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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
悪意こそが道理を明瞭に示す
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押してダメなら引いて、死角から刺せ

「ねぇ、リコくん。」


 ベスタとシェルが去った後、ハリコと肩を寄せ合ってマナコは囁いた。


 先ほどベスタから注意を受けてから後は、彼女なりに声をひそめての会話となっていた。そこまで頭が回らない分、指示されたことに対しては忠実に振舞うのがマナコとハリコに共通する長所であった。


「標的さん、隙を見せないですねぇ。」


「ウン。」


 ハリコは頷き返し、その視線が向かう先では処刑対象の男が屈強な護衛に囲まれながら建築拠点の小屋へ戻っていく。


 話し合いを通じて、処刑執行を当分の間待つことをリズァーラーとの間で約束したとはいえ、警戒を怠るつもりは無いのだろう。一応の逃亡を防ぐという名目で監視を続行しているマナコ達の方へ、本人からの鋭い一瞥が幾度か投げかけられていた。


「標的さんに反感を抱いている労働者さんたちにも協力していただく、なんてことも難しそうです。」


「ウー……。」


 標的の男、すなわち掘削作業の現場監督の判断で、工事がストップしている間は仕事の出来ない労働者たち。彼らは一刻も早く現場監督が処刑されることを望んでいたが、先ほどまでの様子を見たところ組織立って反抗する兆しは見いだせない。


 現場を見回って、時には労働者たちに声を掛けてくる監督を忌々しそうに睨み返す程度の事はしても、やはり筋骨隆々とした護衛たちに囲まれれば畏縮してしまうのが常であった。


 現場監督も頭が回らぬ男ではない。仕事を止められている労働者たちが、自分に反感を抱く可能性についてはしっかり想定しているのだろう。


「あの拠点小屋で寝泊まりしておられるのなら、小屋ごと潰してしまう、ってのも案の一つではありましたけど……。」


 建物の崩壊に巻き込めば、即死はせずとも強力な拘束になり得る。瓦礫を崩しきらぬようにかき分け、身動きのとれぬうちにトドメをさすことは一つの手段ではあった。


 が、小屋の外側にも作業員たちが常に立ち、あるいは座り込んで見張りを続けている。破壊工作を仕掛けようとする予兆を悟られれば、すぐさまに内部へ警告が飛ぶであろう。


「参りましたねぇ、標的さんが孤立してない状況ってのはなかなかありません。」


「ウゥ゛?」


 ハリコが唸り声の中に疑問符を浮かべたのは、背後から近づいてくる足音を聞き取ってのことであった。


 振り返れば、ベスタとシェルが早くも戻ってきている。以前の任務で関わった別の現場監督のもとへ協力を交渉しに行った割には、時間を掛けることなく戻って来た二人の帰還にマナコも気づいた。


 またしても歓待のために大きく口を開きかけたマナコは、ベスタからの鋭い視線を受けてスッと口を閉じ、声を低めてから二人を迎えた。


「おかえりです、シェルさんもベスタさんも、お早いお戻りですねぇ。」


「まぁね。無駄足だったわけだけれど。」


「こっちの提案を受けてはもらえなかったんだ。ま、あちらさんもヒマじゃねーからな。」


 ベスタの隣にてシェルは口元では笑いつつも、ガックリと項垂れながら交渉の結果を報告する。


 他の人間たちからの協力を得られないとなれば、リズァーラーだけで現状を打開せねばならない。あの常に護衛に守られている標的をどうにかして処刑するか、あるいは万に一つも無い可能性……すなわち、処刑標的の進言を管理局が受け入れ、処刑が撤回されること……を待つほかにない。


「で、どうするの、私たち。」


 ベスタに問いかけられても、シェルにだってそうそう名案が浮かぶわけではない。


「……とりまず、今の状況のままで処刑を強行したって、俺たちが返り討ちに遭うのだけは確実だよな……。」


 頭を抱えている二人を置いて、ハリコとマナコは変わらず標的のいる小屋へと監視の視線を向け続けていた。愚直に役目を果たしていさえすれば、美味しい養分液にありつけるのだと信じ切っているかのように。


 が、そんなリズァーラーたちが無為に過ごしていた時間は、予想外の形で終わりを告げた。


 作業現場の一角が俄かに騒がしくなる。周囲の労働者たちと同様にリズァーラーも何事かと目を向けて、思わず息を呑む。


 この埃っぽい掘削現場には似つかわしくない人物、上等そうなスーツに身を包んだ男……市民生活管理局の職員が、そこに居たのである。シェルたちが先ほど交渉しに行った現場監督が、彼を先導していた。


「こちらです、どうぞ、足元にお気をつけて。」


「やれやれ、私が来るというのだから、地面を均しておくぐらいの作業は済ませておいても良いだろうに。この靴を磨き直すのにまた手間がかかるじゃないか。」


「どうも、気が利きませんで、申し訳ございません。」


 ペコペコと頭を下げて先導する男の後ろから、偉そうにふんぞり返って歩いてくる職員が近づけば、周囲の労働者たちは自然と道を開ける。


 高級スーツの下から覗く手足はヒョロヒョロと細く骨ばっており、この場に居る誰よりも非力そうな男であったが、地下都市における地位の差は何にもまして重大だったのである。


