地上すなわち死の世界に、最も近い居住区
傍目には奇妙な会談であった。与えられた任務に従い処刑を執行しにきたリズァーラーと、その処刑の標的となっている人物が顔を突き合わせ、話し合いを続けている。
むろん、問答無用で処刑を執行しようとするリズァーラーが送り込まれた場合に備え、標的となっている男の周囲には護衛のように労働者たちが付き添っていたが、シェルはリズァーラーの中でも対話を優先する存在であった。
「安全な居住空間が出来ない……ってのは、今の工事計画に問題があるってことか?」
「そうだ。俺が監督しているのは掘削現場の中でも上層に当たる区画だが、十分に堅牢性を保てる構造になっていない。」
シェルからの問いかけにも、男は真面目に返答する。リズァーラーの発言など、基本的に人間が尊重することなどないのだが、この処刑対象の男は誠実に対応し続けていた。
自分が処刑の標的になっているという決定事項を覆すには、真っ当な理由を示す必要性があったためかもしれないが。
「完成時の安全性を保証するためには、補強のための資材を大量に使わなければならない。そのためには、今の建築予算じゃ到底足りないんだ。」
「あー、アンタが監督してる現場が上層ってことは、天井から剥がれた岩とか土が降ってくるかもしれない、ってことなのか。」
処刑担当のリズァーラーが知るべき事情はさして詳しくある必要もなかったろうが、シェルの憶測にも男は注意深く訂正を加えた。
「その恐れも確かにある、この大空間の天井全体に剥離防止の措置を施すための材料費も心もとない。が、問題はもっと深刻だ。天井そのものが全て崩落するリスクが残されている。」
「……えっと?一部が剥がれ落ちてくるんじゃなくて、全て?」
パッと聞いただけでは理解の及んでいない様子のシェルは当然聞き返したものの、彼の隣に控えているベスタはそろそろ会話を切り上げるよう促す目くばせを彼に送った。
「……。」
万が一、この対話が単に時間稼ぎを目的としたものであれば、自分たちが逃げ出す隙があるうちに離脱すべきである。人間を処刑して回る自分たちリズァーラーは、人間から嫌悪されているという前提を忘れてはならない。
会話を終えてこの小屋から出た時、屈強な労働者たちに囲まれてタコ殴りにされる恐れも十分にあるのだ。それは管理局が発令した処刑任務に対する妨害行為ではあるが、土木工事の現場ゆえ、リズァーラー自身の不注意で事故に巻き込まれたかのように見せかけられることもあり得る。
既に話の内容に退屈し始め、集中力を削がれたようにキョロキョロし始めているハリコとマナコが不用意な動向に走らぬかという点も気になるところであった。
「あぁ、天井が丸ごと落ちてくるかもしれない。何といっても、今掘削している区画は地下都市の中でも最上層、地表に届きかねない深度なんだ。」
が、シェルの疑問に答えた処刑対象の男の発言は、ベスタの興味をも引いた。
地下深くの生活空間で暮らし続ける、この時代の人間たちにとって、地表とは死の世界と同義である。
生物が触れればたちまち理性を奪われ、生ける屍と化す危険な胞子が延々と降り続く地上。幾度か開拓目的での探索が行われたこともあったが、その胞子を危険物として無尽蔵に採取し続けられること、そして地下都市では処分に持て余す死骸を廃棄すること以外に、利用価値は無かった。
遺棄された死体たちが胞子に触れ、体内で繁殖した菌糸によって立ち上がらされ、いずこへともなく去っていく場所。寿命を終えた人間が赴く先、それは文字通りに死の世界に他ならなかった。
稀に、どこへも立ち去らず地下都市へ戻ってくる例外こそが、リズァーラーであったのだが。
「地表に近いとなると、低層での掘削作業とはワケが違う。天井が自身を支えるだけの構造を持っていなければいけない。」
「薄っぺらい天井だけで、地表と隔てられてるってのは……たしかに、ヤバそうだな。」
シェルは、説明する男を前にして神妙に頷いている。
万が一、天井が崩落し、地表世界が覗く大穴が開いてしまうと、当然ながらこの居住区画の住民は助からない。落下してきた岩盤の下敷きになるか、地表を覆い尽くしていた胞子や菌糸に触れてしまい、死は免れないだろう。
「俺は他の上層区画の掘削も担当したことがあるから分かる、天井部分の剛性を保つために鉄鋼の構造体を設置する必要があるんだ。これだけ巨大な地下空間となれば、相当な量が求められる。」
「そっか、それは、予算も足りなくなるだろうな。」
この地下都市において、鉄鋼の素材を得ることがいかに困難であるかは、シェルのようなリズァーラーでなくとも見当はつく。
