地下都市におけるリズァーラー
人間が死んだ時、大抵の文化においてはその処理手順が定められている。
火葬や土葬、水葬、その他の手段のいずれであろうとも、葬儀という形は存在する。自らが死した後の扱いに人が無関心でいられず、遺される者たちも死者を悼む心とは無縁でいられない故であろう。
遺体が放置されていれば、それは事件になり、腐敗する肉体は細菌繁殖の温床となり、疫病の根源にもなり得る。
殊に、全人類が地下にしか住めない時代、それら遺体の処理には大いに気を遣わねばならない。
地下の閉鎖空間にて病原菌を繁殖するがままに放置するなどあってはならず、かといって火葬を行おうにも酸素の限られた閉鎖空間では満足に炎も燃やせない。
そこで人々は、死体を地上世界へ遺棄することにした。
この時代の人類が地上で暮らすことが出来なくなった最大の理由……空から延々と雪のごとく降り続く、菌類の胞子。
じかに触れれば、たちまち体内に菌糸を侵入させ、その者の脳へと到達させて思考と行動を乗っ取る、危険極まりない生態の菌類である。生きた動物がこれに触れれば、数秒と経たず理性を失った生ける屍めいた状態となってしまうのだ。
生物の内部へ侵入し、宿主の身体を我が物として扱うその菌類を学者たちは『マイコリズァール』と呼んだ。が、世間的にはより直感的なネーミングである『死の胞子』なる呼称の方が一般的であったろう。
地下の居住区で出た死者の遺体を、この胞子に曝すのが、この時代の葬儀となった。
身体が大きく損壊していなければ、菌糸は遺体の身体にも取りつく。死して間もない肉体に入り込んだ菌糸は、死体を生きている時と同様に起き上がらせ、いずこかへと歩み去らせてしまう。
地上へと向かうリフト上に遺体を並べ、地上にて全ての遺体たちが菌糸に操られて歩み去るまで十分な時間をかけて曝し、念入りに無人での清掃を行ってから地下へとリフトを戻すのが葬儀屋の仕事であった。
遺体たちが、どこへ去っていくのか、地下で暮らす人間たちは知り得なかった。
地下の居住空間にあっては扱いに困る死体を、処理できさえすれば良いのだから。
だが、ごく稀に例外は生まれた。
菌糸が体内に侵入した死体の中に、その場を去って行かない者たちが低確率で存在した。まるで、この場を去れないだけの未練でもあるかのように、地上から地下へと戻って来たリフトの上に残っているのだ。
既に死した人間の身体を菌糸が操っているに過ぎないため、生前同様の人間として生き返ったわけではない。記憶も残っていない、生前の自分の名前も、何をしていたのかも、覚えていない。
葬送用のリフトの上から立ち去ることなく、意思を持つ死者として回収された彼らは、菌糸を体内に宿した人間『リズァーラー』として地下都市の統治者のもとへ連行された。
生きている人間とは異なり、食料や酸素や光を必要とせず、水分と養分を僅かに与えてさえおけば生存できる彼らは、格好の労働力であった。
やがてリズァーラーたちは……こちらも世間においてはより覚えやすい『ばい菌』『雑菌』『カビども』等の蔑称のほうが浸透していたが……人権を有さない存在として、一般には蔑まれる役目を、地下社会において担うようになっていった。