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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
悪意無くして処刑あり
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処刑の是非は問わず、たた指されるがまま

 養分をたっぷりと吸収できたハリコは、しばらくぶりの飢渇から解放された休息に身を安んじていた。


 水分や養分を求め、自然と指先が餌箱の底を撫でまわしていることもない。お気に入りの暗がりの小部屋の中、あちこちが痛んで綻びからカビだらけの綿がはみ出た椅子に身を任せ、まさに菌類そのもののごとく微動だにせずハリコは休んでいた。


「……。」


 かつて人間だったもののの遺体に菌糸が繁殖して生まれるリズァーラーに睡眠は必要なく、したがって夢を見ることもない。人間の生体が有していた頭脳は既に分解され、頭蓋の中を満たす菌糸のネットワークが思考や記憶を司っている。


 ただ、瞼を閉じ、無意識が記憶の断片を取り出すに任せることはあった。それは大抵、直近の任務風景を無作為に切り取ったような内容ばかりであったが、ときおり思いもよらぬ光景が浮かぶこともあった。


 視野のほぼ全てが白で覆われた光景。


 それが明るいという事なのだ、とハリコは知らなかったが、照明器具なしには光源を得られない地下都市においては決して見ることのない光景でもあった。


 詳細を見て取るにはあまりにも短すぎる時間でそれは脳裏から去り、結局暗闇の中で目を開いたハリコは独り首を傾げるばかりだった。


「ウゥ゛ー……。」


 不可思議な光景がありもしない記憶として浮かんでくることを、他の誰かに伝えて相談しようにも、言葉を発せず唸り声しか上げられない彼には叶わないことだったが。


 錆びた鉄扉の向こう、廊下をパタパタと掛けてくる足音の接近を聞いて、ハリコは休息時間が終わりを告げることを悟った。


 相変わらず内部に居る者にぶつかる懸念も無しに、勢いよく鉄扉を開いたマナコが顔を出す。リズァーラーが仮に呼吸を必要とする存在であれば、息を切らしていただろう勢いで駆けて来た彼女は毎度毎度、新たな任務を与えられることが楽しくてならない様子であった。


「管理官さんがお呼びですよぉ、リコくん!新しいお仕事です!」


「ウー。」


 それは当然、新たに栄養源となる処刑対象の遺体が得られる機会ではあったが、マナコがハリコ以上に気分を高揚させていることには別な理由もあっただろう。


 先ほどまでのように任務を与えられず暇を持て余している間、このジメついた排水管の中をひたすらウロウロし続けるマナコの足音は度々聞こえていた。養分消費を鑑みるならばじっと動かずにいることが最適解だが、マナコに限っては退屈と無縁ではいられない様子であった。


「前回の任務、明るい場所でしたから私はヒマでしてねぇ。次こそ、真っ暗闇の中での処刑を楽しみたいですねぇ!」


「ウン。」


 常時その片目を見開き続けている彼女がいっそう瞳を輝かせている傍らで、ハリコもとりあえずの相槌を返す。


 ハリコの手を引っ張って、いそいそと管理官の執務室前まで到着したマナコは勢いよく扉をノックする。仮に管理官が人間の職員と話をしている最中だとしたら、リズァーラーが顔を出すことは許されない。


「マナコとハリコ、ですぅ!管理官のお呼びに参じましたぁ!」


「どうぞ、お入りなさい。」


 管理官の返答を得て、二人は執務室の中へ足を踏み入れる。


 いつも先んじて待っているベスタとシェルの姿が無かったのを見て、ハリコは多少意外な思いを抱いた。それはマナコも同様だったらしい。


「あれぇ?シェルさんとベスタさん、居ないんですかぁ?それともセカンドチームとして、既に現地に向かっておられるんですかねぇ?」


「ウー?」


「あの二人には、現在別の任務に就いてもらっています。今回は、あなた方二人だけで達成可能なシンプルな任務ですよ。」


 リズァーラーに与えられる任務はすなわち市民の処刑であり、前回や前々回の任務のように、慎重を期すべき状況においては4名のチームが組まれることはある。


 が、標的や周辺住民からの反撃を憂慮する必要性がさほど高くない場合は、2名のリズァーラーだけで現地に向かうことが多い。暗闇での視覚補助を行うリズァーラーと、発達した顎で標的に噛みついて処刑を実行するリズァーラーのコンビである。


 シンプルな任務だと聞いて、マナコは表情をより明るくし、ハリコも彼女と顔を見合わせて頷き合った。例外的な状況の無い任務ならば、確実に自分たちの働きに応じて栄養源たる遺体を入手できる。


