人の排除を強く望むは、やはり人
目下のところ、シェルにとっての懸案事項は、この処刑任務をいかにして進展すべきかにあった。
市民生活管理局が自分たちに与えた命令は、掘削作業を遅延させている現場監督の男を処刑することである。現場で知り得た事情がどうであれ、任務内容を自分たちの判断で勝手に変更することは許されない。
だが、直にその現場監督から丁寧な説明を受けた後は、その言い分も無視し難い内容となって心に残っていた。今のままの作業を続けていては、この掘削で新たに出来上がった居住空間には崩落の危険性が残る……と。
シェルは、自分と同じく現状について考え込んでいる様子の相棒に話しかけた。
「なぁ、ベスタ。管理局は、俺たちにどれだけの時間的猶予を与えるだろうか?」
「分からない。任務を速やかに遂行できないリズァーラーが、どのような扱いを受けるのか、そもそも知らされることはないから。」
「……だよな。」
その情報の少なさはリズァーラーに命令を下す側からの、間接的な脅しであり続けていた。
シェルやベスタのように、ある程度知恵の回るリズァーラーであれば、命令違反や怠慢な態度に下される措置を恐れるだけの思考は働く。明確に制裁の基準を示されないことは、人権を持たぬリズァーラーが安んじていられる立場など無いことの裏返しでもあった。
逆にハリコやマナコのように、物事を深く考えることのないリズァーラーの場合、任務内容に強要される条件が存在しないことは、文字通りの自由として疑いなく受け入れられていた。管理局が名指した標的を処刑しさえすれば、栄養価のある遺体を己がものと出来ることに喜びをのみ見出すばかりであった。
知恵が回る者には警告となって刺さり、考えの浅い者には寛容を歓迎される。生活管理局は沈黙を以てリズァーラーたちに枷を填めていた。
「情報を集めるなら、急がなきゃな。」
シェルの呟きに対し、ベスタはすかさず返答する。
「そんな必要があるの?情報を集めたところで、私たちには決定事項を覆す権限なんてない。」
最近のベスタは、シェルが何を判断しようとするのかを常に危ぶんでばかりであった。
万が一、命じられた対象の処刑を中止するなどと言い出しでもすれば、管理局の命令に背いた自分たちは処分の対象となる。それを免れたいなら、シェルを任務阻害の要因として積極的に排除する必要性も生まれる。
訝しみの視線を向けるベスタに対し、シェルは相手を宥めるような手振りを交えながら返した。シェルも、相棒が抱いている憂慮の内容に気づかぬわけではない。
「心配すんな、俺も管理局に逆らう気はないって。ただ、処刑対象と一応は約束を交わしてるんだ、処刑を待つようにって。その約束をリズァーラーが即座に破っただなんて噂が流れたら、俺たちはますます冷たい目で見られることになる。」
「……一応は、妥当な判断ね。今後の任務遂行時に、妨害を受ける恐れを鑑みれば。」
「だろ?それに、待っていれば本当に処刑の命令が撤回されるかもしれない。ここで掘削して作ろうとしてるのは富裕層の居住区だ、その安全性に問題アリってんなら、お偉いさんたちも無視できねーだろ。」
とはいえ、管理局が一度発令した処刑任務が中断されることなど、今まで一度も無かった。
シェルの希望的観測は、望み薄であった。もっとも、リズァーラーが人間の事を心配する必要など、そもそも無いはずではあったが。
特に先ほどから暇そうにウロウロしつつ、標的の男が今なお他の作業員たちと何やら話し合っている建築拠点の小屋を見張っているハリコとマナコなどは、処刑を延期するつもりなどまるで無い様子だった。
「今回の標的さん、ずっとお仲間と一緒に居るおつもりなんでしょうかねぇ。どこかのタイミングで、一人きりになりませんかねぇ。」
「ウー……。」
「標的さんが一人きりになるタイミングまで待てば、十分に処刑を『待った』ことになるんじゃないですかぁ?」
「ウン。」
「ですよねぇ、リコくんも、そう思いますよねぇ。どうお考えです?シェルさん。」
「いや、そういう意味で言ったんじゃねーだろ、あちらさんも。」
処刑を延期し続けるためには、標的の男を監視するのみならず、この処刑のことしか頭にない仲間を監視する必要もありそうだった。
それにマナコが言った理屈は極端にしても、処刑を延期する期間も明確に目安が定まったわけではない。管理局の判断が覆らない限り処刑執行は避けられないにしても、現状に判断を下す材料が不足していることには変わりなかった。
「ここでボーッと待ち続けていても、分かることは少ない。標的を監視する側と、現場で情報を集める側の二手に分かれて行動しよう。」
「ちょうど4人のチームですからねぇ。それじゃ、いつもみたいに私とリコくんが一緒ですかねぇ。」
「ウ。」
マナコは、隣に立つハリコの手をぎゅっと握る。律儀に標的が居る小屋へ監視の視線を向け続けていたハリコは、唐突に与えられた握力に驚いたように目を丸くしてマナコを見返していた。
この二人が仲良さそうにしているのは悪いことではなかったが、現状を顧みれば標的の監視を任せるべきコンビではなかった。放っておけば、手際よく標的の隙をついて処刑を執行してしまうかもしれない。
自身が情報収集を行いたいシェルは、マナコからの提案を却下する。
「いいや、俺がハリコを連れていく。マナコ、お前はベスタと組め。」
「ウゥ?」
「えぇ?ベスタさん、カタいことしか言わないから、苦手なんですけどぉ。」
