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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
悪意こそが道理を明瞭に示す
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難敵は状況を掌握する者でこそ

 処刑標的の監視を行っているマナコとベスタの両名に再会したのは、ハリコとシェルが元の場所へ戻ってくる道中のことであった。


 彼女らが移動していたのも道理の事で、監視対象の移動に伴って追跡を行っていたためである。今回の処刑任務の標的、現場監督の男は数名の部下を引き連れて、掘削作業の現場を見て回っていた。


 今回に限っては標的自身との面会が済んでいるため、隠れて監視を行う必要が無いのを良いことに、戻って来たハリコの姿を目にするなりマナコは朗らかに声を上げて呼ばわった。


「あっ!おかえり、リコくん!こっちですよぉ!」


「ウゥ。」


 ハリコは顔の殆どを覆い隠すフードの下から、唸り声で返事する。


 マナコの隣に居たベスタが眉をひそめたのは、マナコの大声が周囲の作業員たちから視線を集めたためであった。人間の処刑を担うリズァーラーが、不用意に目立つ振る舞いは通常避けるべきである。


「マナコ、大きな声を出さないで。私たちの存在を疎む人間が増えたら任務の支障になる。」


「すみません、標的にバレるのを気にしなくていいと思うと、ついですねぇ。」


「いや、別にいいだろ。かえって俺たちが警戒心無く行動してると印象付けられる。」


 ベスタとは対照的に、シェルはマナコの迂闊さを評価しつつ、しかし自分たちが調査してきた結果の報告時には自然と声を低めていた。


「とはいえマナコ、俺が今から喋る内容については黙っておいてくれ。」


「はぁい。どっちにしろ、難しいお話されても、私には分かんないですけどねぇ。」


「分かってもらった方が助かるが……まぁいい。」


 シェルは言葉を継ぐ前にいったん顔を上げ、今回の処刑標的である現場監督や、彼を護衛するように付き従っている男たちに聞こえない程度には距離を取っていることを確認し、再び口を開いた。


「端的に言うと、現場の作業員たちは標的の処刑を望んでいる。掘削作業を止めてる奴が消えない限り、仕事が出来ないからな。」


「現場監督の判断のせいで、彼らは給与が得られなくなってると考えれば、妥当な考えよね。」


 現状の掘削作業を続けていては、完成する居住区に崩落の危険性が残る。その懸念に至った現場監督は補強工事用の追加予算を申請し、それが通るまでの間、工事は中断されている。


 そのせいで仕事の出来なくなった作業員たちが不満を抱いている様は、先ほどハリコとシェルが直接聞き取ってきた通りであった。


 管理局は工事を現状のまま推し進めるために、作業の中断を続ける現場監督を処刑せよとの指示をリズァーラーたちに下している。その命令と、現場の作業員たちの望みは、奇しくも一致していたのである。


「それで……シェル、あなたは今も処刑の執行を躊躇っているの?」


 ベスタは、視線をシェルの顔へと真っすぐに向けながら問う。


 以前、本来は何の悪事にも手を染めていない作業員が処刑の標的に指定された件では、最後まで煮え切らぬ態度のままであったシェル。今回の標的も、本人の言を信じるのであれば善意をもって作業の中断を判断していることには違いない。


 とはいえ、今回に関してはシェルも大して迷っている様子はなかった。


「いや、仕事を求めて集まってきた労働者たちが、作業を止められて困っていることには違いない。それにあの現場監督、追加予算の申請が通れば、その一部を自分の懐に入れようって腹かもしれないからな。」


 処刑標的である現場監督から直接話を聞いた際には、その話しぶりからも実直な性格を確かに受け取っていたシェル。


 そんな彼が、得た印象とは裏腹な内容の憶測を付け加えたのは、自分自身を納得させるための材料を揃える必要があったためかもしれない。


 シェルの声色に僅かな揺れがあったことにはベスタも気づいていたが、彼の決心を覆さぬよう畳みかけた。


「良かった。私たちチームの意向は統一されてる。」


「まぁ、俺たちが何を思うにしろ、処刑任務を勝手に中止できないし。」


 シェルに頷き返しながらも、ベスタは標的の監視追跡を黙って続けているハリコとマナコへ視線を向ける。この両名の目は、完全に処刑任務の達成に向かってのみ輝いていた。


 処刑標的の男が現場を見て回るのに合わせて、シェルたちから多少離れた位置へと監視の場所を移していたマナコはベスタからの視線に気づき、今度は無言のままに手招く。無言ではあったが、どこか楽しげに。