地下を掘り進んでいる中で、鉱脈に突き当たるような偶然は万に一つも無い。鉄鉱石等の資源を新しく得られたとしても、それを精錬するだけの巨大な設備など、地下に活動範囲を縛られた人間たちには準備できない。
すなわち、新たに鉄鋼製品を作るためには、既存製品から鉄を供出する以外になかった。その記憶を持つ人間が既に居ない遠い昔、この地下都市を築き上げた地上社会がまだ健在であったころ、作られた製品から。
廃棄物の中から金属を取り出し、あるいは利用されていない居住区を漁り、かき集めた屑鉄を電気炉で融解させ、どうにか形にするのだ。製造から廃棄、再利用を繰り返すほどにその量は減っていく。
それゆえに巨大構造物を支える鉄鋼材は貴重品であった。富裕層の居住区にのみ見られる贅沢な使われ方でしかなかった。
「アンタたちにも分かってもらえれば、ありがたい。追加の予算申請が通り、補強工事を行える目途が立つまで、あの現場の作業を進めることは出来ないんだ。いずれこの場所に住む人たちが、安心して暮らし続けるためにも。」
処刑対象となっている、現場監督の男は深々と頭を下げ、リズァーラーたちに頼み込む。
卑しい身分のリズァーラーに対し、人間が頭を下げることなどまずあり得ない。話に興味なさげであったハリコとマナコも思わず目を剥いて向き直り、ベスタ、そして彼と対話を続けていたシェルも居ずまいを正した。
「ど、どうか顔を上げてくれ。きちんとした理由があっての作業遅延だってのは、分かったから……。」
この男の言い分を信じようと信じまいと、とりまず現時点では彼を処刑する手立てがないことに変わりはなかった。相変わらずこの場を取り囲んでいるガタイの良い労働者たちは、リズァーラー4人程度など難なく抑え込んで無力化するであろう。
シェルはベスタと顔を見合わせ、小声で一言二言交わしたのち、改めて口を開いた。
「前も言ったが、俺たちには処刑任務を取り消すように管理局へ働きかける権限はない。アンタ自身が管理局に働きかけ、処刑が撤回される判断が下りるのを待つほかないんだ。」
「こちらの説明が通れば、予算の追加が必要だという話も管理局は理解してもらえるはずだ。それまで、待ってもらえるか?」
今一度、シェルはこちらへ訴えかける処刑対象の男の目を見つめた。いくつもの現場を渡り歩いてきたのであろう、彼の鋭い眼差しは揺れることなく、その表情にもいい加減な雰囲気は全く見られない。
その場しのぎで処刑を逃れようとしているようには、とても見えなかった。シェルは多少間をおいてから、口を開く。
「分かったよ。俺たちにも、処刑対象を見つけるまでの多少の猶予は与えられてる。だが、あんまり長引かせないでくれよ。しびれを切らした管理局が強制執行部隊を送り込んできたら、止めようが無い。」
「あぁ、既に二度目の説明と申請を管理局には送っている。届くのに時間はかからないはずだ。」
「一応だが、アンタが逃亡しないか見張るために、俺たちが近くをウロウロすることにはなる。構わないか?」
「問題ない。そもそも、俺は現場から離れるわけにはいかないけどな。」
処刑対象との話し合いを終え、建築拠点の小屋から出て来た一同が、労働者たちに取り囲まれているようなことは無かった。
とはいえ、今回の処刑任務をどう進めるべきか決めかねる状況には変わりなかった。伏し目がちに考え事を続けていたベスタは、シェルへと問いかける。
「……ねぇ、彼は既に生活管理局へと、予算の追加申請を送っているのよね?受け入れられていないってことは、管理局にはハナから了承するつもりが無いってことじゃないの。」
「だとしたら、俺たちはアイツをどうにかして処刑しなきゃならない。このままじゃ安全な居住空間が出来上がらない、ってのが本当だったとしても、な。」
先ほどまで対話相手であった男の実直な態度が思い起こされるたび、シェルの中ではその判断を下せるかどうか自信が薄らいでいくようであった。
一方、ハリコとマナコはようやく終わった退屈な話し合いからの解放を満喫するように、うんと背伸びをし、処刑手段についてのみを無邪気に語らっていた。
「近くで見張っていても怪しまれないってのは、楽ですよぉ。処刑しやすいタイミング、分かりやすく判断できるんですからねぇ。」
「ウン。」
「おい、他の作業員たちに聞こえるぞ。デカい声でそんな話をするんじゃない。」
ハリコとマナコを窘めつつ、この両名をも連れ歩きながら処刑のタイミングを見計らわねばならないのだと思い返し、シェルは溜息を吐いた。




