迷える者に救い手なし
マナコとハリコは、処刑対象と自分たちの間を遮るように立ち塞がったリズァーラーと対峙し、睨み合っていた。
以前、廃棄物処理エリアの住人を処刑しに行った際にも、その処刑任務を妨害してきた個体に間違いない。
全身から生えた刃を研ぎあげ、光らせている様は怪人めいた容貌であったが、規則的にではなく全身に金属片が乱雑に突き刺さっているあたりは事故に遭った遺体そのものであった。元の身体の“死因”……すなわち、リズァーラーとなった原因は、よほど凄惨なものであったろう。
が、そのような推測は現状と無関係の些事であった。この妨害を行う存在を排除し、マナコとハリコは何としてでも処刑任務を執行せねばならない。
「あのー、我々は生活管理局から正式に与えられた任務行動中でしてぇ、妨害なさらないでいただきたいのですがぁ……。」
見開いた片目をキョロキョロさせながらマナコが口を開くも、相手は腕から突き出た刃の一本を突き出しながらじりじりと間合いを詰めて来る。
「それを止めるのが私の役目だ!お前たちによって一方的に処刑される市民を、圧政の恐怖から救うため!」
「グルルル……。」
マナコの隣で四つん這いの姿勢をとっているハリコは、牙を剥きだして唸り声をあげつつ、相手に飛び掛かる隙を見出さんとし続けている。
一方、ベスタやシェルほどではないものの、現状についてであれば多少は他の事に思考が回るマナコは変わらず周囲に視線を散らし続けていた。以前、この敵対リズァーラーが現れた時、自分たちと同様にパートナーとなる存在と組んでいたはずである。
「一方的に、ではなくてですねぇ、標的の処刑を決定した市民生活管理局からは、相応の罪状が発行されていましてねぇ……」
「それを一方的だと言っている!処刑の対象となる者たちに、情状酌量の余地を与えたことが一度でもあったか!」
平行線をたどる相手との押し問答を続けながらも、マナコはその目玉を盛んに動かし、敵のパートナーが隠れていると思しき場所を探し続けていた。が、視野に入る範囲には見当たらない。
不意を突いて襲い掛かってくるのならばおそらく背後からであろうが、そこにはつい先ほど自分たちが這い出してきた排水管の出口があるばかりだった。
「このまま妨害行為を続けていては、あなた方も排除の対象となりますよぉ。繰り返しますが、我々は市民生活管理局の正式な所属ですのでぇ。」
「そのような脅しなど!いくら繰り返したところで……」
相手の発言が不意に途切れたのは、マナコからの警告が効いたわけでも、ましてや言葉に詰まったわけでもない。
背後に庇っていた処刑対象の女が、手を伸ばして背中を掴んできていたためだ。自分がこれから処刑されようとしていることを理解していないのか、女は先ほどまでと変わらず虚ろな眼差しのままで口を開いた。
「あなた、誰ですか?邪魔をしないでください。私は管理局の方に、書類を受け取ってもらわなければならないの。」
「何を……おい、分かっていないのか!コイツらは、お前を処刑しようとしているんだぞ!」
「きちんと、この書類を読んでもらえれば分かってもらえますわ。私の夫は、無罪だってことを。」
死が目の前にまで迫ってきているにもかかわらず、そして事務的な手続きによる解決など到底望めない場であるにもかかわらず、握り締めて皺だらけになった文書を差し出し続ける女。
完全に正気を失っているとしか思えない彼女の振る舞いが周囲を沈黙させた後、真っ先に言葉を発したのはマナコであった。
「しかしですねぇ、今回の処刑、そのような書類とは無関係なんですよぉ。あなた方がこの周囲の商店から窃盗を行っている件が、告発されましてねぇ。」
「そう仰らず、どうか受理してください。私の夫は無罪です、あの違法とされた作業内容は、全て依頼主によって指定されたものに間違いありません。」
マナコからの言葉は耳に入っていないのか、壊れた音声再生機のごとく同じような文言を繰り返し続ける女。
自分が庇っていた対象が理性を喪失していることが明らかとなり、暫し言葉を失っていた敵対リズァーラーであったが、改めて気を取り直すようにこちらも口を開いた。
「お前たちは、処刑対象が抱えているであろう事情を何も考慮していない!その窃盗を行うに至った件についても、やむを得ない経緯があるはずだ!」
しかし、その言葉に応えたのはマナコ達ではなかった。
先ほどこの女の娘が去っていった方向から聞こえたのは、どこか聞き覚えのある少年のような声である。
