良い狗には更なる褒美
処刑任務から帰還したリズァーラーたちを出迎えた、管理官の表情は心なしか常よりもにこやかに見えた。
「よくお戻りになりました、皆様。今回は特に困難な任務の達成、お疲れ様です。」
「妙にご機嫌じゃねーか、わざわざ俺たちを迎えに出て来るだなんて。」
いつも詰めている執務室から扉を開けて、小汚く薄暗い排水管の通路へと管理官が顔を出していることなど、実際のところ滅多にないことではあった。
部下をわざわざねぎらってやることなど普段から考えもしない管理官が上機嫌だとすれば、それは生活管理局の機嫌を上手く取ることが出来たために他ならないだろう。
「局の職員の皆様、揃って喜んでおられます。あの掘削現場での作業は、一刻も早い進行を待ち望まれていましたから。」
「だろーな。処刑任務を達成するために、職員さんが自ら出張って来られたわけだし。」
シェルは頷きながらも、執務室のドアを押さえて待っている管理官の前で、苦労して持ってきた死体袋を排水路の中に置く。
「いつも通りなら部屋の中で遺体確認してもらうところだが、管理官がせっかく部屋から出て来てくれたんだ、ここで開けるぞ。」
「おや、執務室の中に入れられないほど、大柄な遺体なのですか?」
「それもあるが、たぶん死体袋の中は今ごろ血の海だ。」
リズァーラーたちは死体袋を開け、遺体の顔部分を露わにする。
マナコやハリコの手つきが多少慎重になっていたのは、死体袋の内部をひたひたと満たしている血液をこぼすのがもったいないと感じていたためである。
管理官は規定通り、持ち帰られた遺体の確認を行う。が、彼は完全に排水管の中央まで足を踏み出しては来なかった。
同じリズァーラーでありながら、処刑を執行するチームと自分とでは格が違うという認識があるのか、執務室に片足を置いたままの姿勢で開かれた死体袋の中へと視線を送っていた。
「そっから見えんのか?死体の顔が。」
「えぇ、十分に確認できます。そもそも、既に管理局の方から処刑完了の確認は頂いておりますし。」
シェルが仲間たちに合図し、死体袋を閉じた頃には早くも管理官は執務室の中へと戻っていた。
「だったら、わざわざここまで運ばせんなってんだ。」
既に閉じた扉越しに管理官への悪態をついたシェルに呼応し、マナコとハリコも愚痴る。
「えぇ、私たちは一刻も早く、この遺体を細断して養分液へと加工したいのに、ですねぇ。またこの重たい死体袋を持ち上げて、運ばなきゃですよぉ。」
「ウゥ。ウー。」
「アイツは執務室でふんぞり返ってりゃいいんだからな。ったく、俺たちと同じリズァーラーなのに、どうしてここまで扱いに差があるんだよ。」
口にするのも今さらな内容であったが、あの現場で神経をすり減らした挙句、大柄な男の遺体を運ぶという重労働をこなした直後であることも手伝って、シェルの悪態は止まらない。
さらに口を開こうとした彼を遮るように、ベスタが忠告する。
「静かに。管理官が戻ってくる。」
「っと。」
重厚な木製の扉に遮られ、今の悪口は聞こえていなかったらしく、再び執務室の扉を開けて顔を見せた管理官はにこやかなままであった。
その手には以前も渡された覚えのある瓶が4つ、赤黒い液体を満たしていた。
「皆さんの今回の処刑任務における働きを讃え、管理局からの臨時配給を戴きました。上質な養分液ですよ。」
以前、空気供給管がらみの任務の報酬として与えられたのと同じ、おそらく富裕層の住民の遺体を加工した養分液。
貧困層の市民の遺体とは比べ物にならない、栄養価を豊富に含んだその味を思い出し、マナコとハリコは先ほどまで口にしていた不平を忘れ去ったかのように目を輝かせた。シェルとベスタも、冷静さを保とうとしながらその瓶に視線が釘付けとなっている。
重そうな死体袋を掴んだまま、こちらを向いて身動きできていない面々を前にして管理官は続けた。
「遺体を処理室まで運ぶので手一杯ですか?この臨時配給をお渡しするのは、後ほどにしましょうか。」
