむことなく、純粋に人間に従ってさえいれば養分を与えてもらえるのだと信じてやまないハリコとマナコは、仲良く手を繋いで出かけていく。


 迂闊な思考回路ではあったが、その実リズァーラーとして最も重宝される類の行動原理ではあった。

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