彼の罪は誠実ゆえか
今回の処刑対象の所在地が掘削工事の現場だということもあり、到着には労を要さなかった。
新たに拡大されるという居住空間から伸びる排水管は、そのままリズァーラーたちが普段から移動経路に用いている排水管に接続されていたためだ。
真っ暗な排水管の奥からコソコソと這い出してきたリズァーラーたちを見て、工事現場の作業員たちは半ば驚き、半ば不愉快そうな表情を浮かべた。蔑まれるべき存在が、唐突に目の前に現れることは楽しい経験ではない。
「どうも、お仕事の最中にお邪魔してすみませんね。市民生活管理局の公務です、ちょっと通らせてもらうだけですんで。」
狭い排水管から外へ出るためでもあったが、頭を低く下げて愛想笑いを振りまきながら周囲に挨拶の言葉を掛けるシェルに対し、返答する作業員は誰も居なかった。誰も彼も作業用の空気タンクに接続されたマスクに口元を隠したまま、黙ってリズァーラーたちが去るのを待っている。
この工事で新たに掘削されている空間は、相当に巨大なものであった。
シェルの後に続いて排水管から顔を出したマナコは、自分たちを忌々しそうに睨む作業員たちの存在などお構いなく、感嘆の声を上げた。
「へぇぇ、広々としてますねぇ!新しく街を一つ造るつもりなんでしょうかぁ。」
地下都市において居住空間を拡張する手段は、地中を掘削する以外に無い。とはいえ、広大な空間を一気に掘りぬくような工事が行われるのは非常に珍しかった。
大抵は、新たな住居もしくは施設の建設に着手した業者によって、必要最低限の空間だけを掘削する工事が殆どだった。既に作られている居住空間を少しずつ延長し、拡張していくことで、殊に地下都市の下層街などは植物の根のように成長していった。
廃棄物で埋め立てる前提の処理エリアも比較的広くはあったが、この掘削現場ではその幾回りも大きな空間が形成されようとしていた。
「こんな場所に空気を供給しようと思えば、膨大な量が必要になりそうですねぇ。」
マナコの指摘通り、地下都市での生活においては新鮮な空気の供給が重要となってくる。貧困層の住まう街に広々とした空間がほぼ存在しないのは、生活空間を満たす空気の必要量を節約するためでもあった。
空間の贅沢さは、そのままにリソース消費の贅沢さにもつながった。
「あぁ、おおかた金持ちの住む街にする予定なんだろう。」
彼女にシェルが相槌を打っている背後でハリコとベスタも排水管の中から這い出して来る。
「ウゥ……!?」
ハリコも言葉を発せぬままに目を丸くして、この巨大空間に驚きの表情を浮かべていたが、既にシェルと共にこの場に来ているベスタはいちいち感情を動かすこともなく仲間たちを促した。
作業の手を止めている周囲から刺さる視線は、そろそろ険しさを増していたのである。
「皆、すみやかに移動を。シェル、標的の所在地は?」
「任務指示書に書いてあった通りだ、この現場ってこと以外に情報は無ぇ。」
「……そうよね。」
処刑標的が特定の住所、ないし活動拠点を有している場合と異なり、工事現場にて寝泊まりしつつ働いている場合、さしもの生活管理局もその所在地を特定し得ない。
工事の進度、状況によって居場所は常に変わるだろうし、街の一区画が丸ごと増えるかのような面積の現場であれば、なおさら探索すべき範囲は広くなるだろう。標的がどこに居るかなど、同じ作業に携わっている者たちでなければ詳細には分からない。
「だが、今回はアテに出来る手立てがあるだけマシだぜ。前回のこの現場での処刑任務で、俺たちに協力してくれた作業員たちも居るからな。」
「彼らに再会することを優先すべきね。」
前回の任務、すなわち安全基準を無視して強引な掘削作業を指示していた現場監督の処刑。
事情が事情であっただけに、リズァーラーの処刑任務に協力的な作業員も多かった。今回の任務は彼らと直接的な関係はないものの、何らの縁もない相手に頼るよりは助力を得られる可能性は高い。
無数の作業員たちが資材や工具を手に往来し混雑する現場の中で、マナコはハリコが迷子になることを危惧しているかのようにしっかりと手をつないだまま、シェルに問いかけた。
「その協力してくれた方たちは、すぐに会えるんですかぁ?」
「あぁ、場所はだいたい覚えてる。会ってもらえるかどうかは、あちらさん次第だがな。」
一度協力関係にあった仲とはいえ、相手は人間、こちらはリズァーラーである。
いかに社会構造の底辺に落ちぶれようとも、市民権を得ている以上はリズァーラーを蔑むことが出来るのが人間。助力を乞うたリズァーラーたちが、すげなく追い払われたとしても文句を言える立場ではなかった。