マナコはハリコと離れたがらなさそうに手を繋いだままであったが、隣に寄ってきたベスタに促されるように手を離した。ハリコとしては誰が相棒であっても構わないらしく、未練なくシェルの手招きに応じた。
「たまにはパートナーをチェンジするのも悪くないだろ、いつも説教される俺の気分を味わうのも。」
「説教魔で悪かったわね。」
「俺とハリコは、現場の労働者たちから話を聞いて回る。標的の監視、頼んだぜ。」
その瞼を全開にしたままの目を、変わらず未練がましくハリコの方へと向け続けていたマナコ。ただ一時的に別行動するだけだということは分かっていたはずだが、彼女の口角は珍しく多少下がったようにも見えた。
が、その表情の微妙な変化に気づいたハリコが首を傾げた時、既にマナコはいつものニタニタした笑い方を取り戻していた。
「はぁい。リコくん、シェルさんの言うことをちゃんと聞くんですよぉ。ベスタさんは、私がちゃんと見てますからねぇ。」
「ウン。」
「どっちが面倒見られる側だと思ってるの。」
ベスタとマナコの掛け合いを背後に、シェルはハリコを連れてこの場を離れる。
今回の標的である男が監督している現場の場所は、比較的容易に判明した。掘削空間の上層を担当していると教えられたおかげでもあったが、作業を停止している現場さえ見つければ良かったのだ。
掘削用の工具は一応まとめて置かれていたが、半ば放り出されたような状態のままであり、周囲には暇そうに次なる指示を待っている労働者たちが座り込んだり、たむろして何事かを喋り合っていた。
「さて、卑しいリズァーラーにも相手してくれそうな、お優しい人間さんを見つけなきゃな。」
「ウゥー。」
ハリコを連れ、シェルは前髪の奥に広がる空間から瞳を覗かせ、一帯の労働者たちを値踏みし始める。
彼の目は暗闇でも周辺の視覚情報を得られるという点で特殊ではあったが、人間の性格まで見通せるような代物ではない。とはいえ、それなりに任務行動を通じて人間たちとの交流を重ねて来た彼には、ある程度は人相から性格を割り出す判断が可能だった。
暇そうにへたり込んでいる労働者に目をつけ、シェルは話しかける。
「失礼します、ちょっとお話よろしいでしょうか。お仕事中お邪魔でしたら、すぐに退散しますんで……。」
シェルは自分の襟元をめくって上着の内側に縫い付けられている管理局所属の身分証を見せつつ、労働者に話しかける。
相手は目を上げるのも億劫そうにシェルへと視線を投げ、ついでに傍らのハリコにも目を向け、おもむろに口を開いた。
「仕事はしてねぇよ、俺はヒマだ。」
「すみません、ひとつの件についてお聞かせいただくだけですので。この掘削工事で造成中の居住空間、崩落しやすい構造になっているという話、ご存じでしょうか。自分は、ここの現場監督さんからお聞きしたんですが。」
労働者は、しばらく返事をしなかった。シェルは、相手の表情に相当ウンザリしたような色が浮かぶのを見た。
返答まで時間がかかった割に、労働者の男はたった一言、いや一音を口にしたばかりであった。
「あぁ。」
「そうですか。現場で働く皆さんも、同意見ということでしょうか。」
「バカ言うな。」
今度は、瞬時に返答があった。早くもインタビュー相手が抱えている思惑の片鱗を掴んだと確信したシェルは、質問を畳みかける。
「と言うと……現場監督さんの意見には賛同しておられないんですか?」
「当たり前だ。俺もあっちこっちの現場を渡り歩いてきたが、この程度の空間で補強工事が必要だなんて、聞いたことも無い。」
労働者の男は、ようやく目を上げてハッキリとシェルの顔を正面から見る。
もはやシェルが発言を促さずとも、腹の中にため込んでいた不満がそのまま引き出されているようであった。
「お前ら、リズァーラーなんだろ?あのド素人の現場監督をサッサと処刑しちまってくれよ。」
「え、えぇ、まぁ、その任務を受けてこの現場に来させてもらったんですが、なにぶん情報が足りなくてですね……。」
「俺だけじゃない、ここで働いてる皆、同じことを思ってる。現場監督の下手な判断のせいで作業を止められちゃ、俺たちが仕事できない。こっちは食うに困ってるんだ、養うべき家族が待ってる奴だって居るのに。」
目の前の男が身を起こし、仲間の方を向いたのにつられてシェルも視線を向ける。
周辺で無為に時間を潰してばかりだった労働者たちは、ほぼ例外なくシェルとハリコの方へと顔を向けていた。そのいずれもが、リズァーラーに期待しているところは同じだったろう。
シェルは頭を下げる。まず全員に向けて、そして目の前で答えてくれた労働者に向けて。
「貴重なお話、ありがとうございました。任務遂行の参考にさせていただきますね。」
「俺たちにわざわざ話を聞きにくる必要あんのか。処刑すんのが仕事なら、さっさとやれよ。」
遠くから、言葉が投げかけられる。
「そうだ。アイツの処刑が遅れたら、それだけ俺たちも仕事できない、給与が減る。」
「俺たち自身の手でやりたいぐらいだが、犯罪者になっちまう。手を汚すのはお前ら、リズァーラーの仕事だろ。」
周囲の労働者も口々にざわめきながら頷いており、シェルは恐縮しながら退散した。
「はぁ、ですね、仰る通りです。お邪魔しました、いくぞ、ハリコ。」
「……ウン。」
ハリコもまた、目を丸くしつつシェルの後についてこの場を離れる。
人間の処刑を、他の人間に阻止されることは今までの処刑においても十分に考えられた。だが逆に、特定の人間の処刑を望む人間がここまで大勢集まっている状況は、今まで経験したこともなかった。