「それは、楽しみな任務ですねぇ!早く任務内容をお教えくださいよぉ。」


「ウーゥウ。」


「二人とも、やる気に満ち溢れていて何よりです。では、こちらが任務の指示書となります。」


 管理官は手続き上定められた書類をマナコに渡す。


 今回処刑すべき標的、処刑を執行するまでの手続きがそこには記されていたが、マナコとハリコにとっては市民生活管理局から発行された令状として以外の存在価値はなかった。


 一応マナコは口を半開きにしつつ見開いた目で書類の文面を眺めるも、その内容を詳細に読み取っているとは言い難い短時間で視線は書類の上を滑っていった。ハリコも書類に印字された内容には興味が無く、管理官が次に口を開く時を待ってじっと顔を見つめている。


「ウー?」


「そこに載せられている顔写真の二名が今回の標的です。」


「ありゃ、二名もですかぁ。私たちだけでどっちも処刑、出来ますかねぇ。」


「標的からの満足な抵抗は全く予測されません。」


 リズァーラーの感覚だと、顔を見ただけでは標的たる人間の性質を見分け得なかったが、僅かでも人間に近しい感性を持つ者であればその理由も分かっただろう。


 今回の標的は、片方は細身と見える女性、もう片方は幼い少女であった。


「遺体搬送も、リコくんと私だけで問題ないですかねぇ。」


「えぇ、標的の体重はいずれも軽いだろうと推測されますので。体格も小柄だと報告されています。」


「んじゃ、死体袋一枚に両方つっこんで搬送できますねぇ。」


 任務を与えられるリズァーラーにとって、関心事は処刑執行および遺体搬送の難易度に限られていた。


 引き続き口を開いたマナコの質問も、その点についてである。


「あと気になるのは、標的を庇おうとする存在ですねぇ。こないだの任務みたいに、私たちの処刑を妨害する敵性存在が来てしまっては厄介ですし。」


「標的を処刑から守ろうとする存在が居るとは考え難いです。今回の標的二名は下層街の外れ、本来住居として想定されていない区画に住み着き、近隣の商店から窃盗を繰り返していますから。」


「なるほどぉ、周辺住民からは排除を願われているでしょうねぇ。」


 下層街における窃盗は、上層街よりも頻発しがちであると同時に、市民生活にもたらす被害のほども軽くはなかった。


 富裕層や中流階級の住まう街では服飾や嗜好品などを扱う商店も無くはないが、貧困層の住まう下層街で開かれている商店ではほぼ全ての商品が生活必需品である。食料や飲料水、作業用の空気タンクなど、生命維持に直結する品ばかりが並んでいる。


 当然ながら店の側も支払い無しに奪われることを避けるべく見張りの目は絶やすまいと努めているものの、警備を専門とする職は上層街の客層を相手している方が実入りも良く、下層街の店舗では人手が十分に得られることは無かった。


 そのため、窃盗の実行犯が突きとめられ次第、生活管理局には犯人の即刻処刑を望む声が届けられることが多いのである。自分たちの生活を守るための、切実な声でもあった。


「にしても、住居として想定されてない区画に住んでいる、ですかぁ?」


 先ほどの管理官から伝えられた内容を反芻したマナコは、突きあたった疑問を口にする。


「住居が無ければ、どうやって呼吸に要する空気を得ているんでしょうかねぇ?食料や水分は窃盗で得られたとしても……」


 呼吸に適した清潔な空気もタダでは手に入らない地下都市の下層街においては、空気が供給されるエリアは限られている。


 社会構造から外れた犯罪者が仮にいたとしても、生命維持に呼吸が必要であることは変わりない。その点を突いた市民生活管理局の方針もあって、そもそも居住が想定されていない区画に人間が潜伏することは出来ないはずであった。


 マナコの疑問に対し、管理官は簡潔に答える。


「設置されている空気供給管の一部を不正に外し、垂れ流しの状態としているようです。こちらは生活管理局から対処を急ぐように通達が下っています。」


「ありゃまぁ、何てことを。今回の標的さんたち、極悪人じゃないですかぁ。」


「ウン。」


 深刻がっているとも面白がっているとも取れるマナコの言に、ハリコも相槌を打つ。


 仮にこの場にシェルやベスタが要れば、幼い少女や華奢な女性が、そのような犯罪行為に手を染めている理由について疑問を呈する余地を見出したろうが、ハリコとマナコの両名には関係の無い話であった。


 そもそも、リズァーラーという立場から何らかの疑念を見出したところで、管理局から与えられた任務内容を勝手に変更する権限などなかった。


「では、任務内容の通達は以上です。」


「はぁい、そんじゃぁ、行ってきますねぇ!」


「ウゥ。」


 再びハリコと手を繋ぎ、朗らかな声と共に立ち上がるマナコ。


 まるでどこかに遊びに行くかのように溌溂と出かけていく二人の後ろ姿を、管理官はいつくしむように微笑みながら見つめていた。

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