が、相手されないことに関しては杞憂であることが間もなく明らかとなった。
リズァーラーたちが現場に姿を現したことが、既に作業員たちの口づてに伝わったのだろう。一人の恰幅の良い男が、話しかけて来た。
「おい、アンタたち。また、処刑任務のために来たんだろう?」
「あ、これは、どうも……新しい現場監督さん。」
相手の顔に見覚えがあるのか、シェルは深々と頭を下げて挨拶する。
ベスタも軽く会釈をしている隣で、ポカンと立ち尽くしているハリコとマナコに向けてシェルは説明した。
「この人は、俺たちの前回の任務で処刑した現場監督の、その後を引き継いだ方だ。前任者とは違って、作業員の安全をキチンと確保しておられる……ハズだ。」
「お前が心配することじゃない。それよりも、任務で来たんなら、ちょっとウチに寄って行ってもらいたいんだが。」
ベスタとシェルは僅かの間、視線を合わせる。
常に人間から好意的には扱われないリズァーラーとして、人間の側から誘われることについて警戒する準備が無いわけではなかった。こちらの処刑を阻止する目的があれば、逃げられぬ閉所に誘い込まれることは危険である。
が、そもそも目の前の男は生活管理局から派遣された人員であり、リズァーラーの処刑任務のおかげで仕事にありつけたことは事実だった。相手が害意を抱く可能性が低いと判断したシェルは、頷いて申し出を受ける。
「人間さんに誘われちゃあ、断るわけにはいかないな。それで、何の用なんだ?」
「ここじゃ話せん。着けばわかる。」
現場監督の男は、たっぷりした腹回りの身体でノシノシと歩きはじめ、リズァーラーたちは言われるがままに後について行った。
向かった先は、建築拠点として建てられた仮説の小屋であった。リズァーラーたちを引き連れてきた現場監督の男は、その腹から響くような声を短く、小屋の中へと投げかけた。
「入るぞ。」
「おう。」
中から返答したのも、また野太い男の声であったが、そこに若干の緊張の色が浮かんでいたのは気のせいではなかった。
小屋の中で待っていた男の顔を目にしたリズァーラーたちは、思わず顔を見合わせた。彼こそが、今回の任務にて処刑対象として指定された人物だったためである。
同じ部屋の壁際には、護衛のごとく引き連れられた屈強な作業員たちがずらりと並んでいる。標的を発見したものの、状況が状況だけに迂闊に動けずにいるハリコは低く唸り声をたてていた。
「ウゥゥ……。」
「ッ……。」
よもや、ここに誘い込んだ自分たちを攻撃する前提で呼び寄せたのではあるまいか……そう訴えんばかりの視線を向けるベスタの眼光を前に、現場監督の男は落ち着いた声で言った。
「心配するな、コイツと話をしてもらいたいだけだ。」
「えーっと、俺たちの任務については、だいたい察しがついてるよな?」
シェルの問いかけに対し、小屋の中で待っていた処刑対象の男は返答する。
「あぁ、俺を処刑しに来たんだろ。俺が予算の追加を要求して、作業を遅延させてる件で。」
「その、非常に言いにくいんだが、俺たちに対し交渉されても、既に管理局が発令した処刑任務を、勝手にやめることは出来なくってだな……。」
自分たちを取り囲んでいる、頑健な体の男たちから向けられる視線を気にしつつ、シェルは伝えざるを得ない内容を極力声を抑えて告げていた。
標的を処刑することについては意気込んでいたマナコも、それがほぼ不可能な状況に陥っていることは無視できない。いつも通りに薄笑いを浮かべたような表情で、まぶたの限界まで開き切った眼をキョロキョロさせたまま棒立ちになっていた。
処刑対象の男はシェルの言葉を受けても取り乱す様子もなく、あらかじめ伝える内容を決めていたかのように淡々と言葉を継いだ。
「分かっている。俺は現在、管理局に対しても交渉を続けている。」
「なるほど……もしも上の判断が覆れば、処刑任務は撤回されることがあるかもしれんが……。そうさせるだけの根拠があるのか?」
リズァーラーとしては踏み入りすぎな質問ではあったが、シェルは迷わずそれを口にしていた。
今のところ、たった数言を交わしただけに過ぎなかったものの、この処刑対象の男が実直な性格であり、理性的に物事を判断するだけの脳を持っていることは伝わって来たためである。
ベスタは鋭い視線をシェルに投げたものの、相手は渋るそぶりもなくシェルの問いに答えていた。
「今の工事計画をそのまま進めても、安全な居住空間は出来ない。これは確実なんだ。」
普通の人間ならば蔑みの視線しか向けられないリズァーラーに対して、これほどまっすぐな視線を向ける人間には滅多にお目に掛かれるものではなかった。