 その表情はまるで楽しそうな遊び場を見つけた子供が、両親を呼び寄せる時のように無邪気な笑顔であった。近寄っていったベスタは尋ねる。


「どうしたの。何か、気づいたことが?」


「今回の標的さん、ずっと護衛の方々と一緒に居られますねぇ。単に、現場を見て回るために作業員を連れ歩いてるだけかもしれませんけど。」


 マナコが報告する前から、その様は変わらず続いていた。


 現場で暇そうにしている作業員たちとは体格が一回りほど違う、屈強な男たちが現場監督を取り囲むようにして移動している。彼らも同じ掘削作業員の服装を身につけてはいたが、その様子は用心棒と称しても差し支えない光景であった。


 それはリズァーラーによる処刑任務を防ぐためでもあったろうし、また仕事を止められている現場の労働者たちが反抗せぬよう牽制する意味合いもあったかもしれない。


「こいつは厄介だな、いざ処刑しようにも。俺たちの身体じゃ、あのゴツい護衛の一人を相手するのも無理がある。」


「難しい任務になりそうですねぇ、どうしましょうねぇ。」


 シェルの隣でそう言いながらも、マナコの口調はやはり楽しげなままであった。


 難局であるほどに強く娯楽性を感じるように、マナコは処刑任務を一種の遊びのようにとらえていた。ベスタはそんな彼女を横目で見つつ、現実的な提案を行う。


「いつも通り、電力と空気供給を断つ状況を作るのは?どれほどの剛力の持ち主も、人間である以上は呼吸が必要。照明も落とせば、大きな隙になる。」


「いや、そもそも今回の標的は処刑対象になる覚悟が最初からあった。アイツは俺たちリズァーラーを受け入れる前提で待ってたんだ。備えは十分にある、あれを見ろ。」


 シェルが指さした先、処刑標的の男は首から簡易の空気供給タンクをぶら下げていた。肩ひもには携行用の照明器具が提げられている。


「この現場がもとよりライフラインの整備されてない工事現場である以上、作業用の空気タンクはいくらでも準備されているだろう。電源装置さえ確保していれば、工業用照明からの灯りが絶えることもない。」


「その通りね……これでは、私たちに不利な条件のまま。」


 ベスタが考え込んでいる一方でも、マナコはハリコを連れて移動しつつ、護衛に囲まれている標的の追跡を続けている。


 この作業がストップしている現場では多少ウロウロしても邪魔になることはなく、もとより相手から存在を認識されている状況ならば隠れる必要もない。


 そして、標的がしっかりと護衛されていることも判明した今、ハリコとマナコだけを監視役として残すことには特に懸念も無かった。


「俺たちだけじゃ、処刑任務の遂行は難しい……というか、ほぼ無理だ。手を貸してもらうしかない。」


「誰に?現場監督に不満を抱いている労働者たち?彼らが反抗しないよう、標的も気をつけてるはず。」


「分かってる、前例もあるわけだしな。だから、前の俺たちの処刑任務の結果、新しく現場監督に就任した男に頭を下げに行くんだよ。」


 彼は、リズァーラーが前任者を処刑したおかげで、現場監督のポストに収まることが出来た人物である。


 卑しい身分のリズァーラーに恩義を感じるようなことは無いにしても、処刑任務の遂行には肯定的な印象を抱いているであろうとは考えられた。


「現地での状況を変えるなら、現場を動かせる立場の人間に頼るのが一番の近道だろ。」


「向こうも暇ではないだろうけれど、協力を得られれば心強いでしょうね。」


 同じ立場の現場監督ともなれば、標的に働きかけ行動を指定させることも可能だろう。周囲の労働者たちを率いて、大きく状況を制圧することも考えられる。


「あぁ。じゃ、俺とベスタで交渉に向かう。ハリコとマナコは標的の監視を頼んだぞ。」


「はぁい。芳しい交渉結果をお待ちしてますよぉ。」


「ウゥー。」


 ベスタとシェルの話し合いには興味なさげに背を向けていたマナコとハリコは、振り返ることなく声だけを返す。二人は、変わらず肩を並べて標的へと視線を注ぎ続けていた。


 栄養状態の良さげな標的の肉体を見つめ、それを養分液へと加工して吸収する悦楽の瞬間を思えばこそ、両名の瞳は輝いていたのであった。

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