「あ、いや、作業服のポケットにでも入れていくよ。」
シェルは答え、リズァーラーたちは死体袋を一旦その場において管理官のもとへ群がる。マナコとハリコは放り出すような勢いで死体袋から手を離したため、ぞんざいに扱われた遺体はドサッと音を立てた。
瓶を押し込んで膨らんだポケットの中身が楽しみで気もそぞろな一同ではあったが、せっかくここまで運んできた遺体もまた貴重な栄養源には違いない。
処刑現場から搬出した時と比べれば、随分と雑な運ばれ方になっていたものの、死体袋はどうにか処理室の遺体細断機まで運ばれた。
「しかし、こんな上物の養分液もいただけたわけですし、この遺体の処分、要りますかねぇ?」
「一応は加工しておこうぜ、次にいつ処刑任務をもらえるか分からん。俺たちが養分補給できる遺体を入手できるかどうかも、な。」
早くも瓶のふたを開け、その内容物に指先を突っ込んでいるマナコ。
そんな気を抜いた様子の彼女に忠言を与えつつも、シェルもまた遺体を処理機へと移す作業へ移るそぶりを見せず、養分液の充填された瓶を宝石でも干渉するかのように掲げ、矯めつ眇めつ眺めている。
「最近は、立て続けに処刑の指示をいただけますけどねぇ。」
「ウン。」
「いいから、さっさと遺体処理のプロセスに移らないと。」
頷き合っているマナコとハリコの傍ら、この場で唯一真面目に作業を続けているベスタは死体袋を開く。
中では断末魔の表情を浮かべたままの男の顔が、血だまりに浸って赤黒く染まっている。ベスタだけではとても持ち上げられない大柄な体格を目の前に溜息を吐き、養分液の瓶に夢中な仲間たちをかえりみて二度目の溜息を吐いた。
「手伝って。遺体処理を遅らせては、他の細菌に有機物を分解されて、養分液の質が落ちるでしょう。」
「はぁい、今から手伝おうと思ってたところですよぉ。」
「ウーウ。」
口先では返事をしつつ、マナコもハリコも全くその場から動こうとするそぶりすら見せていない。
ベスタは三度目の溜息を吐き、両名を窘める立場であったはずのシェルまでもが瓶のふたを開け始めている、その目の前に立った。
「シェル、あなたまで不真面目では、マナコとハリコに示しがつかないでしょう。」
「あー、スマン、その、今回の臨時配給、どんなもんか確認するぐらいはと思ってだな。ほら、意外にも質が落ちてたりすると、ガッカリだし。」
「心配はないですよぉ、脂質もたっぷりで、ちょうどよく熟成されていて摂取しごたえもバッチリです!」
「おぉ、マジだ。これまた随分といい暮らしをしていた人間さんの肉っぽいな。」
目の前のベスタを差し置いて、シェルはマナコとのやり取りを始める。ハリコは言うまでもなく、開けた瓶の中身を夢中で自分の指先に塗り込んで堪能している。
呆れ切ったような表情を浮かべながらも、やはり自身も臨時配給された養分液が気になり続けていたベスタは諦めたように瓶を手に取った。ここまで運んできた処刑標的の遺体は、一同が飢渇を覚えはじめるまで処理せず放置する他にない。
「にしても、養分液として処理せず遺体を放置したら、どうなるのかしら。」
ベスタはふと独り言を口にする。
リズァーラーが標的を処刑する手段は、首元に噛みついて失血させ、頚椎を断裂させるというもの。
処刑に際して、リズァーラーの体液ないし体組織の一部が遺体の内部へと入ることは当然ながらあり得る。リズァーラーの体内で繁殖している菌類は、人間の遺体を操って立ち上がらせる場合がある。
その性質を利用しているのが、胞子の降り注ぐ地上世界へ死体を遺棄する葬送であった。そしてごく稀に理性を保ったまま、どこへも行かず地下都市へ戻ってくる存在こそがリズァーラーであった。
「この遺体も立ち上がって、歩き回りはじめたりして。」
彼女は暫く死体袋の血だまりに浸っている骸へと視線を向けていたが、完全なる無生物となったそれはピクリとも動く気配はない。
やがてベスタも興味を失ったように、支給された瓶を開いて内容物を摂取することへと意識を移していった。