 統治者層の意向ひとつで、人の生き死にが簡単に定められてしまうほどに。


「この薄汚い小屋かね?彼が居るのは。」


「はい、今呼びます……おーい、管理局の人が来てくれたぞ、居るか?」


 彼が呼んだのは、もちろん今回の件で処刑標的となっている男である。先ほどからリズァーラーたちが監視している対象に他ならない。


 作業内容の不備を訴え、補強工事のために追加予算を申請する間、独断で作業を中断したがために処刑の対象として指名されてしまった男。今、管理局の職員が直接この場に赴いたということは、重大な返答があるということだと判断される。


 先ほどまでと同様に護衛たちを引き連れて、呼ばれた男は恐る恐る顔を出した。


「わざわざ、職員の方にご足労いただくなんて、申し訳ございません。」


「全くだよ、君がややこしい申請を出すせいだ。ま、いい、用件だけを伝えるよ、君の申請は通った。掘削作業における居住空間の補強工事に必要性が認められ、追加の予算が下りる。」


「お、おぉ……!お聞き入れいただけるとは、感謝です……!」


「この決定に際して、君への処刑宣告は撤回される。命拾いしたな。」


「重ね重ね、ありがとうございます!」


 彼が職員から手渡された書類には、おそらく今言った内容がつづられているのだろう。


 男を護衛していた者たちの間にも、ホッとした空気が流れ、厳つい顔ながらも頬を緩めて顔を見合わせている。


 リズァーラーたちも顔を見合わせていることには変わりなかったが、それは彼らがこれからの身の振り方を定めかねているためでもあった。それを見越してか否か、職員の男は視線を宙に泳がせながら多少声を張って告げる。


「あー、それに伴って、おそらくそこら辺にリズァーラーどもが居ることと思うが、帰っていいぞ。お前らの役目は無くなった、次に処刑任務を下されるまで待機だ。以上。」


 非常に投げやりな通告であったが、人間の、それも統治者層に居る人物がリズァーラーに声を掛けるだけでも稀有な待遇ではあった。


 明確に落胆の色を浮かべたのはマナコである。器具でまぶたを固定したままの目も、常に口角が上がっている口元も変わりはなかったが、白目の真ん中でフラフラと動く瞳の揺れが彼女の抱いた不服を明確に物語っていた。ハリコも同様に、フードの下で目と目の間に深い皺を寄せて低く唸っていた。


 とはいえ、管理局の職員に楯突けばいかなる処分が下されるか分かったものではない。


 処刑を免れた男の周りで護衛のように付き従っていた男たちが集まり、処刑の宣告を受けてでも己の職務に従い続けた彼の勇気を讃えている一方で、シェルは仲間のリズァーラーたちを黙らせるための手振りを必死に続けていた。


 職員の男が来た時と同様、大儀そうに肩をいからせて帰っていった後、仲間たちを背後に残してシェルはひょこひょこと作業員たちの集まりへと向かっていった。その中心には、先ほどまで処刑の標的だった男が待ち受けている。


「あのー、先ほど職員さんからお話があった通りです。俺たちは、帰りますんで。」


「あぁ、君たちに処刑される羽目にならず済んで良かったよ。そちらにも礼を言わなきゃな、処刑を延期してくれて助かった。」


「いやいや、人間さんの仰ることなら……そんじゃ、失礼いたしますね。」


 既に作業員たちは、仲間が処刑されずに済んだことを喜びあう集いに意識を持っていかれており、腰低く仲間を連れてその場を離脱していくシェルの姿には誰も気を留めなかった。


 ここに来た時と同様、排水管の中へ入って帰路を辿り始めるリズァーラーたち。


 その道中にもマナコとハリコの愚痴は止まらなかった。


「栄養価の高そうな肉体をあれだけ見続けて、おあずけだなんて酷すぎますよぉ。管理局からは、私たちの出撃が無駄になった事について、何らかの補償をいただけるんでしょうかねぇ。」


「ウーウー。」


 この場でいくら不平を垂れても、何の解決にもならない。それはわかり切ったことではあったが、ハリコもマナコ同様に文句を言っているつもりの唸り声を続けていた。


 二人に背を向けて先を進んでいくシェルとベスタであったが、完全に人間たちの立てる物音が聞こえなくなった辺りで急に立ち止まる。


「シェルさん?お説教タイムですかぁ?でもどうせ誰にも聞かれないんですからぁ、今ぐらい愚痴ったっていいでしょぉ?」


 シェルが止まって振り返って来たのを勘違いしたマナコはそう言ったが、返答は彼女の想定から外れていた。


「いや、ここらでちょっと待つ。十分に時間が経ったら、引き返すぞ。」


「へ?忘れ物ですかぁ?」


「そうじゃない。」


 シェルは、その前髪の下の虚ろな空間から瞳を覗かせつつ、ニヤッと笑った。


「まったく人間サマにはかなわねぇな、悪知恵を働かせるって点では。前の任務で知り合った現場監督さんに話を持ち掛けて正解だったよ。」


「何の話をなさってるのか、分からないんですけどぉ。」


「処刑任務が撤回されただなんて、ウソなんだよ。あの職員は、ニセモノだ。」


「え……。」


「ウ……?」


 マナコもハリコも、目を丸くしてシェルと向き合っている。とはいえ照明の無い真っ暗な排水管の中では、暗闇を見通せないハリコはシェルの声がしてくる方に顔を向けるばかりであったが。


 同じく暗闇で目が見えないベスタは、既にシェルと共にこの企てを行っていたため、落ち着いた様子で目を閉じてシェルの話を聞いていた。


「俺たちの処刑任務は終わっちゃいない。対象が完全に油断しきった所を狙うぞ。」

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