「……何をしているんです、キャシー。」
書類を差し出してブツブツ言い続けている女を除き、振り返った一同が目にしたのは、別のリズァーラーの姿であった。
その声に聞き覚えがあるのも当然のことながら、以前廃棄物処理エリアで行われた処刑任務の際、キャシーとコンビを組んで処刑の妨害に当たったリズァーラーに他ならない。
少年の姿をしたリズァーラーに対し、ハリコとマナコへ警戒の視線を戻しつつ、キャシーは返答した。
「何を、って……ウィーパ、私はこの人を守るため、処刑を阻止しているんだ。」
「キャシー、僕たちの立場を考えて行動選択すべきです。」
ウィーパと呼ばれた少年型のリズァーラーの背後には、先ほど離れていった少女が隠れていた。ウィーパと手をしっかりと繋ぎ、自分の母親の前に表れた者たちを怪訝そうな目で恐る恐る見ている。
状況が呑み込めていないのは彼女も同様らしく、自分を庇うように立つウィーパに対して小声で質問した。ルビー色の瞳が印象的な、育ちの良さそうな顔立ちであった。
「ねぇ、あの人たち、誰?どうしてママの前で、大声出してケンカしているの?」
が、ウィーパはそれに返答を与えなかった。
静かな声で、しかしはっきりと、自分のパートナーであるキャシーに向けて言葉を伝える。
「キャシー、下層街の住民からの支持を失うことは、僕たちにとって致命的な状況です。」
「それは……分かっている。」
無数の刃が突き出た腕をハリコとマナコへ向け続けていたキャシーであったが、語気とともにその腕も徐々に下がり始める。
「この母娘は、下層街住民の経営する店舗から窃盗を行っています。下層街住民たちは、この両名の処刑を望んでいます。」
「……分かっている、だが……!」
ウィーパへ言い返そうとしたキャシーであったが、視線を上げた先、少女と手を繋いで立っているウィーパの背後の変化に気づいて押し黙った。
キャシー自身が大声を出していたためか、あるいはリズァーラーたちと邂逅した窃盗犯の末路を見届けるためか、集まって来た周辺の住民たちが遠巻きにこの現場の様子を眺めていたのである。
集まって来た野次馬たちに聞こえない程度の声量で、ウィーパは自分のパートナーへの説得を続けた。
「キャシー、この処刑を阻止してしまうと、少なくともこのエリアの住民からは反感を抱かれます。」
「……。」
いよいよ、キャシーは口を噤んだまま、何も言い返せなかった。
代わりに声を上げたのは、ウィーパと手を繋いでこの場に戻って来た少女である。
「何を……言ってるの?お兄ちゃんとお姉ちゃんは、私とママのことを守ってくれるんじゃなかったの?」
彼女の勘違いは、意図的にもたらされたものであったろう。
ウィーパはいかにも少女のことを庇うように、手を繋いで自らの背後に隠し続けていた。母親の元へ戻るよう、この少女を誘導したのも、自分が護衛するとの嘘を用いてのことだっただろう。
が、その繋がれた手は、今となっては少女を拘束する手段であった。人間より非力なリズァーラーとはいえ、華奢な少女が逃げ出さないよう引き留める程度には十分である。
「嫌……嫌だ、離して、離してよ。死にたくない。」
「すまない、守れない……。」
「逃げないでください。あなたも処刑される必要があります。」
うなだれたキャシーが、ハリコとマナコの前に立ちはだかるのを止め、後ろへ下がる。
唐突に処刑妨害行為を中断した相手の振る舞いに戸惑いつつも、マナコも彼らの考えを理解できないわけではなかった。人間から反感を抱かれないように立ち回る必要があることに関しては、立場が違えどリズァーラーに共通する特徴であった。
マナコは慎重に口を開き、相手の意思を再確認する。
「えーっとぉ、では、私たちは本来の任務通り、処刑を行わせてもらいますねぇ?妨害なさらないでくださいねぇ?」
「どうぞ。」
完全に顔を俯け切ったキャシーからの返答はなかったが、ウィーパは一言で首肯した。
少女の見開かれた両目の中、ルビー色の瞳が揺れている。
「やだ……やめて、助けて……。」
「この書類を受け取ってください、私の夫は無実です、読んでいただければお分かりになるはずです……」
書類を突き出したままブツブツ言い続けている母親の元へ、牙を大きくむき出したハリコが近づいていく。ウィーパに腕を強く握られて拘束されたまま、少女はこれから行われる惨状に目を背けることも叶わなかった。




